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#27 カレーは飲み物、下水道は通路

 いつまで嗅ぎ回っててもしょうがない。今はそれより里の引っ越しだ。

 とっとと帰ろうと考えたけれど、その前にちょっとだけ、寄り道を思いついた。


「後は今日の新聞買って帰ろう。族長さんが喜ぶと思うし」

「族長様、きっと喜びますよ」


 適当に街の中をうろついてみたら、新聞が買える場所はすぐに見つかった。

 新聞の販売はアメリカとかイギリスみたいな形式で、新聞専門のキヨスクみたいな販売店が街の中にあった。おっさんがひとり、蛍光グリーンから蛍光パープルに波打つように波紋を描く飲み物をちびちびやりながら店番をしていた。


「おっちゃん、今日の新聞、一部ずつちょうだい」

スポーツ紙タブロイドかい? 一般紙クオリティペーパーかい?」

「うーん……いや、いいか。全部買っちゃおう」

「ひゅー! 坊主、あんたは大成するよ。全部で5100クレジットな」


 いそいそと支払用の認証端末を取り出すオッサン。

 指を乗せたら、『ピッ』と音がして支払いが行われた。方舟のシステムを使った電子決済だ。俺の所持金は莫大な額なんだが、幸い、こうやって普通に決済する場合、残高は表示されないらしい。


 これでお土産ゲット。

 全紙買うとなると結構な量だったけど、アンヘルが鞄を持ってきてたんで、それに入れさせてもらった。


「毎度あり! 助かったぜ! 今日は売れ行きが悪くってな」

「そうなんですか?」

「こんなでかい事件があった日は、普通は書き入れ時になるんだけどな。この道、パレードの警備の都合だとかで、ついさっきまで封鎖されてたんだ。信じられるか? 店を動かすわけにはいかないからよ、これじゃ商売あがったり…………っと」


 そこまで言ってオッサンは、『まずい』という顔で口をつぐんだ。

 辺りを見回して、それから俺を見据えて、やや引きつった愛想笑いになる。


「……なんだ、その。こんなめでたい日にケチ臭いこと言うもんじゃねぇわな」

「ま、そうですね」


 軽くウィンクして口に一本指を当ててみせると、おっちゃんはホッとした顔になった。


 そんな新聞スタンドを少し離れてから、俺はふたりに話しかける。


「あの程度の文句すら言えないのかよ……」

「いえ、そうではなくて……カジロ様が『神の耳』だと思われたのかも知れません」

「……って、何?」

「教会の少年部が行っている活動ですが、教会の悪口を言っている人を探して、密告するんだそうです」

「うわあ……」


 うわあ以外に何が言えますかコレ。

 俺、世界史は大して詳しくないけどさぁ、それだって知ってるよ。なんでこう独裁者って子どもを自分の手先にしたがるわけ?


「そりゃビビるわ」

「この世界は、このままではいけません……」


 誰に言うともない、榊さんの言葉。

 そうだよ。この肥溜めが腐りきったみたいな状態の世界をどうにかできるのは、本物の神である俺だけ。

 具体的にどうするかは、まだ未定だけどさ……


「……教会の様子見て帰るか」

「誘拐ですか!? 暗殺ですか!?」

「やらんやらん! とりあえず様子見するだけだって! 手ぇ出したら、そのまま全面戦争じゃないか」


 嬉しそうな榊さんを制止して、俺は、鐘撞き堂が頭一つ飛び出して目立っている教会の方へ向かった。

 特に、何かアテがあったわけじゃなく、なんとも言い難い気分のやり場を探しての行動だった。


 * * *


 これから夕方に式典があるらしい教会は、厳重に警備されてはいるものの、一般市民らしき人々の出入りも多かった。

 威圧的かつ荘厳な巨大建造物は、キリスト教と仏教を掛けて二乗したような、俺からするとちぐはぐなデザイン。

 入り口の上にガーゴイルみたいに置かれている、古いジュークボックスみたいな機械が妙に目を引いた。


「……音声を打ち消す反対波長の音波を指向的に発生させ、内外の音声を遮断するノイズキャンセラーです。周囲を囲むように複数は位置されている模様。当然ながら順風耳の力も通用しません」

「マジで? しかもあれ、わざわざ持ってきたんじゃなく、ずっと置いてあるっぽいよな?」

「私からもそのように推認されます」

「窓が小さいから千里眼も効きにくいし……これ建物も古いよな。最初からそういう風に作ってるわけか。完全に対神シフトじゃん」

「許しがたいほど冒涜的ですね……」


 きっと、この世界にある教会の建物で、146+2年より新しいやつは、たぶん全部こういう仕掛けがあるのだろう。

 神が目覚める前に殺し続けていたわけだけど、いつか本当に神が目覚めてしまった時のために、抜かりなく準備してあるというわけで……


 確かに神の力は圧倒的だ。だけど教会は、不意打ちやラッキーパンチだけで神を殺したわけじゃないんだ。

 自分らの天下を守るためならなんでもやるってわけか。


「ところでアンヘル。教会に併設されてる、あのパチンコ屋みたいな建物って何?」


 ネオン看板輝く建物が教会にくっついている。『祝福的価格破壊!』のノボリが偉そうにはためいていた。

 薬の切れたヤク中みたいなヤバイ目つきの人々がちらほらと入って行き、代わりに、さらにヤバイ目つきの奴が出てくる。


「私は祝福的で心穏やかです……良いことをしよう……全財産を教会に寄進しよう……」


 焦点の合わない目をしたオッサンが恍惚と呟きながらフラフラ出て来て、ノボリ旗にぶつかって倒れた。


「あれは祝福的精神調律施設……通称『良い子ルーム』です」

「……それって刑罰じゃなかったっけ?」

「刑罰としても利用されますが、一度処置を受けた者は、定期的に同じ処置を受けないと精神的に不安定になるという副作用がございます。それ故、刑罰用途は別に一般開放されているものもございます。

 また、子どもの無軌道に手を焼いた親が無理やり被験させる場合などもあるようです。

 教会の収入源の一部となっており、教会は全市民へ被験を推奨しております」


 聞いていてクラクラするような説明がアンヘルの口から飛び出してくる。

 ダメだ、なんか余計に気分がめいってきた。うーん、こんな世界どうにかできるのか?


「ニセ神様は、あの教会にはいないのかな?」

「宿泊場所は市内の高級ホテルと思われます」

「さすがにこんなとこには泊まんないか。中を見学するのは……危なそうだな」


 今んとこ俺たちは、変装マシーンでちょっと姿を変えてるけど、赤外線視覚とかエコーロケーションとか、そういうので見破られる可能性も無きにしも非ず。そんなものを調べる機械がどこにでもあるわけじゃないけど、チェックが厳しそうな場所には近づかないのが賢明だろう。

 まぁ本当にヤバいことになったら俺の魔法コマンドで、飛んで逃げるなり姿を消すなり、どうにでもなるとは思うんだけど……やっぱそれは最終手段だし。


「今度こそ帰るか」

「はい」

「了解しました」


 何にせよ、今の俺ができるのは、みんなを管理者領域バックヤードへ匿うことだ。

 そして教会がどれほど強大だろうが、管理者領域バックヤードには手を出せない。まずは確実な一手で、あいつらの企みに綻びを作る!


 そんな決意も新たに俺は帰途についたんだけど。

 ……これ以上さらに何かイベントあると思うか? 普通。


 思おうが思うまいが、俺たちが人気の無い路地にさしかかったところで、目の前のマンホールがうごめいたんだ。

 この街の下水道は一応、後から作られたものじゃなくて方舟側のシステムだ。大きな街は、最初から方舟側がインフラを用意しているところもあるんだ。


 で、そのマンホールの蓋に話を戻すけど、そいつはグラグラ揺れたかと思ったら、ガポッと真上に持ち上がった。


 マンホールの蓋を持ち上げて出て来たのは、榊さんより年下っぽい女の子だった。一見どこにでも居そうな普通の女の子なんだけど……いや、マンホールから出て来る時点でおかしいけど見た目は普通って話ね……その子を見た時、俺はなんかすごい妙な感覚になった。

 

 ……こいつ、見た目通りの姿じゃない!

 なんでそんな風に思ったか自分でも分からなかったんだけど、後からアンヘルが解説したところによると、俺はだんだん魔法コマンドに慣れて、周囲をナノマシンで探って魔晶石コンソールから脳へ直接情報を取り込むようになり始めてるらしい。文字通りの第六感ってやつ。


 違和感を覚えた俺は、魔法コマンドを使ってみた。『真の姿を見せてくれ!』と願ってみたんだ。

 魔法コマンドか、俺達の使ってるホログラム変装機みたいな何かか……とにかくそういうのが使われてると仮定して、その影響を俺の視界から除外するよう求めた。


 すると……どこにでも居そうなモブ顔だった女の子が、化けた。


 スタングレネードでも爆発したのかと思うくらい、光が弾けたように錯覚した。

 年齢は俺の感覚だと12歳くらいに見えるんだけど、白人っぽいのを差し引いたらもうちょっと下か。

 雲間から差し込む光を編み上げたような、黄金色のロングヘア。水晶玉……いやサファイアのように深く青く、凛と輝く目。桜色のぷくぷくほっぺに、意志の強そうな引き締まった口元。

 着ている服はシンプルなワンピースだけど、全く粗末ではなくて、むしろなんだその高貴な真紅はって状態。

 そして額には、俺の魔晶石コンソールと同じような見た目の、大きな魔晶石コンソール


「上手く撒いたか。まったく、この辺りの下水はニオイがうっとうしいな。中央なら水のニオイしかせんと言うに」


 尊大にして可憐な独り言。彼女はマンホールから出て来ると、ぱたぱたと服をはたいた。


 新聞で見た姿+魔晶石コンソール。見間違えようもない。

 ……新たなる教会の偽神、シャルロッテ・ハセガワだった。


「む、暇そうだな、お主ら。ちょうどよい。わらわを案内せよ。駄賃は取らすぞ」


 偽神の少女は艶然と、一択の問いを投げかけてきた。

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