#29 て くち いれる
「いやあ、参った参った。神様が早速お越しになるって話だったから書き入れ時だと思って、資格取ったまま放っておいた観光ガイドの免許を慌てて貰ってきたのさ。そしたらパレード前の街はまるっきり厳戒態勢で自由に歩けないし、客も客でパレード見に来た人ばっかりだから、つれないつれない。
こいつは一日待ちぼうけてお客さんゼロも覚悟すべきかな、と思ってたとこだったんだ」
超新米観光ガイドのレオン氏に先導され、俺達は街を歩き出す。
俺の目的はあくまでもシャルロッテから情報を引き出すことだ。ルート案内やら何やらはプロ(……まあプロだろ。キャリア2日でも)に任せた方が本来の目的に集中できるかも知れない。
ちなみにホテルを抜け出してきた王女様、もとい偽神様はレオン氏に先導され堂々と歩いている。先導されることにも堂々と歩くことにも慣れきってる感じだ。
本当になんでこんなとこに居るんだ?
単に遊びに出て来たって可能性もありそうではあるけど……
「ところで、お客さんらはどういう集まりで?」
一番聞かれないことを的確に聞いてくる新米ガイド。ベテランなら聞かずにそっとしておく所だろうに。
「アンヘル、頼む」
上手い言い訳を一瞬で考えるのは無理そうだったんで、ちょうこうせいのう・えーあいにキラーパス。
「こちらの誠様(俺がシャルロッテに名乗った偽名だ)とアリス様(シャルロッテが俺達に名乗ったミエミエの偽名だ)は、共にやんごとないご身分の御方。腹違いのご兄妹に当たりますがほぼ面識は無く、今日は七年ぶりにお会いになった所です。
お二方のお母様は複雑な関係でございまして、家庭と家族に関する話題はお控え頂けますと幸いです。
なお、あちらのスズ様は誠様の従者の孫娘であり、この私は誠様付きのメイド兼護衛であるガードロイドにございます」
声を低めて囁いてるけど、しっかり俺には聞こえてる。
たぶん、俺らにも聞こえる音量を計算して喋っているのだと思われる。
「それは失礼……」
気まずげに身を引くレオン氏と、どことなく満足げにも見えるアンヘル。
いや、何『やり遂げた……』みたいな雰囲気漂わせてるのアンヘル。
そりゃ、こう言っておけばいろんな違和感を誤魔化したりできるしツッコミは受けなくなるだろうけど、変な目で見られる確率200%じゃないのよ。
よもやさっきの意趣返しか貴様。シャルロッテまで笑ってんじゃねーか。顔背けてるけど、あれ絶対笑ってるよ。
「そ、それじゃとにかく、オススメの場所に案内するよ!」
『複雑な家庭の事情』という爆弾を抱えた一行に緊張した新米ガイド氏の営業スマイルは、心なしか緊張と責任感にこわばっていた。
* * *
案内された先は、街の片隅で忘れられそうになってる古いモニュメントとか、特になんでもないけど景色が良い裏通りとか、なんかいかにも通っぽい雰囲気の場所。
パレードを見終わってついでに観光をしているらしい人々もちらほら見かけた。くそディストピアな世界でも、みんな日々の娯楽くらいはなんとか見つけるものだ。
シャルロッテ様はお気に召したご様子で興味深げに見て回っている。俺だって、ともすれば状況を忘れて観光気分になりそうだった。何しろ俺、日本から出たことなかったし。
ただ、ちょっと気になったのはシャルロッテの見る先。景色よりもむしろ辺りの人々を観察しているかのようでもあった。
「ところで、シャ……リスさんは、なんであんな場所から出て来たんです?」
「道に迷ったんじゃ」
道すがら、自称・アリス様にちょっと意地悪な質問(気分的になんとなく丁寧語)をしてみると、ぬけぬけとあり得ない答えを口にする。
あんな迷い方、ギネス級の方向音痴でも無理だと思うのだが。
「どこか他に見に行きたい所は? まかせてもらえるんなら張り切ってオススメを紹介するけれど、曖昧な内容でも希望にはできるだけ対応するよ」
「特に無いな。どこでもよい」
レオン氏の質問に、シャルロッテは鷹揚に応じる。
うーむ。行きたい場所を聞ければ、目的が分かるかと思ったんだけど。
どこでもいいって事は、本当にただ適当に気張らしに出歩きたいのか、でなきゃどこでもOKなのか……
ちなみにさっきから榊さんが黙ってるのは、おそらく平静を装うためだと思われる。一瞬でも気を抜いたら縄張りに侵入した人間を威嚇する狼みたいな顔になると推測。
シャルロッテはいくら神様になったばかりで具体的な仕事はまだしていない相手と言え、仇敵たる教会のトップ。彼女を前にして(しかも瞬殺できそうな間合いで)冷静でいるのは並大抵の苦労ではないだろう。
「強いて言うなら、この街独自のもの、特有のものをなるべく見たい」
「独特とか特有とかまで言えるかは分からないけど……だったら定番の観光ルートはやっぱりこれだなあ」
レオン氏は通りの脇にある建物を指さした。
多くの人が出入りして賑わっている様子のその建物は……
「カラオケ?」
看板にはそのものずばりカラオケと書いてあり、いかにもセットくさい安物臭あふれたお城風の建物だ。自動ドアのガラスが妙に明るい。
30世紀まで生き延びていたのか、カラオケ。
「電子ドラッグが目当てじゃないって聞いたから案内しなかったけど、オススメはここになるなあ」
「……ん? 待って、なんでカラオケと電子ドラッグが関係あるんですか」
「ありゃ、知らなかった? カラオケの安い部屋ってのは電子ドラッグキメるためのもんなんだぜ」
「なんでカラオケで!?」
思わず俺は叫んでいた。
……叫んでしまってから気が付いた。この世界では『カラオケ=電子ドラッグ』が常識だったりしたらどうしよう。疑問を抱いてしまった俺は怪しまれる。
いやでもここで叫ぶのはしょうがないだろ21世紀人として。
「カラオケで歌う際の体感型演出……つまり、部屋内に映像を投影しての拡張現実的没入体験が一時期流行致しましたが、これは電力消費が大きいのです。それ故、一部の店舗が原始的な電子ドラッグによって演出を体験させるという手法を使い始めました。
やがて電子ドラッグ目当てに訪れる客が増え始め、カラオケは電子ドラッグを使うための施設としての地位を確かなものにしました。およそ400年前の出来事です」
「へえ、そうだったのか。俺も知らなかった」
アンヘルの解説を聞いて、レオン氏もナルホド状態。よかった。これ一般的な知識じゃなかったんだ。
日本の皆様お元気ですか。日本が生んだ文化・カラオケは、愉快な合体事故を起こした結果、このような形で未来世界に存在しております。現場からは以上です。
「ただ、電子ドラッグの件を考慮せずともカラオケは観光資源として考えられます。
電子的な娯楽には余剰電力が必要です。電力不足が深刻な地域の住人にとって、こうした娯楽は貴重であり、わざわざこのために来る観光客も少なくないと推測」
「バッテリーひとつ有るか無いかで大騒ぎしてる街もあるのに……」
「輸送コストなどの問題もありますので。雷泉が稼働している地域や、教会にとって重要な地域に電力が重点供給されている模様」
ザ・格差社会。
「よもや電子ドラッグ云々ってのも……」
「はい。電子ドラッグにも電力が必要です。電力が偏在する都市部では、よりリッチなものが楽しめると評判です」
んーむ。地理的要員とかいろいろあるんだろうけどさ。
この世界でどれだけ電力が貴重なのか、俺にもなんとなく分かってきたとこだ。
リッチな電子ドラッグのために電力使ってる奴が居る一方で、電力が足りずに命の問題になってる人が居るってのは釈然としない。まあ要するに雷泉壊れるがままにしてる教会のせいだな。うむ。
「ガイドとして言うなら、電子ドラッグをやらないならカラオケは後に回してまずは街を観光することを勧めるよ」
「ふむ……」
この場合、決定権はシャルロッテにある。
カラオケを出入りする人々を観察していたシャルロッテ様は、やがて首を振った。
「カラオケでは同行者の顔しか見えぬな」
……ん?
「別の場所だ。そうだな……観光客でも街の住人でも、とにかく人の集まる場所はあるか?」
「定番の観光名所ならまだあるよ。案内しよう」
「うむ、くるしゅうない」
レオン氏の先導を受けて偉そうに歩き始めたシャルロッテ様。
彼女の独り言が、俺はなんとなく気になっていた。