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#22 生存戦略

 俺たち三人は、族長の屋敷へ案内された。


 勢いで『屋敷』と言ったけど、まあ他の家よりちょっと大きいレベルのプレハブだ。集会場も兼ねているらしい広めの部屋で、俺は上座に座らされた。

 絨毯の上に直に座るのは、なんか中東とかアジア辺りの遊牧民っぽい。


「まさか、生きて神をお迎えできる日が来るとは……我ら祭司の一族、150年の悲願、ついに……」


 お茶を出しながらオイオイと泣き続ける族長さん。

 なんかもはや、干からびてポックリいっちゃわないか不安なんですけど。


「今日は間違いなく歴史に残る一日です。……本当であれば、このような日に悲しい話などしたくないものですが……」


 ボロ手ぬぐいで顔を拭った族長さんは……急にキリッとした厳めしい顔つきになっていた。


「スズネよ。五人居た目覚めの使者のうち、命を落としたという四人、一族の戦士達はどのような最後を迎えた。どうか正直に話してほしい」


 族長にそう言われたスズネさんは、叱られ中の子どもみたいな顔でうつむいている。


 榊さんと一緒に戦ってた三人については、俺だって事情を把握してる。だが、もうひとり居たという奴については分からない。

 重い沈黙が少しだけあって、それから榊さんは、質問には答えずに別の事を言った。


「族長様。正直に話さなければならないのは、族長様も同じではありませんか?」

「……スズネ」


 控えめなのに、これ以上一歩も退きそうにない印象の言い方。


「私のような出来損ない。病気がちで満足に訓練を積めていなかった者。若く成長の途上にある者。そして、人格に問題がありすぎるリーダー。これが目覚めの使者として適切な人選だったとは思えません。

 教えてください、族長様。私達は、捨てられたのですか?」

「!!」


 族長は、真一文字に口を結んでいた。その苦しげな表情と沈黙が、榊さんの問いを肯定する。


 俺は疑問に思うべきだったんだろう。何かが変だ、って。

 ティーンエイジの少年少女だけで旅をするってのは、日本(ただし二次元)ではよくある事だったが、現実には経験不足とか実力不足とか、そういう問題が出て来る。

 それも特殊部隊とかスパイみたいに教会兵の目をかいくぐっての隠密行動をしなきゃならないんだから、世慣れた大人の方がやりやすいはず。

 別にそこは宗教的な理由ってワケでもないようだったし。


「榊さん、『リーダー』って……俺に言わなかった、最後のひとり?」

「……命令するばかりで自分は仕事をせず、少しでも気にくわないことがあると暴力を振るう。野営の『魔物避け』にも参加せず、ひとりだけ朝まで眠る。いざ教会の追っ手が来れば、私たちだけに戦わせようとする……

 私たち四人は、このリーダーの下で使命を果たすことは困難と考え、彼を排除すると同時に、最期に役に立ってもらいました。……先に逃げるよう言って、体よく囮にしたのです。嵌めたのです」


 堰を切ったようとはこのことだ。ほとんど一息に榊さんは言い切った。


 そう言えば……最初にロボと戦いながらみんなが話してる時、囮がどうとか言ってたな。

 囮のおかげで追っ手が手薄になり、榊さんが逃げ出す余裕が出来たのだとしたら……結果的に正しかったって事になるのか……?


「やはり、そういう事であったか。あいつは自ら進んで囮になるような殊勝な奴ではない」

「ええ。最悪のリーダーでしたよ、族長様。本当に使命を果たさせる気があるのか疑問を持つには十分でした」


 視線も声も冷たい榊さん。族長は逃げずに、厳しい表情でそれを受け止めている。


 あ、俺も気になる所あった。


「……族長さん。俺からも聞きたいことがあるんです。あなたは神の真実について……俺がどういうものなのかについて、知っているんですよね?

 どうして榊さんは何も教えられていなかったんですか」


 榊さんが息を呑んだ。


 さっき会ったときの挨拶。

 俺がどういう経緯で、この場に神として現れたのか、それをほぼ正確に表現していた。

 じゃあ、なんで榊さんはそれを知らなかったんだ? 実際に神様を冷凍睡眠から目覚めさせに行く、大事なお役目を持っているのに。


 追い討ちを掛けられて目を白黒させていた族長さんだったけど、神様相手に黙秘する気はなかったようで、深々と頭を垂れた。


「申し訳、ありませぬ……これは族長たる私が負うべき罪。

 神たる貴方様が現れた今、もはや、おめおめと永らえようとは思いませぬ。かくなる上は、この私に裁きを下すことによって、目覚めの使者に対する不義不敬をそそぎ、どうか一族の者には疑義を持たれませぬよう……」

「裁いたりしませんし、俺もまだよく分かってないんで……説明してください」


 族長は重々しく頷いてから、口を開いた。


 * * *


 教会というこの世界における絶対的支配者を敵に回し、閉ざされた世界で150年逃げ続けるのが、どれだけ苦しいサバイバルなのか。

 それを俺は、ちょっと甘く見ていたのかも知れない。


 榊さんへの配慮なのか、後ろめたさのせいなのか、婉曲な言い回しとかオブラートで包んだ言葉とか、そういうが多かった族長の話を分かりやすく簡潔に整理すると……つまり神の祠に送り込む『目覚めの使者』は、近年では口減らしにも使われていたそうなんだ。

 もちろん、ちゃんとした布陣で送り出すこともあったそうだけど、それは、教会に発見されている可能性が比較的低いと思われる神の祠が開いた時だけだ。


 祭司の一族は、いつ、どこの神の祠が開くか知っている。この秘密は教会からも守り抜いたそうだ。

 しかし代わりに教会は、方舟中を探って神の祠を探し出し、そこで待ち伏せる事にした。

 教会に発見されている祠へ使者を送ったところで、無駄死にさせるだけ。常にギリギリの綱渡りをしてる祭司の一族にとって、有用な人材を無駄弾にすることは、下手すりゃそのまんま一族全体が滅びかねない大問題。


 そこで一族はいつからか、教会に発見されていると思しき祠に対する『使者』は、能力的に劣る役立たずや、一族の鼻つまみ者を送り込むようになった。

 有用な人材を無駄死にさせるわけにはいかないし、逆に、評価の低い人材を抱えている余裕も無い。……いつかの長は、そう考えた。そしてそれを実行した。

 その次の長も受け継いだ。そして……


「にしても俺のとこへ来たの、五人中四人が若者って……ギリギリ生き残ってる一族なのに、限りある若者を使い捨てるのか」

「人工子宮を使用すれば、3週間での促成出産が可能であり、子ども・若者を増やすことは容易です。祭司の一族にとって特に問題なのは、収入などの面から許容できる人口が限られている点と推測。

 ……許容量以上の子どもを誕生させた後、魔術師ウィザード適性が高い者だけを残して間引いているものと推測」

「…………もうちょっとオブラートに包めよ、アンヘル」


 俺の疑問に、アンヘルの情け容赦無い補足説明が入った。

 当事者じゃない俺でも聞いてるだけでなんか『うげー』ってなるのに、榊さんの心中はいかばかりか。


 子どもをること自体がローコストなら、限られた人数しか抱えきれない一族を精鋭揃いにするため、子どもガチャを回し続けるという選択肢が現実的になるわけだ。

 限界が見えた若者は一族から切り捨て、またガチャを引く……


「そうやって……この祭司の一族は、生き延びてきたのです」


 狂ってる。

 でも、多分、狂ってなきゃ生き残れなかったんだ。

 そして、そうまでして祭司の一族が生き延びたからこそ、今ここに、俺が居る……


「って事は、俺が放り込まれてた祠は、とっくに教会に見つかってると思われていたのか。俺はもう殺されてると思ってた……」

「教会兵の基地に近く、近辺で警備らしき兵を見たという情報もありましたので……結果的にそれは誤りでございました」


 そして、そこに送られた榊さん達は、つまり使命を果たすことなんて期待されてなかった。


「じゃあ、榊さんが『神』について知らなかったのは……」

「ひとつだけ、誤解無きよう。今や、この祭司の一族とて、『神』と方舟の真実を知る者は多くありません。里の外と同じで、神に対する正しい認知は、時と共に消えて行きました。

 それを、自然に風化するに任せたのです。

 自分たちの待ち人が、ただの人であるというよりは……全てを救いたもう絶対の神であると信じる方が、心を強く保ち、一族の結束も図れます。

 ……ただ、見込みのある『祠』へ送る使者には、出発前に秘密を明かしておりますが」


 やっぱりそういう事か。

 だって神様を目覚めさせに行く人が、神様について知らないんじゃ余計なトラブルが起きかねない。そういう意味でも変だったわけだ。


 榊さんは血の気の失せた顔だった。だけど、同時に、『やっぱり』感もあるように見えたって言うか……本人、うすうす察してたみたいだからなあ。


 事情を語り終わったらしい族長は、椅子を飛び降りるように平伏する。


「申し訳、ありません……いかように言葉を飾ろうとも、私がしてきたことは、人の道に背くこと。

 お許しいただこうとは思いませぬ。貴方様のもとへ、満足いく形で使者を送れなかったこともまた、私の責にございます」

「俺は、榊さんが来てくれたことをよかったと思ってるんです。

 使者を切り捨てていたことも……俺が目覚めたんですから、もうこんなことをする必要は無い。これで最後です。

 そういう事で、いいんじゃないでしょうか」

「お、おお……! ありがとうございます、ありがとうございます……!

 貴方様こそ、真の神にございます……!」


 土下座ポーズのまま、手をすりあわせる族長。かすれかけの声でのシャウト。拝まれているようだ……


 そりゃ、字面だけ見れば酷いことしてるようにも見えるけどさ。良いとか悪いとかじゃなく、この状況で責められますかっての。

 おかげで俺が生きてるわけだから、という後ろめたさもあるけれど、そういう問題じゃなく……話のスケールがでかすぎて、俺ごときが良い悪いを判断していいのか分からない。

 ……危うく殺されるところだった榊さんにしてみれば、それじゃ収まらないだろうけどさ。


「……悪いと思うなら、騙していた榊さんには謝罪してください」

「ははっ……!」


 一旦顔を上げた族長は、そのまま榊さんの方へ向き直って、再度平伏した。


「……済まない、スズネ。謝って許して貰えるとも思わない。だが……済まない、どうか……!」

「族長様……」


 榊さんの目が、何かを迷うように宙をさまよった。

 そして、困ったように笑う。


「カジロ様がお許しになるとおっしゃったのに、私が族長様を責められるわけありません」

「あ、ごめん。べつに今のは俺の考えだから、榊さんは榊さんで……」

「いえ、もういいんです。私たちが怒りを向けるべき相手は……教会です」

「済まない、スズネ……済まない……!」


 ちょっと建前くさい榊さんの言葉は、それでも正論だったと思う。

 族長が下した判断の是非を保留しても、教会のせいだってところは揺らがない。

 そして今は、身内の落とし前よりも、教会をどうするか考えなくちゃならない段階だと思う。たぶん。


「……お茶が冷めてしまいましたな。入れ直して参ります」


 やがて頭を上げた族長は、気持ちと会話を仕切り直すかのように、お盆を持ってそそくさと出て行った。


 * * *


 族長が戻ってくるまでの、ほんの僅かな時間。

 その間に聞いておきたいことを、俺は榊さんに言ってみた。


「……本当は族長さんに怒ってたりする?」

「もちろん」


 俺が相手だからか、榊さんは正直に答えた。ちょっと拗ねたように(あれだけ盛大に騙されて『拗ねたよう』だけだからすごいと思うけど)。

 内心怒りながらもあんな風に言ったんだから、大したものである。


「でも……それを族長様にぶつけるのは違う気がしたんです。

 一族は、ずっと追い詰められてきて……族長様だって、追い詰められてて、だからそうなっちゃったのかなって。怒るべき相手が居るとしたら、それは教会です」


 その言い方に、特に気負った様子や嘘は感じられず。100%本気じゃないにしても、少なくとも嘘の気持ちを言っているわけではなさそうだった。


「なんか、こう……すごい優しいんだね」

「違いますよ……これはたぶん、ただの余裕です。私は、私達はついに真の神を、カジロ様を蘇らせた。そう考えたら裏切りのひとつくらい水に流す気になれるんです。

 許せた自分に驚いてます」


 天井の隅を見ながら独り言みたいに呟いてた榊さんは、急に何かを思い出したような顔になって恐縮した。


「申し訳ありません。こんな個人的な話をするべきではありませんでした」

「や、いいってば。『こんな個人的な話』をしなきゃ、何をどう考える、どういう人なのか分かんないじゃん。

 ほら、眷属は補佐役って話でしょ。だったらお互いの性格をある程度知って、コミュニケーションとか取れた方がいいんじゃないかなって……思うんだけど……」


 少なくとも、土下座で崇拝されるよりはよっぽど榊さんのことが分かる。


「カジロ様……貴方は、偉大です」


 榊さんが急にそんなことを言うので、俺は、これから飲むお茶に先行してむせるという離れ技を披露してしまった。


「だから俺は偉大でもなんでもない、ただの人間だって」

「いえ、そうではなくて、カジロ様のおっしゃったことです。罪を告白した族長様に、『もうこんなことは起こさせない』と。

 あれは許しではありません。救済です。

 罰するでもなく、許すでもなく、カジロ様は救済を約束されました」

「あれは……」


 言われてみりゃそうかもなあ、と思ったけれど、俺は目をキラキラさせてる(ゴスロリスタイルに合わせた謎の眼帯で片眼隠れてるけど)榊さんに、それ以上何も言えなかった。

 救ったのは俺自身だったのかもな、とか思いながら。

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