第0話『プロローグ』
薄暗い夜道をコンビニのレジ袋を持って歩いているのは、一人の青年だった。見た目で判断すると、高校生であろうか。
夜道には規則的に配置された、電灯以外に光が見えない。住宅街のどの家の住人も寝入っているようだ。時刻は午前二時丁度。
早く家に帰ろうとすると、自然と早足になる。コンビニから家までは200メートルほど。数分も掛からずに帰れる。
あとちょっと、あとちょっと。青年は何かに怯えるかのように急いでいた。辺りには青年以外いない。果たして何に怯えているのか。
ふと青年は背後を見る。家の玄関が視界に入った時だった。そして、背後を見た青年の顔は驚愕で包まれる。
「な、何なんだ、お前っ!!」
急にその足は動き出す。青年は走り出した。家を前にして、だ。家を通り過ぎ、遠くへ、遠くへと。レジ袋が忙しく音を鳴らす。
「来ないで、来ないでくれ……!」
幻覚でも見えているのであろうか。青年は怯えるように叫ぶように虚空に訴えていた。だが返事は無い。それどころか青年が大声を上げているのに誰一人と住人が起きてこない。
「その顔で僕を見ないで……やめて……」
懇願する青年は演技でもしているのかと思ってしまう程に大袈裟である。誰かが青年を見ているのだろうか。
遂に青年の足は止まる。同時に足がもつれて転んでしまった。
「い……めて……たの……」
もはや青年は言葉にならない言語を発していた。恐らく何かを言おうとしているのだろう。だが、言葉にはならない。
倒れた青年はどうにか逃げようと匍匐前進のように前に進む。何度も何度も背後を見ながら。背後を見る度に青年は苦しげな表情を見せた。
「あぁっ!!」
突然、青年は一層大きな声を出す。そして、頭を抱える。呻き声が夜にこだまする。この状況を見ても誰も理解できない。まさに超常現象でも起こったかのような光景が広がっていた。
レジ袋からは買った商品が道路に転がる。不自然に一つのカップ麺が道路の中央で回転を止めた。そのままカップ麺は空中に浮かぶ。青年はその様子を見る気力も無いのか、頭を抱えて呻く。
「ニセモノ」
青年しかいないはずの夜道に声がした。若い男の声。青年には聞こえていたようだ。目を見開いた。
「お、お前は……お前は誰なんだ……!」
「それに答える義理はない。ニセモノは消えてくれ。」
静かに声だけが聞こえる。青年は頭を抑えつつ、必死に逃げようとする。
「サヨナラ、全ての始まり。そして、苦しめ。世界に僕は二人もいらない。」
青年は光に包まれ、消えた。────いや、青年は立っていた。体付きが良くなっているようだが、全く同じ顔をした青年がカップ麺を持って立っていた。青年は地面に転がったものをレジ袋に入れると、家へ向かって歩き出した。その顔は先程怯えていた青年とは全く違う、満面の笑みであった。