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#21 欺瞞の歓待

 道なき道を走り続けていると、世紀末荒野は唐突に終わりを告げ、草原地帯を突っ切るアスファルト舗装の道路が姿を現した。

 窓を開ければ、風が草の匂いを運んでくる。宇宙に浮かぶコロニーの中だなんて、ちょっと信じられないようなのどかさだ。


「……祭司の一族の里か。どんな場所なんだろ」

「あまり、楽しみにされても……ご期待には添えないかと思います。ただ、生きるために私達が肩を寄せ合っている場所ですから、見て面白い場所ではないかと。

 でも、それでも、私達にとっては全ての希望です」

「うん。ますます見てみたくなった」


 この世界唯一の統治機構である教会に睨まれながら、約150年間生き延びた執念を。

 俺を蘇らせてくれた祭司の一族が抱えているものを。

 見てみたいって言うか、俺は見なくちゃいけない気がするんだ。


 向かう先は、ギリギリで無法地帯に入らない辺りの場所。隠れ里は教会の目を逃れるため移転を繰り返し、今はそこにあるのだそうだ。

 この半端な立地は、教会の統治の目からも、無法地帯の世紀末っぷりからも、ほどよく距離を置ける場所なんだとか。


 中央から離れた外縁部には、無法地帯や自治都市が存在する。さっきの追い剥ぎみたいな犯罪者が堂々と闊歩し、重武装犯罪組織が牛耳る、教会社会とは別の方向性にイカれた場所だ。

 そういう街は個人が一時的に身を隠す場所くらいにはなっても、祭司の一族という集団が潜伏するにはリスクが大きい。結局は独自に隠れ里を作り、隠れ住むしかない、というわけだ。


 * * *


 最寄りの街で車を降りて、そこから歩くこと三時間。

 もはや日も暮れかかる(正確には天井のホログラムが夕焼け色になり、照明の光量も落ちる)頃。

 人里離れた、鬱蒼たる森の中に、俺たちは廃墟都市を発見した。『雷泉』の街よりも、もうちょっと気合いが入った廃墟だ。架線にツル草が巻き付き、崩れかけたビルの窓から木々が茂る。


 そんな森に埋もれた廃墟都市の、さらに地下。まあ地下って言っても管理者領域バックヤードみたいに本当に地面の下にあるわけじゃなく、丘状に建物を盛り上げた都市の内部空洞なんだけれど……


「うわあ……」


 その地下空間へ降りてきた俺は、その全域を見渡せる階段状で、思わず声を漏らした。

 それは観光ガイドよりもピューリッツァー賞向けの絶景だった。


 あの有名な東京地下神殿・首都圏外郭放水路の調圧水槽みたいな感じだ。

 ぽつぽつとまばらな明かりで照らされた広大な地下空洞には、銀色のパネルを組み合わせたプレハブ住宅みたいなものが山ほど並んでいたのだ。

 隠れ里とは言っても、それはもはやひとつの街に等しい。

 大して広くもないスペースにひしめき合うプレハブどもは、少なくとも俺が居た高校の全校集会で生徒が並んだ程度には綺麗に整列していて、通りにはちょっとした店らしいものまであった。


「数十の光学迷彩と通信攪乱によって、この里は視覚的・電子的に隠蔽されている模様。さらに、オーパーツ級のレーダー探知で、接近する者全てを確認している模様。

 かつての神が管理者領域バックヤードより与えたアイテムを活用しているものと推測」

「それでこんな隠れ里が成立してるのか……」

「はい。探知が行われていますから、私が一緒に来なかったら、カジロ様が神とは言え、知らずに攻撃を受けていたかも知れません」


 俺たちが向かう先、里の入り口……と言うか要するに並んだ建物の端っこの所では、腕に魔晶石コンソールを埋め込んだ白装束のじーさんを先頭にだいたい100人くらいがお出迎え。

 ふたりが言った通り、既に俺たちの接近を認識していて、待ち構えていたようだ。


 どいつもこいつも『信じられない』という表情を顔に張り付けている。

 ちなみに俺のホログラム変装は解除済み。その方が話が早いから。


「族長様。スズネ・サカキ、ただいま戻りました」

「スズネ、ま、まさか……そちらの方は……!」


 榊さんがそう言うと、代表して、族長と呼ばれたじいさんが驚きの言葉を発する。

 じいさんの手がガクブル震えてるのは、歳のせいじゃないだろう、この場合。


「当代の神……マサル・カジロ様にございます」


 俺の後ろに付き従って歩いていたアンヘルが進み出、俺の前に跪いて、俺を紹介した。パンパカパーン。


「ども、よろしくお願いします」


 軽くぺこりと頭を下げたら……ドミノが倒れるみたいに目の前の全員、一斉に土下座してしまった。うん……神である俺がお辞儀したら、自分らはお辞儀じゃ済まないと思うよね、普通。

 ところで土下座って言うかこれ礼拝の姿勢なのか? そう言えば榊さんもそう言ってた気がする。

 やってたのが日本人っぽい榊さんだったから『土下座』って言葉が浮かんだんだけど、白人っぽい族長をはじめ、明らかに日本人じゃない人のが多いこの光景を見ると、そっちの方がしっくりきたりする。


「遙かな時を超え、我らが元へお越しくださったこと、感謝し、そして歓迎致します……」

「顔を上げてください。俺は、そうやって無闇に崇拝されるのを好みませんので」


 戸惑いながらみんなが顔を上げていく。

 彼らの顔を彩るもの。それは、希望だった。


 だが族長さんだけはちょっと渋みがある表情。


「五人のうち……戻ったのはお前だけか。スズネ」

「ん?」


 榊さんが戻ったと言っても、他のメンバーは教会に殺されちゃったんだから、族長の立場として手放しに喜べないよなー……と思ったんだけど、ちょっと待て、五人?

 確か、榊さんと一緒に居たのはAさんBさんCさんの三人。(あのガン○ムもどきにふたりやられて、さらにもうひとりはお持ち帰り中にうっかりミスで殺害)。榊さんを加えて四人。


「……榊さん。多分俺聞いてないんだけど、もうひとり居たの?」

「は、はい……その、リーダーは私達が鋼鉄執行官アンテノーラと戦闘に入るより前に……私達四人を逃がすため、囮に……」


 聞いていた族長さんの顔が、二の腕をくすぐられたみたいに奇妙に歪んだ。

 って言うか、俺も初耳だぞそんな話。もうひとり居たんだとしたら、そういう話してくれてもおかしくなかっただろうに。しかもあのロボ戦うより前に脱落してたとか言う話じゃなく、一緒に戦ってたわけ?


「ちょ……その話、聞いてなかったんだけど。助けに行かなくて大丈夫だったの、それ」

「死んだものと……」


 何故だか榊さんは歯切れが悪く、手をすりあわせながら微妙に目を逸らした。


「待ってそれ確認できたの?

 いや、ごめん、責めてるんじゃなくて。助けられるんなら助けたかったって言うか、ああ、もうどのみち手遅れなのか? これ……」

「恐れながら」


 平伏したまま族長が割って入り、俺はテンパったポーズのまま首だけそっちに動かした。


「お疲れのことと存じます。まずは少し、お休みになられてはいかがでしょうか。

 恥ずかしながら我ら一族、このような場所に隠れ住む身の上でありますゆえ、ろくなおもてなしもできませぬが……」

「あ、えっと、はい。では、遠慮無く……」

「スズネ。お前も疲れただろうが、まずは首尾を聞かせてほしい」

「……はい、族長様」


 有無を言わさぬ調子の族長に押し切られるように、俺達は頷いていた。


 ゆっくりと立ち上がった族長は、深く俺に一礼してから、まだ這いつくばっている人々の方へと振り返る。


「皆……宴の準備だ!」

『オォ――――ッ!』


 割れんばかりの歓声が弾けた。

 強く強く押さえつけられたバネほど、解放された瞬間には強烈に跳ね返る。つまり、俺はそういう光景を見ているんだ。


 みんな、この上なく喜んでいる。そんな中で注射の痛みをこらえるような顔をしている族長と榊さんのふたりのことが、俺はどうしても気になっていた。

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