第10話『工作』
「勇者様……勇者様!」
部屋をノックする音がする。エネの声だ。どうやら昨日から部屋から出てこない僕を気にしているのだろう。流石に無断で部屋に入ろうとはしないだろうが、入られては困る。
「……【転移儀法】。」
ポツリと外に聞こえないように呟いた。その瞬間、僕は光に包まれ、転移した。音もなく転移したため、エネは気付いていないだろう。
僕が来たのは王都の郊外にある空き家だ。ここはネルロの記憶で家主が不慮の事故にあったと知っている。どうやらネルロの古い知り合いのようだ。
「ここなら誰もいないよな……。」
近くにあった椅子に腰掛けると、机で作業を再開した。小さく展開した儀法が薄暗い部屋を仄かに照らす。淡い光だが、作業には十分だ。限られた時間で出来るだけの事をしなければならない。
「……【防御儀法】。」
製作途中の道具を儀法で起動する。その道具を中心にして、円状に【防御儀法】が展開された。それを小さく展開した本気の【破壊儀法】で壊そうとする。
「やっぱり儀法は駄目だな。」
儀法を使っても大した防壁にはならない。であれば、儀法では駄目だろう。製作途中だった道具の残骸を横目で見遣る。自分の非効率的な作業に呆れるばかりだ。
「はぁ……僕は不器用だな……。」
魔人族に負けた時の事を思い出す。あれから二日。二日間はひたすらにたった今壊れたこの道具を作っていたのだ。だが、たった一回の攻撃で壊れてしまった。
「……儀法が駄目なら聖法を使うしかないか。」
ネルロの人格と僕の人格の同化が進んだ事で、僕には聖法が使えるようになっていたのだ。ネルロとの同化は気に食わないが、聖法が使えるようになったのだから上々と言っていいだろう。
「僕の力を溜め込むイメージで……」
本来、儀法や聖法は自分の体力を消費して発動する。運動と同じだと考えれば早い。だが、運動と違う点は、体力を別のエネルギーに変換することにある。
便宜上、僕は【法力】と呼んでいる。これは目には見えないが、確かに実在していると僕は立証した。
立証した、と言っても数学や化学、物理を用いて照明した訳では無い。実証した、という方が正解だろう。実際に僕は【法力】を目に見える形にしたのだ。
それが今先程壊れた道具だ。僕の体力を法力にして、それを道具として具現化させた。試しにやってみたのだが、それが大発見となったのだ。
「一回目よりはコツが掴めたみたいだ。」
試行錯誤し続けた二日間とは違って、今度は一度で法力を集められているのが分かる。目には見えないが、儀法や聖法を使える者なら感知できるものなのだ。
「……そして、凝縮。」
集めた法力を形として具現化する為には、凝縮する必要がある。本来は魔方陣がその役目を果たすが、儀法や聖法を使わなければ、こうするしかないのだ。
「出来た。」
凝縮した法力は石のようになった。先程の道具と似ている。先程の道具にはこの石に儀法を施した事で形が変化したのだ。
「……聖法はよく分からないけど……【結界聖法】。」
儀法の一種である【防御儀法】の上位互換だ。全ての性能が上回っている。それだけ難易度は高いが、圧倒的に能力が違うのだ。
ネルロならば以前使っていた【神理】と呼ばれる、儀法の上位の技能である、聖法の上位の技能だ。最も神聖な技能のようだ。これが使えるのは、神様に愛された者か、神であるか。
僕の【結界儀法】は不気味な音を立てて、石に施された。試しに起動してみるが、すぐに砕け散ってしまった。
「法力が足りなかったか、凝縮率が低かったか……。」
問題点はまだあるようだ。改善の余地が多いのに頭を抱える。
「……もう一度、試してみよう。」
改良しようと僕は再び法力を集めようとする。だが、それを始める前に僕は不自然な気配を感じ取った。
「……誰だ?」
絶対に人が居ないはずの空き家で人の足音が。実際は足音など聞こえないが、法力を集める為に神経を研ぎ澄ましていたのだろう、微かに音を感じ取った。
「移動した方が良さそうだ。」
僕の勘が警報を鳴らしていた。勇者の勘なのかもしれない。思い違いである事を祈るばかりだが。
部屋に【拝聴儀法】を発動した。言ってしまえば盗聴なのだが、聖なる儀式の法だ。盗聴という言葉は使えないのだろう。
そのまま【転移儀法】で王都を出る。もう王都には隠れ家が無い。王都外に出て、潜むしかないだろう。僕は王都の近くの森に来た。……魔獣の森ではない。
「まずは侵入者の言動を伺わせて頂きますよ、っと。」
空き家で集めている音を直接に脳で流す。周囲から見れば、変人だろうが、幸運な事に人はいない。
『……勇者はどこだ。』
『奥の部屋だ。儀法の痕跡がある。』
侵入者は二人いる。他にもいないか探るが、痕跡は無い。二人だけのようだ。もう少し様子を伺う。
『あの方はここにいると仰られたのか?』
『ああ。勇者の居場所を探る儀法があるらしい。流石、古代から続く国家と言ったところか。』
『出来るだけ私語は慎め。』
質問をした本人がもう一人を黙らせた。指示系統は分かった。恐らく【あの方】と誤魔化しているが、十中八九、王様のことだ。僕の居場所は常に知られているという事だ。
だが、何をしているかまでは分からないのだろう。もしくはすぐに分からないのか、ここに転移した事は気付いていないようだ。
『もうすぐ奥の部屋だ。【隠密儀法】を重ね掛けしておけ。出来損ないでも、あれは勇者だ。見破られる可能性は高い。』
『了解。』
まるで穏やかではない。それだけでも充分に僕の信頼の下がり具合が明らかだ。僕自身が認めているのだから、他人から言われたところで別に悔しくは無いが、魔人族の強さを知らない者達に言われるのは癇に障る。
『これだ。この扉の奥に勇者がいる。まずは部屋の中の様子を確認しろ。』
『……』
階級の低い方が確かめるようだ。無言で儀法を発動させる。【探知儀法】だ。どうやら気付かれたようだ。どうせ部屋に入れば、僕が居ないため気付くが、もう少し時間を稼いで欲しかったものだ。焦り具合が伝わってくる。
『……何故、いない!?』
『探せ!』
部屋の中を荒らすように僕が隠れる場所がないか探しているのだろう。だが、空き家には、家具はあの椅子と机だけだ。どれだけ探そうとも僕は出てこない。まあ、ここにいるのだが。
『……ここにはいない。あの方に連絡だ。今すぐに……!!』
『はっ、はい!』
焦っているのか何度も心を落ち着かせるように、深呼吸をしている。階級の低い方の侵入者は【転移儀法】でどこかへと去った。王宮に戻ったのだろう。僕は残った侵入者の動向を見る。
『……くそっ!』
荒らした部屋の中を見渡すと、侵入者は自分の怒りを発するかのように壁を殴る。脆い木の壁は、すぐに崩壊した。家自体の崩壊はしていないが、時間の問題だろう。侵入者は家から出ていくのだった。そこで【拝聴儀法】を止める。
「間一髪だったな。まさか僕の信頼は無に等しいようだ。聞いた通りだ。」
ここまでは予想通りの展開である。一つの目的に向かって、僕は全ての道筋を僕の描く道に持ってきている。その方法は難しい方法であったとしても、これだけは僕は僕である為にしなければならない。
これは三つ巴の戦いなのだ。僕と、王家と、魔人族と。この他の二つの勢力を斥けた上で、僕は自分の道を進まなければならない。確率にすれば、かなり低いだろう。だが、それを叶えなければいけない理由があるのだ。
その目的に向かって、僕は製作途中の道具を完成させる為、再び思考の奥深くへと沈むのであった。




