第5話:魔導具屋マーク・バスター
「ようやく捕まえたぞこの悪戯小僧。俺の貴重な力作まで使いやがって」
掴み上げた赤髪の少年を半目で見やり、呆れと怒りを込めてデコピンをくれてやる茶髪の青年。
何の前触れもなく現れたその男に、勇者ジョージがおそるおそる問いかける。
「あの、あんたは、いったい?」
「ん? 俺か? コイツに大事な商品盗られた、しがない流れもんだよ」
言いながら少年に、もう一発デコピンを喰らわせる。痛みに呻く子供を、溜息交じりに地面に下ろす。
「使われちまったもんはしょうがねぇ。罰で手打ちにしてやるよ」
「さっきから力作とか商品とか、何のことですか」
マリーが首を傾げると、青年は答えた。
「さっきコイツがぶちまけやがったあの煙幕。正確にはそいつを発生させる魔導具だが、それを作ったのが俺だってこった。魔導具の製作屋なんだよ、俺は」
「へぇ、魔導具職人ですか」
「職人って言われるほどの腕じゃあねぇけど、まぁ、世間一般的にゃそうなるかな。おいガキ、こいつらから盗ったもん返しやがれ」
「はいはい分かってますよっと」
促された赤髪の少年が、巾着袋を空高く放り投げる。全員の視線がその行方を追い、勇者達は右往左往しながら何とか手中に収めた。彼らが文句の一つも言おうとしたころには、すでに少年の姿はなかった。
「ぐぬぬ、あのクソガキ、覚えてやがれです。今度会ったらただじゃおかないですよ」
「止めときな。ありゃ到底敵う相手じゃないから。関わらないのが一番だよ……ええと、誰だ?」
牙を剥き出すマリーに、青年は苦笑するが、そこで名を聞いていないことに気付いた。
他の面々もそのことに気付き、順に名乗りを上げていく。
その流れの最後に、青年も名を明かした。
「マーク・バスターだ。しっかし、そうか、あんたらが噂の『勇者』様ご一行か」
「えぇそうです。そして私はその勇者様の魔術指南役なのです」
「私が剣術を担当することになっている」
マリー、ジュリアが誇らしげに胸を張る。マークはどこか値踏みするような目で二人に目を向ける。
「へぇ、魔術に剣にとは、ずいぶん豪勢な話だ。というか、勇者の得物ってのは剣なのか?」
「もちろんだ。得物の銘は『ワイティ・ヒーロー』。かつての危機を救った伝説の英雄、ユーゴ・シローズが使っていた伝説の剣だ」
「生ける伝説の鍛冶師一族が生みだした、魔法金属百パーセントの超スゴい剣なのです!!」
二人の口上をバックに、ジョージが背負っていた剣を露わにする。独特の光沢を持つ刃の煌めきに、マークは目を見張る。
「ほう、確かにアダマンタインのようだ……つーことはこいつぁ、一応魔導具ってことになるのか。こいつぁ面白そうだ。で? そいつの使い方は誰が教えてくれるんだ?」
「え?」
虚を突かれたような顔になるジョージ。マークが指差したのはワイティ・ヒーロー。その意味を掴みかね、皆が小首を傾げる。
「そいつが魔導具だってんなら、魔導具としてのそいつの使い方ってもんがあるはずだ。それを誰が教えてやるんだって話だよ。アンタか?」
「い、いえ、私は教会より勇者様の世話役を仰せつかったにすぎないので……」
水を向けられたリリーが首を振る。眉をしかめるマーク。
「おいおいマジかよ。扱い方が分かんなきゃ、いくら伝説の剣でも宝の持ち腐れだろ。剣と魔術教えたって魔導具使いこなせるかっつったらそりゃまた別だぜ? 何の術式が入ってるかも分かってねぇのか?」
どうやらマークの指摘事項に対する答えはないようで、全員押し黙ったまま俯いてしまった。しばらくその様子を眺めていたマークだったが、不意に鼻で笑った。
「フッ、そうだな。そいつの解析していいなら、俺が魔導具の使い方を教えてやってもいいぞ。あと、剣と魔術以外の戦い方もな」
「解析……ですか……」
リリーがかすかに表情を曇らせる。気付かぬふりをして、マークが説明する。
「そりゃそうだ。そいつが魔導具としてどういう術式があってどう使うもんなのか、解析してみないと分からないだろ。まぁ、魔導具屋としても伝説の武器の構造ってのは気になるところだしね」
「剣と魔術以外の戦い方、というのは?」
「ジュリアとやらが剣、マリーとやらが魔術。二人ともいっぱしの実力者ではあるんだろう。だが、敵の得物がそれだけということはない。剣と魔術以外を相手にしたときに、今のままで戦えるのか、この勇者様は?」
「貴方なら、剣と魔術以外相手の対処法を教えられると?」
「曲がりなりにも魔導具屋だ。武器防具の類いを作るからには、ある程度は使い方を弁えてないとな。まぁ器用貧乏の域を出ないが、知らないままよりマシじゃないかな?」
リリーの問いに、マークはきっちりと理屈を述べていく。その内容は論理的で、ツッコむ隙はないように思える。
どうしたものかと悩むリリーから、ジョージに視線を移す。
「さて、どうする、勇者様? より幅広い戦い方を知ってた方が、色々と役に立つと俺は思うけどな。剣しか相手にしてないで、斧に勝てませんでしたじゃあ戦場で命はねぇぞ」
マークの忠告に、ジョージは考え込む。ややあって、彼は口を開いた。
「……確かに、アンタの言うことももっともだ。いろんな戦い方を知っておきたい。その対処法を身につけたい。勇者が倒れたら士気に関わる。斃れないための鍛錬、だもんな、リリー?」
「えぇ、そのとおりです」
「というわけだ。俺は斃れたくない。斃れるわけにはいかない。そのために、アンタが知る限りの戦い方を教えてほしい。できれば、その対処法も」
「決まりだな。なに、知識と経験はあるほど良い。悪いようにはならんさ」
笑みを浮かべながらマークが差しだした手を、ジョージが握り返す。
こうして勇者一行に、新たな仲間が加わった。
その日の夜。
ひとまず勇者達と別れたマークは、お気に入りの雰囲気の店『宵の口の薺』で一人夕食をとっていた。
黙々とパスタを食べていたのだが、不意に眉をしかめて、店の主人に声をかける。
「なぁ、この店のパスタはいつもこんななのか? 香草が黒ずんだ色してる。古い葉っぱ使ってるのか?」
「ウチの料理にいちゃもんつけようってのか? 香草は俺が丹精込めて育ててる自慢の逸品だ。もぎたてフレッシュの新緑若葉しか使っちゃいねぇよ」
「へぇ、そうなのか。じゃあこんな風になっちまうのはマスターの腕のお陰か」
「口が減らねぇ野郎だな。こちとら雑草根性で地道に腕磨いてきてんだ。ぽっと出のガキンチョにとやかく言われる筋合いはねぇ」
「おやおや、ムキになっちゃって。これは闇が深そうだ」
「人の根っこの部分貶されたとあっちゃあ誰だってこうなるだろうよ」
一触即発のような空気はしかし、次の瞬間にかき消える。頭を下げた茶髪の青年に、マスターが呟くような声音で名を告げる。
「【薺】セブルス」
「【蜃気楼】ミラン」
茶髪の青年もまた、同じように名乗り返す。そこに市井の魔導具屋マーク・バスターの姿はない。ここにあるのは、〈黒影衆〉の『影』たるミラン・バーシュの姿である。
「首尾を聞こう」
「【烏】の助力をもって『勇者』一行と接触。魔導具屋マーク・バスターとして一行に加わることに成功」
「大儀。引き続き任務遂行に努めよ」
「御意」
その後はミランからマークに戻り、他愛もない話をセブルスと交わす。そろそろ切り上げようかといったところで、思い出したようにセブルスが言った。
「あぁそうだ。あの【悪戯小僧】からの伝言があった」
「何だって?」
「『あの煙幕の中で魔力に気付き、警戒した者は二人。一人は言わずもがな、まぁ、別にどうでもいい。だがもう一人には注意せよ』だそうだ」
「もう一人、の方か……肝に銘じておこう。ほんと、敵わないなあのガキには」
肩を竦めて独り言ちたミランは、代金を置いて店を出ていった。