第1話:〈獅子〉の決定
〈獅子の心魂〉ギルド本部、司令室。その部屋の最奥では、金髪の男が煙管から紫煙をくゆらせていた。
一段高くなった床のような場所に腰を下ろし、崩れた姿勢で肘掛けにもたれかかる壮年の男の前に、一人の青年が姿を現した。
片手に銀色の金属板を携えた青年が、金髪の男に歩み寄る。
「ロジャーの旦那、蛇どもが動いたようです」
「蛇だと? 〈不滅なる九頭竜〉か」
額当ての下から覗く鋭い眼光が、青年を射貫く。動じることなく頷いてみせる相手を見て、ロジャー・フィールドは姿勢を正す。
「レイナス、連中は何をやらかした?」
「根付いてる草からの報告ですが。どうやら連中、〈サクロ教団〉と手を組んで異世界より『勇者』を召喚したそうで」
「異世界の『勇者』だと? ……やらかしてくれるじゃねぇかあのド阿呆どもが!!」
煙管の灰を落とした次の瞬間、ロジャーは拳を床に叩き落とした。ロジャーの様子に苦笑しつつ、レイナスが追従する。
「まぁ確かに、かつての頃と違って、今この世界にある問題は、この世界だけの問題ですからねぇ」
「あぁそうだ。この世界の問題はこの世界の者でどうにかする。それが筋ってもんだろうが。異世界人の手ぇ借りようなんざ恥知らずにも程があるってんだ」
「この世界の問題をこの世界らで解決できないって、統治能力の無さを体現するようなもんですからね。まぁ、どうせそんなことほっとんど考えてないんでしょうけど」
「だな。とはいえ、勇者は既に召喚されちまってるんだろう? どうする?」
顎の無精ひげを撫でながら、ロジャーが問いかける。肩を竦めてレイナスが答える。
「どうするも何も、元の世界にお帰りいただくほかないでしょう。『おめーの席ねぇから』ってね」
「足りねぇな。喚ばれた勇者様にゃ気の毒なこったが、そいつの力ってのを完全否定する必要がある。連中が喚び出したのはそいつ目当てだろう? ならそこを叩き潰すのが最良で、一番のメッセージになる。『この世界の力で、異界の力にも対処できる。勇者の力に意味はねぇ』ってな」
一通り語ったロジャーが、身を乗り出す。
「さて、そいつをやりきるにゃあ情報が要るな。今回喚ばれた勇者に、どんな力があるのか。そいつを知る必要がある」
「仰るとおりで。だから影、〈黒影衆〉に動いてもらおうと思ってるんですが、さて、誰を行かせるかってとこなんですよ」
言いながらレイナスは、手中の銀板に指を走らせる。ロジャーの前にホロウィンドウが現れ、何人もの人物の顔や名前などのデータが表示されていく。それを見ながら、ロジャーが尋ねる。
「てめぇの見立ては?」
「そうですねぇ……同年代くらいの男を近くに置くのが理想ですかねぇ」
「ほう、その心は?」
興味を覚えたロジャーに、レイナスは解説を加えた。
「草の情報を分析した結果、相手は十代半ばから後半の男、黒髪黒目で中肉中背。こちらに来てそう日は経ってないですが、何故か既に複数人の女性に囲まれてるらしいですね」
「そりゃまたとんでもねぇ色男だな。だったら女を行かせる方が楽じゃねぇのか?」
「単純に考えればそうなんですが、囲まれるのが早すぎる。異世界の人間ですからね。異性を魅了させる何らかの特殊能力を持っていないとも限らない……まぁ、伝承聞く限りではそんなことないとは思いますけど。念には念を、ということで」
「天然のジゴロなら、余計に厄介だぁな。だがそんな奴に近づける男ってなると、相当な腕が必要だな」
「だもんで……ええと……あぁ、いたいた。この辺なんてどうでしょうかね」
話の間、ずっと手元の金属板を見ながら指を動かしていたレイナス。不意に動きを止め、ロジャーに一人の青年の姿を示す。
「ミラン・バーシュ。どんなところにもしれっと潜り込みしれっと姿を消す、ついた渾名が【蜃気楼】」
「ほう、流石、諜報のプロ集団だけあって良い人材がいるもんだ」
「でしょう? そう思ってそっちの道を勧めたんですよ」
「なんだ、お前の差し金か」
「えぇ、その方が彼の持ち味を活かせるんじゃないかと思ってね。ここまでの逸材になってくれるとは思わなかったですけど。あの器用貧乏がよくぞって感じです」
他人の評価ながら、どこか自分のことのように誇らしげなレイナス。自分の人物観が正しく証明されたことに満足感を覚えているのだろう。
「なるほどな。よし、すぐに話をつけてくれ。段取りも任せると言っとけ」
「了解。ではさっそく、ダーク・シャドウに交渉してきます」
ホロウィンドウを消したレイナスは、踵を返して司令室を出ていった。