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王子、注意される

【翌日】


 パチリ、と目を覚ました。気分がとても良い。身支度をしながら、昨夜の会食を振り返る。セレーネは実に色々な事を語ってくれた。異国文化というものには、胸が踊る。それはもう、役に立つ話ばかりで、おまけに楽しくて仕方なかった。


 セレーネも楽しそうで、貝も見せられたし、完璧な会食だったと思える。残念なのは、食事が終わると、セレーネがラスティニアン秘書に攫われてしまったこと。


 机の上、山積みの書類も完璧。元々、仕事は早い方だし、短時間睡眠も得意。いつも、無理矢理寝ていた。昨夜は大変有意義な時間の使い方をした。


「今日は……午前中に薬草園。昼の温かい時間に海。午後にセレーネのお姉さんのところ。その間……」


 午後、誰がセレーネをもてなすのか? それが問題である。側近ニールは流星祭りに向けて仕事がある。セレーネのような女性の傍で、鼻の下を伸ばしそうだし却下。


 母はニールとカールをセレーネの世話役にしたが……カールとセレーネの性格は合わなそう。


 僕は考えながら、早朝鍛錬の為に、中庭へ向かった。素振りと軽い運動だけでもしたい。廊下に出たら、珍しいことにニールがいた。神妙な面持ちである。


「おはようございます、レクス王子」


「おはようニール。どうした?」


「話があります。昨日は話せなかったので」


 これは、計算外の時間になる。


「素振りをしながらでも良い話かい? それとも、腰を据えての方が良いか?」


「部屋でお願いします」


 仕方ないか、僕はニールを私室へ招いた。彼をソファへ促す。向かい合って座ると、ニールは、更に渋い表情になった。


「レクス王子、セレーネさんの事です」


「ああ、もしや君も世話役について考えてくれたのか? カールは不適任だと思う。アンリエッタが良いと思ったが、彼女は旅行なんだろう?」


 え? っとニールが目を丸める。この話ではないのか。


「違う話か。明後日からの、来客案内などについては昨夜のうちに最終修正をした。ニールを中心に、侍女と騎士で対応を頼む。あと、挨拶はティアだ。サポートはハンナ。僕は少々忙しくなるので、隙間時間に挨拶回りをする」


 僕は立ち上がり、机の上から書類を手に取って、ソファに戻った。ニールに書類を差し出す。


「流星祭りは建国祭。今回は更に僕達の成人祝い。申し訳ないが、少し医者の勉強は中断して欲しい。君の手が必要だ」


「あの、俺が来賓案内の中心ですか?」


「僕が招いた、同年代の来賓のな。今回、僕達に任された大役。このままでは僕の手柄になる。君にも花を持たせないと」


 ニールは書類を手に取り、嬉しそうに微笑んだ。そりゃあそうだ。頑張っているのに、認められないというのは、悔しいものだ。


「って! 体良く俺に仕事を押し付けて、セレーネさんとデートなんでしょう⁈ レクス王子、ご自分の立場が分かっています?」


「デート? デートというのは、恋人同士が出掛ける事だろう? 僕と恋人なんて間違えられたら、セレーネが恥をかく。それに、外交はデートとは言わない。立場? どういう意味だ?」


「恥をかく訳ないじゃないですか! 外交なんて顔もしてませんよ! レクス王子はついに成人。流星祭りで、縁談話が数多く舞い込みます。そのタイミングで1人の女性を連れ回すのは外聞が悪いです!」


 外交という顔をしていない?


「ニール、僕は中々良い外交をしているかと思っていたが……気弱で情けない感じを醸し出していたのか? それに縁談話って……まずは王太子エリニスにだろう」


 ニールは僕を睨み、首を横に振った。縁談話など、日頃の状況を考えるとまず来ない。僕に気のある姫君、ご令嬢は皆無。


 兄のエリニスと比べられると、何もかも劣るから仕方がない。幸い、僕も心を動かす女性はいないので問題はない。


「外聞が悪くならないようには気をつける。確かに、未婚の淑女に対して妙な噂が立ったら困る。彼女の名誉を守らねばならない。あれだな、人目のない所で会談しよう」


「セレーネさんの名誉って……。彼女は東の小さな村から来た、そこらの一般人ですよ」


 僕はニールの棘のある言い方に、少し苛立った。


「そこらの、世の中にそのような人は存在しない。誰もが唯一無二の輝かしい存在だ。そういう言い方は止めた方が良い」


「あ……今のは、その、少々失言で……」


「単刀直入に、君は何を言いたい。早朝から、僕を訪ねてきた大事な話とは何だ? 僕の1日の計画を崩す価値があると思ったから、こうして君を部屋に招き入れた」


 さああああ、とニールは青ざめた。こうなると思ったが、ニールも来月には成人。官僚兼医者という高望みをするなら、僕くらいあしらえないと困るだろう。


 ニールは背を伸ばした。口は真一文字。この精悍な表情や、気圧されないところは見習うべき姿だな。僕は感心した。どちらかというと気弱な幼馴染も、大きく成長している。


「多くの姫が、胸をときめかせてレクス王子に会いに来ます。良いですか。全く気がついてないようですが、これは事実です。来賓対応、特に舞踏会では、それを踏まえた行動をして下さい。それを話にきました」


「え?」


 予想外の話に、僕は耳を疑った。


「胸をときめかせて? 僕に?」


「そうです。今度こそ、レクス王子に見初めてもらおうと、大張り切りです。姫だけではなく、彼女達の侍女を務めるご令嬢もです」


 冗談には見えない、ニールの真剣な表情。


「今度こそ? エリニスなら分かるが……」


「エリニス王子は、雲の上の存在。レクス王子は手を伸ばせば届きそうな高嶺の花。そろそろ、自己卑下を見直して、正しい自己認識を持って下さい。いえ、持ちなさい。さもないと、舞踏会が乙女の血の海になります! 舞踏会の練習会は中止しておきましたからね!」


 茫然。ニールの言葉を咀嚼出来ない。


「いや……ニール……。自己卑下? 僕は何もかも、まだまだの男だ。血の海?」


「良いですか。父親が遠いのは当たり前です。ましてや、本国国王とも渡り合うフィズ様です。で、エリニス王子は規格外。というか、下手すると人外です。比べる相手を変えて下さい」


「おい、ニール。エリニスを人外とは……」


「その話は置いておいて、レクス王子の話です。高嶺の花! デートではなくて外交と言い張るのは勝手ですが、自覚して上手く立ち回って下さい!」


 ピシャリ、と言い放つと、ニールは立ち上がった。僕もつられるように立った。


「アンリエッタにも会わないように! この意味分かりますね? この誇らしい仕事は任されますし、俺はレクス王子の味方です。帰ってしまう女性の心を鷲掴みにしようとするのは、非道ですからね! 良く考えて行動して下さい!」


 では、お互い忙しいので失礼します。と、ニールは書類を持って、部屋を後にした。少しボーッとしてしまったが、慌てて追いかける。ニールはもう、廊下の角を曲がるところだった。


 アンリエッタに会わないように? 全く意味が分からない。


 帰ってしまう女性の心を鷲掴みにしようとする? 全く見当がつかない。


 カラーン、カラーン、カラーン。朝の訪れを知らせる教会の鐘の音が微かに聞こえてきた。


「鍛錬と、セレーネの朝食準備……」


 僕はニールに言われた、あらゆる言葉を噛み砕きながら、よろよろと廊下を進んだ。

ニールはよろめきながら、廊下を進んだ。角を曲がり、待機していたカールの前にヘタリ込む。


「どうだった?」


「言った! 何とか話した! 恐ろしい威圧感だった……。何、あの貫禄。怖っ! フィズ様と同じで、急に別人みたいになる。怖っ! とにかく、精一杯、伝えてみた」


 カールはニールの腕を引っ張って立たせ、彼の胸を拳で軽く殴った。


「まあ、どうせ遠回しにだろ。まあ、臆病ニールにしては良くやった! あとは、あの田舎娘をどうにか城から追い出そう」


「いいや。王妃様が追い出すのは禁止している。母上が猫可愛がりしているから、それを後押ししよう。可愛い女の子と買い物や観光。絶対に釣れる」


「その作戦、レクス王子と会う前にだ。またデレデレ顔で颯爽と攫うぞ」


 急げ、急げとニールとカールはセレーネとラスティニアン秘書の部屋へ向かった。

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