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勘違い、思い込み王子

 正午を知らせる、時計塔からの鐘の音。僕はため息混じりで、机に向かっている。図書室にて、文献探し。アピスのアの字も見つからない。


 巣に行けば、どんな生物か分かるだろうが、アピスの予備知識が欲しい。セレーネと親しい異生物に失礼があっては困る。


 午前中、セレーネと薬草園の視察のはずだったのに、彼女はラスティニアン秘書と出掛けたらしい。至極、残念だ。


 しかし、流星国を気に入って欲しいので、王妃秘書直々に観光案内は大変良い、手厚い外交である。ラスティニアン秘書と、彼女に進言したカールは、褒め称えないとならない。ただ、一言声を掛けて欲しかった。ニール経由で聞いて、ついて行けなかった。


「はあ……」


 もやもや、ムカムカ、調子が悪い。やる気も出ない。昨夜の貝による食あたりか? しかし、他の症状はない。同じ食事内容のセレーネは、朝食時、すごぶる元気だった。


「レクス王子、何回目のため息ですか?」


「多分、28回目だニール」


 山積みにした本を見つめ、僕は机に突っ伏した。


「調べ物が見つからないから……では無さそうですね」


「何か、こう、景色が単調というか……味気ない。日頃の疲れか? 寿命が短いからか?」


 ゲホゲホッ。ニールがむせた。僕は顔を横にして、隣に座るニールの顔を見上げた。


「寿命が短い⁈」


「君やオルゴ達、そういう話をしていただろう? 心臓に呼吸器疾患の合併にしては、かなり体調が良いが……。まあ、その時まで眩く生きるしかない」


 バシンッ! とニールに背中を叩かれた。結構痛い。


「どうしてそんなに珍妙な思考をしているんですか! しっかりして下さい! 健康そのものですよ!」


 ニールは呆れ顔。僕は体を起こした。


「珍妙? 突発性の頻脈、熱発、呼吸器困難に胸の苦しさ。総合判断……痛っ」


 また叩かれて、僕はムッとした。ニールも何故かムッとしている。


「レクス王子。それは、いつ起こる症状ですか?」


「突然だ」


「その時、必ず誰か近くにいません?」


 見つめられ、有症状時を思い出してみる。


「ああ、フェンリスがいる。まさかの、大狼アレルギーか? 長年共に暮らしているからな……」


 これは、フェンリスに隠さないとならない。彼を傷つけてしまう。ニールはムッとしているのではなく、僕に伝える事を躊躇っていたらしい。


「レクス王子……」


 悲痛という様相のニールを見て、僕は確信した。


「致死性では無さそうなので、フェンリスには黙っておこう。僕の大切な、唯一無二の友だ」

 

 ニールが両手で頭を抑える。


「言い辛い事を伝えてくれて、ありがとう。さて、僕はそろそろ軽く昼食を摂って、ハフルパフ公爵の屋敷へ行く。君は僕からの確認事項も概ね聞いただろうから、その資料を頭に叩き込むように」


 僕は立ち上がり、本を片付け始めた。ニールは大役が不安らしく、僕につきまとって質問責め。やれば出来る男なので、自立を促すべき。


「え? レクス王子、ハフルパフ公爵の屋敷へ行くって言いました?」


「ああ。セレーネの姉を預かっているのはハンナだからな。セレーネ、お姉さんと喧嘩したらしい。仲裁すると約束した。まずは挨拶がてら、会いに行こうかと」


 手土産は花束とチョコレートで良いだろう。本を本棚に戻しながら、挨拶を脳内で練習。


「それなら、レクス王子は忙しいのですし、城へ招きましょう」


「いや、アンリエッタを見舞うから僕が出向く。彼女、流星祭りを前に風邪なんだろう? 旅行かと思ったが、風邪の引き始めだから荷物を持って実家に一時帰宅したとカールに聞いた」


「えー……ああ……そうらしいです」


 ニールの歯切れは悪い。視線が泳いでいる。余程、幼馴染のアンリエッタが心配なのかもしれない。本当は自分も見舞いに行きたい。しかし、仕事があるから躊躇っている。そんなところか?


「君も行くべきだ。仕事よりも、大切なものがこの世にはある」


「あ……はい……。はい! 俺も行きます! 行きますとも! いや、俺がレクス王子の代理で行きます!」


「代理? 二人で行こう。時間のやりくりくらい頑張るさ。母親のハンナが看病しているだろうし、医者にも診てもらっただろうけど……果物と花くらいは持っていかねば。日頃、ティアが散々世話になっている。僕達家族を支えてくれる大切な従者だ」


「まあ……そうですよね。あー、俺も行きますから、言動には注意して下さいよ」


「見舞いに行くのだから、当たり前だ」


 ニールは何を心配しているんだ?


「そういえば、アンリエッタに会わないようにって言っていたな。しかし、世話になっている従者を見舞わないのは極悪非道な人でなしだよな?」


「まあ……見舞いなら……大丈夫かと……。レクス王子、本当に気をつけて下さいよ」


「だから、見舞いなのだから気を遣うに決まっているだろう」


 胸を撫で下ろしたようなニールに対し、僕は不信感を抱いた。そんなに、僕は気配りが出来ない男に見えるのか?


 僕はニールの背中に手を回し、図書室を出た。流星国のハフルパフ公爵一家は、全員が王家に尽くしてくれている。勤勉で、大変優秀だし親身。市民からの信頼も厚い貴族達。見舞いくらい行かないと、人としての道理に反してしまう。


 そんな理由が無くても、いつも元気いっぱいなアンリエッタが風邪なんて、単に心配。


「花とチョコレートを仕入れて、ハフルパフ公爵の屋敷だ。折角だから、昼食は城下街で摂るか」


 ふと、思いつく。チョコレートはセレーネの分も買おう。甘いものが好きだと言っていた。煌国辺りに、チョコレートは存在しない。絶対に喜んでくれるだろう。

 

 図書室を後にして、父に外出許可を得て、城を出た。護衛はオルゴ。娘の様子を確認するのに帰宅がてら、僕の護衛。そういう事になった。


 馬に乗る前に、どこからとも無くフェンリスが現れたので、フェンリスに乗せてもらう事にした。オルゴとニールは乗馬。


「良いですか、レクス王子。娘に余計な事を言わないようにお願いしますよ」


 馬に乗ると、オルゴは眉間に皺を寄せながら、僕に告げた。


「オルゴまで。見舞いくらい出来る。僕はそんなに励み足りないのか」


 一般常識くらい有しているつもりなのに……。過保護か。


「あと数日で成人。二人とも過保護は止めてくれ」


 教育係オルゴに、目付け監視役ニール。腹が立つから置いていこう。


 自分の身くらい守れる力はつけているし、何よりフェンリスがいる。危険は零だ。


 アンリエッタの見舞いと、セレーネの姉とその侍女に挨拶。二人が追いつく前に終わらせて、ほら問題ないだろう? と見せつけよう。


「フェンリス、全速力で頼む。僕は過保護な世話役から卒業したい。一人でも問題ないと証明する。君がいれば護衛は十分さ」


 そう告げると、フェンリスは疾風の如く駆け出した。オルゴとニールが僕を呼ぶ声がしたが無視。


 フェンリスはあっという間に、ハフルパフ公爵の屋敷へと到着した。ものの、数分である。


 チョコレートと花束が必要な事を告げると、フェンリスは商店街へ行ってくれた。サッと買い物を済まして、もう一度ハフルパフ公爵の屋敷へ到着。


 フェンリスアレルギーは出てこない。体調によるのかもしれない。

俺は慄いた。もしかしたら、レクス王子はまだ無自覚かもしれない。会話が噛み合っていなかった。


「オルゴ様、急ぎましょう。精一杯伝えたつもりでしたが、レクス王子は何もかも自覚、認識してないかもしれません」


「何だと? まあ……アンリエッタにはハンナやティア姫がついているし……。失恋は人生の糧だしな……。可哀想ではあるが……」


 可愛い娘の泣く姿は見たくないけれど、仕方がない。オルゴはそういう雰囲気。


「同じ失恋でも、これでもかって見せつけられたら最悪ですよ! レクス王子にあれこれ自覚させれば気遣うだろうから、そうしないといけません!」


「まあな……。しかし、勘違い激しいフィズ様に似た息子だからなあ……。アンリエッタはともかく、このままだと流星祭りが酷いことになるぞ。まあ、目付け監視役なのだから頑張れニール」


 豪快に笑いながら、オルゴは俺に拳を突き出した。馬を蹴って、先に進んでいく。


「オルゴ様! 面白がってません⁈」


「まあな! 若者が右往左往するのは愉快だ! 俺の娘なら、レクス王子への恋が実らなくても、良い相手と縁が結ばれる。そういう風に育てた。アンリエッタより、流星祭りを心配しろ! このままだと怖いぞー!」


 俺は必死に、高笑いするオルゴを追いかけた。乗馬は不得意。俺の馬は、中々行きたい方向へ向かわず、ハフルパフ公爵の屋敷に到着するのに、かなり時間が掛かった。

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