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#59 支配の指輪は無いけれど

 一時は水浸しにされた教会本部だったが、既に水はほぼ引いていた。


 浸水の状況を表すワイヤーフレームモデルは画面の端に小さく表示されるだけになり、画面の大部分は聖都市街地の立体モデル。そして教会本部の建物上から望遠レンズを使って命懸けの観測を行っている撮影者の有線中継映像だ。


 豪雨の中、断続的に爆発の花が咲き、辺りの建物を薙ぎ倒して瓦礫に変える。魔人コマンドロイドによる攻撃だ。さらにその合間を縫うようにして、目にもとまらぬ早さで小型浮遊車輌が飛び交う。


 戦闘は、聖都市街を逃げ回る船を中心として展開されていた。

 まるでモグラの通った後がモグラ塚になるように、船がが動いた後は窪みが出来ていた。

 街中の通りという通りに運河を張り巡らす勢いで、小型船は地面を走り続けている。


 戦況は拮抗、あるいは教会側有利と言えた。

 接近時と違い、マサル魔法コマンド封じを展開する様子はない。サイバネ強化兵を牽制するため、祭司の一族の魔術師ウィザード達が魔法コマンドを使っているのだ。

 魔人コマンドロイドによる魔法攻撃はことごとく防がれているが、逆に言えば敵方の魔術師ウィザードを防御に割かせているわけだ。


 もう一隻の船、第二層の市街を走り回っている眷属スズネの方も同じだ。

 あくまでマサル殺しを優先しているため、第二層へ差し向けた戦力は少ないが、似たような戦況になっている。


 このまま消耗戦になれば教会有利なのは明らかだ。勝ち筋はいくつもある。

 サイバネ強化兵が船に肉薄し、甲板に立つマサルを斬り殺す。

 魔人コマンドロイドの攻撃を受けきれなくなりマサルに直撃する。

 攻撃によって隙を作りだし『ミストルテイン』を叩き込む。


 教会にしてみれば勝負を急ぐ必要は無い。

 それだけに、何もしてこないマサルが不気味ではあった。

 確かに、先程のように大雑把な攻撃を仕掛けたところで、作戦司令室のある中枢部には届かないわけだが、まるで時間を稼がれているかのような……


「今のうちに防衛体制の再確認を。チーム012、013に巡回を指示しろ」

「了解しました、祝福的です」


 警備中のサイバネ強化兵へ命令を伝えるため、オペレーターは壁際の伝声管(当然、金と白に装飾されていて神聖である)を開いた。

 ネットワークは遮断されているため、このようなアナログ通信手段が使われているのだ。


 司令室の情報処理はハイテクに見えるが、あくまでオペレーターが入力した情報を表示しているだけだ。

 教会はかつて神を殺した戦いで、世界運営支援システムからのハッキングにより煮え湯を飲まされている。それは輝かしい勝利の中の汚点であり、未来への懸念だった。


 そのため教会本部は、ハッキングが通用しないシステムの構築にかなりの労力を割いていた。

 教会はコンピュータ無しで日常業務が行えるシステムを構築しており、それは戦闘に関しても同じだった。

 既にメインサーバールーム以外はシャットダウンしている。仮に敵がいまさら乗っ取って動かしたとしても司令室には繋がらないので何の意味も無い。

 味方との通信には、暗号符帳付きの伝声管通信が主に使われている。


 この電子的鎖国状態は、情報の入手と伝達どちらにも悪影響がある。

 しかしハッキング対策として仕方のないことでもあるし、何よりサイバネ強化兵や魔人コマンドロイドという強大な『個』に頼る最終局面において細かな指示を出す必要は薄く、そこまで問題は無いと考えられている。


 命令から、しばし。

 伝声管前で待機していたオペレーターが返答を受け取った。


「チーム012より報告。対魔法コマンド防衛機構、オール祝福的グリーン

「同じく013より、消音機構オール祝福的グリーン

「分かった、警戒に戻らせろ」


 室長は重々しく頷いた。全ては順調だ。


 ここは魔法コマンド遮断系の地球遺産アーティファクトを集中配備した最後の砦。神の魔法コマンドだろうと届かない。

 消音機構はもちろん『順風耳』対策である。内部の会話が外に漏れないよう、指向性の音波を発して攪乱スクランブリングを掛けている。神の力を知り尽くしているが故の神対策。完璧だった。


 あれだけ大規模な攻撃を受けて、それでも中枢区画の対魔法コマンド防御は機能した。

 その安堵は、司令室の面々を少しだけ油断させていた。

 ほんの、わずかに。


 * * *


 第二波の水攻めが行われる、その少し前。


「私は……祝福的で……うう、違う、屈するな……

 おのれ教会め……心まで奪うことはできぬ……心……心穏やかです……」


 祭司の一族の捕虜達は、中層の独房にそれぞれ入れられていた。


 教会本部は軍事施設でも刑事施設でもないが、留置や監禁ができる施設はちょくちょく必要になるので、ちゃんと牢獄を備えている。

 普段使われる牢獄は地下にあり、政治犯から、自分のハンコを上司のハンコの方に傾けて押さなかった官僚まで、罪の大小を問わず放り込まれている。


 中層の牢獄は、奪還される危険が大きい捕虜などを収容するため設けられている。重武装犯罪組織や大規模カルトの幹部クラスに祝福的に対応するための設備だ。一応、隔壁で守られている区画で、警備のシステムも厳重である。


 鉄格子によって通路と区切られた、古典的すぎる構造の牢は、壁も天井も剥き出しの鋼の質感。鋼材の継ぎ目が幾何学的なラインを描いている。

 黒と銀で装飾された硬質な空間は神の祝福からほど遠い。

 

 牢屋の壁には『危険! あなたの端末が攻撃を受けています!! 今すぐダウンロードして診断!!』という地獄の責め苦のごとき冒涜的疑似広告が投影されており、囚人の精神を苛む。


 別々の部屋に収容されている5人の捕虜達は、絶望しかけているか、心穏やかになりかけているか、その両方だった。

 5人ともマサルの勝利を信じていて、マサルがこの世界に真の平穏をもたらすよう祈っている。そのためならば命など捨てても惜しくない……はずだった。

 だが、いざこうして処刑の期日が決められ己の死に向かい合うと、徐々に恐ろしくなってきた。

 教会の拷問と、電子ドラッグが見せる幻影ビジョンもまた、精神を傷つけた。


 真の神に従い、正しき信仰のために戦ったのだ。

 後悔など無いし、死ぬことなど恐ろしくない……


 そう、何度自分に言い聞かせても、酷たらしく処刑される自分の姿を想像してしまい、恐怖が迫ってくる。……人間とはそういうものだった。


 恐怖と絶望のあまり、電子ドラッグが見せる偽りの楽園に逃避してしまいそうだった。

 何も心配せず、全てを忘れて教会の言う通りにしていればいいのだと、電子の悪魔が囁く。


「俺は……俺は……

 ぐ……心穏やかではないが……それは俺が戦ったからだ……

 教会め……俺は屈さない。誇り高く死んでやる。死んで……死……」


 一族の戦士である男は、胸をかきむしる。

 恐ろしい。恐ろしい。


 マサル・カジロ。

 祭りの夜に見た青年の姿は、いかにも頼りなげだった。心のどこかでは彼が神であることを疑っていた気がする。

 だが……一族の者達を庇ってサイバネ強化兵と戦う姿を見て、あの御方の他に神は無いとまで思えた。だからこそ自分は戦ったのだ。


 自分はあなたのためにこれだけ戦ったのだ。

 自分を助けになど来ないでくれ、全てが無駄になる。

 自分を助けに来てくれ、この献身に報いてほしい。


「神よっ……!」


 頭を抱え、男はうずくまった。

 ちょうどその時だった。


 床が少し揺れたような気がした。

 次の瞬間、彼は流れ込んだ水に殴り飛ばされていた。


「うわっぷ、ごぼっ!

 私は祝福的で……ごぼっ、げほげほっ!」


 押し流されて壁に叩き付けられたかと思えば、もう頭まで水に呑まれていた。

 慌てて空気を求め、浮かび上がろうとしたが……そもそも牢獄の天井まで水に満たされていて呼吸ができない。


『ジンルイ ミナ キョウダイ!』


 水とともに流れ込んだ奇形魚が叫んだ。


 何が起こったのか分からなかった。

 ただ、予想外の事態が発生していることだけは分かった。


 ――死ぬのか、俺は!?

   こんなワケが分からない形で……!


 パニックを起こし、とにかく少しでも外へ近づこうと、鉄格子に向かって泳いだ。しかし牢が開くわけでもない。このままでは……


「みぃいいいいいつけたぁっ!」


 水の中だと言うのに、はっきりと声が聞こえた。

 鉄格子が自ら砕け、力強い、手が。

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