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#24.5 不如帰

※ナンバーが前後してますが投稿順も読む順も間違ってません

 祭りの夜も更けた頃。

 と言っても、地下空間なので明るさは変わらないのだが、酔っ払いどもが騒ぐ声も小さくなって、静かになり始めた頃だった。

 賢が寝入った後。スズネはひとり、隠れ里の片隅に佇んでいた。


 広大な空間の壁際に近いそこは、スズネの家だ。

 他の家と同じような、銀灰色のワンタッチ組み立て折りたたみテントハウス。

 その家の扉は開けっ放しになっていた。一応、旅立つ際に鍵は閉めてきたはずなのだが、里の者に家の鍵は預けてあった。


「………………」


 無言でスズネは家の中に入った。

 母を亡くしてからは、ひとりで暮らしていた家の中……

 狭くても、母との思い出が詰まった場所だった。標本にして保存しておきたいと思うほどに。


 そんな家の中が、整理(踏み荒)されていた。


 引っ越し(あるいは逃走)の準備を途中で切り上げたかのように、荷物を詰め込みかけた箱が散乱していた。壁に掛けられていたもの、棚に並んでいたもの、それらが箱の中へ、割と無造作に突っ込まれている。


 スズネが死んだものと思って、里の者が荷物の整理を始めていたのだ。

 もはやスズネに家族は居ないので、残された物たちは、里の者に配られることになる。里全体で暮らしに余裕が無いのだから、そうするのが当然だったし……殉教者の持ち物には信仰の力が宿ると信じられているから。


「…………はぁ」


 腹を立てても仕方ない。どうせ、二度と戻れない事を覚悟して出て来たのだ。


 溜息をひとつついて、スズネは、荷物をほじくり返し始めた。

 後から片付けやすいように、綺麗に並べながら、頭の中で目録を作っていく。


 ――……目覚めの使者として旅立つ時、お母さんの形見のペンダントだけ、持ってきたんだよね。

   どうせだから、他にも形見になるもの……持って行こうかな。


 それ以外の財産は……もう、里のみんなで山分けしてもらえばいいかな、くらいに思っていた。

 なんとなく、もう自分はこの場所へ帰るべきでないような気がしたのだ。

 ……いや、最初から居場所なんてなかったのかも知れない。『死んでもいい奴』として、目覚めの使者にされたくらいだったんだから。


 探し物を始めてすぐ、スズネはある事に気付いた。


「金目の物が無い……ことごとく……」


 その結果を、スズネは半ば予測していた。


 祭司の一族は、助け合って生きるしかない状況ゆえに、非常に結束が固い。里の者を相手にした犯罪行為は、まず無いと言っていいだろう。

 が、この程度の……引き取る家族が既にいない、宙に浮いた荷物の中から金目の物をちょろまかしていくレベルの不心得はあるのだった。


 別に、お金になる物なんて無くてもいい。

 ただ……母との思い出が詰まった品には、金細工の髪飾りなど、価値のある品も含まれていた。

 さして高いものではないが、盗まれる程度の価値はある。


 ――こんな事なら遠慮しないで、身につけていけるものは全部持って行けばよかった。

   『眷属』である私の命令なら、里中引っかき回して、犯人から取り戻すこともできる?

   ……ううん、そんな事に『眷属』とカジロ様の権威を使うわけにはいかないし、それに、もう売られちゃってるのかも……


 隠れ里とは言うが、本当に完全に外部との接触を断っているわけではない。

 こっそりと無法地帯の街に出向いて、物資を手に入れているのだ。

 里には、かつての神が遺した『携帯雷泉』がある。これは大型兵器用のハイエンド・バッテリーにも使用可能な代物で、無法地帯にそれを供給する違法充電屋こそ、里の主な収入源だった。


 何にせよ、価値がある品はその時に売り払われてしまっていてもおかしくない。


 ざわつく気持ちに堪えかねて、スズネは手を止め、家の外に出た。

 遠くから調子外れの歌声が聞こえた。まだ騒いでいる人が居るようだ。


「……あら。姿が見えなくなったと思ったら、やっぱりここに居た」


 思いがけないほど近くから声が聞こえて、スズネはどきりとした。


 スズネと同年代の少女が三人、そこに居た。

 里では同じ歳の子達をグループにして、修行や勉強をさせている。つまり彼女らはスズネにとって、いわゆる同級生だった。

 ひとりが前に出て、残りふたりが左右を固めるという立ち方は、いかにも女王様と取り巻きA&Bという雰囲気で、実態もそんな感じだ。

 もちろん、祭司の一族である三人は左手の甲に魔晶石コンソールを着けていた。


「……ジェニファー」

「呼び捨て? 偉くなったものね、『眷属』サマ」


 女王様、もといジェニファーはスズネに名を呼ばれて、不快そうに眉根を寄せた。

 付くべき所に肉が付いている見事なプロポーションは、同い年であるはずの彼女を、スズネよりふたつくらいは年上に見せていた。その自信に満ちあふれた態度も年上に見える原因かも知れないが。

 長い金髪をなびかせる彼女は、一族の晴れの日だけあって、入念にめかし込んでいる。

 一張羅と思しき薄桃色のナイトドレス。下品の一歩手前で踏みとどまった、大人っぽい化粧。頭には彼女の金髪よりまばゆい金の髪飾り。……髪飾り?


「それ、お母さんの……!」


 見間違えるはずなどあるものか。

 ジェニファーが着けているのは、スズネが家に置いてきたはずの、母の形見である髪飾りだった。


 スズネの反応を見たジェニファーは、粘り着くような微笑みを浮かべた。


「返してよ!」

「酷い言いがかりね。これは私のものよ。何か証拠でもあるの?」

「証拠なんて……!」


 あるはず無い。

 指紋でも調べたら分かるかも知れないが、そんな手段も無い。

 だけどそういう問題じゃない。スズネはその形をよく覚えているし、あれは細工に長けていたという父が母に作って送った物。同じ物がふたつと存在するはずないのだ。


 言葉に詰まったスズネを見て、取り巻きAB(スズネは彼女らの名前をちゃんと知っているが、もはやジェニファーの付属物としか認識していなかった)が、これ見よがしにクスクスと笑う。


「そうねぇ、これは私の個人的な持ち物なんだけど? 私の言うことを聞いてくれるなら、あなたに恵んであげても構わないわよ?」


 嫌らしく微笑む(アホな男どもはこの表情を『小悪魔めいた』とか形容するのだが)ジェニファー。

 またこれか、とスズネはうんざりした。一方的に有利で不当な交渉。いつものやり口だった。


「何が望み」

「眷属の座を降りなさい」


 突拍子も無い要求。

 ……と、までは思わなかった。いかにも彼女の言いそうなことだったから。


 これは嫉妬だ。下に見ていたはずの人間が、いつの間にか栄誉ある地位を手にしていた事へのやっかみだ。クズのくせに生意気なことをしていやがる、という身勝手な怒りだ。


「眷属だなんて、どう考えてもあなたには相応しくない。どんな汚い手を使って、あの神様に取り入ったの?」

「何も。眷属にしてくださいと言ったら、ふたつ返事で引き受けてくださった……それだけ」

「嘘おっしゃい。出来損ないの魔術師ウィザードが、どうして魔術師ウィザードの最高峰たる眷属になんて選ばれるの」


 祭司の一族は、魔術師ウィザードとしての実力を重要な評価軸としていた。

 かつて神と共にあった時代の歴史を紐解いても、一族から選ばれ眷属となった者は、一族の中で高い地位を持つ者ばかりで、必然的に魔術師ウィザードとして実力のある者ばかり。


 だからこそ勘違いされていたのだが……

 実力ある魔術師ウィザードが眷属になるのではなく、眷属になった者は魔術師ウィザードとして至高の力を手に入れるのだ。

 いずれにせよ、眷属に取り立てられることは祭司の一族としては最高の栄誉だった。


 スズネが、眷属という栄誉を手に入れた。ジェニファーはそれが許せない・・・・のだ。

 それで、わざわざ話を付けに来たというわけだ。


「……眷属を辞めることはできない」

「はぁ?」


 スズネは、あまり間を開けずに答えた。

 自分自身でも思いがけないほど強い口調での反抗は、たちまちジェニファーの不興を買った。


「何を考えてるの? あなた、本当に自分が眷属に相応しいとでも思ってるのかしら?」

「私は、自分のことなんかこれっぽっちも信じてない。自分が眷属に相応しいなんて思ってない。

 だけど……あの方を信じている。あの方が私を眷属に据えると言ってくださったのだから、私が眷属になった事にも、きっと意味があるはず。私は、カジロ様のお気持ちを……周りの誰かに言われたから、なんて理由で裏切る事はできない」


 眷属としての力や栄誉に、大して未練などなかった。自分に見合うものとも思っていないし、どうせ棚ぼたみたいなもの。母の思い出の品と引き替えなら、そんなもの捨てても構わない。

 だけどスズネを眷属にしてくれたのは、他ならぬ賢自身の意志によるものだった。ならば眷属として応えるより他に無い。眷属としての立場に関係ない個人的な事情で眷属を止めるだなんて、もっての他だった。


 スズネの答えを聞いて、ジェニファーはしばらく、スズネを睨み付けていた。

 しかし、彼女は急に、頭に着けていた髪飾りを毟り取ると、それを地面に投げ落とし……ハイヒールを履いた右足を振り上げる。


 ジェニファーがしようとしていることを察したスズネは、即座に魔法コマンドを使った。


 ズ…………


「えっ?」


 髪飾りを踏みつけようとしたジェニファーの右足が止まった。

 と言うか、そもそも右足自体が途中から無くなっていた。


 イブニングドレスの裾が真紅に染まる。

 土が隆起し、金剛石の硬度を持つ剣山となって、ジェニファーの足をズタズタに引き裂いていた。

 骨、皮、筋肉、血。そしてハイヒールの残骸。

 膝から先は、突き上がった無数の棘によって、おろし金に掛けた大根みたいに全てが原形を留めないほどに破壊され、切断面から鮮血が流れ落ちていた。


 自分に何が起こったか分からないという顔で、足下を見るジェニファー。


「……えひっ」


 白目を剥いたジェニファーが引きつった悲鳴を上げて、ゆっくりと後ろへ倒れた。

 呆然としていた取り巻きABは、間一髪、気絶した彼女を支える。


 髪飾りが赤い水たまりに飲み込まれる寸前。

 スズネが指で招くと、左手の魔晶石コンソールがチカリと輝き、磁石に吸い寄せられるように髪飾りが飛んできて、スズネの手に収まった。


「よかった、傷は付いてない」


 可愛らしい金細工の髪飾りを検め、スズネは胸をなで下ろした。

 思い出は汚されてしまったが、少なくとも、元の形のままでスズネの手元に帰ってきたのだ。


「ひ、人殺し!」


 ジェニファーを抱きかかえた取り巻きAがヒステリックに裏返った声で叫ぶ。

 それを聞いてスズネは、ようやく、ぐったりしているジェニファーの方を見た。


「息してるじゃない。足しか傷ついてないし。

 ……魔法コマンドで治療すれば、死にはしないと思う。たぶん」


 スズネは冷たく吐き捨てた。

 正直やりすぎたかな、とは思ったけど、死にさえしなければどうせ足の一本くらい、バイオ再生でもサイバネパーツでも治療できる。

 まあ、髪飾りひとつのためにこんな手荒な手段を使ったことは後で非難されるかも知れないが……ジェニファーの足や、一族の中での自分の立場よりも、母との思い出の品の方が大切だった。


 さて、ここで補足しておくなら、取り巻きABはジェニファーよりも陰険で考え無しだった。

 出来損ないの分際で眷属になったうえ、ジェニファーによる正当な抗議・・・・・に耳を貸さないばかりか、一方的に魔法コマンドで傷つけるという大罪を犯したスズネを見て、彼女らは一瞬で沸騰し、かつ、ここで殺してしまっても正義であり正当防衛になるとまで考えた。


 ふたりの魔晶石コンソールが輝き、そして、炎が走った。


 魔晶石コンソールを嵌めた手から、スズネに向かって炎が猛進してくる。

 簡単な戦闘用の魔法コマンドだが、これだけの出力を実現することは、スズネにはできなかった。まして、防ぐことなどできなかった。


 里から旅立つ前は、だが。


 スズネは目を閉じ、イメージを練った。

 炎を吹き散らす力。今、自分が心に抱いているものの具現を。


 ――何もかも静まりかえればいい。


 どろりとした黒く冷たい感情を、体の奥底から汲み上げるかのように。


 冷たい風がスズネを取り巻いた。

 水をはらみ、氷をはらみ、やがてそれは銀色の嵐となって。


 突っ込んで来る炎が、水気を帯びた暴風によってスズネの前で掻き消えた。

 白く輝くものが風に入り交じり、次の瞬間、渦巻く風は、爆発的に膨れあがる。


 ゴウッ…………


 周辺は銀世界と化していた。辺りの建物にも、コンクリートの地面にも、分厚く白銀色の新雪が積もっている。

 そんな銀世界に、高さ3mはあろうかという巨大な氷のオブジェがあった。

 取り巻きABは体の半ば以上を氷漬けにされ、半透明の冷たい枷によって拘束されていた。倒れているジェニファーの傷口が赤く凍てついて、血の流出を止めている。


「つ、つべたひ……」

「動け、な……出して……」


 震える声で、ふたりは助けを求めた。

 ABの顔は辛うじて氷に埋まっていない。眉毛に霜が降り、唇は紫になっているが、命に別状は無い様子だ。


「……お得意の魔法コマンドを使って、自分で出ればいいでしょ。呼吸ができるようにしてあげたこと、感謝してよね」


 意外とコントロールできるな、とかスズネは考えていた。

 眷属となったことで、今までの自分とは比べものにならない魔法力コマンドリソースを手に入れていたが、暴走することもなく、繊細な調整もできている。


「なにこれ……? こ、こんな大魔法ヘビー・コマンド、出来損ないのあんたがどうして使えるの!?」

「地属性の魔法コマンド以外、まともに使えないはずじゃ……」

「……眷属の力。眷属になったことで、力を手に入れたの」


 スズネの説明を聞いたBが、恐怖も衝撃も一瞬忘れたように、怒り・・の表情を浮かべた。


「ズルじゃない、そんなの! 出来損ないのくせに!」

「そう。これはズル。与えられたに過ぎないもの。

 だから私はこの力で、あの方に尽くす。私に力だけではなく生きる場所まで与えてくださったのだから」

「その場所は……あんたなんかが居るべき場所じゃない! 神の眷属は……!」


 スズネは、もはや彼女の言葉に応じなかった。

 目的の物は取り返した。これ以上彼女たちに関わるくらいなら、明日、マサルの供として出かけるため睡眠時間を確保する方が有用だ。


「どこ行くのよ……? なんとか言いなさいよ!」

「あなたは道ばたで出会った虫に別れの挨拶をする習慣があるの?」


 肩越しに睨み付けると、彼女はようやくおとなしくなった。


 いや、虫に失礼か……とスズネは思った。

 悪意を以て思い出を踏み躙るような真似を、虫はしない。


 それっきり、スズネは振り返らなかった。

 ABは氷の牢獄から出て来るくらいはできるだろうし、魔法コマンドによる治療で、ジェニファーも一命を取り留めるだろう。不幸にも、共に修行することになった間柄だ。彼女らの実力は分かっていた。


 この夜の出来事は、まだ多少は祭司の一族である事に自負を持っていたスズネの心を、決定的に一族から引き離すものとなった。


 宴会の会場から離れた静かな通りを、スズネは早足で歩いて行く。


 ――一族の中でも出来損ないだった私なんかが、眷属でよかったのか……今だって、疑問に思う。だけど……


 少なくともあいつらよりはマシだ。

 あいつらが目覚めの使者になって、まかり間違って眷属になっていたりしたら、絶対にカジロ様のためにならなかった。……そう、スズネは思った。


 ――カジロ様。私は、あなたに尽くします。私が祭司の一族だからではなく、私が私であり、あなたがあなたであるゆえに。


 金の髪飾りを胸元で握りしめ、ポケットにしまい込もうとして……少し考えて、スズネはそれを自分の髪に着けた。

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