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異生物と無自覚ヤキモチ

 セレーネを追い続けると、昨日訪れた海まで来ていた。セレーネは海に向かって一直線。


 僕は慌てて彼女を追いかけた。このままだと、秋の寒い海に飛び込むんじゃないか? ここの海は海岸から少し先から一気に深くなり、海流も激しい。それを、セレーネは知らない。


 セレーネは海に向かって、砂に足を取られる事なく、まるで跳ねるように走っていく。僕は馬で追いかけた。


 その時、砂浜が縦に揺れた。地震?


 次の瞬間、海面がせり上がった。


 水飛沫が飛び散る。まるで豪雨のように海水が降り注ぐ。馬が驚き、僕を振り落とそうとした。手綱を離し、砂浜に受け身を取る。馬が森の方へと逃げていく。


 海に現れたのは——……蛇。エリニスから離れない、二匹の海蛇に似ている。あの二匹より、何十倍も大きい蛇が二匹。


「まあ……。落ち着きたいから、海を見ようと思ったら……」


 立ち止まったセレーネが、震え声を出した。


 さー、さー、さー、とあちこちの砂が次々と下に沈み、穴が出来る。そこから、次々と蛇が出てきた。セレーネが取り囲まれる。


「セレーネ!」


 転びそうになりながら、僕は走った。セレーネの胴体に、角が何本もある蛇が巻きつき、頭部をセレーネの頬に寄せた。セレーネがくすぐったそうに身をよじる。恐怖は無いらしい。


 ん? 襲われない? むしろ親密そう?


「そうなの。お祝いよ。でも、何だか胸が苦しくて悲しい……。あら、慰めてくれるの?」


 かなり小さな、頭部が(くちばし)のようになっている蛇が、セレーネの頭に張り付いた。毛羽立っているような鱗で、鉛銀色の小蛇が、カチューシャのように見える。いや、(ティアラ)だ。


 風がセレーネの着ている、空色のドレスを翻す。太陽の光で、彼女の頭に乗る小蛇が輝く。水面の反射で、セレーネは眩いほど煌めいて見える。


「まあ……王様ですか……。偉大な王様、お会いできて光栄です。セレーネです」


 二種類の蛇に囲まれながら、セレーネは海から伸びる巨大蛇にペコリと頭を下げた。巨大な海蛇も、挨拶というように頭部を下げる。


 王様? かつて、流星国の前身である領地に、蛇神が現れた。そう、聞かされて育った。母の生来の難病を治し、ある日突然動かなくなった父の腕を治し、この地に蔓延った流行病も治したという。


 父は、王だと告げられ、王冠を授かっとか何とか。城の従者から、国民から、あちこちからそう聞かされて育ったが……正直、信じていなかった。そんな、創作話みたいな事が、現実にあるわけがない。国王、王室を神聖な者にしようとする陰謀の一つ。そう思っていた。


 しかし、海から出現した、巨大な二種類の海蛇。今の光景は、蛇神神話の宗教画と良く似ている。


「蛇神様……」


 全身に鳥肌が止まらない。僕は敬意を示して会釈をした。二匹の蛇神様がゆっくりと海へ沈んでいく。


「この声……レクス?」


 セレーネが振り返る。セレーネは女神か女神の化身だったのか。どうりでキラキラと輝いて見える筈だ。


「セレーネ……。蛇神様……」


 言いたいことが、ちっとも口から出てこない。感嘆で全身に鳥肌が立っている。


「神様? アングイスとセルペンスですよ」


 こてん、と首を傾げた後、セレーネは寂しげに笑った。目が充血している。何故泣いたのか、何故海まで来たのか、それを確認して慰めたい。いや、女神だから、僕を蛇神様に導くための演技だったのか?


「セレーネ……いや、セレーネ様。神々しいくらい、眩しく輝いて見えると思ったら神様の遣いだったのですね。より励みなさいと、知恵を与えに現れて下さったとは……」


 自然と祈るような姿勢になる。片膝をついて、両手を握りしめていた。


「セレーネ様⁈ 待って! 待って! 待ってレクス王子様! だから神様じゃなくてアングイスとセルペンスよ! 神様の遣い? まさか! 私はただの変人!」


 セレーネが僕に近寄りながら、手を横に振った。僕はセレーネの手で立たされた。触れられた手が、熱を持ったよう。熱が全身に広がっていく感覚。


「あの……そんな風に言ってくれる人……居なかった……」


 いつの間にか、セレーネは僕の両手を握っている。更に熱い。夕方なのに急に気温が上がるとは、神の領域だからか?


「そんな風に? あの、セレーネ……。君は蛇神様と話せるようだが、もしかして、エリニスも君と同じ?」


 不明点が多過ぎる。僕はセレーネを見据えた。闇夜の一番星よりも、光り輝いている。やはり、女神で間違いない。


「ですから、神様ではなくて、アングイスとセルペンスですよ。海と地底で暮らしています。エリニス王子様は、私なんかよりうんと親しそうに話しをしていました」


「海と地底に住む? エリニスと共に育った蛇を、エリニスは海蛇と呼んでいるが……蛇神神話の元になった生物なのか?」


「海蛇? んー、それでも良いみたい。でも、正確にはアングイスとセルペンス。海蛇神話ってなあに?」


 蛇神は神様ではない。海と地底に住む。エリニスが「海蛇」と呼ぶ理由はこれか。これで、エリニスの謎が解けた。エリニスはこの海蛇達から情報を仕入れていたのか。父や母は、この事を知っているのか?


「あー、でもこの地の守護神だから、神にも等しいらしいです。私の故郷にいるアングイスやセルペンスとは違うみたい」


 セレーネはしゃがんで、ふむふむ、というように海蛇達を見つめている。話している? 僕もセレーネの隣に並んだ。腰を屈めて、海蛇達を観察。二種類いるが、小さい蛇ばかり。


「私、生まれた時からとっても変で……。レクスになら、話しても大丈夫って思っていたから……本当に嬉しい。あの、誰にも言わないって約束してくれる? 王様や王妃様にも。私と、エリニス王子様、レクスだけの秘密」


 眉尻を下げ、不安げな眼差しのセレーネに、僕は大きく頷いた。セレーネとエリニスだけではなく、自分もというのが誇らしい。どういう理由でなのか、それも知りたい。


「変? 人と異種族を繋ぐとは、変人ではなく偉人だ。エリニスがそうだ。何故、僕は秘密の共有を許されるんだい?」


 少し目を丸めたあと、セレーネは落ち葉色の瞳を潤ませた。歯を見せて、嬉しそうに笑う。僕は暑くて上着を脱いだ。秋なのに何故、こんなにも暑いのだろう?


「あの、ありがとう。レクスなら、不気味だって言わないって思っていたわ。あの、レクスはエリニス王子様に必要だから、そう言っています。それに、レクスが大好きだって。絶対に襲ってこない。信じられるって」


 レクスが大好き。突然、セレーネにそんな事を言われて、僕は固まった。


 大好きです——……。


 大好きです——……。


 私は貴方が大好きです——……。


 え?


 ああ、尊敬出来るという意味か。そうか、出会ってもうこんなに尊敬されるとは、誇らしい。何もかも足りないと、励み続けていた成果がついに出た!


「レクス? レクス? あの、やはり怖……くはなさそうね。嬉しそうに見えるもの。レクスが嬉しそうで、皆も嬉しいみたい」


 良かったわね、そう言いながら、セレーネは次々と海蛇達の頭部を撫でた。小さい海蛇達が、ぴょこぴょこと跳ね、セレーネの周りをぐるぐる回る。


「流れて輝く星は、叶えてくれる」


 歌い始めたセレーネが、ゆっくりと動く。踊りだ。この国にはない動作の、優雅で可憐な舞。


「わたしの願い、あなたの想い」


 この曲、流星の祈り唄。エリニスが歌い出したこの歌は、今や流星国中に広まっている。元々は海蛇達の歌なのだろうか。


 胸がドキドキ、ワクワクする。この世にはこんなにも謎めいた世界がある。セレーネが僕と異世界、そして僕とエリニスを繋いでくれる。


「季節が巡っても無くならない」


 突然、背後に気配がして振り返る。フェンリスが真後ろにいて、背中をベシベシ、ベシベシと叩かれた。しかし、僕はフェンリスの向こうにいる人物に目が釘付け。


 夕焼けに染まる砂浜に、ずらりと海蛇が二列に並ぶ。まるで道。その間に黒い影。その輪郭で誰なのかすぐに分かる。ただ、いつもの海蛇は居ないようだ。


 目を凝らすと、やはりエリニス。


「きらめく星よ、叶えて欲しい」


 セレーネの歌に合わせて、エリニスがのびやかに歌った。よく通る、耳触りの良い声。圧巻の声量。


 エリニスは優雅な足取りで、一歩、一歩、地に足を踏みしめて、セレーネへ向かっていく。二人が向かい合い、見つめ合った。


 これは、まるで、王子様とお姫様の運命の出会い。神話や創作話の、挿絵の一枚。荘厳な光景に僕は……気分が悪い。また胸痛。息苦しいのは、やはり呼吸器系か。


 僕は胸を押さえた。酷く不快だ。


 全身の血が逆流するような、不快感。


 こんな素晴らしい景色が、僕の人生の最後の瞬間なのか……。


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