第4話『再生』
「勇者様、大丈夫ですか!?」
「はい……大丈夫のようです。」
僕は蜘蛛に刺されたのに気付くと同時に苦しい痛みに襲われた。日本では味わうことの無い痛みだった。そして、死んだ。
「アリシア……あ、いや、王女様。」
「……!? どうして私の名前を!?」
僕が目覚めたのは今だ。だが、僕は僕の第二の人格の記憶も共有していたらしい。ハッキリと【ネルロ】の記憶が僕には存在しているのだ。
「僕は僕であり、ネルロでもあります。全ての記憶は戻っていませんが、ネルロとしての記憶は共有され、数年分の記憶が戻りました。アリシア様。」
「っ……。」
王女様は戸惑っているようだった。僕か、ネルロか測りかねているのだろう。こちらの人格、つまり僕としての考えでは、ネルロと王女様は互いを愛し合っていたのではないか。それはネルロの言動を見ていても分かる。
「恐らく僕がネルロとして覚醒する度に記憶は戻っていくでしょう。そして、いつの日か僕はネルロになっています。……貴方の求めている。」
「……では、貴方という人格は?」
「分かりません。消えてしまうのか、混ざるのか。それはなってみないことには分からないのです。」
「そうですか……。」
あと三回の死が僕の死を意味する。そう僕は捉えている。人格はネルロになってしまうだろう。それは僕にはどうしようもない。
だが、同時にどこか嬉しかったのだ。エネが僕に向かって言った言葉の数々は僕の記憶にしっかりと残っている。紛い物ではいたくなかった。
「元気を出してください。王女様。僕は僕であり、ネルロはネルロです。今を生きるのは今の王女様、未来の事は未来の王女様に任せましょう。」
無責任の言葉だが、苦しんでいる内は幸せは掴めない。その苦しみから脱して、初めて幸せは訪れるものなのだ。それに僕の中のネルロはそれを欲していた。
目を閉じて、会話をする。
『君の人格は恐らく……すまない。』
『良いんだ。ネルロは自分の事を考えてくれ。』
『……ありがとう。』
僕の心の一部はネルロとなっていた。二重の人格が同時に出現している。だからこそ僕という人格の死は近かった。だが、僕はそれで良いのだから、この話を続けるつもりは無い。
「じゃあ、王女様。犯人探しですね。」
「……はっ、はい!」
いきなり変化した僕の様子に王女様は驚いているようだ。だが、気にした様子も見せずに腕を引く。
「こちらですよ!」
「お待ち下さい、勇者様!」
エネや強面達が慌てて止めようとするが、無視して走る。王女様に合わせて、走るスピードは速くない。すぐに追いつかれてしまうだろう。
王宮を躊躇いなく突き進む。ネルロの記憶の中にはしっかりと王宮の記憶があった。そして、目的地に辿り着く。
「お父様の部屋ですか?」
「ええ。まあ、入ってみましょう。」
僕が扉を開けると、中から怒声が聞こえてくる。
「たわけが!!」
声の主はこの国の王だ。もう一人いるようだ。その姿を見て、王女様は驚く。
「お兄様!?」
そう、怒鳴られているのは王女様の兄、つまり王子であった。
「……アリシア、どうしてここに?」
「勇者様がここで犯人の行方が分かると。」
「……どうやら勇者殿にもバレていたようだな。」
「父上!」
「……お父様。どのような状況なのですか、ここは。」
「ああ、レイスの側近が今回の犯人のようでな。犯人の居場所を聞き出しているのだ。」
僕は考え込む。既におかしな点が存在しているのだ。それを追求すべきか話を進めるべきか。
『話を全て聞いてからでも遅くはないと思うよ。』
『ネルロもそう思うか……じゃあ、そうしよう。』
三人いれば文殊の知恵というが、二人でも一人に比べれば、充分良案は出せる。満場一致という事で尋ねないことにした。
「それで犯人の居場所は?」
「そこが問題なのだ、勇者殿。レイスは口を割ろうとしない。」
「当然です!私の側近はそのような事をしていません!」
ここで意見が食い違っているのか。どうやら話はここまでのようだ。再び王は王子に犯人の居場所を言わせようと苦心している。
「陛下。一つ質問宜しいでしょうか。」
「どうされた、勇者殿。」
「王子の側近だという情報をどこから得たのですか?」
「勿論、レイスの側近からだ。」
「……へ?」
王子が固まる。王子の側近は一人。容疑を掛けられている本人だ。他に側近はいない。お世話係はいるが、それは王子の側近ではない。
「犯人さん。正体を現して頂けると幸いです。」
僕は姿を変えた犯人に向かって言う。
「……父上?」「……お父様?」
王女様と王子が王に向けて視線を送る。僕の言うことが嘘だと信じたいのだろう。だが、王は明らかに偽物だ。
「何を言うかと思ったら、勇者殿。お気は確かか?私は私だ。何であると言うのだ。」
「残念ですが、貴方は偽物です。」
僕の手の上にはステータスが表示されていた。それは自分のものでは無い。そこにはしっかりと技能として【蟲使役 - Lv.5】が記載されていた。
「王に【蟲使役】は使えませんよ。それもⅤ級蟲使いとは……。中々の曲者ですね。」
「……やはり勇者は勇者か。記憶を失ったと聞いた時は絶好の機会とも思ったが、計画が甘かったようだ。いつの間にか生き返っているようだしな。クックックッ。」
王はいつの間にか全く別の男へと姿を変えていた。これが本来の姿なのだろう。
「レイス様。御迷惑をお掛けしました。」
この犯人は本当にレイスの部下であった。いつから裏切っていたのかは分からない。だが、この技能を見れば、随分と前から計画をしていたのではないだろうか。
「お前は……いつ裏切ったのだ?」
「……最初から裏切っておりませんよ。私は……俺はハナから誰にも忠誠を誓っていません。」
「っ……」
「お父様はどこですか!?」
そう、この男が王に化けていたのであれば、本物の王はどこにいるのか。男は嗤った。
「クックックッ。王はこの世にいないかもしれませんねぇ、さぁ、どこにいるんでしょう?魔獣がゴロゴロといますからねぇ、あそこは。」
「まさか魔獣の森に……!?」
魔獣の森は魔素を力として発現させる【魔法】を扱える獣が多く住んでいる森である。そこに入った人間は出られないと言われている。実際に帰ってきたものはいない。
「……人数が足りない! あと一人いれば……」
僕だけでは目の前の男を捕らえる事と王を救出に行く事、どちらかを捨てることになる。どちらの選択も犠牲者が大勢出ることとなる。
「勇者様!」
「……エネ!ナイスタイミングだ!この男の動きを抑えて、地下牢に入れて!」
「……あっ、えっ、わ、分かりました!」
突然の名指しに戸惑ったエネだったが、直ぐに気を取り直して犯人に向き合う。ネルロの記憶にエネが暗殺術に長けているというものがあった。どうして知ったのかは知らないが。
「僕は今から王の救出に向かいます。王女様は王子と共に騎士団に報告をお願いします!」
すぐに足元に【転移儀法】を発動させる。いわゆるワープだ。そして、魔獣の森の前に飛ぶ。
魔獣の森からは禍々しい魔素が溢れているのが分かる。人族の敵とされている、魔族などもいる可能性がある。危険は一つではない。
僕は気合を入れる。この救出は時間が勝負だろう。戦闘はなるべく避けなくてはならない。それでいて、王の居場所を探知する必要がある。【探知儀法】を森全体に発動する。
「────まだ、生きてる!急ごう!」
そして、僕は魔獣の森に入った。