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名もなき勇者の英雄譚  作者: 秋色空
第一章『勇者復活編』
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第16話『二度目の転生』

長らくお待たせしました。

連載再開です。

 ふらふらと定まらない足取りに苦心しながら僕は部屋の中央へと歩いて行く。


「よし……誰にも侵入されていないみたいだ。」


 自由都市イグノラスの誰も知らない場所。厳重な防犯対策が為されているこの小屋に入れば、すぐさまこの小屋の地下にある地下牢へと投獄される仕組みになっている。


起動(Awake)。」


 稼働するためのパスワードなどを全て英語に設定したため、この世界の人々は発動することも怖すこともできない。転生者だからこその特権なのだろう。


 痛む身体に鞭を打ち、歯を食いしばる。このまま意識を失えば、すぐさまネルロに身体を乗っ取られるだろう。まだその時ではない。


展開(Expand)。」


 第二段階。床に描かれた魔方陣が静かに稼働し始める。辺りの光を吸い始めた。


 徐々に部屋全体の光度が下がと薄暗くなるが、反対に魔方陣は強い光を放ち始める。


設定(Set up)。」


 魔方陣の中央に立つ僕は自身をこの術式の対象にする。下腹部から漏れ出る血液量を多く、すぐにでも意識が途切れそうになる。


 漏れ出た血液は魔方陣を上書きするように染み込んでゆく。その度に魔方陣は光を強める。この術式は人の血液に強く反応し、その威力を高める。


準備(Prepare)。」


 いよいよ発動の寸前まで来た。どうやら間に合いそうだ。手は真っ赤に染まり、服にも血が染み込んでいる。僕にかつての勇者を重ねる者は少ないだろう。だが、これで終わりだ。


発動(Operate)。」


 術式を告げ終わると同時に僕はブラックアウトした。部屋にはバタッと人が倒れる音が残った。



 ********



 どれほど時間が経過しただろうか。時計が無い部屋のため、正確な時刻は分からない。


 僕は体を起こした。先程よりも身体の動きが良い。下腹部の傷など無かったかのようだ。横で倒れる『元の僕』を横目で見ると、立ち上がった。身体に違和感はない。


 壁に歩いて行くと、手で触れる。すると、そこから壁の木目に沿って、光が漏れる。壁が消え、暗い空間が見える。躊躇うことなく、その中へ僕は入った。


 部屋に入ると同時に入り口は消えた。無機質な部屋に一人。壁は全てこの世界の技術ではないものだ。


 混凝土、すなわちコンクリートだ。まだコンクリートを作る技術はこの世界にない。木材、石材、煉瓦ぐらいだろう。


 壁に掛けてあった服を手に取り、着る。『新しい僕』は服を着て生成できなかった。そこまでの時間が無かったのが悔やまれるが、まあ、着れば良いだけの話だ。


 勇者とは違う服。どこか禍々しささえ彷彿とさせそうな黒服。コートを羽織ると、腕にブレスレットを着けた。これは大切なものだ。


「よし。」


 今の僕は儀法と魔法の両方が使える。これは例の神様に頼んだものだ。



 ********



「……神様、いるんだろ?」


 僕はあの時、確信を持っていた。あの子供なら惨めな僕の姿を見ているだろうと。


「いつも見てるよ?」


 ベッドから起き上がった僕は虚空を見ていた。声を掛ければ、僕の目の前に姿を現す。


「……ウケてくれない。」


 神様はそんな事を言う。だが、分かりきったことだ。わざわざ反応するだけ疲れる。神様は僕の苦痛を体現したようなものだ。一生分かり合えないだろう。


「悪い……そんな気分じゃないんだ。」


 暗く渦巻くそんな感情を僕は抑え込もうと必死だった。この神様に本音を行った所で何にもならないだろうと。そう分かっていた。


「君の望みは分かる。だけど、口に出さなければそれは望み────願いにはならないよ?」


 全てが白い少年は笑っている。笑いからは何の感情も読み取れない。本当に何も感じていないかのように。その笑いは何だ。笑ってる?哂ってる?嗤ってる?呵ってる?そのどれでもないようにも思えた。


「知っている。」


 解決されることは無いであろう、深い悩みにうずくまって僕は言う。


「嘘だ。神は全てを知っているんだよ。」


 博識な神様は僕に語りかける。その言葉は耳から入っては、抜ける。どこまでも声は本当の僕には届かない。今の僕には何もかもが嫌だった。


「────そんな勇者サマにアドバイスをあげよう!」


 手を大きく広げ、声高らかに言った。僕の視線は自然と神様の手を追っていた。


 何だ?僕は救いが欲しいのか?


 自分で自分が嫌になる。自己嫌悪は僕の心を蝕み続けていた。


「君はまだまだ強くなれる!別にそれが勇者である必要はないんだ────」


「……勇者である必要はない?」


「そうさ。君は君。ネルロじゃないんだよ。今、ネルロは見ていないよ。君の願いを叶えるんだ────」


 トントン拍子で続く会話に僕の脳は追い付いていない。だが、僕は心の中に一つ願いを浮かべることができた。一言で終わること。だが、今の僕には一番叶えて欲しい事だった。圧倒的に足りない、僕の資質を僕は恨んでいた。


「……力を。誰にも負けない新たな力を。」


 僕はそれを口にする。少年────いや、神様は笑った。


「ああ、叶えてあげよう。」


 そして、僕は気付いた。ああ、この神様は何もかもを見透かしているのだと。その上で笑っているのだ。僕がこの先でどうなるかを知っているから。


「僕は神様にはなりたくないかな。」


「どうして?」


「全てを知ることなんて退屈じゃないか。」


 僕の返事を聞いて、神様は笑うだろう。そう思っていた。だが、違った。


 一瞬。一瞬だけ神様はその何もかもを見透かす眼で()()()()()()()()()。何故かその眼に僕は惹かれた。果たして今、この瞬間にいかなる心理を見ているのだろうと。


「……そんなことないさ。神様だって全知全能じゃない。『全能の逆説(パラドックス)』。君だってしっているはずだ。」


 有名なパラドックスの一つだ。全能である者は自分が持ち上げられない重い石を作る事ができるか。


 人でも物でも良い。とある存在は、それ自身が持ち上げられない石を作れるか、できないかのどちらかである。


 もし、その存在がそれ自身が持ち上げることの()()()()石を作ることができるならば、その存在は全能ではない。あるいは、その存在がそれ自身が持ち上げることのできない石を作ることが()()()()ならば、その存在は全能ではない。


 すなわちここで矛盾が発生する。結局、全能な者はいない。全知にしたってそうだ。自分の知らない事を知っているか?当然、無理だ。自分が知らないのだから。


「神という存在は不完全だと言いたいのか?」


「そうとは言っていないよ。それらのパラドックスは論理的説明が不可能であるだけで、本質的に全知全能である。ここにパラドックスは存在しない。」


 わざと回りくどい言い方をする。ここで僕は結論を強いる。


「神様は全てを知っているわけではないと?」


「うん、そうだ。運命は歯車で出来ている。歯車に沿った運命を僕ら神様は知ることができる。だけど、歯車が壊れた時、どうなるかは僕達でも分からない。まさに未知の領域だ。この世界が誕生したのだって、君が住んでいた地球が誕生したのだって、僕らに本質は分からない。まさに歯車の故障だ。」


 言葉を綴り終えた神様は静かになる。いつになく雄弁な神様。そして、最後に神様は言った。


「雑談はこれで終わりだ。望みは叶われた。君に力を与えよう。その力は『独創力(イマジナリティ)』とでも呼ぼうか。君の願う力を与えるはずだよ。」


 そして、神様は僕の元を去った。



 *******



 その望みは叶えられた僕は準備を整えていた。王様がいつか裏切るだろうとは考えていた。最善を尽くした。僕の細胞ととある魔人族の細胞から抽出したDNAを元に人間を作った。勇者のDNAと魔人族のDNAを持った異質な存在。それが僕だ。恐らく、僕は人間でも魔人でもない。


「言うなれば────怪物。悪魔。」


 そして、呟いた。


「今日から僕はベリアルだ。」

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