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#40 忠誠心は鼻から出る

「アンヘル、魔法コマンドで診断とかってできる?」


 シャルロッテのつややかな金色頭を俺は観察する。

 たんこぶとかは特に出来てないし、出血もしてないけど、中がどうなってるかなんて素人には分かんないしなあ。

 装甲車が横転した時に怪我とかしてないか。あと、鎖で吊り上げたりなんだりで結構振り回した気がするので、それもちょっと心配だ。


『可能です。本来、魔法コマンドは高度な情報処理には適しませんが、賢様の魔法コマンドは方舟のメインフレームによって処理されるものであり、複雑な計算・パターンマッチング・契約書に書かれていないが暗黙のうちに要求されている仕事内容を算出する、などの高度な処理を行うだけの演算能力が保証されております。

 また、診断のための身体確認でしたら、ナノマシンのセンサーによって可能でしょう』

「よし、なら、診断!」


 額の魔晶石コンソールがチカッと光る。

 診断は本当に一瞬だった。


『異常ありません』

「だってさ」

「うむ、かたじけない」


 鷹揚に頷いたシャルロッテはぐるりと首を巡らせ……

 折りたたんだ両足に全体重を預けるジャパニーズ・トラディッショナル・ハンセイ・シッティング・スタイル(要するに正座だ)をさせられている変態メイドを睨み付けた。


「そもそもだ! 貴様があのような手荒なマネをしなければ! 話がこんな風にこじれはせんかったんじゃ!」

「申し訳ございません」

「装甲車が横転したんじゃぞ! 中でわらわが怪我をしたらどうするつもりじゃった!?」

「申し訳ございません」


 平身低頭、正座の姿勢からクララはそのまま礼拝のポーズ……いや、やっぱこれ土下座じゃねえの?

 クララの攻撃によって人事不省に陥っていたシャルロッテは、憤懣やるかたない様子でクララの後頭部をぐりぐり踏みつけ……いや、これこコイツにはご褒美じゃねえの?


『一般的な戦闘用車両の乗員保護機構であれば、あの規模の衝撃によって乗員が致命的ダメージを受ける可能性は0.03%未満の』

「貴様は黙っておれ天の声!」

『申し訳ございません』


 アンヘルの余計な補足説明はシャルロッテに叩き返された。


「……で、結局なんなの? この変態メイド」

「……変態?」


 首をかしげて一秒考え、シャルロッテは俺の『変態』という言葉を、ただの取るに足らない文学的接頭辞と判断し、無視したようだった。


「クララは、わらわの『眷属』じゃよ。正式なお披露目はまだじゃがの」

「『眷属』……」

「かつて、教会が本物の神を戴いていた時代の、名残の制度じゃ。そなたの忠犬スズネ・サカキのように特別な力を与えられるわけではない。

 側近く使える護衛や、政治的顧問などを配しておる。ま、神に実権が無い以上、誰がなった所で大して変わりは無いわけじゃがな。

 今では教会の各部門が代表を据え、己が組織の力を誇示する、見栄のための席よ。クララは若いサイバネ強化兵の中で、飛び抜けて優秀じゃったもので抜擢された」

「すると、こいつは護衛か。それでシャルロッテを取り戻そうと……」


 教会上層部はシャルロッテを傀儡にしてるはず。

 それをクララは、本物の神という最大の敵を前にして、シャルロッテの一喝によって形だけでも戦闘中断した。シャルロッテの意向など構わず、教会のために俺をぶっ殺しそうなもんだと思ったんだが、なんかどうもこいつは様子が違う。


「寝所番、兼侍女じゃな。通常の護衛が付けられず、無防備になる場所での警護をする。

 わらわにとって最初の眷属として、少し前からあてがわれたのじゃ。

 たびたび、独断で動くのがこやつの悪い癖よ。じゃが今回は都合が良かったかも知れん」


 土下座をしていたクララが頭を上げた。

 金色の目が、射かけるように俺を見ている。シャルロッテの金髪よりも、重く鋭く輝く金色だ。


「陛下。質問をひとつよろしいでしょうか」

「何を聞きたいかはだいたい分かるぞ。何故、こやつと打ち解けておるのか、じゃろ」


 クララの沈黙は、要するに同意だった。


「……のう、クララよ。そなたが眷属という立場であること以上に、わらわに忠誠を寄せておるとは分かっておる。ゆえにだ、信じがたき事とは思うが……」


 シャルロッテの表情は苦悩に満ちていた。

 まだ自分の中で消化し切れていない、この世界の真実ってやつを他人に語るのは、まあ厳しかろう。


 でもそれ、要らない苦悩だったりするんだよな……


「ストップ、シャルロッテ。……こいつは知ってる」

「……は?」


 シャルロッテは俺の一言だけで、すぐに全て理解したようだった。


「クララ」


 気の弱い人間なら三回くらい死ねそうな、視線での詰問。

 クララは再び顔を伏せて震える。……恐怖で? いや、これ恐怖で震えてんじゃなくて別の意味でゾクゾクしてないか……?


「申し訳ございません……」

「わらわをたばかっておったのか」

「このクララ、誓って陛下への忠誠は確かにございます」

「知っておる」


 シャルロッテは即答した。

 すごいな、ある意味裏切られてたわけなのにこんな事言えるのか。

 クララは、はっとしたように顔を上げ、すぐにまた顔を伏せた。


「……おみそれしました」

「そなたに教えたのはお祖父様かの」

「は……眷属の役目を仰せつかった際に」

「なぜ、わらわに隠した。眷属の地位を盾に脅されでもしたかの?」


 土下座の姿勢のまま、クララはしばらく動かなかった。何も言わなかった。


 考え込んでいるんだと、俺にも分かった。

 いまさら保身は考えないだろう。それを話してしまうことが、シャルロッテの不利益にならないか、あるいはショックを与えないか……そういう種類のためらいだ。

 やがて観念したようにクララは言う。


「……私は深層心理レベルで、教会上位者の指示に逆らえぬよう洗の……もとい、条件付けがなされております。

 私が知り得た神と教会の真実を、陛下にお話しすることは禁じられておりました」


 何そのB級SFじみた何か。

 ……今、洗脳って言いかけたよな?


 クララの声音には罪悪感がにじむ。

 しかーし、シャルロッテは鼻で笑っただけだった。


「なんじゃ、そんなことか。いかにもお祖父様のしそうなことで、驚きもせんわ」


 側近に爆弾が仕込まれてたって分かったのに平然と言い捨てる。

 そして、優雅な所作で片膝を突くと、ぺたりと地面に付けられたクララの手を取った。


「よくぞ今日という日まで耐えてくれた」

「陛下……?」

「そなたの忠誠を、わらわは知っておる。で、ありながらわらわに重大な秘密を抱え続けねばならぬ背信の痛み、察するに余りあるぞ。大義であった」


 間近にあるシャルロッテの顔と、握られた手を見比べていたクララ。感極まった様子でその目を潤ませた。


「ああ、陛下! どうかこの不忠の徒をお許しくださいませ! そして、どうかこれからも貴女様という真の支配者にお仕えすること、お許しください!」

「それを決めるのは、わらわではないようだがの」


 自嘲めいた口調でシャルロッテは吐き捨てるが。


「わらわは歓迎しよう。よく仕えるがいい」

「はっ!」


 クララは、跪いているシャルロッテのつま先にキスをすると、あらためてその頭を地面にすりつけた。


「……なんじゃ?」


 俺の視線に気がついたらしいシャルロッテがこっちを向く。


「あー、なんてーの? カリスマってこういうことを言うのかなって……」


 あざやかすぎるっつーか……なんだこの意味分からん器のデカさ。お前本当に10歳か。


「恐れ入ったか、神。このお方こそ方舟の支配者としてふさわしい……」

「黙っておれクララ! 本物は向こうじゃ!」

「申し訳ございません」


 またもや後頭部を踏まれ、土下座の姿勢に戻されるクララ。

 震えて呼吸が荒……いやその、興奮してハァハァ言ってるようにしか見えねーんだけど。


「えっと、つまりクララさんは、教皇に首輪を付けられてるだけで、本人の忠誠はシャルロッテに対して持ってるわけ?」

「無論じゃ。こやつの忠誠は暑苦しいほどじゃぞ。

 わらわのごとき傀儡の何を気に入ったかは分からぬがな」


 やれやれというポーズのシャルロッテだが、謙遜か、はたまた本気か。

 十分に人たらしだと思うんだけどなあ。


 何にせよ、クララさんが教会よりシャルロッテを大事にしてるんなら、そりゃ良いことだと思う。だって、一番の側近まで教皇の手駒で気の許せない相手だったりしたら、そりゃちょっと大変だろ。

 教会の中にひとりでもシャルロッテの味方が居るんなら、そりゃまあ良いことだろう。


 ……待て、俺。良かったのか?

 パンツをヘルメット代わりにしてバイクに乗るような変態だぞ?


「……で、どうすんすか。まさか、SOS信号を追って教会軍がこれからここに来ますー、とか言わないよな」

「神。マサル・カジロ。

 お前が陛下と敵対しないと言うのであれば、今ここで戦う理由は無い」

「偉そうじゃぞ、貴様。元は貴様の早とちりじゃろうが」

「申し訳ございません」


 クララは三度、頭を踏まれた。


「私は教会の命令によってここに居る訳ではありません。故に、陛下が戦いを望まれないのであれば、そのご意向に従うのみにございます」


 あ、言葉遣いが微妙に丁寧になった。


「分かった。じゃ、これでおしまいって訳か」

「じゃが、いずれにせよこのままでは後続の教会軍が来るのは変わらぬ。わらわはもう大丈夫じゃ。クララに送ってもらうとしよう。そなたは、早う隠れ里へ戻るがよい」

「だな……分かった」

「神を殺すつもりで部隊編成を行うのでしたら、サイバネ強化兵が多数含まれることでしょう。実力は私に劣るやも知れませぬが、装備は私以上になります」


 ありがたくない未来予想をありがとう。


 シャルロッテを気にしながらだったとは言え、正直今のバトルはヤバかった。

 全体的に見れば、確かに神の力は超強力なんだ。だが、それに食い下がるレベルの力を、クララは持っていた。こんなのが複数、まして意味分からんステキな秘密道具を持ち出してくるとなれば……

 適当とか行き当たりばったりじゃ無理だな。当たり前だけど。ちゃんと、この力の使い方を考えないと。


「それから、ひとつご忠告を……」


 ようやく立ち上がって、メイド服の汚れを払いつつ、内緒話めかしてクララが顔を寄せてくる。

 うむ……近くで見るとやっぱり現実感の無いほどの美貌だ。中身が変態だと分かった今、もう感動は湧いてこないが。


「今後、場合によっては陛下のご意向と無関係に、私があなたと戦うこともあるかと思われます。

 此度の戦闘で思いとどまったのは、これが私自身の意志による捜索であったため。

 仮にあなたを殺害するよう上位者から命令が下れば、今度こそどちらかが死ぬまで戦うことになりますのでお気を付けて」


 あれか、洗脳を受けてるから逆らえないって話。


「……ところで、もしかしてその命令を下せる上位者ってのに、シャルロッテ本人は……」

「含まれておりません」

「そんな気はした。余計えぐいわ」


 シャルロッテは偏頭痛をこらえるみたいな顔をしていた。

 あくまで配置がシャルロッテの護衛である以上、その可能性は低いと思いたいが……

 そういう展開は二重の意味でゴメンだ。


「あなたが真の神であり、陛下の敵とならない限り、一応、応援はしております。

 どうぞこの世界を今よりマシにしてください」

「それには教会をどうにかしなきゃならんわけだがな」

「私はそれでも構いません。……陛下がご無事でさえあれば」


 なるほどね。分かりやすいと言えば分かりやすい。


「では、ご健闘をお祈り申し上げます」

「無事でまた会える日が来ることを願っておるぞ」

「うん……じゃあね」


 別れの挨拶をして、クララは慇懃に営業スマイルならぬ営業お辞儀をする。


 ……


 …………


 ………………やっぱ無理。別れる前にどうしても聞きたいことがある。


「ところで、なんで最初パンツ被って……」

「なんの話でしょうか?」


 言葉を被せるように遮られた。

 と、同時に頭の中に声が流れ込んできた。


『緊急事態でしたので最も実力を発揮できる状態で出撃致しました』

『ああそうですか』


 アンヘルのテレパシー会話と原理は同じ。

 受信したメッセージにはヘッダー情報が含まれていて、クララが脳内インプラントコンピュータの持ち主であることと、その通信機能でメッセージを送っていることが俺に伝えられた。


 あれが、最も実力を発揮できる状態、ねえ……


『弱みを握った、って考えていいのかな?』


 クララはもう何も答えなかった。黙秘権……!

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