#12 光魔法にイルミネイションという名前を付けたい人生だった
昨日はまたもや投稿できず申し訳ない。もう予約投稿にしちゃおうかな……
建物の外に出てみれば、そこは光の乱気流。
街灯や、あたりの建物の電飾など。割れたり壊れたりしていない照明が、一斉に復旧していた。なんか知らんが、スイッチを切っていなかったんだろうか。
「しまったな。夜にやったら綺麗だった気がする」
『周辺一帯の照明を落とし、擬似的に夜にすることも可能ですが』
「神様パワーか……いいや、やめとこ。迷惑する人も居るだろうし」
そんな光の並木道を、ロバートさんが転がるように駆けてきた。
……訂正。亀さんとかナメクジさんになら勝てるくらいの速度で駆けてきた。もうトシですし……
血相を変えて全速力(当社比)で駆け抜けてきたロバートさんは、まあ俺たちに声が届くかなと言う辺りまで来たら足を止め、ゼェゼェと息を整えてから声を張り上げた。
「な、なんだあーっ!? 何があったんだー!?」
「なんか機械が急に動き出しましたー!」
嘘は言ってない。原因についての説明を省略しているだけで。
信じられない、という顔のロバート翁だが、辺りの灯りこそが何よりの証拠だ。
「このような……このような奇跡が……おお、神よ!
ふわははは、これでまた役人に賄賂を送れるようになるぞ! 覚えてろ青二才のクソ兵隊ども! 汚染地帯で奇形魚の目玉の数を数える仕事に左遷させてやるわ!」
……小学生のお子様とかには聞かせたくないセリフを、見得を切る歌舞伎役者のような迫力で絶叫するじいさん。
そうか、この人、ここの親方って言ってたっけ。なんかそういう人脈とかあってもおかしくなかったな。たくましいこっちゃ。
感動のあまり震えているロバートじいさんの後を追うように、街のじいさんばあさん方、平均年齢が高く速度の低い人間津波が押し寄せてくる。
みんな、この街で雷泉が動いてた時代からの住人なわけで、雷泉の復活という奇跡を目の当たりにして、形容しがたい驚きと歓喜の表情で声を交わす。
「まさか……」「恩恵が……」「神様……」「初日に……」
話題はもちろん、主に『神様』のこと。教会側の。
曰く、前の神様は何も出来なかった、今度の神様は初日から良いことがあった、御利益(?)がある……
真の神を失って久しい世界でも、神が天災を鎮めたり、資源の供給を守る存在であることは根付いているらしい。教会がそう言って、神様をあがめさせているからだ。
みんな灯りに気を取られているのをいいことに、榊さんはめいっぱい苦い顔をしていた。
まあ気持ちは分かる。俺だって、自分がやったことを別人に感謝されたら愉快じゃないし。
でも……それでもいい、今は。街の人々が救われたのも、その喜びも本物なんだ。
「おい、使用済みのバッテリー掻き集めろ!」
「サイバネの充電待ってる奴は、全員満タンにしとけ!」
「医療機械動かしてもいいか?」
「電気を売って飯を買うぞ!」
「ちと息子夫婦に連絡入れてくる。これでみんな戻って来るぞ」
「待て、みんな」
賑やかな人々を制して静めるのは、なんか急に覇気を醸し出しているサイード爺さんだ。
「まずは教区の司教殿にワシが連絡してくる」
そう言って、さっきより1割増しくらいの速度で走って……たぶん電話でも掛けに行ったんだろう。
元親方、つまりまとめ役だもんなあ。仕事をするべき場面が来て若返った印象だ。
「それじゃ、俺達も行こうか」
「……はい」
連絡が入れば、『神様』の居場所は教会に知れる。ここにこのまま留まっては居られない。
かくして俺の、神様としての初仕事は幕を閉じた。
* * *
はずだったんだよなあ。
「なに、この雨……」
荷物を取りに部屋まで戻ったところ、突如として雨が降り出した。
そして雨は次第に酷くなっていった。薄汚れた窓に打ち付ける雨の音が、失敗したドラムロールみたいにやかましい。
旅立とうとした途端にこれかよ。
雷泉復活の報は、すぐに教会側に届くだろう。いつまでもここでじっとはしてられない。
神には天候を操作する権限もあるそうなので、神様パワーですぱっと雨をやませて出発、という事になるだろうか。
できるだけこっそり出て行きたいんで、タイミングをどうするかが問題だが……
『賢様、この雨ですが』
「どした? アンヘル」
にわか雨の中を行き交う街の皆さんを窓から見ていると、アンヘルが急に声を掛けてきた。
『周辺地域の降雨機能が異常を来しております。システム破損率74.7%を確認。その影響もあってこの地域では降雨の異常が続いている模様』
……マジか。
神様がなんとかするべき天災、そのひとつってわけだ。
人工的に作られたものとは言え、天候を相手にするってのは実際、神様っぽい。
「じゃ、それを直しちゃえば雨も止むかな?」
『はい。ですが、メンテナンス指示の効果範囲は半径10km以内です。降雨制御を行うスポットはここから15.273km離れております』
「え、そういう仕組みなの!?」
『さようでございます。これは魔法の射程と同一のものとなっております。この機会に覚え置いていただけますとよろしいのではないかと思われます。
千里眼や順風耳などは距離の制約を持たず、方舟全土に効果を及ぼせますが、魔法と世界修繕……すなわち、ナノマシンに命令を出す場合は距離の制約を受けるものとなります』
10kmか……それだけ射程が長ければ、魔法を使う場合はあんまり気にしなくていい気もするけど、方舟の反対側を千里眼で覗きながら魔法使う、なんて事はできないわけね。
問題はむしろメンテの方か。
「……てか、だいたいなんで射程があるんだよ。一発でコロニー中のナノマシンにメンテ頼めるシステムにしとけばよかったじゃん」
『適度に苦労するためです。また、神が各地へ足を運び天災を鎮めることは、民衆の支持を高めます』
「そーか、働いてる神の姿が見えるから……これも設計思想かよ、世界うぜぇーっ!」
なんだろ、できたはずなのにわざと面倒を作るって、人類の進歩に対する冒涜じゃないの?
しかも、その面倒を被ることになるのは話の流れからすると俺ひとりって事になるよね。
「しかも100年以上ほっとかれて、世界中まんべんなく壊れてるんだろ?」
『各地に存在するスポットのシステム破損率は、100%を稼働停止として、平均して69.1%となっております。
世界を滞りなく運行する上で推奨される水準は、平均破損率15%未満です』
「……中にはさっきの雷泉みたいに100%壊れてる場所もあるって事だよな」
『さようでございます』
「どうしようもねーんだな、この世界……」
世界と言うか、この場合、どうしようもないのは教会の方か?
壊れまくりって事は……足かせを嵌めてマラソンしてるみたいなもんだ。人口とか、経済とか、なんかそういうの、本来行けたレベルよりもかなり下がってるはず。
それでも神様を殺し続けて、自分らが権力握ることの方が大事なのか。
「はい。ですが、カジロ様。貴方にはそれを変えるだけのお力がございます」
「榊さん……」
恭しく丁寧な口調だけれど、アンヘルのそれに比べると、言い回しが板に付いてないし、高揚を隠しきれない様子だ。
世界。
世界ね……正直、ピンと来ない。俺の感覚としちゃ、昨日まで普通に高校生やってたわけだから。
だけど、どうやら、俺が生きてくためには、世界って奴をまぁどうにかするしかないらしい。それが教会を滅ぼすって事なのか、あるいは全く別の何かか、まだまだノープランだけど。
「……この雨も、鎮めるのですか?」
『降雨制御システムを修復せずとも、神の権能によって一時的に天候を変化させることは可能ですが』
「乗りかかった船だ、この際だから雷泉のついでに直しちゃおう。放っておいたら水害とか起きそうだし」
世界中壊れてて、いっぺんに直せるのは半径10km以内……と聞いたら、さすがに『やれるところからやっていかないと』って気分になる。
「射程10kmって事は……ここから5kmちょい移動して、そこで指示出せばOK?」
『さようでございます』
まぁ5kmくらいなら、魔法で飛んで行けばすぐか。歩いたって行ける距離だ。
俺はもう一度、窓から外の様子を見た。
雨の中であるにもかかわらず、住人の数自体が少ない限界集落にもかかわらず、ひっきりなしに人が行き交う。その誰もが、三人くらい一気に孫が生まれたかのように顔を輝かせていた。
つまり、俺がやらなきゃならない事ってのは、こういう事なんだ。まあ今回は、手柄を教会に掻っ攫われることになったけど、それはそれとして。
「雨と騒ぎに紛れて、こっそり裏から出て行こう。兵士の件もあるし、挨拶されても迷惑だろうから」
「兵士の件……? まだ何かあったのですか?」
「そう言えば言ってなかった。歩きながら説明するよ」
大したことない量の荷物を担いで、俺は歩き出す。
いつかこの街にも、ちゃんとこの世界の管理者として、その後ご様子いかがですかって言いに来れたらいいな。
……あ。なんかフラグ立てちまった気がする。
二度と来られないか、なんか大騒ぎの中で来ることになるか……せめて後者であってくれ。