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#32 指定暴力団桜田門組

 カラオケボックス……こいつは何も、歌うために入るばっかりが能じゃない。

 防音がしっかりしてて個室になってるから、出先でちょっと聞き耳立てられたくない相談をするのに良い場所なんだ。貸し会議室なんかの代わりにも使われてるらしい。

 二番目の父さんに教えて貰った知識、まさか役に立つ日が来るとはね。……もっとも、父さんはカラオケでのそういう相談を盗聴してたらしいんだけど……まあこの状況なら大丈夫だろう。


 どうせ金はあるので電子ドラッグ用の安い部屋じゃなく、一番お高い部屋を選択。

 一歩足を踏み入れて俺は固まった。


「パねぇな、未来カラオケ……」


 そこは地平線まで続く穏やかな庭園。

 さんさんと降りしきる日光の下、生け垣の迷路が鮮やかな緑色を主張する。どこかで鳥がさえずっていた。そして近くにある装飾過多な大理石の東屋の下には……デンモクらしき機械が載ったテーブル。そしてお決まりのテレビ。なんと場違いな。


 ここは異次元空間とかじゃあなくて、普通の部屋に景色を投影しているだけだ。これがいわゆる待ち受け画面であって、歌い出せばそれに合わせた景色になるんだろう。


 もちろん、俺らは歌うためにここへ来たわけじゃない。


「む……」


 この驚くべき光景を見ても反応が薄いシャルロッテ。ずっと何か考えている様子だ。

 『周囲に聞かれず話が出来る場所へ行きたい』というのが彼女からのお願い。その結果がここだ。


「ドリンクバーのお飲み物をお持ちしました」

「ありがとう、アンヘル」


 俺が知ってる21世紀のカラオケと同じく、ドリンクバーがあったらしい。

 気を利かせたアンヘルがお盆に載せて全員分の飲み物を持ってきていた。


「……ところで、そっちの変な色のはなんだ?」

「合成オレンジジュースと合成アップルジュースと合成茶と炭酸飲料を2:4:1:1の割合で混ぜたものです」

「男子小学生か、お前は」


 『こいつの性格設定をした数百年前の技術者に問いただしたいことリスト』が着々と増えていく。


 だが今はそれよりも、さっきのアレについて話をせねばなるまい。


「とりあえず……さっきはありがとう、榊さん」

「お褒めにあずかり、光栄です」


 椅子に座ったまま、軽く礼をする榊さん。


「流れるような手際の良さで賄賂を渡したな……」

「訓練の成果です。本気で疑われていたらあのように上手くは行きませんが、流れ上、ルーチン的に事情を聞いているだけであればあれで追い払えます。

 心ならずも教会を賞賛する言葉を吐きましたことは、私の不徳の致す所にございます」

「いや、しょうがないでしょ。助かった」

「一族の嗜みです。疑われた場合、同族はおろか親兄弟、我が子に至るまで切り捨てて生き延びよと教えを受けております。すべては大願のため……」


 重い話だが、あの場でもそれが正解だったろう。真っ正面から突っ込んでどうにかなる状況じゃない。いや、どうにかなる状況ではあるんだけれど……そしたら、この偽神様との奇妙な休日はそこでおしまいだ。

 どちらがよかったのかは、まだちょっと分からない。


「連れて行かれた……」

「レオンさんは……」


 黙っていたシャルロッテが声を発するのと、俺の次の句が被った。

 一瞬顔を見合わせて、俺はシャルロッテに先を促す。たぶん、同じ話だ。


「連れて行かれたガイドは、どうなるのだ?」

「存じ上げないのですか?」


 ちょっとトゲのある言い方で榊さんが突っ込む。


 シャルロッテがぐっと、一瞬黙る。

 それから教科書をそらんじるように語り始めた。


「反逆に分類される犯罪のうち、異端審問官によらず警察が扱うものは、まず警察によるⅢ型特別尋問が行われる。これに際しては、人命に特段の配慮を行うようにとの規定があるが……」

「尋問と言いつつ内容は極めて拷問に近いものですけれど、ね。それも罪を明らかにするよりも苦しめることが目的で、尋問の存在そのものを反逆に対する抑止力とするもの。

 人命に配慮との文言は『命さえ奪わなければいくら傷つけても良い』と解釈されています。結果として、この段階での死亡率がおよそ10%と言われています」

「その後、一般的な刑法犯と同様に裁判が行われる。罪となれば即座に死が確定する教会裁判ではなく、程度の軽い反逆は裁判に委ね、罰の軽重を判断するものとしている」

「ただし弁護士は付きません。反逆者の味方をするような弁護士は適当な理由を付けて次の反逆者にされますので、法律知識が無い被告人のみで裁判を争うこととなり、全体的に不当に重い判決が下される傾向にあります」

「有罪と刑期が確定すれば、政治犯向けの特別刑務所で懲役に服する」

「刑期中に栄養失調死、看守による虐待死、危険地帯での作業による捕食死などにより半数近くが獄死します。

 仮に出所できたとしても、一度でも反逆罪に問われた人は一生監視が付きまとうもの。

 あの功徳点制度の導入によって、それが晴れてシステム化しましたね。福祉制度を受けられず、まともな仕事に就けないために、生計が成り立たず無法地帯などの犯罪組織に流れる者も多く存在します」

「ぐ……」


 意外なことに……いやむしろ教会のトップとして当然なのか? シャルロッテは、この方舟社会の制度に関しては、ほとんど丸暗記するかのような勢いで覚えているようだ。

 もっとも、それは基本的に教会の掲げるお題目や建前であって、榊さんが補足説明する情け容赦無い現実の前に粉砕されていく。


 シャルロッテは……なんだろう。微妙に、榊さんの言うことをうすうす察していたような様子だ。そんな気はしていたけれど、そうじゃないことを祈ってました、みたいな複雑な表情だ。


「……警官は」

「えっ?」

「警官は、みな、あのようなことをするのか? 逮捕時の攻撃には厳格な規定があったはず。まして、賄賂を堂々と取るなどと……」

「残念ながらあれはどこにでも居る典型的な下っ端警官です。厳格な規定、官を縛る法があったとして、誰がそれを警官に守らせるのですか?」


 現実でもよくある事だなあ。みんな身内には甘い甘い。ましてこの世界で教会は唯一絶対の権力者。独裁や人権侵害に文句付けてくる国連も、不満が高まったときの政権交代も無い。いくらでも腐って平気なシュールストレミング政府だ。


 ってか、いつの間にやら榊さんは堂々と教会批判を口にしている。

 普通なら危険だけれど……別に止めることもないか。なんとなくね、シャルロッテはそういう話がしたくてここへ来たんだって気は俺もしてる。

 シャルロッテの顔色は、あまりよろしくない。

 榊さんから聞かされる方舟の現実に衝撃を受けているようだ。


 まぁ、それはそれで大事なことなんだけど、それよりも今はまず、連れ去られたレオン氏を助けられないかって話だ。殺人犯とかなら捕まってもしょうがないが、政府の政策を批判しただけで捕まるとか、さすがに可哀想すぎる。


「……今から、俺に何かできる事はあるか?」

「お言葉ですが」


 痛ましげに顔を歪めて榊さんが答える。


「仮に彼を救出した場合、私達が匿うしかないものと思われます。ですが彼は逃げる事を望まないでしょう。

 なぜなら……周囲の人々、友人や家族、職場の関係者、偶然すれ違った所を監視カメラに撮影されただけの赤の他人などに反逆の疑いが波及するためです」

「あ……!」


 そうか。そうだよ、あり得る事じゃん。連帯責任と相互監視。ありがちじゃないか。


「彼ひとりを助ければ、より多くの人々を助けなければならなくなる。……際限が無いのです。それこそ、世界中の人々を丸ごと救うくらいでなければ……」


 榊さんの言わんとすることは明らかだ。

 見捨てろ、と。

 でなきゃレオン氏ひとりのためにドタバタしてるうち、どうしようもなくなってしまう。


 それは分かる。分かるけれども……放っておきたくないんだよ、やっぱりさ。

 別に、俺のために犠牲になった人ってわけじゃないから、俺の哲学からは外れるけれど。一応、目の前で酷い目に遭わされてる人が居て、助けられるんなら助けたいと思う程度には常識的な人間で居るつもりだ。

 まして今は神様パワーがあるわけなんだから。


「身柄を取り戻すのでなければ、取りうる手はございます」

「「あるのか!?」」


 突然のアンヘルの言葉に、シャルロッテ様とハモる俺。

 ふたりして身を乗り出したのを見た榊さんは、ちょっと複雑な表情を見せる。アンヘルはそれに構わず言葉を続けた。


「電子戦、情報戦です。ほとんどの役所は、書類と印鑑と呪術的手続きに支配されております。警察署のメインサーバーをハックして、彼は潔白であるという偽書類をFAXからプリントアウトすることで罪を打ち消せると推測」

「待て、なんでそんなローテクなんだ!?」

「かつての戦いで電子戦が行われ、世界中の民間ネットワークを大混乱に陥れ政府は機能停止致しました。

 その教訓からアナログ及びローテク依存の業務プロセスが構築され始め、22世紀の日本政府をモデルとした形態へと移行、やがてその業務プロセスが権威化・固定化した模様。現在では表計算ソフトを使う者すら無能の誹りを免れず、計算専用端末(電卓)やソロバンが活用されております」


 シャルロッテの前だからか主語が省略されてたけど、だいたい分かった。先代の神が教会と戦った時にアンヘルがそれをやったんだな。

 こいつは民間ネットワークと切り離された方舟そのものの電脳空間に生息する電子の妖精。まあ、方舟はたぶんすごいサーバーとかでシステムを動かしてるんだろう。その計算能力を使えば民間のネットワークをハッキングするくらい朝飯前か。


 にしても書類と印鑑って……そう言えばこの方舟、最初は住人の三割が日本人だったって言ってたな。しかも結局電子戦の応用で物理ハックされるって何の意味も無ぇ。


「……できるんだな?」

「そう命じていただければ」

「やってくれ」

「かしこまりました」


 ふたつ返事のアンヘルは、それっきり何もしていないように見えたけれど、たぶん今頃警察署では書類が印刷されてるんだろう。


「アンヘルさん、おそらくそれだけでは不十分でしょう。捕らえられた彼が警察官に反抗すればそれだけで別の反逆となります」

「あ、そっか。助かるって知らないわけだもんな」


 メッセージを伝える方は何とかなるだろう。方舟のどこにでも声を届けられる権能『天啓』がある。こいつは超指向性スピーカーと言ってもいいようなとんでもないもので、ある特定の一点だけに声を届けることができる。


「……アンヘル、ちょっとこっちへ」


 何をしているのかシャルロッテに詮索されないため、俺はアンヘルを促して部屋を出た。

 戻って来たときにシャルロッテが無事である事を祈りながら。


 ……ヤギとキャベツと狼に、船で川渡らせる論理パズルってあるよね?

 あれを一瞬思い浮かべたのはここだけの話だ。堪えてくれ、榊さん。

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