#24 生存は反逆です
進み出たアンヘルの言葉に、皆が呆然としていた。もちろん俺も。
広場での会話も知らずに騒いでいる人々の喧噪が、急に遠く聞こえた。
「なんだよ、それ……どういう意味だ?」
誰かが呟く。
「理解可能なように説明します。教会本部周辺は『天罰』が封じられています。146年前にその状況を確認しております。
教会が神への叛逆を企てたのは、第21代の神が在位していた当時のこと。その後、第22代の神は目覚めてすぐに、祭司の一族と共に教会へ戦いを挑みましたが、新たな神が目覚めるまでの二年間を教会が利用し、天罰を封じていたために神は敗北しました。現在も同じ状態であるものと推測します」
そんな事が可能だったのか……と、思うと同時に、そうでもしなきゃ神には勝てないだろうな、とも俺は思った。いくら射程20kmの大砲があろうと、天罰は射程とか関係無しだもんな。
「族長さん、この話は……」
まさか知ってて隠してたのか? と、ちょっと考えたんだけど、族長は首を振った。
「最後の戦いの記録は、一族の側にはほぼ残っておりません……あの時戦った者達は、ことごとく死んだために……」
苦い顔で、族長はそう語った。
これを知っているのは、当事者である教会と……その戦いの時も神を見ていたアンヘルだけというわけだ。
今さらながら気がついたけれど、アンヘルはこの世界のシステムだ。神が代替わりしても仕える主人が替わるだけで、アンヘルは変わらないのだった。
……『天罰』が使えないとなると、思ってたのよりもだいぶキツいぞ、おい。
「先に言えよ、アンヘル」
「情報を一度に列挙しても理解が追いつかないと判断。作戦構築の段階で、順を追って説明する予定でした」
まあ、そりゃ勝手に俺が楽な方へ考えてたのが悪いんだけど。
「146年前って……なんでそんな事知ってるんだ?」
「カジロ様、こちらは?」
アンヘルの言葉を不思議に思った皆さんが聞いてくる。
そう言えば、まだ族長にすら紹介していなかった。
「私は世界運営サポートシステム。現在は賢様から名を頂戴し、アンヘルと呼ばれております。
この世界に存在した代々の神にお仕えしてきた者です」
「分かんない人は、要するに天使みたいなものだと思ってください」
おお、と人々がどよめいた。神様に加えて天使まで。それは彼らにとって喜ばしい話なのだろうけれど、天使は悪いニュースも持ってきたのである。
「くそ、そうか……教会の連中のすることだ。いざ本物の神が現れたらどうなるか、そこまで考えて手を打っていたと言う事か!」
男がひとり、握り拳でテーブルを叩いた。
「遠隔で除去はできないのですか? 魔法の力で」
「賢様は確かに無限の魔法力をお持ちですが、通常の魔法ですと、効果を及ぼせる範囲は半径10km圏内に限定されます。すなわち、ある程度の接近が必須ですが、その障害として……周囲の監視カメラ・マイクも同様に塞がれております。すなわち、千里眼・順風耳を封じられています」
榊さんの提案もアンヘルに一蹴される。
俺の魔法はかなり万能っぽいけど、唯一の制限が距離だった。教会は、周到だ。
なら、魔法で無双しながら近づいて『天罰』を解放すればいいのだろうか? いや、そんな甘くはない。
教会本部に備えられている、対神最強の武器。射程20kmのレーザー大砲『ミストルテイン』がある。加えて、神と戦うべく備えた部隊が守りを固めているわけだ。
アンヘルの情け容赦ない解説を聞いて、さっきまで大盛り上がりだった広場に重苦しい空気が漂う。
神様が現れて、これでようやく全てが良くなると思った矢先の悪いニュース。希望を見るだけ見て叩き潰されたんだから、消沈するのも無理はない。
でも、戦うだけが道じゃない。
ってか、全員で戦うわけじゃないんだから、その前にやらなきゃーなんない事がある。
「アンヘル。管理者領域は神の力でなければ扉を開けないって言ってたな。それは本当か? 抜け道は無いな?」
「管理者領域は完全に神のための領域です。権限の無い者が神の許し無く侵入する術はありません」
「よし、この近くにある管理者領域の広さと、そこにある施設を片っ端からリストアップしてくれ」
「かしこまりました」
恭しく礼をしたアンヘルは、どこからか筆記用具を取り出すと、印刷機みたいな速さで手を動かし始めた。
「カジロ様、もしかしてみんなを、そこへ?」
と、期待と不安がドリップで渦巻く表情の榊さん。
「うん。……これだけ居たら窮屈だろうし、不便もあるだろうけど、教会の手から逃れることだけはできる。
まずは、ヤバイ手をあれこれ尽くしてようやく生き延びてる現状をどうにかすべきだろ」
……って言うかこのまま背水の陣で戦ったら、なんか勢い余って玉砕しそうな雰囲気もあるし。
「教会と戦わずとも生き延びる方法はあります。教会の手が届かない場所へ皆さんを隠します。
戦うことは、それから考えればいいでしょう」
その場に居る全員が、俺の言葉を聞いていた。
俺が言ったことの意味を噛みしめるように、少しだけ、間があった。
だけど、風が吹き始めるように、最初は小さく、次第に大きく、声が上がり始める。
「神様……」
「神様!」
「カジロ様!」
「ありがとうございます、カジロ様!」
「神様万歳!」
すぐに、全員がバラバラに声を上げる熱狂的な大騒ぎになった。
あ、『カジロ様』って言ってる奴がちらほら居るのは榊さんがそう呼んでるから、それに合わせた人ね。
「飲むぞ、お前ら! 今日は我々の解放の日だ!」
「「オォ――――ッ!」」
誰かが音頭を取って、一斉に酒杯が打ち鳴らされる。
うん、まあ、とりあえず今日はお祭りでいいだろ。
* * *
翌朝……と言っても、照明の光量も変わらない地下みたいな空間だから、時計を見なきゃ時間なんて分からないんだけど、まぁとにかく一晩寝て朝になったら、隠れ里のそこかしこで酔いつぶれて寝ている人が居る状態だった。
俺たち三人は死人が出てないか念のため見て回りつつ、ヤバそうな人(主観)には魔法で体調チェックと簡単な治療をしておいた。何をどう治療してるかは知らないが、アンヘル曰く、俺に治療の意志があればニュアンスで上手いこと意向を察してシステムが働いてくれるらしい。ニュアンスかー。
まあメインの目的はそこじゃなくて、同じような見回りをしてる族長さんに会いに行くためだけど。
族長さんは、その辺に出されてる椅子に座って新聞を読んでいた。
「おはようございます、族長さん」
「おはようございます。お早いですな」
「そういう族長さんは寝てませんね」
徹夜明けのくたびれた顔だったが、族長さんはやせ我慢の笑みを浮かべた。
「宴に最後まで付き合うのは私の役目ですゆえ。ところで、何かご用ですか」
「はい。今後のことについて……えと、族長さん、管理者領域って言って分かりますか?」
「無論です。まあ私もこの目で見たことはありませんが。昨日おっしゃっていた安全な場所というのは、やはりそれでしたか」
「アンヘルが近場の管理者領域をピックアップしてくれたんです。使えそうな場所があったので、見てこようかなと」
なにしろ、この大人数。一族の残り全員を、神一人のためのスペースに迎え入れる無茶をするんだから、下見と準備が必要だ。
「左様ですか。ありがたい、お気を付けて。出立の準備はこちらにお任せください。なにしろ、私はこの歳までに八度、里の移動を経験しておりますからな」
この人数での引っ越しが日常茶飯的というのは、さすがに同情を禁じ得ない。教会から逃げ回ってきたってのは、そういう事なんだ。
そして族長さん、ふいに辺りを見回して声を潜める。
「その、カジロ様……昨日のことですが。
カジロ様は教会と戦う意志は……おありなのでしょうか」
……ん?
ああ、そっか。そう言えばその辺の話を、族長さんにはまだしてなかった気がする。
みんな俺が来た時点で『救ってくださる』って盛り上がっちゃったしね。
「この世界をこのまんまにしちゃいられませんよ。そうでしょう?」
「なんと頼もしい! この世界に生きる者のひとりとして、感謝を」
「ただ、無闇に突っ込んで死ぬ気はありません。上手いやり方を考えないと」
そのためにも、まずは管理者領域行きだ。あそこには戦いの役に立ちそうな便利なアイテムもたくさんある。祭司の一族も交えていろいろ考えないと。
「ああ、そうだ……」
何か思いついたらしい族長さん。読んでいた新聞を折りたたんで、俺に手渡してきた。
「これは……」
「一昨日の新聞です。内容は、教会の検閲がありますのでひどいものですが、里の外で何が起きているか知る手段としては有用ですからな。ほら」
渡された新聞の一面には、デカデカと『今宵、神、降臨』の文字。明らかに知らない文字なのに頭が認識できたのは、たぶん魔晶石を通じて自動翻訳とかされてんだろう。
神なんて書いてあるから、俺のことか!? と一瞬ドキッとしたけど、よく読んだらなんかおかしい。
「教会の神……か」
教会側も偽物の神を立てて『はーい神様居ますよー』と人々を騙している。最初は神殺しを隠すためだったんだろうけど、それが既に制度化しているんだ。
しかも、神になったのは今日……じゃねえや、新聞が一昨日のやつだから、その晩か。
「道中、読んでみるとよろしいでしょう。新聞が何を褒めているか見れば、教会政府が何をする気か分かりますのでね。読み終わりましたら、可能ならお返しください。もう一部手に入れておりますが、なるべく里の者と内容を共有したいので」
「新聞も貴重品ですか……おおっぴらに買いに行けないですもんね。分かりました」
そんなわけで俺は、未だかつてないほど真面目に新聞を読みながら出かけていくことになった。
小見出しに踊る言葉は……『新たな神の誕生! 筆頭枢機卿エーリック・ハセガワ卿の孫娘』
そう、哀れな兵士を電話機代わりに俺とおしゃべりした、あのオッサンの孫娘だ。