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#15 ファーストコンタクト

 だいたい教会軍から逃げる方角へ、俺と榊さんは飛んでいた。

 と言っても、ただ漫然と逃げてるわけじゃなく、ちゃんと目的地があるんだけど。


 高く飛ぶと遠くからでも見つかってしまうので、草の海を撫でるような低空飛行だ。

 早く、魔法コマンドで姿を消しながら飛んだりできるようにならないとなあ。俺の神様的魔法力コマンドリソースなら普通に可能らしいので、後は俺の技術の問題なんだ、そっちは。


 体が風圧に耐えられる範囲内での高速飛行でひたすら草原を進んでいたのだが……


『賢様』


 突然、アンヘルが話しかけてきて、俺は錐もみ回転で墜落しそうになった。


「な、なんだ?」

『二時の方向、ここから10kmの地点に奇妙な人物が存在します』


 俺から10kmって言うと、アンヘルがギリギリ、千里眼を使ってチェックできる範囲だ。

 俺は飛行を止めて、着地する。


「……千里眼を」

『かしこまりました』


 ヴン……と浮かび上がる例の画面。

 千里眼の視点は、空……つまり天井のカメラを使っているので、グーグルアースみたいな上からの視点になる。

 とにかく、俺が見たのは、カメラに向かってプラカードを掲げるひとりの兵士の姿だった。

 プラカードに書かれた文字は……『神よ、ここへ来られよ。語らわん。当方は非武装であり、戦う意志は無い』


 草原のど真ん中、たったひとりでそんなもんを掲げているのは、なんか見覚えがあるような気がして記憶を辿ったら、ロバート爺さんをいぢめていた兵士のひとりだった。


「……なんでこいつがこんな場所でこんな事を?」

『不明です。また、様子が変であると思われます』


 アンヘルに言われてよく見ると、確かになんか変。目の焦点が合ってない感じで、ブツブツと何か呟いている。


 ふと、そのプラカードを見ていて俺は気がついた。


「こいつ……千里眼のカメラに向かって看板掲げてるって事か?」

『おそらくは』


 そりゃ変だ。絶対変だ。

 神様の力っつーのが、方舟の設備によるものだってことも、普通の人は知らないわけだろ。まして、あんな末端のチンピラみたいな兵士が知ってるわけない。

 それが……俺の進路上に待ち伏せて、千里眼向けに看板掲げるだって?


『順風耳の力で拾った音声をそちらにお繋ぎします』

「頼む」


 アンヘルの声ではない、無感情な男の声がどこからか聞こえ始めた。


『……22代目の神よ。私はこの男の口を借りて語る。私は筆頭枢機卿、エーリック・ハセガワ。

 この声が届いたなら来たれよ。身の安全は保証する。世界の行く末について話がしたい。

 22代目の神よ。私はこの男の口を借りて語る。私は筆頭枢機卿……』

「筆頭枢機卿!?」


 テープレコーダーの如く繰り返される言葉を聞いて、榊さんが素っ頓狂な声を上げた。


「誰? な、なんか偉そうな雰囲気だけど……」

「事実上の教会のトップです。本来は教皇がトップなのですが、神が空位である間は教皇も居ませんので……

 今日、教会の神になるとされるシャルロッテ・ハセガワの祖父でもあります」

「要するに、ラスボスか。……なんでそんな奴が?」

「分かりません。罠かも知れません」

「かも知れないけど……」


 君子危うきに近寄らず。いきなりラスボスと接触とか勘弁したいところなんだけど……

 罠にしては妙だ、とも思うわけで。


『賢様。接近の必要はありません。私が今、賢様とお話しするために使っているこの指向性スピーカー。本来は神の権能『天啓』のためのものです。方舟内のいかなる場所にも、賢様のお声をお届けできます』

「なるほど、そいつを使えばいいのか。アンヘル、変な動きが無いか警戒よろしく!」

『かしこまりました』


 俺は草の上に座り込み、怪しい兵士に意識を集中した。


 *


『……おい、聞こえるか?』


 俺が『天啓』で声を掛けてから、ほんのすこしだけ間があって、ブツブツが止まった。


「聞こえている。聞こえているとも。これはありがたい。この兵士を見つけ、応えてくれたか」


 相変わらず、目の焦点が合ってない怪しい状態なのだが、無表情なのに声の調子から感情が感じ取れるのが不気味だった。


『どういう状況なんだ、これ』

「この男は魔導兵サイ……つまり軍属の魔術師ウィザードだ。魔導兵サイが使う魔晶石コンソールにはバックドアが仕込んであり、いざという時には上位者がマインドハックを行い傀儡のように操れる」

『外道が』

「あらためて名乗ろう。私はエーリック・ハセガワ。教会の筆頭枢機卿。数百年の長い眠りから目覚めたばかりの君にも分かるよう言うなら、この世界の支配者だ」

『そりゃご丁寧にどうも』


 なかなかに尊大でクソッタレな自己紹介をする奴だった。


『で、その偉い人が何の用だ』

「単刀直入だね。だが、私もスケジュールが一杯なのでその方がありがたい。

 こちらも単刀直入に行くとしようか。

 ……私のもとへ下る気は無いかね、神よ?」

『んだとぉ?』


 要するに、自分の下で働けって意味……だよな?


「もう知っているかも知れないが、今日、私の孫娘が教会において『神』となる」

『偽物のな』

「そして私は教皇となる」

『自分の孫を傀儡にして権力を握るのか』

「少しは歯に衣を着せたまえよ」


 面白がってるような言い方だが、否定しやがらねぇ。


『さすがにお前は、本当の『神』が何なのか、知っているんだな』

「知っているとも、人造の神デウス・エクス・マキナよ。

 我が孫娘、シャルロッテに、この世界を調律する力など無い。額に魔晶石コンソールを植え付けただけの、単なる魔術師ウィザードだ。

 君には、その裏方になってもらいたい。……シャルロッテの影で神の力を使い、全てはシャルロッテの力であると演出するのだ。

 さすれば壊れ行く世は息を吹き返して栄え、力ある神の下で教会の支配も盤石となり……君は教会と一蓮托生、もはや命を狙われる筋合いは無くなる。

 お互いに利益がある……実に祝福的な取引だとは思わないかね?」


 ……おい、これって要するにあれじゃねーか。『世界の半分をやるぞ』系のアレ。


 俺の隣では榊さんが、公共の電波に乗せるには『ピー』音が必要な言葉だけをあらん限りに並べ立ててブチ切れている。

 いくらなんでも女の子が言うのは……という単語も含まれているのだが、内容自体は悲しいことに俺も同意見だ。


『教会の犬になって、このクソみてーな社会を維持するために使われろって事かよ』

「ああ、そうとも! 教会の血肉となりたまえ。

 全てを教会が管理してこそ、最高に祝福的な世界が作られる。神すらも教会によって支配されるべきなのだ。

 聞き分けの無い神であれば不要! 神というひとりの人間の気まぐれによって、この世界が左右されるなどと言う事があってはならない」

『説得力ゼロだぜ、独裁者さん。事実上この世界の支配者であるあんたが、自分以外の支配者は否定するってか。都合良すぎだ』


 俺がそう言うと、兵士は無表情で『ぐふぉふぉふぉ』と笑う。……不気味だ。


「独裁者、と私を呼んだか。

 例えるなら私は、教会という巨大な船の船長に過ぎん。

 いかに巨大な権限を持とうと、教会という船をどうにか動かすため、乗組員達に命令しているに過ぎないのだよ。教会の全てを意のままにしているわけではない。大きすぎて小回りは効かないし、隅々までは目が届かないし、自分の下で働いてくれる者達が居らねば立ち行かない。

 何より私は、君のような大それた権能など何ひとつ持っていないのだ。教会という組織の中で成り上がった、ただのジジイに過ぎぬ……」


 そこで電話機にされている兵士が、ぎこちなく握り拳を作る。

 ……たぶん、ハセガワさんご本人は力強く身振りを付けているのだろう。


「だが、政治とはそうでなくてはならん。強大な『個』の気まぐれによって動く世の中は、良きにつけ悪しきにつけ、急激に変化する。

 それが良い方向であるとは限らんのだ! ……政治に、賭けバクチは不要ぞ」


 皮肉のつもりで拍手してやろうかと思った。


『その理念だけは実にご立派だな。だがその結果はどうだ!?

 石を配給するほどに世界をやせ細らせて、残ったのはディストピアじゃねーか!』

「神無き世界を生きるコストだ!

 それに、このまま世界を終わらせはしない。方舟に頼らない自給自足の生存手段、この方舟が地球へ帰還する300年後までの種の保存、教会が手を打っていないとでも思うかね」


 『ああ言えばこういう』状態だが……正直、俺はちょっと驚いていた。

 建前だろうが何だろうが、こいつらはこいつらなりに筋の通った理論を持っていたわけだ。


 俺も考えないわけじゃなかった。

 もし、とんでもなく邪悪な人物が神になったりしたら、この世界はどうなる?

 それを、絶対にあり得てはいけないことだと規定して、可能性をゼロにしようと考えたら……今教会がやってるみたいに、神を殺し続けるしか無い。


「しかし、しかし。君が教会に従うのであれば全てが丸く収まる。

 この世界は修繕され、人々は今一度、方舟の恩恵を受けられることだろう。

 悪い話ではないと思うがね?」

『断る』


 俺は即答した。


 いくらこいつらがちゃんと筋道を立てて物事を考えてたとしても……

 こいつらに世界を任せるわけにはいかない。


『俺は、この世界に目覚めて二日と経っちゃいない。それでも俺は、お前らなんぞ信用できないって十分すぎるくらい分かった。

 必要なコストだ? お前らは人間を数字でしか見てねぇ。

 この歪んだ世界のせいで、苦しむ奴悲しむ奴が居る。そしてお前らの支配のために排除されていく、祭司の一族のような人達も居る。そいつらみんなを切り捨てながら、お前らはここまで来たんだ。

 平気でそんな事ができる奴らに世界を任せるくらいなら、俺が! 神として君臨してやる!』


 千里眼画面に向かって言いきった俺に、隣で榊さんが拍手を送ってくれた。

 しかし、兵士(に憑依したオッサン)は即座に鼻で笑ってくれる。


「子供じみた理想だな。いかに豊かな国、豊かな世界でも、飢える者は居る。その全てを救うことはできぬだろう。万民をひとり残らず救う治世など稚気じみた夢さ。

 必要なコストと言うのが嫌なら、そうさな、やむを得ぬ犠牲だ」


 ガッデム。

 ……そう言えばガッデムって罵倒語は、確か『神の呪いを』って意味だったっけな。

 全身全霊で、この俺が呪ってやるよ。その腐れた信念を。


『俺だって分かってんだよ。全ての人間を救うなんて無理。結局どこかで切り捨てなきゃならない事はある。

 ……だけどな、それは全ての人間を救おうとした結果じゃなきゃいけないんだ。

 自己正当化しながら堂々と犠牲を出す奴は、絶対に! 『やむを得ない犠牲』ってのを無闇やたら増やしやがるんだ!』


 追われている中だが、それでも俺は叫ばずに居られなかった。

 それは、犠牲の上に生きた俺にとって一番許しがたい。


 少なくとも、今ここにひとり。


『お前が電話器にしてるその兵士、どうなるんだ?』


 精神操作のヤバさは今朝アンヘルから聞いたばっかり。


「『やむを得ない犠牲』……と言ったら君は怒るのかね。

 ネットワーク経由での通話はハッキングの危険がある。君と個人的に秘密の会話をするためには、これが最もお互いにとってリスクの無いやり方だったのだが。

 君らにまで迷惑を掛けたような、チンピラまがいの兵士ひとりと引き換えに、戦争を避けられるなら安いものだ」


 ぬけぬけと言いやがる。

 精神操作の危険性はアンヘルから聞いたばっかり。

 この兵士……確かにチンピラと言うしかないような奴だったが、こんな自業自得ですらないような目に遭わされる謂われは無いはずだ。


 許すまじ。こいつは精神の根本からして、俺とは不倶戴天の敵だ。


「戦うと言うのか、教会と」

『今更、お前がそれを言うのか?』

「話し合いで戦いが終わるならそうすべきだ。

 人的・物的資源の浪費、経済活動への悪影響、そして私も含めた教会幹部の手間。それらの損失は避けられるなら避けるべきだろうとも。

 祭司の一族は我々の提案を鼻にも掛けなかったがね」


 そりゃそうだ。

 もしそんな提案を呑んだとしたら、万が一にも神を目覚めさせないよう厳重な監視下に置かれるとか、子孫を残すことを許されないとか……緩慢に全滅させられるのは目に見えてる。

 お互いそれでいいんなら、そういうのもアリだろうと思うけどさ。祭司の一族はそれをよしとしなかった。……この世界を見捨てられなかったんだ。


 って言うかさ、ちょっと話の前提条件がおかしいぞ。


『俺を従わせるより、もっといいやり方を提案するぜ。

 ごめんなさいってみんなの前で土下座すりゃいいんだよ。ずーっと嘘ついてました、これからは心入れかえますって。

 そんで、俺が神様でしたって発表して後は俺のことも、祭司の一族も自由にすればいい』

「君は、この世界をひっくり返す気かい? 大混乱になるだろう」

『そうならないための、うまい着地方を考えろよ。まあ教会がどうなるかは知ったこっちゃないけどな』


 ハセガワさんからの提案は、あくまでも、教会支配の存続、つまりは今の体制が続くことを前提条件にされている。

 でもそれ、ぶっちゃけ要らなくないか?


 つまりは教会が147年前までと同じように、神の下僕として、神の補佐機関として、ちゃんと仕事するようになりゃそれでいいはずなんだよ。

 全ての真実が明らかになれば、傀儡の神様の影でコソコソと世界を修理するなんて面倒くさいことをしなくてもよくなる。教会は信用を無くしてうえ住人したから挟み撃ちにされるだろうが、そりゃ自業自得だ。むしろそうやってシバキ上げられなきゃ、こいつらがマトモに仕事する気しねぇ。


 俺の言葉を聞いて、ハセガワさんはたっぷりと沈黙していた。


「決裂か……よろしい。なれば我ら、恒久なる世のため、神をしいし奉らん。

 降伏を申し出る際は早めにな。早ければ早いほど、条件は良くなるぞ」

『どうかな。そっちこそ追い詰められて土下座して謝ることになるかも知れないぜ』


 もはや返事は無く、兵士は糸が切れたように倒れ、それっきりだった。


 *


「アンヘル、あの兵士……治せるか」

『10km圏内ですので、魔法コマンドによる治療が可能です。しかしバックアップを持たない精神の修復は極めて難しく、無限の魔法力コマンドリソースを持つとは言え……』

「やれるだけ、やってみるさ」


 魔晶石コンソールを通して、俺はナノマシンに命令を下す。

 兵士はまだ眠っているかのようだ。上手く行っていることを祈るしかない。


 しかし、それにしても、まさかこの世界のトップがいきなり話をしに来るとはな。

 魔王って最終決戦でようやくセリフが付いてもおかしくないだろ。教会本部に乗り込んで切った貼ったの末に玉座の間で対面して、一言喋るなり巨大化して襲いかかってくるような展開をなんとなく想像していた。


 なんであろうと、俺を殺しに来る奴らが居るのであれば、黙ってやられてやる道理も無い。

 よーく首を洗って待ってやがれ。

 もしくは、髪を整え靴の泥を落とし、帽子も外套も靴も尖った物も全部捨てて、全身にクリームと香水と塩を付けて来やがれってんだ。いろいろ注文が多くてお気の毒様でした。歓迎してやるニャー。

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