#57 Opt+Fall=命中率50%
『聖都市民の皆様、本日も祝福的にお過ごしのこととお喜び申し上げます。
只今、極めて背教的な異端カルト集団が聖都に接近中です。
聖都の防衛体制は完全に祝福的であり、異端カルト集団は迅速に審問され、ブラウザクラッシャーとアフィリエイト広告にさいなまれる地獄へと落とされることでしょう。
しかし、万が一、皆様が戦闘に巻き込まれることを想定し、避難を指示します。訓練に従い、以下に読み上げる区域の方から順に避難してください。n01、n02、n03……』
豪雨をつんざき、『聖都』に避難誘導の放送が流れる。
悪天候のせいで人通りのほぼ絶えた三層北東側の大通りに、ふたりのサイバネ強化兵が立っていた。
方や、大鎌を背負った痩せぎすの男。死神めいたボロボロの黒ローブを羽織っている。
方や、全身に三十本以上のコンバットナイフを装備した大男。雨の中だと言うのに、筋肉ダルマの上半身を晒している。
「完っ璧にいつもの避難誘導放送って感じだけど、これ敵が流してるやつなんだ?」
黒ローブの方が空を見上げながら言った。
先程から、避難誘導の放送は断続的に繰り返されている。それに従って周辺の市民は、聖都の反対側へと避難行動中だ。
「らしいぞ。わざわざ逃がしてくれてるらしい」
大男がコンバットナイフのうち一本を弄びながら応えた。
「本部の放送機材はアナログだろうに、どうやって乗っ取ったんかねぇ……」
「とっくに放送室が占領されてたりとか」
「そいつは傑作だ」
黒ローブの男は、実際どうなっていようが興味が無いという様子だった。
もし本当に敵が一時的に内部深くまで侵入していたとしても、自分の負けは無い。教会の負けは無い。
サイバネ強化兵は強力であり、教会も強大だ。たとえ一時的な不利があったとしても最終的には勝つと信じていた。
「……ってか、放送はともかくとして、市民の動きは止めなくていいのか?」
「そりゃ軍事行動の邪魔なら止めんだろうけど、マニュアル通りに避難呼びかけてるから大して邪魔にもなんねーのよ。止めてる方が人手取られて面倒って感じでさ」
「ああ、なるほど」
確かに、土石流のように避難民が押し寄せて来るなんて事態には陥っていない。
この聖都で異端者狩りや公共の実験、教会と癒着した業者による地上げなどがある際に、周辺の市民を避難させることは少なくない。そんな時に混乱が発生しないよう、避難訓練は常日頃から行われているのだ。
――敵はそこまで考えて、この呼びかけを?
黒ローブの男は、一瞬、なにかよく分からない寒気を覚えた。
自分が誰かの手の平で踊らされているような……
「まあ……どのみち、ここまでは来らんねーだろ」
「だな」
ナイフの大男がそう言って、黒ローブの方も気を取り直した。
教会本部を振り仰いだふたりの視線の先。
本部の建物そのものに据え付けられた巨大なビーム砲は、スパークを纏いつつ、徐々に砲口の輝きを増していた。
*
『アンヘル、ナビ頼むぞ!』
『かしこまりました』
俯瞰視点にした『千里眼』に、アンヘルの描くルートガイドがレイヤー表示される。
そこに合わせて運河が掘られ、小型戦闘艇は滑るように進んでいく。その流れはヘビのようにうねっていた。
風を切る不穏な音。そしてその直後、爆発!
船のすぐ脇に大砲が着弾し、大きく地面が抉られる。七色の汚染海水がその溝にも流れ込んで、カラフルな水たまりを作った。
……もしあのまま船を直進させていたら、大砲の餌食になっていただろう。
周囲に視点を移せば、移動式の大砲や、大砲を装備した戦闘ロボなどが大盤振る舞いで配置されている。
そしてそいつらは船に向かってドンドンバンバン撃ち込んでくる。
発射音、着弾音、どっちも骨まで震えるような重低音だ。俺は隅田川の花火大会とか思い出していた。会場に隠された二億円を巡る事件に二番目の親父と一緒に巻き込まれて、花火見るどころじゃなかったけどな!(2桁の死人が出たが俺達は無事だったし、事件と関係なく川に落ちた猛は無傷で生還した)
スーパーコンピューター・アンヘルがリアルタイムで軌道計算し、船の取るべきルートを刻一刻と書き換えていく。俺は必死でそのルートに沿うよう、水路を築き船を走らせた。
だが、その時突然、アンヘルのアラートが割り込んだ!
『『ミストルテイン』充電開始を確認』
『マジかよ!』
まだ有効射程とされる20kmには入っていない。
充電しといて出会い頭に一発って事か?
しかもアンヘルの警告とほぼ同時にルートガイドが真っ直ぐになり……つまり砲撃が止んだ。これはヤバイ。なんか逆にヤバイ。
この状況で砲撃を止める理由って……『味方を巻き込まないため』くらいしか無くないか?
『ホバースクーター5騎、発進を確認。向かってきます』
そら来た!
『千里眼』の視界が切り替わり、嵐の中を突っ切ってくる不穏な機体を捉える。間違ってもピザの出前じゃない。
『何人乗ってる!?』
『5人です。全員がサイバネ強化兵と推測。さらに10km地点に魔人と、その操縦者と思しきコンビを4ペア確認。全員が『驕らぬ者の翼』を装備しています』
『チャフは!』
『接近する5騎全てからの散布を確認』
アンヘルの答えを聞きながら、俺は自分の魔法感覚による探知も行って再確認した。
くり抜かれたようにナノマシンがレスポンスを返さない、不穏な空白が接近してくる。大嵐のせいで範囲は狭まっているが、たとえばこいつらが船に乗り込んできたりしたら地形の書き換えは停止してしまうだろう。そんでもって俺がチャフ範囲に捉えられちまえば、何もかもお終いだ。
こっちが少数精鋭での特攻みたいな戦術になると、一般兵がわさわさ居たところで逃げられるだけだからな。向こうも対応して少数精鋭で攻撃してきたわけだ。
『魔人は……あえてこの距離に入って来たって事は見せ球兼バックアップか』
魔法の最大射程は、どれだけ魔法力があっても10km。俺が今使っている魔法停止の魔法も同じだ。
船から10km圏内にわざわざ近づいてきたと言う事は、俺が魔法停止をやめてサイバネ強化兵相手に魔法で対抗した場合、支援を飛ばすためだろう。
さすがに、こっちが魔法を使う瞬間だけ停止を解くみたいな曲芸じみたマネはできない。ドーナツ状の魔法停止領域を作ってそれを保持するので精一杯だ。
相手の魔人を自由にさせるか、魔法抜きでサイバネ強化兵の相手をするかのキツい二択になる。
俺は腹をくくった。
『アンヘル、ここで戦闘開始だ。乗組員に出撃指令を。サイバネ強化兵を押しとどめるだけでいい、その間に教会本部を魔法の射程に捉える』
『魔人は排除なさいますか?』
『……時間的に厳しいかな。おかわりが来ないとも言い切れないし。ここはサイバネ強化兵に戦力を集中しよう。船の経路上だから、すれ違いざまにどうにかする』
『かしこまりました』
アンヘルが承諾するや、小型戦闘艇後部のハッチが展開。
『正義は我にあり!』
『正しき神の教えを見よ!』
『今こそ断罪の時!』
『仲間を返せ!』
勇ましい声が通信越しに飛び込んでくる。
浮遊するスケートボードみたいなものに乗った皆さんが発進した。祭司の一族の戦闘員、特に肉弾戦に長けた精鋭部隊だ。俺の船に乗り込んでいるのは28名。
全身を覆うのは白と金で装飾された神聖プロテクター。全体的に戦隊ヒーローめいた姿である。ゴールドしか居ないけど。
このスーツは動作補助と身体の防護を兼ねた……えっと、まあ分かりやすく言うと攻撃力と防御力と素早さが全部上がるチート防具である。管理者領域に置いてあったこいつは、教会が使っているそれよりもさらに洗練された流線型のデザインで、アンヘル曰く『技術的には十世代分の開きがある』との事。
さらに、手に手に持っているのは、これまた管理者領域にあったトンデモ超兵器の数々! 辛うじて精鋭部隊には行き渡った。
散開した戦闘員の皆さんは、数人ずつのグループに分かれ、サイバネ強化兵に向かっていった。
『千里眼』画面に上乗せして、部隊の編成情報が書き込まれ、アンヘルから各部隊への指令がリアルタイムで流れていく。
高速機動する浮遊スクーターと浮遊スケボーが複雑な軌跡を描いて絡み合った。
サイバネ強化兵が大剣を一閃! 竜巻のような一撃を躱した戦闘員がスケボーアクロバットのようにフリップジャンプを決め振動剣を振り下ろす。
また別の戦闘員は、ジャマダハルを装備したサイバネ強化兵の一撃をギリギリの上体逸らし回避。削られたパワードスーツの表面が金粉のように舞う。隙ができたサイバネ強化兵に、別の戦闘員ふたりが高出力ビームハンドアックスとか言うナンセンスな代物で斬りかかる。
5対28。数の上では圧倒的優勢、装備でも上回っているが、サイバネ強化兵がそんな甘い相手じゃないことは身をもって先刻承知。
大剣に薙刀、バトルアックスみたいな原始的武器を携えたサイバネ強化兵が攻撃してくる度、それを2人や3人がかりで防ぎ、手の空いた者が牽制攻撃を放つ。アンヘルの操るボディを相手に5日間訓練したフォーメーションだ。
これだけやって、辛うじて互角! 船と併走するようにして、戦闘はいつ果てるともなく続く。
一瞬で2,3人死んでもおかしくないギリギリの綱渡り。
ここで俺が出て行けば流れが傾くかも知れない。と言うか出て行って加勢したい。
だが、それはできない! こっちの狙いがバレてしまう。
やれるだけの準備はした。今はみんなが無事に帰ってきてくれるのを信じて見守るしかない……!
『榊さん、そっちはどうなってる!?』
第二層、すなわち俺の下100mくらいの場所を突っ走っているであろう榊さんに、脳内電波通信(って言うとヤバそうだなこれ)で呼びかけた。すると、すぐに返答があった。
『順調です。行く手を阻んだのは一般兵のみ、既に排除しました』
『やっぱり俺の姿を見て、こっちに釣られてきてるみたいだな。最悪、俺を囮にする気で本部まで突っ走ってくれ!
とにかく繋げるんだ!』
『了解しました!』
下は大丈夫そうだな。さすがに遠隔で助けるのも大変だから、俺の方に敵が集まってるならむしろ好都合……
とか考えていたその時だった。
『『ミストルテイン』、追跡開始』
アンヘルからのアラートが飛ぶ。
俺の位置からでは見えないが、エネルギーを充填しきった『ミストルテイン』が砲口をこっちへ向け始めたようだ。
やっぱり本命はそれか。
神殺しのヤドリギの名を冠した不遜な大砲、対神兵装『ミストルテイン』!
サイバネ強化兵でこっちの足を止めて、アレをぶち込む作戦なんだろう。
戦況は互角のまま、一族の精鋭とサイバネ強化兵は切り結び続けている。
勝つことではなく船に近づけないことが目的だから、辛うじて戦えているのだ。そして今はそれで十分!
エネルギー兵器は『魔法を使えば簡単に防御できる』という欠点があるが、魔法を停止した状態のままでは防御魔法すら使えない。
『突っ切るぞ! 例の物を準備!
……アンヘル、これ本当に強度は大丈夫なんだろうな?』
『計算上は問題ありません』
『ありがとよ、絶妙に不安になったぜ!』
船の乗組員が甲板上にパラボラアンテナめいた物体を運び出す。
エネルギー偏向フィールド発生器なるケッタイなブッタイ。アンヘルが持ち出してきた地球遺産のひとつだ。
レーザーなどを他所へ逸らす効果がある……はずだ!
一応試運転はしたけれど、『ミストルテイン』相手にちゃんと効いてくれるかは未知数である!
『敵、撤退!』
『よし、みんな船に乗り込め!』
戦っていたサイバネ強化兵達が、ついにチャフでの足止めを諦めて距離を取る。
間髪入れず、アンヘルは味方にも撤退の指示を出した。
……砲撃が来るのだ!
一瞬の静寂。
そして……
ZAAAAAAAAAAAAAP!!!
辺りが真っ白に迫るような大閃光!
だが、どうやら俺は死んでない。
極太のビームは船のちょっと手前で見事に屈折し、雨空のホログラムを映す天井にぶち当たっていた。
まったくもって幸いなことに、邪魔なサイバネ強化兵はフレンドリーファイアを避けるために距離を取っている。もはや我が艦を阻む者無し!
ビーム砲撃を切り裂くように俺達は前進していく。
『教会本部、10km圏内まで……3、2、1、コンタクト!』
『よし、行けえええええええ!!』
その瞬間、俺は魔法停止の魔法を停止して(ややこしいな)、別の魔法を行使した。
大気中の水分!
船と一緒にポロロッカしてきた汚染海水!
天井のシャワーから降り注ぎ、地面を流れる雨水!
材料は十分、後はそれを移し替えるだけ。
『方舟』全三層をぶち抜いた吹き抜けに建っている摩天楼、教会本部。
その中、魔法が届くありったけの範囲を、俺は水で満たした。