#25 誠意にして信心
新聞を広げて読みながら、のどかな道を歩きスマホ(ローテク)する俺。太陽、もとい照明の光がさんさんと降り注ぎ、文字を追う目の瞳孔が縮む。
スマホと違って手を広げっぱなしになるので、ちょっとキツいかと思ったが、体が強化されてるせいか特に疲れたりはしなかった。
「筆頭枢機卿、エーリック・ハセガワの孫娘、シャルロッテ・ハセガワ……」
新聞を読み進めていくと、教会が『神』についてどう説明しているか見えてくる。(一部はアンヘルが補足してくれた)
教会曰く――この世界には、神となるべく生まれてきた、清く尊き『神の子』がごく少数、存在する。
神が死ぬというのは、器となっていた『神の子』の体が滅ぶことでしかない。神の持っていた力は教会に委ねられ、やがて新たな『神の子』へと宿され、次代の神を生むのだとされている。
これは教会が、真の神を殺し始めた頃、『これまで秘密だったけれど民に公開した』ものらしい。教会が勝手に神を立てる事に違和感を持たれないよう、嘘を宣伝したのだ。プロパガンダ万歳。
「でも、神ってそんな子どもでもいいんだ。孫娘って……まだ10歳って書いてあるんだけど」
「教会において、これまで神就任時の平均年齢は22.7歳となっております。これは、過去に存在した『真の神』が、降臨時に全員若者であったためと思われます」
「あー、そっか。神候補として体が保存されてるの、俺みたいな若者だけなんだっけな。いきなりオッサンが神に就任したりしたら怪しまれるよな」
で、権力者である枢機卿の孫が神になっただけでキナ臭いけど、そのエーリック・ハセガワさんが教皇に出世するという事態に、俺アラートは全力で警報発令中。
教皇ってのは、枢機卿のまとめ役。つまり、神以外で一番偉い人だ。
孫を最高権力者にして、自分はその下で補佐役。陰謀のニオイしかしねえ。
「孫は傀儡……だよねえ、どう見ても」
「一般論としましては、教会は神を補佐し、世界を統治する機関となります」
「まぁそうなんだけど、さすがにこれは……」
「カジロ様の言うとおりですよ」
絵に描いたような構図だと思っていたら、隣を歩きながら新聞を覗き込んでいた榊さんが同意してくれた。
「みんな言っています。教会の神はパフォーマンスのためだけの存在で、教会の中では何もさせて貰えないお飾りなんだって……
ご存知ですか? 教会の立てる神は、皆、三十、四十代くらいで若くして死ぬんです」
「……どゆこと?」
「何もできない神でも、長く君臨していれば組織の中でそれなりの影響力を持っちゃうので、教会幹部の手に負えなくなる前に暗殺しちゃうんだそうです。世間には、『神は、自身の役目を果たし終えたと考え、自ら肉体を捨てて位を退いた』って発表するんですけど」
「げーっ、それ完全にダメなやつじゃん。
……待てよ、て事はこの枢機卿の孫娘って子も……」
「筆頭枢機卿ハセガワは、孫娘が神になったことで教皇へ出世しました。そのうち孫が殺されても知ったことじゃない……と考えているのでしょう。教会で、神の座というのはそういうことのためのもので……有力者の末子などがやらされる事が多いとか……」
「クソだな」
もはやこれ以上の論評には値せず。俺は衛星軌道上からマントルまで届きそうな最大限の見下しとともにそう言い捨てた。
新聞には、新たな神のご尊影が大きく掲載されている。
ロングヘアの可愛い女の子だ。……別に俺はロリコンじゃないから、そういう意味じゃなくて、猫を見て可愛いと思うのと同じような感じで。
粗めのモノクロ印刷でも、水晶玉みたいに凛と輝く目とか、意志の強そうな引き締まった口元とか、『我こそ神でござい』的気品があって。だけど全体的に見るとどうしても、子どもが頑張って背伸びしてるような印象しか無くて、庇護欲をそそる雰囲気。
こんな子を……それも自分の孫娘を踏み台にして権力の座に登るって、どんな気分なんだろう。
なんとも思わないからこそ踏み台にできるんだろうか……?
世の中に邪悪は数あれど、自分の子どもを出世の道具にして使い捨てる奴は間違いなく、最悪の部類のひとつだ。
「賢様。よろしいですか」
先を歩くアンヘルが急に足を止めた。
「前方の街の様子を千里眼で確認したのですが……様子が変です。街中を教会の兵士が警戒しております」
「何かあったのか? ……よし、俺も千里眼と順風耳で……」
ヴヴヴン……と俺の前に画面が浮かんで、どこからか音も聞こえ始める。
これ、頭の中に直接情報を受信することもできるんだけど、まだなんか感覚になれないのでやってない。
映してるのは全部、外の景色だ。千里眼カメラが室内に付いてるところは(後から人間が建てたんだから当然だけど)基本的に無いので、通りの様子しか見えないんだ。
ちなみに室内の様子だって順風耳で探れるけど、さすがにそこまでやる必要は無いし……他人のプライバシー暴くのはなんかヤだ。
別にやったってバレやしないんだけど、そういう問題じゃなくて、こういう『なんか嫌』は人として残すべき一線って気がするんだ。プライベートな場所で話してることまで見て回るなんて、本物の神様かコンピュータ様かって話じゃん。俺は神様って役職に就いただけの人間のつもりだから。
だから基本、盗聴は最終手段ってことにしてる。……どのみちアンヘルが周りの音全部聞いちゃってるから、自己満足でしかないんだけどね。
映し出された街の様子はと言うと……確かに、なんか妙に兵士が目に付く。路地や大通りで銃を抱えて警備中みたいな状態。
『千里眼』カメラに映ったのは、胸を張ってふんぞり返って歩く兵士数人が、偶然目のあった市民に因縁を付けている所だった。
『おい待て貴様、信心が足りていないな!』
『そ、そんな馬鹿な! なんて事を言うんです!
今日も朝起きた時と、食後と、歯を磨いた後と、トイレに入る前と、電子ドラッグをキメる前に祈りを捧げました!』
『うるさい、見れば分かるぞ! この背教者め、ちょっと来てもらおうか』
『なに、信心のほどを示せば疑いは晴れる。そして信心を示す上でもっとも手っ取り早いのは教会関連施設への寄進だ!』
『やめてくれ! もう今月は首が回らない……』
逃げようとするオッサンに、教会兵が腰のレーザーガンを抜く!
『OFF/制圧用/祝福的』の三段階になっているツマミを『OFF』から『制圧用』に動かした!
Zap!
『ぎゃあっ!』
光線の直撃を受けたオッサンは卒倒し痙攣。
天罰レーザーと同じで、シビれさせるだけのやつと殺人レーザーで切り替え可能らしい。
見て見ぬフリしてた周囲の人々が、明白に引いている。
そんな中で兵士達はわざと周囲に聞かせるように会議を開始。
『暴発してしまったな』
『整備不良だ。整備班の不手際を内部告発しておこう』
『内部告発で功徳点アップだ』
『汚染地帯で奇形魚の目玉を数えさせてやる』
『我々は祝福的なので無許可・無警告の発砲などしていない』
「嘘こけえええええ!!」
俺は『千里眼』画面に向かって絶叫していた。
さすがに『天啓』の声は出さなかったけど……
兵士達は気絶したオッサンを、宇宙人捕獲写真のごとく抱えて引きずっていく。
『市民の協力に感謝致します』
「……どうしようか」
「教会関係者だからと言って、無理筋の言い訳がいつも通るわけじゃないです。ちゃんと証拠があれば、一般兵の首くらい飛ばせます」
「えーと……アンヘル。今の映像インターネットにアップしといてくれ。今すぐにやると俺の居場所バレるから、適当に時間置いてな」
「了解致しました。民間向けネットワークにデータアップロード致します」
一日一善。
ちょっとしたトラブルを偶然見てしまったが、どこもかしこもこんな様子ってわけじゃない。
兵士が多いったって、別に戒厳令とか外出禁止令とかみたいな雰囲気じゃなく、普通の人らも街には溢れてて、むしろ活気はある。
なんかお祭りでもあるのかと、様子を探るため耳を傾けていると、入り交じったたくさんの声の中から『神様がおいでになる』みたいな内容がいっぱい拾えた。
「神様……俺じゃないよね。もしかしてこの新聞に載ってる子が来るの?」
「その可能性は高いと思われます。かつて教会が『真の神』を戴いていた時期からずっと、新たな神は、就任後にコロニー中を周りお披露目と、行く先々でのメンテナンスを行うのが慣例となっておりました」
「なるほど。お披露目兼初仕事ってわけか」
「街中の警備は厳重であり、危険が高まっていると考えられますが、このまま下見に向かわれますか?」
「別の入り口から管理者領域へ入ります?」
「いや、そりゃちょっと遠すぎだな」
管理者領域は全部が裏で繋がってるわけじゃなく、いくつか毎に集合体化している。
今回目指している入り口は、ちょうどひとつのクラスタの端っこに当たる場所で、別の入り口から入ろうと思ったら街を大きく回り込んで、さらに時間をかけて移動しなければならないのだ。それだと大変だし、何より……
「様子を見たい。教会の神が来て、教会の兵士が居て、それを市民が出迎える……
それがどういう事なのか、肌で感じたいんだ。千里眼や順風耳でも見られるけど、情報量が足りない気がする」
「危険かも知れませんが」
「分かってる。でも、いざとなれば魔法で逃げ隠れできるし……アンヘルは念のため、俺の周囲を千里眼と順風耳で警戒しててほしい。何か変な動きがあったらすぐ教えて」
「かしこまりました」
俺はまだ、この世界で生きてる普通の人らにとって、教会の支配がどういうものなのか、分かっていない。それは多少のリスクを冒してでも知る必要があることだと思ったんだ。
でなきゃ俺がどうするべきなのか、分かんないから。
「……ところで榊さん。昨日まで、そんな髪飾り着けてたっけ?」