表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/66

思い込みで失恋。ただしそれにも気がつかない


 全然死ぬ気配はない。思っているより軽い病気?


 セレーネと向かい合うエリニスが腕を動かす。セレーネの手を取って、挨拶の手に甲にキスだろう。何故か、僕は走り出していた。


 エリニスは予想と違う動きをした。彼は腕を振り上げている。その腕が、セレーネに向かって勢い良く振り下ろされた。


 僕はエリニスに飛びかかり、エリニスの手首を掴んでいた。それも、力強く。


 瞬間、僕とエリニスは、ぶん投げられた。何に?


 勢い良く、海に向かって落下。反転する世界にセレーネの姿を捉える。両手で口元を覆い、驚愕というように、目を大きく見開いている。


「ごめんなさい! つい!」


 セレーネの悲鳴が響く。


 バシャーン!


  僕とエリニスは海に沈んだ。激しい海流で泳げない。なのにエリニスが僕の腕を引いて、力強く泳いだ。海面に顔を出すと、海蛇達が僕達の体を海の上へ押し上げる。


 激流にもまれたせいか、体が怠くて上手く動かない。海水を飲んだようで、むせ返る。


「お、お、俺より強いとは本当なのか……」


 僕の隣から震え声。エリニスが呻いている。エリニスのこんな声、聞いたことない。


「ゆ、許せん! この他国荒らしの雪姫が! 俺とバシレウス、ココトリスの友情を破壊するとは最悪な女性だ!」


 はい?


 海蛇の上を走り出したエリニスが、抜剣して海岸にいるセレーネに襲いかかる。僕は歯を食いしばり、気怠い体を動かして、後を追った。


 セレーネはひらひら、ひらひらとエリニスの剣から逃れている。素早い突きを、蝶のように華麗に避ける。おまけに、彼女はエリニスを蹴り飛ばした。


 エリニスに蹴りを入れた⁈


 流星国一の手練れ。隠さないで本気を出したら大蛇連合国一強そうなエリニスを、蹴り飛ばす⁈


 空色のドレスの裾がバッと広がり、ドロワーズが剥き出し。僕は慌てて彼女のドレスの裾を直した。


「セレーネ! 淑女がドロワーズを見せるものではない!」


「へ? き、きゃあ! つい!」


 真っ赤になったセレーネがしゃがんだ。


 エリニスは砂浜に何度も跳ねながら、遠くまで飛ばされていく。


「きゃあ! ごめんなさい! 手加減出来なかった! 絶対怪我をしたわ!」


 セレーネが慌てた様子でエリニスに駆け寄っていく。僕も後を追う。途中で、セレーネは足を止めた。僕も止まる。


「嘘……。私の馬鹿力で平気なんて……」


 エリニスは砂浜に両手両膝をついて、髪を逆立て、震えている。ゆらり、というようにエリニスが立ち上がった。激怒だ。髪が逆立っているエリニスというのは、激怒の時である。年に一度、見るか見ないかという姿だ。


「俺を赤子扱いなど、あり得ん! 何者だ!」


 確かに、その通りである。しかし女性にこんな態度のエリニスは変だ。


 性格が良かろうが、悪かろうが、容姿がイマイチでも、すばらしくても、年齢も関係無く、女性というだけで愛でるのがエリニス。相手によって、多少の態度の差はあれど、他の男性に比べると、過剰な程に愛想を振りまく。


 なのに、女性に殴りかかり、怒鳴るとは、エリニスはおかしくなっている。


 立ち上がったエリニスが、再度セレーネに斬りかかる。僕はセレーネの前に飛び出て、抜剣して、エリニスの剣を受けた。


「エリニス! 女性に何て態度だ! 父上の顔に泥を塗るな!」


「お前に用は無いレクス!」


 エリニスの膝が、僕の腹を狙う。エリニスの手首を右手で握り、支えにして倒立。そのまま一気にエリニスの背中に蹴った。


 当たった。エリニスに一撃なんて、二年ぶりか? 少し掠った、それ以外なんて初めてだ。


 エリニスの体が砂浜に転がる。


「は、はああああ! レクス! お前、今まで手加減してやがったのか! 弟の接待に長年気がつかなかったとは……なんたる屈辱……」


 エリニスは立ち上がり、頬を引きつらせた。接待? 手合わせで、僕が手を抜いたことは無い。エリニスに勝てたこともない。今のはなんだか分からないが、上手く蹴りが入っただけ。エリニスの動揺が激しいからだろう。


「ち、畜生! 王の上に立つ、特別な俺がこんな弱そうな女性や凡人弟に劣るとは、あり得ん! 許せん! これでは太陽のような矜持を有せない!」


 両手で髪をぐしゃぐしゃにすると、エリニスは砂浜に両膝をついた。落胆、という様子。こんな悔しそうなエリニス、見たことがない。


 トトッ、トトッと動物の足音。フェンリスだった。フェンリスはエリニスに近寄り、彼の頬を舐めた。


 僕と目が合うと、フェンリスはペッと唾を吐いた。これは、怒っている。しかし、僕だってフェンリスの謎の行動には腹を立てている。僕はフェンリスから顔を逸らした。


「フェンリス、本当か? 俺を鍛え上げて最高の男にしてくれるのか?」


 顔を上げたエリニスが、フェンリスを見据えた。エリニスがフェンリスの首に抱きつく。


「そうだ。俺は頂点に登りつめる男だ。この世の全てを掌に乗せる。弟や可愛らしい女性など、少し鍛えれば越えられる」


 フラフラしながら、エリニスは立ち上がった。


「あ、あの! いきなり決闘だなんて言われて、訳が分からなくて……。手加減を忘れてごめんなさい! 怪我がないなんて、とっても強いのね」


 セレーネがエリニスに駆け寄る。追おうとすると、蛇達に威嚇され、邪魔された。シュルシュルと、蛇達がエリニスとセレーネを取り囲んでいく。


 見つめ合う、不機嫌そうなエリニスと不安げなセレーネ。しばらくすると、二人は笑い出した。くすくす、くすくす、とても楽しそう。


「ふはははははは! 世界は広い。レクス、可愛い姫は俺が預かる。案内を頼むセレーネ」


「あの、レクスも一緒に行くわエリニス」


 エリニス? どうして、急に親密になった。見つめ合っていただけなのに。セレーネが振り返る。


 胴体に巻きつくお揃いの角蛇。お揃いの冠様の小蛇。神に愛されると豪語する王子に、女神のようなセレーネ。実に似合いの二人。


 僕は自然と後退りしていた。


「レクス? レクスなんて連れていってどうする。あいつは俺達のようには喋れない」


 エリニスは僕を見ない。今のは、わざと声に出した。一線引かれた気がする。


 僕を無視したエリニスは、周囲の蛇達を次々と撫で、笑いかけていく。頷いたり、首を振ったり、悪戯っぽく歯を見せたかと思えば、顔をしかめる。どう見ても、海蛇達と意思疎通しているような印象。


「いいえ、レクスもよ。レクス!」


 セレーネが僕の名を呼び、手を振ってくれた。


 僕は更に後退。くるりと体を回転させ、駆け出した。


 今日は、祝うべき日だ。実にめでたい。友人は多くても、人外みたいな才覚を有するエリニスは、いつもどこか寂しげだった。しかし、これからは違う。ついに、エリニスは運命の女性と知り合った。


 案内? 案内って何処へ? 巣だ。二人は巣とやらに行くのだろう。そこに、僕の居場所はない。


 エリニスとセレーネ、赤い糸で惹かれ合い、出会った二人は、あっという間に結ばれるだろう。そうすると……セレーネは僕の妹になるのか。根回しして、祝いの準備が必要。


 砂に足を取られて、僕は砂浜に頭から突っ込んだ。胸痛が悪化している。呼吸器症状もだ。口から心臓が出そうな程、気持ちが悪い。


 この後、僕の記憶は曖昧。気がついたら城の私室のベッドの布団の中で体を丸めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ