#11 神の雷霆はここに在る
「ありがとう」
禿げ上がった頭を深々と下げて、ロバート翁は俺にお礼を言った。
「本当にありがとう。助かった。信じられない強さだな。全身サイバネかなにかかね?」
「はあ、まあ、そんなところです……」
魔晶石を隠してるおかげで、俺が魔法を使ったとは気付かれていない様子だ。
あれを魔法で実現したとなったら、割と只者ではないらしい。それでサイバネ改造者と間違われたのだ。神バレするとまでは思わないけど、変に注目されなくてよかった。
深々と礼をして感謝の念を示していたじいさんだが、不意に頭を上げると、夏休みの宿題が終わってないことを新学期に先生に報告する小学生みたいな顔をする。
「そして……済まない。君が恩人であることは承知している。だが……」
「分かってますよ」
お約束展開だなあ。
こうなるのはだいたい分かってた。
「兵に手を出すのはまずいんでしょう。そんな俺がここに居たら街のためにならない」
「ああ、そうだ。庇い立てしたと思われては、どんな目に遭わされるか」
後ろめたそうではあったけれど、じいさま、キッパリと言い放つ。
独裁体制の維持に有効なのは、相互監視や連帯責任。周りの人々を人質に取ることで、勇気ある反逆行為を封じるわけだ。
その点、俺はこの街の住人じゃないからマシだと思うのだけど、このまま滞在してたら言い訳がしにくくなるのは明々白々。
「宿代として受け取った金は返す。路銀の足しにしてくれ。だから……」
「はい。一晩お世話になりました」
じいさんにキレてもしょうがない。
ここは、そういう世界なんだ。俺に義理を通せば、じいさんは多分死ぬ。
ま、どうせこの街に長期滞在する予定でもなかったしね。
「あと少しだけ待ってください。連れが起きるまで」
「ああ。済まない」
じいさん、再び頭を下げる。
まさかこの状況で榊さんだけ売り渡すとも思えないけど、アンヘルに警戒させておこう。
榊さんが起きるまでに、やり残したことを片付けようと、俺は部屋を出……て行きかけたところで、大事なことを思い出す。
「バッテリー……大丈夫ですか?」
取り返すはずだったバッテリーは、サイバネアームの兵士に握りつぶされてしまったのだ。
我ながら、何が『大丈夫』なのかよく分からないけど……
ロバートじいさんの表情は暗い。
「……蓄えが無いではありません。背に腹は代えられんですからな。他所から買います」
「そうですか……」
たぶん、蓄えがあるってのは嘘じゃないだろう。
だけどじいさん、昨日は恐ろしい兵士にたったひとり直談判しに行ってたじゃないか。それ、ヤバイくらい切羽詰まってる状況のはずだろ。金で他所から買って済ませられる段階は、とっくに過ぎてるんじゃないか?
実際、その表情は苦悩に満ちていた。
* * *
街に残った住人は、みんな住宅街に集まっている。
そこから少し離れた場所には、明らかに人が住むためではない、工場みたいな建物の廃墟がいくつも並んでいる場所があった。雷泉関連のあれこれを行う場所だったんだろう、たぶん。
電線の流れをたどっていけばそれら工場廃墟群の中心は歴然。
ひときわ大きな廃墟こそ、雷泉を収めた建物だ。
ちなみにこの辺りは人の気配ゼロ。
廃墟につきものの(偏見か?)カラースプレーによる落書きもゼロ。
この街にはもう、夜な夜なコンビニ前でたむろして、人気の無いところにカラースプレーでマーキングするような元気な若者は居ないんだろう。わざわざ遠征して来るような場所でもないし。
立ち入り禁止の立て札を無視して中に入っていくと、意外にもがらーんとしたホールがそこにあった。なんか大きな機械がいろいろ置かれてた形跡はあるんだけど、運び出したみたいだ。
そして、ホールの真ん中には……名状しがたい巨大な機械。
例えるなら、歯車を短冊切りにして前衛芸術家に盛り付けしてもらったような……って、余計に意味分かんないな。どう表現すればいいんだこんなもの。
とにかく、重要なのはその謎機械には、USBみたいな接続端子が山ほどあって、そこに極太のケーブルが一本だけ突き刺さっているということだった。
「こいつが『雷泉』?」
『はい。完全に稼働を停止している模様』
まあそりゃ言われなくても分かるけど。
雷泉そのものは、神にしか操作できないブラックボックス。だが、そこにケーブルを繋いで電力を取り出した先は、方舟の住人達の仕事だったわけだ。
「これ、直すのにどれくらい掛かる?」
『一瞬です。正確には7/100秒ほどで修繕が完了するものと見込まれます。神である賢様が決済を行えば、後は周辺のナノマシンが自動で修繕を行います』
「……そんな簡単に終わることができないせいで、街ひとつが限界集落になっちまったんだよなあ」
『世界の……』
「設計思想だろ。狂ってる」
馬鹿馬鹿しくてしょうがないけれど、とにかく、やりゃいいんだ。
少年のソウルをくすぐるステキな形をした機械を眺め、さあ神様パワーでどうにかしちまうぞ、と思った時、カツーン、カツーンとコンクリのホールに響く鋭い足音が背後から聞こえてきた。
こんなに接近されるまでアンヘルが何も言わなかったって事は……
「お待ちください」
振り向けば予想通り。黒髪ロングの小動物系ベルセルク、榊さんがそこに居た。
「榊さん。よく寝れた?」
「は、はい……ありがとうございました」
「や、その、強引なことしちゃってゴメン」
非人道的な手段で眠らせてしまったことを詫びる俺。
榊さん、時間にしてみれば二時間も寝てないんだけど……それでも寝てないよりはマシか。
「カジロ様。この雷泉を修復するのですか?」
「そのつもり」
「そして正体は明かさない、と……」
「うん。俺がやったとも言わないし、神様だって事はもちろん明かさない」
榊さんは俺の行動を予想していたようだった。
雷泉が直る、なんて事になったら、教会側にしてみれば俺の居場所が丸わかりだ。だからそういう意味では正体を隠す意味無いんだけど……
『アイアム本物ゴーッド! HAHAHAHAHAHA!』なんて言って雷泉直してみなよ。本当のことを知った人々……つまり、ロバート翁とか、この街の後期高齢者の皆様はどうすりゃいいんだ?
教会の神様が偽物だって知りながら、知ってることを隠して生きていかなきゃならない。もし知ってることがバレたら異端審問で、椅子に縛ったまま水ん中に突っ込まれて『浮かんだら有罪だから死刑。溺死したら無罪』みたいな事になるんだろう。たぶん。
そんな重い十字架を背負わせたくない。少なくとも、今ここで後先考えずにやる事じゃない。それが俺の考えだ。
……その辺りまでの俺の意図は十分、榊さんにも通じてると思うんだけど、それでも何やら浮かない表情だ。『お待ちください』って言ったし。
「問一・考えうる問題点を挙げよ!(二十点)」
なお、問二以降が存在するかは成り行きで決定します。
榊さんはちょっと考えてから、言葉を選ぶように話し始めた。
「先に申し上げておきますが、私は来たるべき教会との戦いに向け、カジロ様がそのお力を示すことで味方を増やすべきと考えていても……そこで敢えて、人々を戦いに巻き込まぬため、何も知らせない、または真実を知らせる相手を選定するのでしたら、そのご判断はお任せしたいと思います。
ですが、今回に限っては、時期が悪すぎます」
「どゆこと?」
「今日……教会は、新たな偽の神を即位させます」
ほとんど吐き捨てる調子の榊さん。
「……教会側の『神』が、代替わりするの?」
「はい。先代の偽神が死んでから空位でしたが、今日……」
てっきり、今この瞬間も教会側の偽神は、玉座で長毛の白猫とか撫でながらワイングラス傾けてふははははーってやってるのかと思ってた。
そりゃそうだ、神様名乗ってるったって、人間なんだからいつかは死ぬ。本物の神だってそうなんだから、ましてや教会が用意した偽物は。
で、その代替わりが今日、ってことは……なんか読めてきたぞ。
「方舟中の人々が、それを祝わされます。そんな大騒ぎの中で、雷泉を復活させたりしたら、教会はおそらく、この奇跡を新たな神の力であるとして大々的に宣伝し、そしてほとんどの人はそれを信じ、教会への信頼を強固なものとすることでしょう」
ロバート翁も言っていた。雷泉は神の恵みだと。
神様がメンテしなきゃ止まっちゃうんだから、確かにそういう意味では神の恵みだ。
神様が変わった途端に再稼働したとなれば、ただ単に教会に手柄を掻っ攫われるだけじゃ済まない。お祭り騒ぎになるかも知れない。
「やがて私たちは、教会と戦うことになります。その時、どれだけの人々が真実に気付き教会に反旗を翻すか……これは大切なことではないでしょうか。
永き神の不在を経て、天災が頻発し、泉は枯れ……教会や、教会の掲げる偽神に疑問を抱くまではいかずとも、不満や鬱屈を抱く者は増えております。味方してくれる者も出るでしょう。
ですが、ここで教会が人心を取り戻すためのエサを投げてしまっては……」
榊さんは、そこで言葉を切った。自分が、見方によっては非道なことを言っているのだと分かっていて、それを恥じ入るかのように。
教会に手柄を与えないため、ちょっと手を伸ばせば救える人を見殺しにするか、一方的に俺たちの戦いに巻き込めって話なんだから。
……戦略的にそれが正しいかも知れないってのは分かるよ、俺も。目の前の少数を助けるために、世界をまるっと変えて全員救う機会がポシャっちゃったら何の意味も無い。
でも……
「もし、どうしてもとおっしゃるのでしたら、治癒の魔法で病を癒やすという手もあります。バッテリーが今すぐ必要なのは、病気の方の治療のためだそうですから。
今はそれで我慢していただいて……次に機会があった時、例えば世界を教会から取り戻した後に雷泉を復活させるという事も……」
「病気を治しても、また別の病気にかかるかも知れない。
そうじゃなくたって、この街のみんながギリギリの生活をしてるのは変わらない。根本的に状況を変える方が手っ取り早い」
バッテリーを盗られる、盗られないが死活問題になってるのも、本当にギリギリの所で命を繋いでるせいだ。
もし、あの兵士達がこれに懲りて二度と略奪に来なかったとしても、何かちょっと躓けばのっぴきならないことになるのは変わらない。
「そして、未来にそれができるとは限らない」
「! カジロ様、そのような……」
「誤解しないでね、『教会に負けるかも』って言ってるわけじゃないんだ。ただ、戦って勝つにしてもそれがどういう形か分からないし……おいそれとこの場所へ来られなくなるような勝ち方があってもおかしくないんだ」
某国のスパイから家族ぐるみで逃げ回ることになった11の夏、俺は未来を過信しないと決めた。俺の苗字がブッテルスカヤだったあの夏……いや、三番目の親父関係の事件はもう忘れよう。
(元)親父……あの日以来会ってないけど、結局、本国に設計図の話ゲロったのかな。
とにかく、楽観的な見通しはやめておきたい。後で助けに来られるだろうなんて。
「俺は、できるだけ多くの未来に備えて動きたい。だから……今ここで助けられる人が居るなら、今助けたいんだ。
これは戦略的思考じゃなく、俺の哲学みたいなもので、俺のワガママだ」
榊さんは、なぜだか妙に感銘を受けたような顔をして、俺の話を聞いていた。
……キラキラした目で女子に見つめられるのって、非モテにはちょっと辛い。慣れてないんで重圧がすごいんです。はい。
「……呆れた?」
「いいえ、逆です! 私の考えなど、所詮は臆病な模範解答に過ぎません。
普通なら選ばぬ道を迷わず踏み越えていく……その姿に感動しました」
「踏み越えられるかはまだ分からないって。もし、この選択が後々祟ったら……ごめんね」
「どのような未来であれ、私は付いて参ります。
どのような未来であれ、あなた様が希望であることは変わらないのですから」
すんごいシリアスな顔で言い切られちまいました。
あははー。期待が重ーい。だけど、仕方ないか。これから俺は、榊さんはじめ、教会と戦う人らの希望にならなきゃならんのだ。この程度でひるんでたら務まらない。
そんじゃ、直すとしますか。雷泉を。
神様としての初仕事だ。
「えーと、どうすりゃいいんだ。……メンテしろー」
ゴウン…………
適当に俺が命令するなり、奇妙な機械はあっさり反応した。
いろんな隙間から青白い光を放ったかと思ったら、辺りが急に眩しくなって、俺は目を細める。
雷泉から取った電気は、この工場の照明にも使われていたんだ。雷泉が止まった日からずっと放置されていたらしいホールの照明が、一気に全部点灯した。
「わあ……!」
榊さんは感激していたけれど、俺は一抹のやっちまった感を抱えていた。
「アンヘル」
『はい』
「次にこういうことするまでに、良い感じの口上考えといて。14歳病入ってても良いから」
『かしこまりました』