第11話『自由都市イグノラス』
話が少し逸れます。
魔人族と魔獣の大群が王都を襲うまであと三日。タイムリミットは徐々に近付いていた。そんな中、僕は王都から数十kmほど離れた都市にいた。
都市の名前は【イグノラス】。どの国家にも属していない、自由都市と呼称される。かつてはエルドルゴ王国に属していたのだが、当時の王様による重税に反乱を起こし、独立したのだ。
「きれいな街だ。」
僕は街並みを見渡して呟いた。
「あんた、この街は初めてかい?」
呟きが聞こえていたのか、近くにあった出店の店主が僕に話し掛けてきた。頷くと、店主は笑った。
「そうかそうか!ここはいい街だよ!重い税金も無ければ、争いも無い!どうだい、メーラ揚げは?」
「ちゃっかり売り込んできましたね……では、お言葉に甘えて、一つくれますか?」
「ありがとな!代金は二百ニルだ!」
僕はこの世界の共通貨幣ニルの百ニル銀貨を二枚渡す。代わりに僕の手には唐揚げ……もとい、メーラ揚げが。どこからどう見ても唐揚げである。
通りを歩きながら、唐揚……メーラ揚げを一口。
「ああ、うん。唐揚げだ。」
日本で食べる唐揚げに匹敵する美味しさであった。異世界の食事もなかなか良いな……。一人感嘆していた。
通りは南北に伸びている。イグラノスの中央通りには様々な店が混在している。賑わう街の人々の顔は明るい。
「ここに住むのも良いかもな……。」
思わず呟いてしまった。これから王都を守らなくてはならない勇者としては許されざる発言だろうが、取り繕う気は無かった。心からそう思ったのだ。それほどにこの街は美しい。
更に通りを真っ直ぐ進んで行くと、少し寂れた街並みへと変化していた。近くでは子供が出稼ぎをしている姿も見える。
「……どこにでも貧富の差はあるか。」
この街に理想を求めていた事を恥じる。勇者とて万能ではない。実際に僕は負け、王都は脅威に晒されているのだ。僕は街を勝手に評価するほど大層な身分でも無いのだ。
出稼ぎをする子供達の表情は総じて暗い。恐らくそれぞれの家庭が何かを抱えているのだろう。僕の儀法や聖法を使えば、救える命はあるだろう。だが、同時に見捨てる命もあるのだ。一瞬の判断は必ずしも幸福を招くとは限らない。
「地図を一枚どうですか!」
小さな女の子が僕に地図を勧める。各国が領地を争うこの世界で地図とは珍しいものだ。国が地図作りを禁止している国も多い。サンプルを見せてもらうと、説明が拙い字でたくさん書かれていた。
「これは……手作りかい?」
「はい……そうです。だめ……ですか?」
この街の地図はネルロの記憶で頭に入っている。だが、細かな説明まで書き込まれたこの丁寧な地図を買って損する事は無いだろう。
「うん、良い地図だよ。一枚貰えるかな?」
「……え、ほんとう?」
半信半疑な様子で僕を見上げる。微笑んで頷く。
「本当だよ?それとも買ったらダメかい?」
「今まで買ってくれる人なんていなかったから……。」
恐らくこの辺りを訪れる人も少ないのではないか。それが子供達が表情を暗くする理由の一つだろう。僕が彼らにしてあげられる事は無いのだろうか。
「……そうか、大変だったね。それで一枚くれるかな?」
「は、はい!一枚だったら、百ニルです!」
僕は財布を取り出して考える。恐らく地図を手に入れようとすれば、百ニルのような値段では買えない。最低でも千ニル。ふと、フェアトレードという単語を思い出した僕は、百ニルを十枚渡す。
「……八、九、十?地図は百ニルですよ?」
「良いんだ、こんな素敵な地図を買えたんだから。それが正しい料金だよ。安心して受け取ってくれ。」
良心が痛むという虫のいい話をするつもりは無い。僕のお節介だ。そのお金で好きな物でも買ってくれたら僕は満足である。
「やった、これでお姉ちゃんが助けられる……!」
「お姉ちゃん?」
小さく呟かれた言葉が聞こえた僕は思わず聞き返した。
「……何でもないです」
渡した代金を持って女の子は走り出した。通りを横切って、街の中へ。僕も悪いとは思いながら、その後ろ姿を追い掛ける。
細道をどんどん通り過ぎて行く女の子は……泣いていた。僕には縁もゆかりも無い女の子だけど、僕だって少しは民の勇者になっても良いんじゃないか。
行き過ぎたお節介はただの迷惑だが、今から迷惑を他の人に掛ける。それで何かが救われるのなら。自分の考えを曲げて、信念を曲げてでも、僕は誰かが救われて欲しい。
「はあはあはあ……。」
女の子は古びた小屋の前で荒い呼吸をする。苦もなく追い付いた僕は女の子に話し掛けた。
「ごめん、着いてきた。本当は悪い事なのは知ってるよ。だけど、君の悩み、僕に解決できるかもしれない。話してくれないか?」
********
「────なんです。」
僕は事情を聞いた。どうやら女の子は姉と二人で住んでいるらしい。だが、その姉が町医者でも治せない難病に罹ったそうだ。
「でも、治せる人がいたの?」
「はい……。」
治す代わりに高額な料金。よくある詐欺にしか聞こえない。だが、それが唯一の方法だったら、嫌でもそれに賭けるしかないのだ。
「そのお姉さんは?」
兎にも角にもまずは本人がどんな様子なのか見なくては何も始まらない。案内をしてもらう。
「ここです。」
小さな部屋に僕は通された。そこにある粗末なベッドに僕と同じぐらいの年齢の女の子が寝ていた。
「これは……」
その様子を見て、僕はそう呟くことしか出来なかった。身体の右半分が黒色に覆われている。呪いの一種だ。それもとても強力な呪い。
「いつからお姉さんはこうなったの?」
「……二年前です。お姉ちゃんのこの病気は何ですか?」
「強い呪い……これは混血種魔力暴走症候群だ。君とお姉さんは混血だね?」
身体が強い魔力に蝕まれる酷い呪い。これはこの病気の特徴である。
「……はい。お姉ちゃんは獣人族と魔人族の混血です。」
「君は……君は、どうなんだい?」
普通、遺伝的に伝わるこの病気は姉妹であれば、どちらも感染するはずだ。だが、この女の子は全く発症していない、それどころか健康そのものだ。
「私は……魔人族です。私とお姉ちゃんは腹違いの姉妹なんです。」
────僕は思わぬ形で二人目の魔人族と会うのであった。
「正直に言おう。僕ならお姉ちゃんの病気を直ぐに治せる。だけど、その前にその医師についての情報が欲しい。」
「な、治せるんですか!?」
女の子は大きな声を上げる。二年間、誰にも治せなかった病気を直ぐに治せると言われれば、誰でも同じ反応をするだろう。
「ああ、治せる。だけど、その医師が何らかの理由があって、病気を治していないのかもしれない。医師に確認する必要がある。一度、その医師について教えてくれないか?」
「分かりました。お姉ちゃんを診てくれるお医者さんは日に一度来ます。あと数分後に来るはずです。」
数分後か……。それまでに場を整える必要がある。
「医師はいつも一人か?」
「はい。一人です。」
「どんな治療をしているんだ?」
「何かの薬を毎日一回、腕に注射しています。」
薬……?その医師が儀法が使えるのであれば、薬など必要ない。それにこの病気は薬では治せない。それは治療ではない。
「他に何か……医師が呟いた言葉とか覚えてない?」
「そういえば……お医者さんはいつも────」
そう言いかけた時に家の扉をノックする音が聞こえる。扉を開けに行こうとする女の子の腕を掴む。
「ちょっと待って。僕はその医師の事を見てみたいから、そこにあるクローゼットに隠れる。君は医師にいつになったら治る?とか聞いてみてくれ。」
「……わ、分かりました。」
僕はクローゼットに隠れた。女の子はそれを確認すると、扉を開けに行く。
「どうぞ。」
「ああ、すまないね。すぐにお姉さんの容体を確認しよう。」
部屋に女の子と医師が戻ってくる音がする。僕は小さく開いた隙間から医師の顔を見る。どこにでもいそうな普通の町医者だ。逆にそんな医者がこの病気を治せるのか?
「お姉ちゃんは……いつになったら治るんですか?」
「そうだね、お姉ちゃんを蝕む病気は、とても危険な病気だ。少しずつ回復はして来ているが、まだいつ治るかは分からない。すぐに治せる方法があったら良いのだけど……すまないね。」
「いえ……大丈夫です。」
嘘だ。全く回復していなかった。儀法で確かめた為、間違いではない。それどころか病気は悪化しているのだ。間違いなくこの医師は、女の子のお姉さんを助ける気は無い。
「本当に……本当に治るんですか?」
「……煩い、少し黙ってろ。集中しているんだ。」
「なっ……」
突然、医師の態度は豹変した。それに医師が打ち込んでいる薬は明らかに正常な薬ではない。あれは……猛毒だ。確実にあれが病気を悪化させているのだ。
「……その針を抜け!」
クローゼットを開き、僕は大声を上げた。驚いた様子で女の子と医師が僕を見る。【転移儀法】で打ち込まれていた薬を注射器を回収する。
「こんな猛毒を打ち込んで、何が治療だ。正体を表わせ、お前は人間じゃないだろ。」
「ふん……何を喚いている。早く注射針を返せ、それは治療に必要なのだ!」
飛び掛ってくる医師に僕は【解呪聖法】を使う。すぐに効果は発揮し、医師の姿は形を変える。
「獣人。────お前、この子の親だな?」
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