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引きこもり王子

【セレーネ】


 巣へ案内したら、エリニス王子は、私を質問責め。その後、幾度とない手合わせ。その後、許可は取ったと私を隣街へと連れて行った。


 エリニス王子に言われると、抗いがたい。さすが、皆が未来の王だと決めている特別な人。ちっとも断る隙がない。


 もう隣街へ来て3日も経つ。豪華な宿暮らしという、とんでもない状況。


 エリニス王子からの質問責め、彼との手合わせの数々で疲れた。ただ、嬉しいのは一つ年下のアンリエッタと仲良くなれた事。


 アンリエッタは、エリニス王子が「隙間時間はアンリエッタと遊んでいてくれ。気が合うだろう」と連れてきてくれた、とっても可愛いお嬢様。


 エリニス王子は午前中は私とお喋りと手合わせ、午後は消える。なので、この3日間、昼食から朝食まで、アンリエッタと過ごしている。


 アンリエッタはお嬢様なのに気さく。剣術、武術を学んでいるので手合わせもできて、同じ本を読んでいたり、好みが一緒だったりと、本当に気が合う。


「嵐が来る前に帰国する。流星祭りは明後日だ。二人とも楽しんでくれ」


 私とアンリエッタは、エリニス王子からお揃いの髪飾りをもらった。私は舞踏会に参加出来ない身分なのに、アンリエッタがお父さんとお母さんに頼んでくれるという。


 舞踏会! 夢みたい! レクスは姉様と踊るだろう。満面の笑顔に拍手。それから、美しい光苔をまきたいけれど……もやもや、ズキズキ、私はなんだか変。姉様とまだ仲直りしていないからだろう。

【海岸でのお話から数日後】


 明日も危うい寿命らしいので、僕は自国に何かを残そうと必死である。机では狭いので、ソファに座り、テーブルを使っている。


 カーテンを閉めっぱなしなので、昼か夜か分かりにくい。


「レクス王子! また本の山! どれだけ読んだんですか⁈ またカーテンを閉めて!」


 ノックもせずに入室してきたのはニールだった。手にお盆を持っていて、その上には皿。多分、スープだろう。もう、何も喉を通らないと言っているのに、無理矢理食べさせられそうになる。いや、スープだから飲まされるか。いや、ごろごろ野菜のスープなので、やはり食べるか?


 ニールが近寄ってきて、お盆をソファの上に置いた。テーブルに隙間が無いからだろう。ソファは座るところだと、そう口にする元気がない。昨夜、ニールが持ってきたパンもソファの上だ。


 軽度の病かと思ったら、一気に体力が減ってしまった。不治の病なのだろう。


「提案書、提案書、提案書……一体幾つ提案書を書くつもりですか! 王政の問題点と改善点⁈ 全市民が参加可能な政治の検討⁈ り、留学支援団体⁈ 非営利組織って何ですか⁈ 国境を越えた医療活動⁈ 」


 ニールの声が頭に響く。何にそんな驚いているのか分からない。僕の発想はそんなにおかしいのか? 役立たずの、穀潰し王子で死ぬのは御免だ。


「レクス王子、レクス王子⁈ 一体何があって、こうなったのですか? セレーネさんがエリニス王子と婚約って、どういうことですか⁈」


 ゴンッ。僕はテーブルの端に額をぶつけた。座っているのによろめくとは……もう、命の灯火は消えるのか……。テーブルにそのまま突っ伏す。動きたくない。


「ああ……。そうだ、エリニスを祝わないとならない……。神と女神のような……運命の……王子と姫……」


 激しい痛みがして、僕は羽ペンをテーブルに置き、手で胸を掴んだ。体が怠い。息苦しいせいだ。


「ひいいいいっ! レクス王子、レクス王子、しっかりして下さい! 少しは話が出来るようになったと思ったのに!」


 僕の両肩を掴んだニールに体を揺らされる。


「ニール……。僕は辞世の句よりも、この世に多くのものを残したい」


「辞世の句⁈ だから、レクス王子は健康体です! 不治の病どころか、病気ではありません! いや、精神的な病ではありますけれど、身体的な病ではありません!」


 ぺちぺち、ぺちぺち、ニールに頬を叩かれる。


「精神? まさか。こんなに激しい胸痛、呼吸困難、目眩に倦怠感に胃もたれのような気分不快……。僕は医学をかじっている。隠さなくて良いニール……」


 苦労と心配をかけているニールを労おうと、僕は笑ってみせた。かなり無理矢理なので、苦笑いだろう。


 症状を和らげる方法は、気を紛らわす事だと判明している。読書と提案書の作成が最適。僕は再び羽ペンを手に取った。


「机上の空論でも、この提案書達は、誰かが改善すれば夜空の星々のようになるかもしれない。闇夜を照らし、人々の幸福を作る、美しい流星群の元だ」


 書きかけの羊皮紙に羽ペンを走らせる。


「あー、もう! 止めて下さい! 人の話を聞いて下さい! とりあえずスープを飲みましょう! 昨夜のパンも食べましょう! 食べ物を残してはいけません! この食事を用意するのに割かれた人材に時間と手間暇を考えましょう!」


 指摘され、僕は手を止めた。


「ああ、ニール。その通りだ。しかし、食欲が皆無なんだ。水を飲むのも辛い。ニール……だが、僕は食べる。あらゆる人達に失礼だ」


 自然と涙が込み上げてくる。男たるもの、己の不甲斐なさで泣くなど言語道断。僕は大きく深呼吸をして、羽ペンをテーブルに置いた。ソファの上のお盆から、スープ皿を持ち上げる。


 手がそれ以上動かない。食べる事は好きだった筈なのに、今は嫌いらしい。スプーンにスープの具材である人参を乗せ、口へと運ぶ。唇は結ばれたまま。力を入れて引き剥がし、口を開く。しかし、それより先に手が進まない。


「いや、あの、言い過ぎました。こう言えば食べるかと……。そんなに食欲が無いなら、無理しなくて良いです。残り物にもしませんから」


 優しい手つきで、ニールは僕の手からスプーンを取った。僕からスープ皿を受け取り、お盆の上に戻す。


「面倒臭いな。流星祭りの準備があるからと、皆して俺に押し付けやがって」


 ボソリ、とニールが呟く。僕はニールと親友くらいの気持ちでいたのに、彼はそうではないらしい。


「僕は自惚れ屋の馬鹿野郎か。ニール……。死ぬ間際に己の評価や、対人関係が分かるというが……。僕はニールに嫌がられていたとは思いもしなかった……。すまない……」


「どういう思考回路をしているんだ! 嫌だったら世話なんてするか! しっかりしろよレクス。何があったのか分からないが、酷すぎる。引きこもりや現実逃避を止めろ。得意の自己向上をするんだ」


 珍しく、ニールが敬語を使うのを止めた。真剣に僕を心配してくれているという温かな眼差しに、胸が熱い。


「え? 僕の勘違いか。何て嬉しい事を言ってくれるんだ。自己向上? いや、ニール。僕の人生はもうすぐ終わり。必要なのは世の役に立つ遺産だ」


「だから、健康体だって言っているだろう! 似たようなやり取りを、何回させるつもりなんだ! しっかりしろレクス!」


 大きな溜息が、ニールの口から漏れる。その時、コンコンとノック音がした。僕を慮り、ニールが対応してくれる。


 ニールが部屋に招いたのは……誰だ? 灰色の人影。ドレス様のシルエットからして、女性だろう。


「レクス王子様。お見舞いに参りました。お加減はいかがでしょうか?」


 ぼやぼやっと耳に入ってくる声。聞き覚えが無いというか、区別が出来ない。誰だ? 僕の病気は脳も蝕んでいるらしい。


「ありがとうございます。貴女様が心配して、こうして会いに来てくれたことで、力が湧きました」


「まあ。あの……レクス様。その……はい……。お元気そうで良かったです」


 相手の素性が不明でも、社交辞令は大切。嘘も方便。今すぐにも死んでしまうかもしれないなんて、言ってはいけない。男たるもの、女性に弱々しいところを見せるべきではない。僕は精一杯笑った。


「レクス王子は働き過ぎただけです。一人でゆっくりと休養していれば、直ぐに良くなります。舞踏会を楽しみにしているので、念の為の療養です。明後日の流星祭りまで、ティア姫とご歓談やチェスなどで大いに楽しんでください」


 来訪者は、どこかの国の姫か。建国祝いにして僕達三つ子の成人祝いの流星祭り。夜の舞踏会に参加する者で、城に泊まるのは限られた王族のみ。僕は全員把握しているのに、頭からすっぽりリストが抜けてしまった。


 ぼんやりしていたら、ニールが扉を閉めた。見舞い客を帰したらしい。


 コンコン、とまたノック音。来訪者が続くのは、最近もあった気がする。記憶力は良い方なのに、曖昧だ。


「はあ、これで何人目だ……。レクス王子、貴女は自分の特別。そう言う雰囲気を出さないように。貴方にとっては社交辞令でも、誤解を招き続けてます」


 ぼやきながら、ニールが扉を開いた。また、灰色っぽい……くない。桃色だ。苺色に見える黄金。それに、薄いオレンジ色のドレス。小柄で、赤っぽい金髪といえば、アンリエッタだ。よく見たら、やはりアンリエッタだった。


 挨拶と思ったが、ほぼ身内なので気合が入らない。


 ティアの側近。ニールと同じ、僕達の幼馴染従者。僕の妹にも等しいアンリエッタに、無理して演技する必要はない。


「ア、ア、アンリエッタ! じ、じ、じ……」


「じじじ? 耳元で煩いわよニール。レクス王子、お見舞いが遅くなりました。……。ニール、何、この羊皮紙や本の山」


 アンリエッタが室内を見渡す。ニールはわたわた、わたわたと落ち着きがない。 僕がまもなく死ぬかもしれないことを、隠してくれるのは有り難いが、ニールは嘘が下手。挙動不審過ぎて、アンリエッタに気づかれて、心配されてしまうんじゃないか?


「何しているの? セレーネ、ほら」


 セレーネ⁈


 一瞬、僕の脳裏にエリニスがよぎった。それも、セレーネと微笑み合うエリニス。


 婚約祝い。二人の幸福の祈り。口にするべき言葉があるのに、僕の体は言う事をきかない。何も胃に入っていないのに、吐きそう。僕はソファからずり落ち、そのまま床に倒れこんだ。

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