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三分 類


 古宮麗華の視線の先には、グラウンドで一人もくもくとストレッチをしている男の姿があった。


「やっているわね、三分くん。調子はどう?」


「……練習中に話しかけるな」


 『三分さんぷん るい』は、彼女の顔も見ずにそう言い放つ。


「態度が悪いわね。代理人に対しては最上級の敬意を払うのがプロフェッショナルというものよ」


「スワローズのスカウトを紹介してくれたくらいで、あまり図に乗られてもな」


「私の働きがなければ、公式戦登板ゼロでドラフトにかかるなんて百パーセント不可能だというのは事実じゃない?」


「いざとなればトライアウトを受けただけの話。あまり恩着せがましくされるようなら、辞退するのもやぶさかではない」


「プライドがお高いのね。まあ、投手としては必要な素養だから、許してあげる。それで、実際のところ、どうなの? 改めて、代理人として聞くわ。調子はどう?」


「ちっ、毎度毎度、鬱陶しい……」


「私の実力は知っているでしょう。私は、中学時代、才能はあるけど無名だった選手を、全部で十六人もプロに送り込んだほどの天才代理人よ。スワローズのスカウトを紹介したのは、そこしか知り合いがいなかったわけではなく、各球団の内情を考慮したうえで、あなたにとって理想的な状態だと判断したから。プロで二十年、本当にそれだけ長期に渡って活躍したいのなら、私のいうことは聞きなさい」


「……ち」


 二度目の舌打ちを挟んで、


「身長が、この一年で五センチ伸びた。体重も理想的な増え方をしている。肩・肘の調子も万全。状態は非常にいい。この調子なら、三年後、完璧な状態でプロへとこの肩を出荷させられる」


「OK。そのまま伝えるわ。けど、本当に大丈夫? あなたの素質は認めるわ。だから動いてあげているのだから。肩と肘を完璧な状態にしておきたいという願いも分からないではない。でも、高校野球の試合で投げておくこともプロフェッショナルにとって必要な経験の一つだと思うのだけれど」


「俺は、プロで二十年投げ抜かなければならない。アマチュア野球で肘肩を消費する余裕などない」


「……まあいいわ。あなたの才能は本物だもの。好きにしなさい。二十年にこだわる理由も、まあ、わからないではないしね」


「知ったような口をきくな」


「実際、知っているのだから、別にいいじゃない」


 そこで、古宮はため息をついて、


「しかし、あなたも奇特な人ね。亡くなった友人の分も投げる、だっけ? だから、一流プロ投手の基本寿命である十年かける二で二十年投げたい……その友情は非常に美しいと思うけれど、意味はないわね。自己満足でしかないわ」


「意味などハナからない。俺は、俺を納得させたいから行動しているだけ。別に、あいつのためじゃない」


「そう言いきれるのなら、まあ、大丈夫かしら。『誰かのために投げる』なんていう投手は使い物にならないもの。……ところで、野球部の方はどう?」


「きわめて理想的な状態だ。人数的に試合には出られない。練習試合も当然なし。監督は、やる気ゼロ。部員は、全員、勉強合間のジム感覚。最高だ」


「本来、それは最低と呼ばれる状態なのだけれど……」


 ★


 家に帰ったトウシは、いつも通り、ベッドにダイブし、


「く、クソにもほどがあるやろ、ぼけぇ……どんな野球部やねん、ふざけんなよ、くそかすがぁ……あぁ……あぁ……もぉお……なんやねん、ワシの人生……なんっにも、ええことがあらへん……あぁ……あぁあああああ」


 涙を我慢することができない。ボロボロと目から涙がこぼれる。


「どうしたらええか、ほんまわからへん。こんなん、絶対に無理やんけ……あぁぁ……うぅ……ひっく……ふぐ……ひっく……うぅ」


 空っぽになるまで泣いた後、トウシは、


「もう、どうにでもなれや、くそが……もう、ヤケや。むちゃくちゃしたる。冗談で言うとったけど、明日、ほんまに、野球部をシメたる。二年も三年も関係あるか、ぼけぇ。ワシは魔人じゃ、ナメんなよ、カスぅ」



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