第2話『再会』
「じゃあ、後は頑張ってね。」
人懐っこい笑顔を最後に浮かべて、子供は消え去った。綺麗サッパリ、と。人が辿り着くことが出来ない存在なのだろう。何一つとして、勝てる要素が無かった。
「僕にあるのは願い事三つだけか。でもこれは後々残していた方が良さそうだ。まずは抜け出そう。」
改めて何も無い壁に身体を向ける。
「願い事は使いたくなかったけど……」
恐らくここから抜け出す為に使え、と言ったのだろう。一つ減るが、試してみなくては本当かどうかも分からないのだ。
「コホン……えーっと、儀法だっけ、それを使えるようにしてください。」
この世界について知っているのはこれぐらい。それ以外にここから出る方法を知らないのだ。筋力が増しても、ここから抜け出せるとは限らない。
『────其方の願いは叶われた。其方の新たな力を試されよ』
ニュースキャスターのような硬い口調で感情の篭っていない言葉が綴られる。勿論、声の主など分からない。だけど、一つ分かることは。
「何か、出来る気がするんだよな。」
どこからともなく湧いてくる自信に流され、僕は壁に触れた。それが合図だったのだろうか。
「なっ……!」
壁に紋章が現れる。床に描かれている紋章と似ている。繊細な魔方陣は寸分も違わないように見える。紋章は一度光を放つと、そのまま消えてしまった。そして、紋章の消失と同時に壁は崩壊した。
ガラガラと壁が崩壊する音は大きく響いた。ここまで音を鳴らせば、誰かは気付くだろう。案の定、数人の足音がこちらに来ているようだった。
「誰だ!」
服装を見るに、兵隊だ。最低限の武装しかしていないようだが、抵抗するだけ無駄だろう。僕は無敵じゃない。みすみす命を失うような真似はしないでおこう。
言葉を通じるようだが、反応に困る。誰だ、と聞かれても、自分が誰なのか覚えていないのだ。しばらく辺りは静寂に包まれた。
「まさか……勇者様ですか?」
目が悪いのか、目を細めるようにして兵士の一人が尋ねた。いや、この通路が暗いせいだろう。だから、兵士も僕が何かがわからなかったのだろう。
「……えっと」
「勇者様だ!王女様に言伝を!」
「はっ!」
僕が困っている間に話は進んでいるようだ。いつの間にか流されるままに僕は王女様の元へ連行されていた。最大限の敬意を示されながら。
「王女様、勇者様をお連れしました。」
「……本当に勇者様、なのですか?」
恐る恐るといった様子で王女様は僕に問い掛けた。だが、僕は首を振る。
「すみません、僕は記憶を失っているようなのです。違う世界からこの世界に転移してきたようなのです。」
果たして意味が伝わるのだろうか。勇者という存在がいるのであれば……。
王女様の様子を知る為に、僕は首を上げた。
────王女様は泣いていた。
「この方は、本当に勇者様です。勇者様が帰ってこられました。ですが、私達との記憶も何もかも忘れてしまったのですね……。」
「どこかで?」
王女様のお側仕えから、察しろ、と言いたいのだろうか、冷たい視線が送られてくる。
「失言でした、お許しください。」
「いえ、良いのです。エネ。勇者様をお部屋にお連れして。」
「畏まりました。こちらへどうぞ。」
エネと呼ばれたお側仕えは、日本で言うメイドだ。王宮に仕えているだけあって、美しい。それに耳が長い。エルフ……なのだろうか。
「どうされましたか?」
「あ、すみません。」
エネは一定の速度で歩く。全く変化しない。これが鍛え抜かれたメイドなのだろうか。まさに異世界を見せつけられているようだった。
「こちらです。今夜はここでお休みになって下さい。夕食の時刻となりましたら、お呼びします。」
「分かりました。」
「それと……」
「? 何ですか?」
「勇者様。本当に貴方は何も覚えていないのですか?」
そう言うエネの表情を見て、僕は気付いた。僕とそっくりの勇者様は長い時間を王女様と過ごしたのだ。楽しい時も辛い時も。本当にそれは僕なのだろうか。
「……本当に何も。」
「そうですか……。失礼します。」
エネはそう言い残して部屋を去った。僕は今この世で最も罪深い人間なんだろう。自分を責めずにはいられなかった。
「はあ、思い出すなら全部思い出させてくれ!」
願い事を使えば、僕の記憶を取り戻す事は出来るだろう。だが、あれだけ悲しませた後に記憶が戻りましたなどと、どの口が言うのか。使うタイミングを見繕う必要がある。
ボスッ。僕は豪華なベッドに横たわった。慣れない。だけど、慣れるしかない。ここは日本ではないのだ。今はいい待遇だが、その待遇はいつ終わるかは分からない。
「今日の夕食で何かアクションを起こすべきなのかな……。」
アクションを起こすとしたら何をするのか。思考はループするばかりで先には進まなかった。そんな自分が腹立たしい。
「うだうだ考えていても仕方ない。何かしよう。」
ベットに預けていた体を起こす。心做しか体が重い。ここに来る前に何かあったのだろうか。集中して、儀法を使ってみる。すると、体がみるみるうちに軽くなった。
「……これが【回復儀法】か。難易度はあまり高くないようだけど、やはり願い事で叶えたからか、一つもミスが無い。もしかしたら【召喚儀法】も使えるのかな。」
日本から誰かを召喚できる。そこまで考えて、すぐに実行に移すのを辞めた。僕は日本に返す方法を知らない。
「何故か日本に行く儀法は浮かんでこないな……。」
原因はあの子供か。もしくは僕をここに転移させた犯人か。最悪、あの子供が両方の犯人である可能性もあるけど、それは考えないようにしよう。何も信じられなくなる。
「ライトノベルとかである、ステータスとか表示させる儀法って……あった。」
やはり該当する儀法があれば、自然と脳内で情報が浮かんでくるようだ。これは楽で良い。
「【開示儀法】か。使ってみるか。」
手に力を集めてみる。すると、掌にあの紋章が現れた。そして、文字が浮かび上がるのだった。
「日本語で書かれてるのか……この世界の言語じゃなくて良かったな。」
平仮名と片仮名と漢字。まさに日本語である。スラスラと読むことができた。ついでに英語まで。
**ステータス**
【名前】
Error……
【年齢・性別】
16歳/男
【職業】
勇者/Ⅹ級儀法師
【称号】
勇者/記憶を失いし者
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【才能・技能】
レベル - Lv.1
精神力 - Lv.1
儀法 - Lv.10
└ 聖法 - Lv.1
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【加護】
勇者の加護
Error……
*********
まさにエラー尽くしだ。まだまだステータスにも秘密があるようだ。それに儀法は最高レベルなのか。最高レベルになると上位技能が現れる、と。色々収穫があった。ステータスを閉じる。
「……少し寝よう。今日は疲れた。」
再びベッドに寝転がると、そのまま眠りに落ちるのだった。