第12話『忌み子』
包み隠していた本当の顔を剥がされた獣人は呻く。
「どうして気付いた……!!」
そこに先程までとは違う、明らかな強者の風格が漂う。獣人の中でもかなりの実力者である。僕は油断せずに剣の鞘に手を触れる。
「どうして?人に尋ねる前に自分がどうしてそんな事をしているのか言っても良いんじゃないか?」
どのような理由があって、自分の子を苦しめようとしているのか。恐らく何かがあるのだろう。だが、それを知らない僕は聞き出す必要があるのだ。
「……ふん。こいつは【忌み子】だよ。元夫がまさか魔人族だったなんてね!魔族だと思っていたら、騙されていたんだよ!」
魔族と他種族の混血であれば、通常【混血種魔力暴走症候群】は発生しない。これは片親が魔人族の時にのみ発生するのだ。魔人族の強い魔力を他種族の血では抑えきれないのだ。
「自分の腹を痛めて産んだ子を殺すのか!?」
この世界であれば、忌み子は殺す。それが常識なのかもしれない。だが、日本で生まれ、育った僕には耐え難い事だ。本来はあってはならない事。そう思っている。
「あぁ、そうだよ。それが忌み子の運命なんだ。こんな子供を産んでしまった私の気持ちも考えてくれよ!」
母親の獣人は叫ぶ。その表情から悪びれた様子は全く無い。これが普通だと思っているのだろう。これが異世界の常識なのか。だとすれば、今までにどれだけ多くの子供がこうして儚い生命を散らしてきたのか……。
「どうしてお前は医師に化けて、毒薬を打っていた?」
「ふん、先にお前が質問に答えるんだね。人に質問する前に答えるのが常識なんだろ?」
よく回る口だな……。まあ、僕自身が言った事だからそれは仕方ない事だ。
「どうして気付いた、だったか?……簡単な事だ。人間種にしては明らかにおかしな反応を感じたからだよ。人間種であれば、儀法や聖法に多少共鳴するんだ。だが、僕が儀法を使った時にお前からは何の反応も無かった。そこで気付いたよ。お前は人間種じゃないってな。」
化けるにしては爪が甘かったのだ。獣人は儀法も聖法も魔法も使えない。人間種に化けるのには誰か協力者が必要である。その協力者は今僕が言ったことを知らなかったのだ。恐らく人間種ではない。
「あいつ……。まあ、良いよ。私はこいつの病気を悪化させていたんだよ!忌み子だから始末しないといけないからね!」
「……どうして一思いに殺さなかった!」
苦しめるぐらいであれば、一度殺してしまえば終わりだ。だが、そうしなかった。そうすれば、この子は苦しむ事も無かっただろう。身体に打ち込まれていた猛毒は身体を蝕み続けていた。
「……それは。」
どうにも反応が悪かった。まだ何か隠しているのか?
「何だ?理由でもあるのか?それとも、その協力者が無理難題を押し付けてきたのか?」
質問をぶつけて反応を伺う。たった一つだけ、この獣人は反応した。無理難題を押し付けられた、どうやらこれが当たりらしい。
「誰だ、協力者は!」
剣の鞘を強く握る。感情を殺さないのは良くない事だが、これぐらいしなければ、この獣人は話さないだろう。
「……それをあんたに話す義理は無いよ。それに私の【変身魔法】が解けた時点であんたの事は、知られている。覚悟するんだな。この都市の闇は深い。あんたは逃げられない……。 」
そう言い残すと、獣人は逃げ出した。僕は追い付くことも出来たが、あえてしなかった。泳がせておくのが良いだろう。
「……」
妹の女の子は何も言わなかった。義理の母親だ。距離を測りかねているのだろう。
「あの人が……お姉ちゃんのお母さん……何ですか?」
小さく尋ねてくる。
「……うん、間違いないよ。」
「そう、ですか……。」
「だけど、まずはお姉さんだね。【再生聖法】。」
身体を蝕んでいた猛毒、病気をどちらも消し去る。
「……あ、れ?」
戸惑う様子でお姉さんは目覚めた。
「お姉ちゃん!!」
「リーナ!」
女の子……もとい、リーナはお姉さんに抱きつく。完全に治ったようだ。病気の方はあまり重くなかったようだ。猛毒の方が身体を蝕んでいた。
「二人はここにいてくれ。僕は少し外に出てくるよ。」
「あの……。」
外に出ようとする僕にお姉さんは話し掛けた。
「私、メルナと言います。全部……聞いてました。……あ、ありがとうございます!」
長らく話していなかったからか拙い言葉遣いだったが、気持ちは充分に伝わった。
「完治したのなら良かったよ。だけど、君は魔法を使えない。また来るよ。それまではここにいてね。すぐ戻ってくるから。」
「はい……!」
僕は小屋を出て、外の空気を吸う。
「最悪の気分だ……!」
無詠唱で【転移儀法】を発動する。
********
「おい、どうしてお前に掛けた【変身魔法】は解けた。」
男が獣人に向かって怪訝な顔をする。余程の事がない限り、この魔法は見破れないと踏んでいたのだ。
「人間です。」
「それは知っている!だから、何故気づかれた、と言っているのだ!」
怒りを抑えられず、目の前にある机を殴る。その衝撃で机が木っ端微塵になる。かなりの力である。
「……す、すみません。人間はどうやら私が共鳴していなかった……などと言っていました。」
男はさらに顔を歪める。
「共鳴……?何だそれは。人間種はまだ何かを隠していたのか。厄介な……。もう、いい。」
「……もういい、とは?」
男の顔を伺うように獣人は言った。男の顔からは一切の表情が抜け落ちていた。
「お前は用済みだと言うことだ。」
男が指を振ると、その指先から赤と黒が混じった魔力がバチバチと弾け出る。次の瞬間、部屋には男しか残っていなかった。
「作戦は失敗だ……。私自ら出向くしかないようだ。」
椅子から男は立ち上がる。そして、扉の方へ歩いて行った。だが、その足は途中で止まる。後方から声が聞こえたからである。
「その心配はないよ。君はここで果てる。誰にも知られずに、ね。」
男は振り向く。そこには細身の若い剣士が立っていた。
「……そうか、お前か。」
「何がかな?」
剣士は首を傾げる。だが、隠す気は無いらしい。剣士は笑っていた。まるで男を見るのが愉快であるかのように。
「ふざけるな……!!」
それは男を怒らせるのには充分であった。冷えていた表情は、怒りを取り戻す。
「魔人族が人間の街に何の用だ。」
「……はっ!ここは自由都市では無いのかね?人間は権利だの何だのと喚くが、私達からすれば愚かにしか見えない。────分からないかね?この世は力だ!力無きものは朽ち果てるだけなのだ!」
魔人族の男は手を振りあげて演説する。それを剣士は笑いながら見ている。
「果たして、何が愉快だと言うのかね?人間。お前は今から私の元で朽ち果てるのだ。私から出向く手間が省けて良かった。」
男は勝利を確信していた。人間などに負ける筈がないと。
「それは良かったな。……だが、一つ訂正しろ。負けるのはお前だ。」
剣士は鞘から剣を抜き放つ。輝かしく光るその刃は、剣士の表情を写していた。男に向ける憐れみの視線。
「人間風情が……!!魔人族に喧嘩を売るとはどういうことか、身をもって知るが良い!!」
再び男は赤と黒の魔力を弾けさせ、それが電気のように空中を掛ける。剣士はそれを────斬った。
「ほう、魔法を斬るとはなかなかやるではないか、人間。だが、小手先の技がどこまで通用するかね?」
幾つもの魔力が全方向から飛んでくる。男からは剣士の様子が見えない。だが、男はそこに勝利がある事を確信した。
「これで終わりだ……!」
男は愉悦の表情を浮かべる。魔力は剣士の元に集うと、弾け飛んだ。後に残ったのは────傷一つない剣士だった。
「……どうしてだ!私の魔力がお前を焼き付くした筈だ!」
勝利を確信していた男は目の前の状況を信じられない。
「それだけか?魔人族とは案外弱いものだな。」
剣士は今一度笑うのであった。
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