第6話『発見』
「潰される……!!」
森の魔獣、オーガ。その凶暴な攻撃に打つ手なく、踏み潰されようとする時だった。
『……君は死にたいかい?』
心の中のネルロが僕に話し掛ける。
『そんな訳ない。二度目の人生を無駄にするもんか。』
『……君ならそう言うと思ったよ。でも、君はこのままだと死ぬ。』
そんな事は自分が一番分かっている。だが、どうしようもない。
『僕なら君を助けられる。どうだい、身体を受け渡す気はないかい?』
『僕の方が不利な条件だな。』
『そりゃあ、ネルロが君を助ける。どうして公平である必要があるんだい?僕は赤の他人に優しくするつもりは無い。』
『赤の他人って……少なくとも同一人物ではあるだろ。』
『前は、だ。今は違う。こうして、二つの人格に分かれているのだ。同一人物とは認めない。』
『お前なぁ……』
意見はすれ違うばかりで決まらない。心の中での会話である為、現実時間では一瞬にもならない時間だが、長く続けば僕は潰される。早く手段を見つけないと……。
『君に残された選択肢は二つに一つだ。どうする?』
『……分かった。ネルロに二秒だけ身体を受け渡す。それでオーガを始末しろ。』
『まあ、良いだろう。』
『じゃあ、いくぞ────』
心の中の封印を一時的に開放────その瞬間、とてつもない力が心の中から溢れ出す。その力は僕を呑みこもうとする。
『……負けるかっ!』
気力で力を防ぐ。二秒、二秒だ。その時間だけ耐えれば良い。
『さて、僕の出番だ。』
現実に戻る。だが、その瞬間、青年の姿は大きく変化していた。強大なエネルギーを身体から放出している。髪色は黒から黄っぽい白へ。眼の色は黒から緑へ。確かに色が変わっていた。
「【聖域】。」
詠唱により、オーガの攻撃は見えない障壁に阻まれた。体勢を崩したオーガから地面に転がる。その振動で地面が揺れるが、ネルロは全く動いた様子がない。
「【聖槍】。」
手を上に翳すと、白い光を纏った槍が顕現する。その槍は百以上に数を増やし、一斉にオーガへと刺さった。
「グゴゥオオッッ!!」
ここまでの動作が一秒半。
「どうやらここまでか……」
そして、二秒が経過した。ネルロの溢れていた力は収まった。その隙に僕が主導を握る。髪と眼の色が戻った。
「容赦ないな……オーガ、みじん切りじゃないか。」
オーガは見るに堪えない状況となっていた。身体中から血を流していた。槍で付かれていない所はないようだ。
『これぐらい当然の仕打ちさ。』
当の本人は気にしていないようだった。
『先程の技は何だ?』
儀法でもその上の聖法でもない。どのような技なのか。
『まあ、君にはまだ使えないけどね。【神理】と呼ばれるものだ。聖法のレベルが10で使えるようになる。使えるまでに君の人格が生きているといいけどな。』
『わざわざ教えてくれて、ありがとな。』
どうやら聖法の上にも上位の技能があるようだ。まだまだこの世界は知らない事ばかりだ。だが、この二秒の間、ネルロの人格が強くなった事で僕にも聖法が使えるようになったらしい。レベルは高くないが、これからはますます出来ることが増えそうだな。
『ふん。』
それからネルロは全く反応しなくなった。まあ、良い。改めて【探知儀法】を発動し、王の反応がある事を確かめる。急ごう。
オーガのせいで周りには木がない。地面を走って行く。王に近付くにつれて、違和感を感じた。何かおかしい……。
「魔獣が全くいない……?」
どこにも魔獣がいなかったのだ。では、王は何をしているのか。魔獣は魔法で人間を探知できる。即ち、王の周りに魔獣がいないことは無いのだ。だが、一つだけその状況が起こるとすれば────
「それを上回る脅威があるって事だ。」
どうやら王との距離は五百メートルほど。僕の速度なら一分も経たずに着くだろう。距離が近付くにつれて、その実態が徐々に分かる。
「声……?それも二人。王と……もう一人、誰が話しているんだ?」
魔獣の森に王以外に誰かいるのだろうか。王を魔獣の森まで運んだ犯人の仲間だろうか。それとも全く別の……。魔獣の森で言葉を話せる種族は一つ。【魔人族】だ。魔力を糧に生きる人族に類似した種族だ。【魔族】と呼ばれる種族も存在するが、それはただ単に魔力に富んでいる種族の亜人だ。人と区別がつかない。
それに対して魔人族は、最も凶悪な種族と呼ばれるほどに危険なのである。これもネルロの記憶である為、全てを知る訳では無いが、残忍なその性格では破壊・殺戮する事を厭わないそうだ。
「この森に魔人族がいるのか……!?」
ここから考えつくのは最悪な展開だけだ。王が一方的に魔人族に攻撃される、という展開。普通の人族では抵抗できずに負けるほどの強さに差があるのだ。今の僕の技能でもギリギリ勝てるかどうか。
そして、遂にその姿が見えた。まず一番に見えたのは、王である。王が反対側の誰かに対して必死に何かを言っている。その相手は……?木が邪魔で見えない為、移動する。
パキッ。身体の体勢を変えて見れば良かったのだ。身体を動かしたばっかりに足元の木を折ってしまった。音はどうやら静かな森では響くようだ。案の定、僕は視線を浴びる。仕方なく僕は出ていくことにした。
「すみません、王様。お助けに参りました。」
「……お主が、か? 勇者殿は記憶を失くしたのでは無かったのか?」
「はい、ですが、とある理由で少し取り戻したのです。その理由については後ほど説明させて頂きます。それよりも今の状況はどうなっているのですか?」
「ああ……今はな、此奴と話していたのだ。」
ようやく僕は話していた相手を見る。身長は僕の腰ほどしかない。凡そ120センチメートル辺りだろう。少年か少女が見分けがつかないほどに中性的な顔つきは、ミステリアスな感じを思わせるが、それよりも目立つものがある。
「角……こいつは魔人族。」
そう、魔人族の特徴として唯一、角を持っているのだ。本来、鬼系統の魔獣のみが角を持つが、魔人族は鬼系統の魔獣の血も混ざっている為、角を持つのだという。
「うん、そうだよ。魔人族さ。この人、攻撃して欲しくないのか、ずっと話し掛けてきたんだよ?面白いから良いかな、って思って何も言わなかったけど。」
「分かっておったのか……」
魔人族と言っても間抜けではないらしい。だが、それが本当に間抜けではない、という証拠になるとは限らないが。
「ねぇー今、ボクを間抜けって思ったでしょー、分かるんだよー?」
訂正せざるを得ないのか。この魔人族が相手の思考を読むとすれば、ますます倒すのは難しくなるだろう。あのオーガの数十倍も脅威となるだろう。どうにかしてここから逃げ出したい。
「王様、こちらへ!」
「あ、ああ……」
王様が僕の方へ向かっている間、僕は魔人族から目を離さないでいる。視線に気付いているのか、魔人族はこちらに微笑みかける。その幼げのある笑顔はどこか不気味さを感じさせる。
だからこそ気付けたのか、いや、敢えて気付かせたのか、一瞬だけ笑みを深め、次の瞬間、姿を晦ました。気配を感じて、僕は王様がいない方向────左側に【防御儀法】を二重がけする。
その選択肢は的確であったようだ。魔人族は防御儀法を殴る。それだけで二枚の防御儀法は破れてしまった。王様を連れて、僕は後方に避ける。
「見事な反応速度だよーその調子で死ぬまで遊ぼうねー」
「お誘いの言葉、嬉しいが乗れないな。こんな所、一刻も早く出たいからな。じゃあな。」
隙を見せないように無詠唱で【転移儀法】を発動させる。儀法は発動までに一秒も掛からない。だが、恐るべき速度で魔人族は攻撃を仕掛けてきた。儀法発動準備中には重ね掛けが出来ない。完全に隙を見せていた。しかし、辿り着く前に僕達は王宮へと転移した。
「王様、無事ですか?」
「あ、ああ、ここは?」
「王宮です。今、エネが犯人と戦っているはずです。僕はそちらに向かいます。王様はここで待っていて下さい。」
王様は神妙な顔をして、頷いた。まだ信じきれていないようだ。まあ、良い。僕は行くとしよう。
「すみません、また会いましょう。」