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#33 格好いいシーンのはずだった

 俺達が部屋に戻ってきたとき、幸いにもシャルロッテは五体満足で、間接可動域の限界を超えた前衛的オブジェにされていたりはしなかった。


「お、おお、戻ったか。手は打ったのか?」


 身を乗り出して聞いてくるシャルロッテ。


「バッチリ。と、言いたいですが、この先どうなるかは分かんないですね」


 後は成り行きと、レオン氏の運と要領の良さ次第だ。

 今、俺にできる事はここまで。

 もし俺が教会をぶっ倒す事ができたなら……解放されるのかな?


「……あの男。教会を批判したという話じゃったが……何をしたのじゃ?」


 答えが返ることを期待してるのかしてないのか微妙な雰囲気の、ちょっとおっかなびっくりの問いだった。

 そこは俺も知らないけれど、代わりに即答したのはアンヘルだ。


「民間ネットワーク上に、既に報道機関の速報記事が出ていますね。

 記事には罪状と容疑者氏名しか記されておりませんが、彼のデータからネットワーク上の情報を検索し、事件の背景を探りました」

「アンヘルGJぐっじょぶ。それで、どうだった?」

「レオン・マイヤールはネットワーク上の匿名SNSで、失業者福祉に係る税……通称『無職税』を批判していました。

 これは95日前に導入された制度で、生産年齢にあって就業していない者に追加の税金を課し、失業者対策の公費に充てるという税制改正です」

「……アレかっ!」


 透き通るように青く輝く一瞬目を見開いたシャルロッテは……心当たりがあるらしく、苦い顔で部屋の隅を睨み付ける。


「……非就業者には働きたくても働き口が無い者、病気などで就労が困難な者も多く、福祉の予算としてそこへ課税しては本末転倒だというのがレオン・マイヤールの主張です」

「……問題は制度に瑕疵があることよりも、それを批判した人が捕まったことじゃないんですか?」


 榊さんがぽつりと呟いた。

 音量は小さかったけど、その言葉には芯が通っていて、突き刺されたような気分になった。

 シャルロッテはまさしく何かを突き刺されたようにびくりと震える。


「今更、制度のひとつやふたつで驚かねーけどさ……なんでそんな制度ができたんだよ」

「この税制改正の背景には、頻発する天災への対策費が嵩んでいることや被害を受けて失業者が増加したことも背景にある模様。

 人類の居住可能域、そしてこの方舟の許容人口キャパシティは徐々に縮小しております」


 あー……そうか、神様不在が長く続いて、ジリ貧なわけだもんなあ。

 シャルロッテはアンヘルの言葉を聞いて細く深い溜息をついた。彼女の周りだけ白黒になったようにさえ見えた。


「……どうか、しました?」

「いや、なんでもない」


 どっからどう見てもなんでもないわけなさそうなんだけど、これ以上話す気はないって事だろうか。


「外へ出よう。……少し行きたい場所があるのじゃ。付き合ってもらうぞ」


 そう言って彼女は、味も分かってなさそうな顔でアンヘルの作ったアホMIXドリンクを喉に流し込んだ。

 ……腹壊すなよ?


 * * *


「よい眺めじゃな……」


 シャルロッテは呟いた。


 小高い丘の上の公園は、静かだった。

 整然とした美しい街並みがここからなら一望できる。街の外から吹いてくる風が草の匂いを運んで来ていた。


「のう。あれが……なんだか分かるか」


 彼女が指差した先。

 それはちょうど公園の中心になっている謎の機械だった。

 巨大な歯車だけ丘から地上に突き出しているような外見。前衛芸術系のモニュメントにしか見えない物体なんだけれど、表面の質感が管理者領域バックヤードの建物に近い。すなわち方舟のシステム側の存在って事だろうか。


 ……と、いう所まで理解した上で俺は敢えて言った。


「分かりません」


 そりゃ普通の人が知ってたらおかしいもん。


 俺の答えを聞いたシャルロッテは、子どもらしからぬニヒルで渋い笑い方をした。


「まぁ、そうだろうともさ」


 この言い方、彼女はこれを知ってるんだろうか?

 教会の上層部とかはこの世界のシステムを知ってておかしくない……よなー。


「ここにあるのはな、水質管理装置なのじゃ。

 付近の川の水質が落ちているのも、下水の様子がおかしいのも、おそらくはこいつが調子を崩しているせいなのだろうよ」


 謎歯車を眺めてしみじみと言うシャルロッテ。

 すると俺がここでメンテを命じれば、この辺りの水質はよくなるわけか。

 アンヘルに目配せすると軽く頷く。やっぱりな。


「そんな重要な施設にしては、見張られても管理されてもいない感じだな」

「そうであろう? それというのも、これは、人の手には余る代物でな」


 なんか微妙に話が噛み合ってない気がするが、シャルロッテは勝手に喋り続けた。


「……知らずに居る方が幸せなこともある。そなたらが、これからもこの世界で安穏と心安らかに暮らしたいなら、この先は聞かぬ方が良い。じゃが、もし好奇心を満たしたいのであれば、これが何なのか、そして、この世界の真実を教えてやらんでもない」


 おやまあ。


 この世界の真実ってのは、まあ多分、神と教会のアレ云々だろう。

 何しろ俺がその真実なんだから聞いた所でどうしようもないのだけど、彼女がそれをどんな風にどこまで語るのかは興味があった。


「教えてください」

「……よいのか? これを知っていると教会に悟られれば、それだけで教会に追われる身となろう。何も知らぬかのように生きていかねばならぬ。それは辛いやも知れぬぞ」

「えっと……そう思うんでしたら、なんで『それ』を俺たちに教えようとしているんですか?」


 俺がそう言うと、シャルロッテは決まり悪そうな顔になった。


「知ったところで、おぬしらに得は無かろう。ただ単純に、わらわがもう耐えられぬのじゃ」


 事情はよく分からないけど、追い詰められている彼女の気持ちは分かった。

 それで誰でも良いから話を聞いて欲しい、って事だろうか。


「それにな。わらわはこれで人を見る目には自信がある。

 そなたら……街で暮らせなくなったとして、それに不便がある身の上かの?」


 サファイアの瞳がキラリと輝いた。

 思わず、俺と榊さんは顔を見合わせる。

 確かに俺らの立場ならどのみち、この話聞くのはノーリスク。


 ………………こいつ本当に10歳児か?

 それとも俺ら、そんなに分かりやすくアウトローとか世捨て人に見えてたんだろうか。


「……どうぞ。どんな話でも聞きますとも」


 半分は情報目当てなんだけど、あんな顔されたら断りにくいっていうのもある。


「そちらの、そなたらは?」

「えっと……はい。大丈夫です」

様がお決めになったのであれば、私は従うまでです」


 ふたりも承諾。これで舞台は整った。


「そうか……」


 重々しくそう言うと、シャルロッテは腰の所に付けていた装置を操作した。

 変装用のホログラム発生機だ。


 彼女を覆っていた光の偽装が剥がれていく……って言っても俺は魔法コマンドの力で、最初から本当の姿を見てたんだけどさ。ずっと。


 魔晶石コンソールを通した概念情報として捉えていた彼女の姿に、視覚情報が合致していく。


 黄金色のロングヘア。凛と輝く青玉の瞳。

 小さな体からは想像も付かないほどの存在感。

 傀儡は傀儡でも、断じて物言わぬお人形ではないと主張するかのような立ち姿。


「まずは、偽りの名、偽りの姿でそなたらの前に立ったこと、詫びよう。わらわこそが当代の神、シャルロッテ・ハセガワである」


 ……知ってます。

 変装もとっくに暴いてます。


 ごめん……カッコ付けさせちゃって、なんかホントごめん……

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