第5話『追走』
魔獣の森に入る。唐突に魔獣の鳴き声が聞こえてくる。
「魔獣の森の外と中では全く別世界みたいだな……。」
思わず声を発してしまった。止まってしまった足を動かす。戦闘は最小限。まだ生きているという事が分かれば、後は助けるだけだ。【探知儀法】で居場所は特定できているから容易い。
「東側か……危険な魔獣が多い方にいるのか。仕方ない、木の上を跳んでいくのが無難だろう。」
跳躍し、木の太い枝に乗る。少し軋めくが、折れるほどではないようだ。どうやらこの木々も魔素を吸収して強くなるらしい。
木々を走るように跳んで進む。今、僕には二つの儀法が施されている。【跳躍儀法】と【韋駄天儀法】だ。跳躍は名の通りだが、韋駄天儀法は風の速さで走れる、というものだ。エルフが好んで使う儀法だ。
「……早速来たか」
「ウギャャ!」
木から木へと高速で移動している僕を見つけて、攻撃を放つ魔獣。どれだけ危険かが分かる。僕に対して的確に攻撃を放つには、攻撃速度が僕と同じ速さ。更には予測を付けて攻撃する必要がある。
「泥か……触るのは危険だな」
魔獣が放つ泥には魔力が込められている。用途としては触れると爆発して、視界を遮るのだろう。【防御儀法】を発動する。飛び跳ねる可能性を考慮して、大きめに防御の魔方陣を張っている。
「ウギャギャギャ!!」
どうやら予想が当たったようだ。泥は魔方陣に触れると同時に爆発した。防がれた事に激昴しているのか、猿の魔獣────【エスケート】は喚く。
「ウギャッ!」
攻撃を放つ……訳では無い。何かをしたようだが、何をしたかが分からない。その隙に別の木へ移り、逃げようとする。
「危ない!」
目の前から現れた泥爆弾を咄嗟の【防御儀法】で防ぐ。
「二体目か……。いや、違う。」
二体目、三体目とエスケートはその数を徐々に増やしていた。先程の鳴き声は、仲間を呼ぶ声だったのか。早めに倒さなかった事を後悔するが、もう遅い。
「もっと数が増えるだろうな……」
僕の後方には、同じ速さで追いかけて来るエスケートが既に数十匹にも上っている。その数も依然として増えている。これは一度、数を減らした方が良いかもしれない。
すぐに儀法を展開する。同時に爆音が轟いた。【爆発儀法】。攻撃系の儀法を使うのは、僕の人格では初だ。二次効果として発生した爆風を利用して、更に移動速度を速めた。
「……まだ、いるのか!?」
嫉妬深さは人間にも負けないらしい。エスケートは、後ろから右から左から下から上から前から、どこからでも湧いてくる。
「【不可視儀法】で消える事は出来るけど、このスピードで維持し続けるのはキツイな……。」
正直、魔獣の森という名を聞いて嘗めてかかっていたようだ。このエスケートは充分に強敵である。早めに始末しないといけないみたいだ。
「【感電儀法】ッ!」
本来、儀法は無詠唱でも発動可能である。しかし、名称を唱えれば、それだけイメージ力が高まり、威力も高まる。だが、デメリットとして、相手に使用する儀法が知られ、対策を取られる可能性がある。
「「「ウギャァッ!!」」」
高電圧の電流がエスケートからエスケートへと移り、身体を焦がしていく。かなり強力の魔法だが、近くに感電する対象がいなければ、それで終わる。どうやら勘づかれたらしい。すぐにエスケートは大きく広がった。死んだのは三体か……。
「【消音儀法】!!」
僕から半径1km圏内の音を取り除く。これでエスケートは数を増やさないのではないだろうか。
適度に攻撃をしつつ、逃げ回っていると、エスケートの数が徐々に減っている事が分かった。【消音儀法】は効果があったようだ。
『一気に数を減らすか……!!』
声にならない声を上げる。音は聞こえずとも、口に出して詠唱すれば、威力は上がる。
『【崩壊儀法】ッ!』
攻撃系の儀法でもかなり強力な儀法である。特定の箇所を的確に崩壊させる。僕が崩壊させたのは木々と地面。環境破壊だが、この森の木々は環境に良くないので、環境破壊ではない。……そう、言い聞かせる。
『ウギャギャャッッ!』
エスケートは大きく口を開けて、何かを叫んでいる。口の動かし方から大体何と叫んでいるのかは分かったが、聞こえなければそれで良い。だが、地割れを起こして、落とすだけでは登ってくるだろう。もう一つ加える。
『【合成儀法】』
本来は崩壊儀法で破壊した場所を直す為に使う訳では無い。小さな魔法を接着する為に使う事が多い魔法だ。それを応用して、使っているだけである。
地鳴りもせず、地面は見事に元の形に戻った。曲芸並みのその技術を見るものはいない。どうやら完全にエスケートは消え去ったようだ。強敵だった。一気に進むとしよう。
常に体力を消費する【消音儀法】を解除して、僕はスピードを上げて、進む。前後左右を定期的に確認する。先程みたいな事が起こるのは勘弁だ。
そうして、魔獣の森を東に向かう事、一時間。僕は新たな敵に遭遇した。
「……鬼の魔獣!【オーガ】か!」
その図体の大きさで大きな棍棒を振り翳す。先程のエスケートの数倍も危険な魔獣だ。
「これは厄介だぞ……!!」
「ウグォゴォアッ!」
オーガは人型であるからか言語のようなものを話す。それには一定のメカリズムがあるようだが、僕は知らない。知りたくもない。だって、敵だし。
「【岩壁儀法】!」
オーガの前に岩の壁を貼り、その隙に距離を開ける。だが、隙は一瞬にして詰められる。
「グゴゥゥォゥオ!」
棍棒で一瞬で粉砕。その速度も速すぎる。
「嘘でしょ!?」
オーガが僕を見つけるまでの時間、その間に森を突き進む。
「グゴゥオオオッオオオ!」
どうやら見つかったようだ。更に速度を上げる。体力は……まだある。ネルロの人格が入った事でその分のステータスが向上している。体力も底上げされた。
「【炸裂儀法】ッ!」
木々の木屑を手に取り、オーガに投げ付ける。同時にそれらはオーガに切り傷をつける……事は無い。強靭な身体は攻撃すらも超越するようだ。
「……厄介だなっ!」
「ウグゴゴゴゴォッ!」
どうも返事ありがとうっ!じゃあ、僕を見逃せよ!思わず叫びそうになるが、オーガに言ったところで意味は無い。息を整える。長時間の戦闘は精神的にも負担が大きい。なるべく短時間で終わらせたい。やはり【崩壊儀法】で……
僕がオーガを見ながら、そう考えた時だった。オーガは予想斜め上の行動を起こす。
「グルゥコオガカォコ!!」
咆哮。それだけで木々が粉砕されてゆく。
「やばっ!」
僕が乗っていた木も折れる。慌てて体勢を整え、地面に着地した。危ない……。
「先の木も折れたか……走るしかないな。」
再びオーガから逃げる。だが、木から落ちたら、オーガの絶好の的となっていた。
「ウゴゴタァォオゴゴゴ!!」
棍棒を地面に振り下ろす。その動作だけで地面が避ける。
「詠唱無しで儀法と同じ事出来るのかよ!これが……崩壊儀法か。」
我ながら先程使った儀法の恐ろしさを感じた。それも身をもって。崩壊する地面の右側に跳び移る。オーガはこんな所どうやって走るんだ……?
地割れを起こせば、オーガも走れないはずだ。オーガの方を見ると、いなかった。
「この黒い影……まさか!」
上を見る。そこには跳躍して僕を踏み潰そうとするオーガの姿が。慌てて儀法を展開する。
「【強風儀法】!」
人であれば、軽く飛ばされてしまう強風儀法。オーガには効かないようだった。
「【風塵儀法】!【岩壁儀法】!」
風に塵を混じらせ、視界を遮る。そして、その隙に先程一瞬で潰された岩壁を……だが、壊される。
「潰される……!!」