#45 殺陣
赤絨毯が敷き詰められた教皇執務室は、何もかもが秩序立って存在していた。
例によって部屋のベースは金と白の神聖なもの。さらに執務机から本棚、照明器に到るまでが、黒い天然木材(この場合は化学薬品の合成物でないものを指す)と黄金を組み合わせたデザインで統一されており、極めて華美でありながらも重々しく厳粛な雰囲気を漂わせる。『この教会で唯一レーザーガンと監視カメラが無い部屋』などと言われる場所だ(実際には無い部屋も多い……監視の手段はレーザーガンとカメラに限らないので)。
天井近くのモニターには、各種のニュースがタイムライン状に次々表示されていく。もちろんこれは公共の放送などではなく、教皇ひとりのために練られた報告だ。個々の案件に関しては別個に報告を受けるとしても、方舟中で起きていることの概況を教皇が把握できるようにしている。今は東第二層における杉ゾンビ(※注:殺人杉の花粉を吸って花粉症で死んだ者。杉の植生を広めるためにさまよう)のパンデミックが報告されていた。
机に座るのは、今や教皇となった教会の最高権力者、エーリック・ハセガワだ。
妖怪じみた老爺と机を挟んで相対するのは、五十がらみの教会官僚。
名はルーカス・フェルドと言うのだが、今ここで彼の名を覚える必要性は無い。
ルーカスは同期の出世頭。今は経済官僚だが、やがては経済分野を預かる枢機卿になる事がほぼ確実と見られている。
学生時代にVR電子地雷原地雷除去部で鍛えた体は、いくらか贅肉が付いた今でもがっしりとしていて、威圧感がある。しかしそんなルーカスですら、エーリックの前では赤子のように頼りなく思えた。
「……これでよろしいのでしょうか」
「何か気に掛かるかね」
ルーカスの控えめな問いに、エーリックは鷹揚に応じた。
ルーカスは……思わず疑問を口にしてしまったルーカスは、このまま問うことが失礼に当たらないかと迷ってから、観念したように続きを口にした。
「私は、軍事は専門外です。しかし、相手は強大な魔術師であり、方舟の力をも振るう『神』。
さらに祭司の一族は全員が魔導兵に匹敵する使い手。『眷属』も居ると見られている……
本当に、サイバネ強化兵ひとりと魔人1体で通用するのでしょうか」
ルーカスは功績著しい教会の高官として、そして次期枢機卿の有力候補として、この世界の真実を知る事が許されていた。
そして彼は、『神』に対する教会の作戦行動も知る事ができる。だが、その内容にルーカスは疑問を持ったのだ。
「ふむ……」
エーリックは考え込むような様子を見せた。
実のところ、彼の中でもう答えは決まっている。しかし、それをどう説明したものか考えたのだ。
「目的の達成には必要十分だ。少なくとも、今はそう見られている。
もし、全戦力を一気に投入して攻撃したとする……なるほど、祭司の一族に壊滅的打撃を与えることはできるだろう」
そう言いながら、エーリックは机の真ん中に、聖印を象った金の神聖ペーパーウェイトを天地逆に置いた。
「だが、神ひとり取り逃せば元も子もない。奴らは管理者領域に隠れて数を増やし、またやってくる。あそこには無尽蔵の資源と、対神兵装にも匹敵するオーパーツ級のガジェットが多数存在する。
故にだ……今ここで祭司の一族を叩くことに、必要以上に血道を上げる必要は無い。半端な戦果では意味が無いからだ」
そしてエーリックは、倒立する小さな聖印を指先で突いて転がした。
「必要なのは、『神』を殺す究極の一撃。そしてそのための準備だ。
この作戦は、この戦力で十分だろう」
「もしも凌がれたら?」
「その時はその時だ」
エーリックは淡々と即答した。
「向こうがこちらの予測を上回ったということ。今後の戦略の見直しが必要だ。
それを知るためなら、サイバネ強化兵がひとりと魔人1体、失ったところで安いものだろう。誤った予測のままに戦力を投入し続ける方が痛い出費になる」
そう言ってエーリックは、机の脇に寄せられていた中から一束の書類を取りだして満足げに眺めた。
金白の装飾がされた神聖ワニ口クリップで留められた書類は、今回の作戦の詳細がまとめられたものだ。
「ふむ、問題は無いな。
この『ラグナロク作戦』というネーミングセンスを除けば、我が部下達は実に祝福的だ。
まだ現場に任せておこう。では、予定通り経済報告を聞かせてくれ」
「はっ……」
ルーカスは恭しく頭を下げた。
エーリックこそ、『神』をも超える化け物ではないかという畏敬の念と共に。
* * *
ムラマサが一歩踏み込む。
その瞬間、奴は俺の目の前に居る。
巨大刀が、輪郭すら分からない速度で振り抜かれる……!
「くっ!」
ギギィン!
金属の打ち合わさる重い音! 手に伝わる衝撃!
刀の軌跡を追いかけるように、地面には扇状の衝撃波が刻まれた。
速ぇ……!
「よく付いてくるな。才能ある若者との手合わせは、心が躍る」
「そりゃどうも! 俺はだいぶズルしてるけどな!」
くそ、楽しそうにしてやがる。こっちは色々とギリギリだってのによ。
だがイラついたら終わりだ!
対ナノマシンチャフが飛び続ける中で、俺はムラマサの動きを鈍らせるべく拘束の魔法を叩き込み続けている。今のムラマサは、神の見えざる力士を背負って戦っているようなものだ。
だが、向こうはそれを承知で突っ込んで来る。スピードを鈍らせたことで辛うじて動きを追えるようになったが、それでも防戦一方だ。
サイバネを機能停止させるとか、そういう魔法で対抗できればよかったんだけど、アンヘルに思考で問いかけたところ『自然治癒の方が早い』という無情な計算結果が帰ってきた。
サイバネ強化兵も基本的に魔術師だ。だがこいつらは対ナノマシンチャフの使用を前提に、魔法力の全てを身体強化につぎ込んでいる。体内ナノマシンの行動はチャフにほぼ阻害されないからだ。
断続的に天罰レーザーを降らせるも、それはレインコート状の防具に阻まれてノーダメージ。これが対神兵装『驕らぬ者の翼』!
露出してる手や顔にうまいこと当たってくれれば……!
「食らえ!」
バックステップで距離を取ったムラマサに、周囲を囲む祭司の一族のうち数名が射撃する。
だがその瞬間には、ムラマサはもうそこには居ない!
「気を付けろ、フレンドリーファイアが起こるぞ!」
族長さんの声をバックに、ムラマサが迫る!
キィン!
襲い来る重い一撃を、俺は何とか右手の剣で受け止めた。
そして鍔迫り合いに持ち込む……と見せかけて体を沈める。
刀をかいくぐるように懐へ飛び込んだ俺は、刀を握るムラマサの腕をカチ上げるように殴った!
「ぬうっ!」
ムラマサが顔をしかめる。
それにしても感覚がおかしい! 他人を殴った事なんてそんなに無いけど(一応付け加えると全部正当防衛だ)、人間の腕の感触じゃない! 鋼鉄のワイヤーの束みたいに頑丈な何かだ。衝撃を受けきっている!
殴られた勢いを使うように、ムラマサは宙返りをして俺から飛び離れた。
「その剣はただの盾か?」
「生憎、まだ使い方を習ってないんだ!」
「そうかよ。じゃあ殴り勝ってみな!」
ムラマサは挑発的に笑うと、踊るように一歩ステップ。その間に鞘に刀を収める。居合いだ!
俺は剣をかざして攻撃に備える。いや、備えようとした……
「ぐっ……!」
「カジロ様!」
榊さんが悲鳴を上げた。
喉の奥から、生臭い血の塊が上がってくる。頭ン中で何かが爆発したみたいに……痛ぇ!
剣に重さを感じたと思ったその時、ムラマサはもう俺の目の前に居て、俺の体を逆袈裟に斬り上げていた。
脇腹から差し込まれた刀はみぞおち近くまで到達。構えた剣が刀を受け止め、胴体両断を辛うじて防いでいる状態だ!
コンチクショー。さすがに刀で斬られるのは人生で初めてだぞ。未遂は何回かあったけど。
激痛で意識が飛びそうな、鮮血のつばぜり合い。
そこに……
「お、お守り、致しますぁああああ!!」
一見無防備そうなムラマサの背中を狙い、電磁警棒を持って襲いかかる奴が居た。周囲を囲んでいる、祭司の一族のひとりだ!
いや、ひとりじゃない。突撃してきた奴に釣られるように、散発的に数人が俺たちを囲む輪から外れ、突撃してくる。
……やべえ!
「バカ、来るな!」
俺が言ったその時には……遅かった。
ムラマサは片手を刀から離すと、空いた手で懐から短刀を抜き放つ。
そしてつばぜり合いの体勢のまま短刀を振るい、同時に後ろ蹴りを放った。
べぎ、とグロテスクな音がして、頭を蹴飛ばされた奴が首を170°後ろに折り曲げて吹き飛ぶ。
同時に、横合いからムラマサに襲いかかった奴が一瞬で両目を斬り裂かれ、次の瞬間には心臓と首を突き刺されていた。
ふたりが死体になり、後続がひるむ。
……それでいい、命を捨てるな。そして、死んだ奴の行動を無駄にはしない!
「う……おおおおおお!!」
俺は血泡を吹きながら吠えた!
ムラマサは刀から片手を離し、さらに後ろ蹴りで体勢を崩している。
剣で刀を押し返しつつ、魔法による力点を刀に集中させた。
刀が……俺の体から抜けた!
ムラマサは刀を抜かれたと見るなり、宙返りをして俺から飛び離れ……ついでのように、着地と同時にひとり斬り殺した。ムラマサに襲いかかろうとして、惨劇を見て踏みとどまり、しかし逃げ遅れてしまった奴だ。四つに分断された体が血の海に沈む。
ちょうどムラマサの着地点に近かった。くそっ!
傷口からは白い煙が上がり、むずがゆいような奇妙な感触。
ナノマシンが傷口の縫合を始めているのだ。鍔迫り合いの間に、傷は早くも塞がって、後には切り裂かれた血濡れのブレザーが残るのみ。
即死しなけりゃ傷口は塞がるが、このままだと失血死しかねない。
「斬り甲斐が無いなあ。こりゃ、あんたは一発で首を刎ね飛ばさなきゃダメなやつかな」
「あいにく、それでも即死しない自信があるんだけどね」
俺は血混じりのツバを吐き捨てた。
「スパスパスパスパ斬りやがって。人の命を何だと思ってんだ!」
「人の命は人の命だろ?
残念ながら俺は教会の兵士で、人殺しが仕事なんだ」
渋い笑顔でぬけぬけと言いやがる。
疾走する地面の上では、人の輪ができている。俺とムラマサの戦いを囲む、祭司の一族の人々の輪が。
形だけは完全包囲しているように見える。だが実態は逆だ。俺がムラマサを引きつけ続けなければ、たちまち辺りは血の海になるだろう。
撒き散らされるチャフのせいで魔法はろくに用を為さず、ヘタに射撃をすれば味方に当たりかねない。
どうにか距離を取れれば良いんだが、地面動かす範囲を広げられるか? 未だに地面が流れ続けてるって事は、チャフは地中には効いてないっぽいんだが……
いや待て、そうか!
睨み合いの中、一瞬の閃き。山吹色のチャフはムラマサの腰の散布マシーンから発生し、どんどん後ろへ流れ去っていく。
俺はナノマシンの運動を感知するよく分からん第六感を必死でたぐった。
速度が鈍ったのはコントロールを榊さんが引き継いだからだと思ったけど、そうじゃない。
チャフはちゃんと効いているんだ。部分的にナノマシンが動かなくなっている。
ただし、動く魔歩道全域をカバーするほど広域に散布されてはいない。だからチャフが掛かって動かなくなった場所を、周りが引きずるようにして一族は移動し続けている。
「榊さん、制御範囲を広げてくれ!」
「は、はい!」
「みんな距離を取れ!」
動く歩道の幅が一気に3倍程度に広がった。
運悪く居合わせてしまった草や木が一緒に引きずられて動き始める。
周囲の人々は徐々に後ずさり、人垣のリングは一気にその半径を広げた。
「……お優しいことだ」
「そりゃどーも」
俺は周囲に目を走らせて状況を確認しつつ、剣を構えてムラマサと向かい合った。
この状況なら多少は派手に暴れても誰も巻き添えにならないだろう。
チャフのせいで援護は期待できねーが、後はどうにか……
そう思った俺は、甘かった。
『攻勢の飛翔物体が飛来! ご注意ください!』
「……は?」
アンヘルのアナウンスと共に視界の端に入ったそれを、俺は何かの見間違いかと無視しかけて、それから二度見した。
端的に言おう、それはメテオストライク。ファンタジーRPGの高レベル攻撃魔法めいた何か。
燃えさかる巨大な岩が宙を舞い、こちらへ向かって飛んできた。
デカすぎて、しかも飛んでいるせいで遠近感がおかしい。
その大きさは……サッカーボール? いや、自動車? いや、大仏……
「やべぇ、避けろーっ!」
俺の指示と同時に、榊さんが操る魔歩道は急旋回。
横向きの強烈な慣性を感じる中、辺りは轟音と爆炎に埋め尽くされた。




