#13 雨の中、傘を差さずに魔法を使う人間が居てもいい
豪雨の中を突っ切って、俺と榊さんは低空飛行していた。
降りしきる雨も、舞い上がる泥撥ねも、吹き飛ばされるように押しのけられて俺達を避けていく。
ふたりに働く人工重力を遮断し、推進力を発生させることで飛行しているのは俺の魔法。その高速飛行で雨を弾き飛ばしているのかと言えば、別にそんな事はなく、こっちは榊さんの魔法だった。
『目標地点です』
ルートガイドを終了します。
まだ振り返れば雷泉廃墟群(これからまた廃墟じゃなくなるんだろう)が見える平原のど真ん中に、俺達は降り立った。
飛行のための集中を解いて、ジャージや頭を触ってみても、まったく雨に濡れていない。
向かってくる雨粒は、まるで透明なカプセルにでも入ってるみたいに俺達ふたりを避けて流れ落ちていた。
「すごいな、榊さん。魔法って、こんな事もできるのか」
「そんな……これは初歩的なもの。過分なお褒めです。
私、魔術師としては、出来損ないですから……」
うつむいて謙遜してるけど、すごく嬉しそうな榊さん。
褒められてない様子でくすぐったそうだった。
何も無い場所だけど、正面には第一層の天井に付きそうな小高い山が見える。高さの制約があるせいで、山慣れ(?)した日本人視点じゃ大して高くも見えない山だけど、その割に山地の面積は広いようだ。
『人工的に地球の環境を再現するんだから、山地もそれなりにあった方がいいよねー』みたいな適当な考えの産物なんだろうな。
方舟システムによって人工的に水が湧き、さらに降った雨も集める事で、ここから川が流れ出しているらしかった。
制御装置ってのは、さっきの雷泉みたいに地上に露出してることもあれば、地面やら空に埋まってる(日本語おかしい? でも本当に空に埋まってるんだからしょうがない)事もある。今回は後者らしいが、10km先じゃどのみち見えやしない。
「ちゃっちゃと済ますか。アンヘル」
『はい』
「メンテ用の口上、もうできてる?」
『作成済みです』
さすがAI、仕事が早い。
仮にも神様名乗る俺が、天災を鎮めようってんだから、多少は格好付ける必要もあると思う。
半分は俺自身の気分的な問題。……だってロマンじゃんよ、こういうの。
もう半分は、俺が仕事してる所を誰かに見せつける必要がある時のため。俺が本物の神であることを示すため、そうしなきゃなんない場合もあるだろうし。
「原稿くれ」
『『ショート詠唱』『ロング詠唱』『フル詠唱』『劇場版詠唱』の四種類ございますが』
「最後の奴おかしい! ……とりあえずショートにしてくれ」
『かしこまりました』
ヴン……という音と共に、俺の前にホログラム画面が浮かぶ。大統領演説のプロンプターみたいな感じ。
千里眼を使うときのモニター画面と同じやつだが、今表示されているのはアンヘルが作った口上だ。
榊さんが魔法で防いでくれてるので、雨は当たらない。
空に向かって手を掲げると、額の魔晶石が輝いた。
「……我が瞳に未来、我が言に真実、我が手には裁理の天秤。
地には機械仕掛けの幸いあれ。ただ我が、其を望まんがゆえに……!」
ホログラムの天井は、重く垂れ込めたディーゼル排気色の雲を映し出し、海が引っ越してきたような豪雨を降らせている。
そこに一筋、鋭い雷光が奔った。
「神威降臨・世界調律!」
叫ぶなり、俺の手のひらから空に光が昇った。
……いや、違う。雲が割れて光が降りてきたんだ。
天使の梯子と呼ばれるアレだ。光が雲を押し広げて、空を祓い清めていく。
『これこそが神の御業。奇跡の具現。
災いの雲は払われ、希望の光がその額を照らす。
おお、神の栄光を、その全能なる力と慈悲深きを称えよ』
「語りは要らねーよ!?」
『演出は大切です。神の偉業を称え、それを人々へ訴えるため、私には全自動賛美プログラムが組み込まれており、たいへん祝福的に仕上がっております。詠唱の演出を取り入れましたので、こちらも有効化致しました。
私は世界運営サポートシステム。賢様の世界運営を完璧にサポートするべく、多種多様な機能を実装しております』
「さようでございますか」
ちなみにギャラリーはひとり(絶賛感動中)。
天使の梯子状態はそう長く続かず、雲の映像は消え、青空に戻っていった。
雨を浴びた草原が人工日光を浴びてキラキラ輝いたりして、なんとも大自然してる。
『周辺地域の降雨量管理は完全復旧致しました。これによって異常降雨は収まるでしょう』
「そりゃよかった」
『そして只今、川の堤防が決壊した模様です』
「なるほどなるほ……ええっ!?」
さらっと報告されたせいで流しそうになった。
川の堤防が決壊したらどうなるでしょう?
どんぶらこ、どんぶらこと終末の大海嘯が全てを飲み込んで、世界は無へと帰りやがて再び創造されるでしょう。
……いやいや、神話的にふざけてる場合じゃない。
若く健康な人間だろうと、水の流れに逆らって避難するのは並大抵じゃない。
まして、あのシルバー割引が猛威を振るいそうな街でそんな災害が起こったら、ヤバイなんてもんじゃねえ!
「待てよ、雨なら今止めただろ!」
『上流ではずっと雨が降り続いており、既に川が増水しておりました。また、度重なる雨によって堤防の強度も落ちていた模様で……』
「どこだ、決壊したの!」
『ここから5kmほど後方。先程まで賢様が居た街の付近です』
「一番ヤバイじゃねーか! それ俺の力で何とかなるか!?」
『堤防は方舟の一部ではなく、住人が後から築いたもの。神の権能によって修復することは不可能で、流出した水に関しても同様です。
しかし魔法による対処は可能なものと推測』
「分かった、戻るぞ!」
せっかく雨を止めたんだ、手遅れになんてさせるか!
アンヘルの返事を聞くなり、俺は魔法で飛翔し、今し方出て来たばかりの廃墟群の方へカッ飛んでいった。