#48 本当はチェーンソー持ってないんですってば
数え切れないほどの真紅の閃光が、一見何も無い場所に向かって雨あられと降り注ぐ。
ボシュシュシュ!
何やら奇妙な音を立て、『千里眼』で見える景色が揺らぎ、ノイズが走った。
「偽装……! マジか!!」
その下から出て来たのは戦いの光景だ。
雷、爆発、謎の見えざる力、そうしたものがぶつかり合う。だが『順風耳』でも音を拾えない。全くの無音。魔法か何かで音を消して探知を避けていたようだ。
俺や榊さんに匹敵すんじゃねーかというレベルの魔法を使う魔人相手に、一族の戦士達が団結して魔法をぶつけていた。なかなか善戦していると言えるだろう。
問題は、相手がひとりじゃないことだ。浮遊バイクに乗った兵士がゴミにたかるショウジョウバエのようにうろついている。
こいつらは魔人に比べれば誤差と言って良いレベルの戦力。と言うかそもそも戦闘に加わっていない。
じゃあ何をしているのかと言えば……負傷したり無力化された一族の戦士を次々と捕獲している。浮遊スクーターに乗った兵士はただひたすら逃げ回り、隙あらば倒れた人を掻っ攫って離脱していく。
戦闘員は魔人への対応で手一杯だ。そっちをフォローしている余裕など無い!
……そんな光景は見る間に薄れ行き、また何も無い静かな草原に戻った。
「なるほどな、そういう事か」
画面を裏から見たムラマサが頷いていた。
……お前も知らなかったのかよ。
間髪入れず、第二波の天罰レーザーを打ち下ろす。
だがそれは届かなかった。当たる直前で弾けて消える。
レーザー無効装備でしっかり対策して来やがった魔人(と、なんか知らないけど一緒に居る奴)は無理ゲー。じゃあ周囲の誘拐バイクはと言えば、操縦者と魔術師のタンデムだ。いや軍属の奴は魔導兵ってんだったかな。とにかくそいつが防御している。
いかに神の権能と言えど、『天罰』はレーザー攻撃。魔術師の、実弾を使わない兵器に対する防御能力はかなり高い!
つまりレーザー以外の魔法によってまず防御を破らなきゃならんわけだが、俺が10km圏外に攻撃する手段は天罰レーザーだけだ。
……してやられた。もはや150年近く前のことになるとは言え、連中は元々、神と一緒にこの世界を動かしてたんだ。俺が思ってる以上に神の能力と性質について把握して、その隙間を縫うようなやり方を考えてる。
だが……今はこちらにも手がある。移動を済ませた今、榊さんはフリーだ!
「カジロ様!」
異常を察した榊さんがすっ飛んできた。
管理者領域の入り口には祭司の一族の皆さんが殺到している。最低限の荷物だけ持って移動する人々。最後に族長が入ったのを確認して、俺はのっぺらぼうビルの入り口を閉じた。ムラマサが動く気配は、最後まで無かった。
「別働隊を助けに行く。済まない、榊さん。こいつの相手を。
足止めでいい。いのちだいじに!」
「了解致しました!」
戦闘意欲バリバリの榊さんが手にしているのは、小柄な榊さんの体躯からしたら二倍はありそうな大きさの……大薙刀。あるいは偃月刀ってやつか?
とにかくこれはアンヘルのトレーニングで習得した武器だった。
フリル眼帯装備のゴスロリ美少女が大薙刀を振るうという、スーパーコンピューターでも処理能力を超えて爆発しそうな何かと化した榊さんがムラマサの前に立ちはだかった。
本当は俺との間に割って入りたいのかも知れないが、結構な距離を取っている。ムラマサの腰の装置から散布される山吹色の粉塵、対ナノマシンチャフを警戒してのことだ。
「……カジロ様。天候操作の権能で、この一帯に強風を起こせませんか?
走行中と同程度にはチャフの範囲を弱められるはずです」
「なるほどな。できるか、アンヘル?」
「可能です」
ゴウッ!
一粒一粒の雨滴が弾丸かと錯覚されるほどの暴風が当たりには吹き始めた。
ドーム状に広がりかけていた山吹色の粉塵は、彗星の尾のように一方向へ流れていく。これで風下へ行かない限り、効果範囲はかなり狭まった。
「交代か?」
新たな戦士の登場を見て、ムラマサは楽しそうだ。お仕事終了と分かって気楽なものだ。
こっちには若干一名、あんたを生かして帰す気無いらしいのがいるんだけどね……
「……カジロ様に仇なす敵とあらば容赦はしない。『眷属』スズネ・サカキ、参る」
過剰装飾なゴスロリドレスの裾が暴風を受けてバタ付く。
俺がザックリやられたことで怒り心頭。そんな榊さんの背後に俺は、八本の腕にそれぞれチェーンソーを装備した阿修羅ジェイソン力士像を幻視した。怖い!
「『眷属』ね、なるほどなるほど、そこまで一緒とは……いや、そっちがオリジナルか?」
ブツブツと考えているムラマサに、もはや問答無用と何の前触れも無く榊さんは襲いかかる。
左手の魔晶石が輝いたかと思うと、ズアッ……と辺りの地面が隆起した。
大小取り混ぜた無数の石および岩が、質量を持った霧のように辺りに浮かんでいる。
先端を尖らせ、ドリルのように殺意に満ちた回転をするそれらが狙う先は当然、ムラマサだ。
そこでフェイントのように足下からの攻撃!
「うん!?」
ケツから脳天までぶち抜く勢いで隆起する土の槍を、ムラマサはギリギリの超反応で躱して後ずさる。
チャフ圏外から地中に働きかけての攻撃だ。
そこへ畳みかけるように、周囲に浮遊する瓦礫が一斉に襲いかかった。
局地的砂嵐がムラマサを包む。
だがその粒子のサイズは『砂』嵐ってレベルじゃない。普通の人間なら一発で体に穴が空くレベルの凶弾だ。
ムラマサは……飛び込んでくる! おいおい、突っ切るのかよ!?
いや、それが正解か。チャフがある以上、いつまでも瓦礫のコントロールを保ってムラマサの周りで攻撃を続けさせるわけにはいかない。それが分かっているから敢えて突っ込んで、攻撃を食らう時間を短くしたんだ。よくとっさにこの判断を!
刀と腕で身を守りつつ突貫するムラマサ。だがその先には!
「天誅――――ッ!!」
パニックホラー映画の化け物みたいに目を光らせた榊さんが、耳をつんざくシャウトと共に巨大薙刀を振り下ろす!
ガギィン!
真っ向からぶつかり合う刀と薙刀。その力は拮抗、競り合う!
そしてムラマサが身に纏っていたレインコートのような防具、レーザーを無効化する対神兵装『驕らぬ者の翼』は……瓦礫嵐に引っかかれてズタボロだ。特に瓦礫から顔を庇った左腕部分のダメージが著しい!
「今です!」
「天罰!」
Zaaaaaaap!!
数本のレーザーを集約し束ねた一撃がムラマサの左腕を半ば蒸発させた。
「どあっ……!」
ムラマサの左腕は、溶けかけた金属の骨組みが剥き出しになった。
ぶすぶすと煙が上がり、引きちぎられた端子やケーブルが覗き、スパークが舞い散る。
サイバネ強化兵、その名に偽り無しの姿だ。
「やりやがった!
若人ふたりがかりで、俺の腕持って行きやがったか。
ハッハァ、俺も焼きが回ったぜ!」
手負いの獣は歯をむき出して獰猛に笑った。
そしてムラマサは全く怯まず右腕一本で刀を構えたが……
「頼んだ!」
「はい!」
踵を返し、地を蹴って、そのまま俺は飛翔した。
腕一本VS二本なら何とかなる……と思いたい。
ここからは榊さんに任せよう。俺は向こうの救援だ!