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初恋はすれ違う

 物騒な事にアフロディテはドレスの袖から、太い針を出した。流石に刺されたくない。というか、針⁈ 淑女が、姫が、針⁈


「ア、アフロディテさん! 落ち着いて! 誤解ですよ! レクス王子はセレーネさんに真剣です! 彼はとても誠実です! 本当に真面目な方です!」


 ハンナがアフロディテを後ろから羽交い締め。アフロディテは、美人が台無しになる、鬼のような怒り顔。


「アフロディテ様! 聞きました⁈ きっと血筋が無いとお姫様になれないんですよ!」


 またしても、アルセは妙なことを口走った。この娘には一般常識は無いのか? 王家の娘が王女、姫である。だから、血筋が無いとなれない。きっと、って何だ?


「こんな格好良くて優しい王子様が真剣ですって! セレーネが戻ってこないのは、アフロディテ様に怒っているだけでは無かったんですね!」


 アルセが叫ぶと、アフロディテが力を抜いた。彼女が無表情で、ぼんやりと僕を見つめる。アルセは、何故か桃色の頬で、きゃあきゃあ言っている。


「そうですよアルセさん。王子の妻は姫ではなく妃と呼びます。お姫様にはなれません。先程のアフロディテさんの解釈は、早とちりの誤解です」


 え? ハンナ、ちょっと待て。妃? 妻?


 真剣?


 何か、話がすれ違っていないか? ボタンを掛け間違えたような違和感。


「あの……。誤解で暴力など……申し訳ございません……。大事な妹が遊ばられ、捨てられるのかと……。逆とは……」


 涙目のアフロディテ。えっと、どういう誤解だ? 父上だ。父上が勘違いして、婚約とか言いふらしたのか! それで、今の会話の流れで、誤解を受けた。姫にはなれないを、妾にするとか思われたのか。


 あの勘違いポンコツ王が原因だ!


 とりあえず、父を叱るのは後だ。アフロディテはセレーネの為に怒った。それも激怒。アフロディテがセレーネを大事な妹と認識していることは分かった。


 王子を物騒な針で刺そうとするくらいである。これはセレーネにとって、とても良い情報。それなら、許さないとならない。


 僕はアフロディテの右手から、そっと針を奪った。怖っ! こんな指の半分もある太さの針で、突き刺そうとしてくるなんて、陽国とやらの護身術は恐ろしい。


 すみません、すみませんと謝り続けながら、アフロディテはすすり泣きを始めた。


「女性を弄び、捨てるなど、そんな男は針で刺されても当然です。ただ、確認もせずに平手打ちは良い手段ではありません」


 僕は胸ポケットからハンカチを出して、アフロディテの涙をそっと拭った。


「本当に……大変……申し訳ございません……」


 アフロディテは可哀想なくらい真っ青。僕は丁寧に彼女の涙を拭いた。彼女の手からそっと針を奪う。


「義理のお姉さんと聞きましたが、強い絆があるのですね。良かった。セレーネ、意固地になっているようです。お姉さんから、歩み寄ってあげて下さい」


 無表情は崩れ、アフロディテは子供みたいに泣き出した。


「あの……本当にすみません……。(わたくし)、つい感情的になったり……辛辣な言葉を……使ってしまう……」


 しゃくりあげながら、アフロディテはポロポロと泣き続ける。自分の欠点には気がついているのか。なら、責め立る必要はない。


「僕で良かったです。次から気をつければ良い。誰でも過ちは犯す。失敗から学べば良いだけです」


 ポンポンとアフロディテの頭を撫でる。何だか懐かしい。幼い頃、ティアは良く泣いた。今はちっとも泣かないが、あれが出来ない、これが出来ない、情けないと泣いていた。それで、エリニスと二人で、よくティアを励ましていた。


 アフロディテは僕のアドバイスを熱心に聞いてくれている様子。


「貴女が大切です。そう……」


 そう、セレーネに伝えてあげて下さい。口にしようと際に、複数の人の気配がして、僕はアフロディテから視線を離した。


「まあ……レクス……姉様……」


 この声、セレーネ。アフロディテの向こうに、セレーネが立っていた。その後ろにはラスティニアン秘書。奥にカールとアンリエッタの姿も見えた。


 あれ、一緒に出掛けていた?


「姉様! お父さんが言っていた王子様はレクスだったのね! 王になる王子と言っていたから、エリニス王子様かと思ったけど違うのね!」


 セレーネは口を両手で覆い、一歩後退りした。


「お父さんの期待にもう応えるなんて、姉様は素晴らしい娘だわ! ああ……、姉様とレクスってお似合いね……」


 瞬間、目の前が真っ暗になった。セレーネの声も遠くて聞き取り辛い。まるで、彼女の嬉しそうな声を、耳が拒否しているみたいだ。


 お似合いね——……。


 お似合いね——……。


 お似合いね——……。


 大狼アレルギーではなく、やはり心臓の病気だ。激しい胸痛に、遠のく意識。暗くなる世界で、フェンリスが尻尾で頭を撫でてくれる感触がした。


 ベシベシベシ。


 ベシベシベシ。


 違う。撫でられていない。これは叩かれている。


 体が宙に浮き、僕は放り投げられた。感触的にフェンリスの尾に掴まれ、投げられたっぽい。


 受け身を取る。僕は体を起こした。


「フェンリス! 何故、いきなり投げた⁈」


 僕が叫ぶと、フェンリスは大咆哮を返してきた。体が振動するくらいの大きな吠え。


「レクス王子! 追いかけ無いのですか⁈ セレーネさん、泣いてましたよ! 何があったんですか⁈」


 ニールの声。探すと、玄関扉近くにニールが立っていた。セレーネが泣いていた? 僕が体調不良の間に、何かあったのか⁈


 背中に悪寒を感じて振り返る。フェンリスの牙が眼前にあった。なんで、フェンリスは僕に飛びかかってきた⁈ 僕は後ろに仰け反り、思わずフェンリスを蹴り上げた。


 天井に両手両足をついたフェンリスは、天井を力強く蹴り、またしても僕を襲撃。横飛びで避ける。向かい合って、間合いを取って、牽制。時折、フェンリスは僕と手合わせしたくなるらしいが、よりにもよって今?


「フェンリス! 僕は急いでいる! 大切な宝物のような友人が泣いているそうだ。手合わせは明日にしてくれ!」


 気を遣え! 僕はフェンリスを思いっきり睨みつけた。時間が惜しいので、ハンナに会釈をして、直ぐに走り出した。屋敷を出る。


 ニールが乗ってきたと思われる馬に飛び乗る。セレーネの行き先は何処だ? 視界の端、建物の屋根の上に人影が見えた。あの輪郭、セレーネっぽい。


「ひいっ! 何で屋根の上を走っている! 落下して、怪我をしたらどうする!」


 僕は馬を蹴って、セレーネらしき人物を追った。少し近付き、やはりセレーネだと判明。彼女の身のこなしは軽い。屋根から屋根へも、軽やかに飛び移っている。


 どう見ても、運動神経が良い、では済まされない脚力に跳躍力。まるでエリニスみたいだ。僕はセレーネを追いかけ続けた。

悪いのは言葉だけではなく、手を出したアフロディテ。この後、ハンナにやんわり、侍女アルセにかなり怒られました。


フェンリスの気持ち

「追いかけろと伝えて、手伝うという仕草をしたのに、手合わせとは解せない」


アンリエッタ、カール、ニール

「え? なぜ修羅場?」


あっちもこっちも、誤解ばっかり。

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