#10 筋肉ムキムキマッチョマンのザコだ
「おやめください! おやめください! それを奪われては、今度こそ……!」
「やかましい、黙ってろジジイ!」
「これは徴用だ! 教会軍の任務のためだ! 逆らう者は反逆者だぞ!」
ロバート翁が抱きかかえるようにして守るバッテリーを奪おうとしてるのは、よく見なくても昨日の、『神の祠』警備部隊の連中だ。
どう考えても、まともなプロセスで徴用をしているようには見えない。
まあこんな世界だから、『教会軍兵士が徴用する際はどんな理由でも従うべし』みたいな法律があってもおかしくないけど、いずれにしても、無抵抗の老人に殴る蹴るの暴行を加えて物資を奪おうとするなんて行為には、インフルエンザウイルス一個分の正当性すら有るとは思えない。
「なんと言うことをするかっ!」
「そうじゃ、なんばしよっと!?」
住人のじいさんばあさん達が、やいのやいのと抗議をするが、兵士のひとりが空に向かって一発、ガゥン! と威嚇射撃をかましたら、腰を抜かしながら後ずさっていった。
配給班の人々は未だ広場に留まっていたが、こいつらもこいつらで、面白い見世物が始まったとばかりに暴行を見てるんだから腐ってやがる。
『天罰、ロックオン完了致しました。いつでも発射可能です』
「やらないよ」
千里眼画面で、その暴行を見ていた俺は、アンヘルの提案を却下する。
『麻痺銃モードです』
「そういう問題じゃなく、天罰を見せたら、俺のことがバレる。すぐに逃げなきゃなんないでしょ」
『これ以上、街に留まる理由は無いかと判断致しましたが』
「あるよ。榊さんが寝てる。安眠妨害万死に値す」
『さようでございますか』
アンヘルの無機質な返事を聞き終わるより早く、俺は駆けだしていた。
* * *
「て、手こずらせやがって」
バッテリーを取り上げた兵士が、コンバットブーツでロバート翁の禿げ頭を踏みにじる。
汗だくでゼエゼエと荒い呼吸をしているロバート翁は、軽トラックにひかれた農道のカエルのごとく地面に這いつくばっている。必死で抵抗していたが、体力が尽きたようだ。
暴行の傷はそこまで深くなさそうだけど、額からの出血が汗と一緒に顔を流れてるのが痛々しい。
「それが、無いと……それが……ハァ、ハァ……」
「安心しろ。これは教会軍の崇高な任務に有効活用してやるからよ」
「暇つぶしのゲームか」
「……あ?」
声を掛けると、兵士達、合わせて四人が俺の方を振り返った。
建物に隠れて様子をうかがっていたじじばばの皆々様からも、『なんだこいつは』という視線を感じる。
「ゲームは良い。本当に良い! 俺はたまに、全てを忘れて飯と寝る以外ゲームだけの生活を一ヶ月くらい送りたいと思うことがある!!
だけど、そのために盗みとか強盗傷害をしようとまでは思わないよね、普通。バカじゃねぇ?」
アホでも分かるように、煽りはストレートに。
兵士四人、全員ぽかーん顔。
気持ちは分かる。教会軍に逆らおうなんて奴はそうそう居ないんだろうし、横暴に慣れたこいつらが、俺みたいなガキに文句付けられるとは思わないだろう。
「おい、ガキ……」
兵士のうちひとりが袖をめくりながら、のしのしと俺に近付いてくる。
むき出しになった腕は、ネジやパイプの形が表面に浮かんだメタリックな輝き。
腕のスリットから沸騰したヤカンのごとく白煙が噴き出し、ちょうど手に持っていた、固いはずのバッテリーを紙切れのように握りつぶした!
サイボーグ的な義肢か。やっぱりあるんだな、そういうのも。
「……って、なに潰してんだよ!? それ、お前らにも大事なもんだろ!?」
「あ? なんだてめコラ? あぁ!?」
バッテリーをその場のノリで握り潰しやがった
近くまで来ると結構デカい。なんかこう、漫画に出てくるステレオタイプの筋肉ダルマ系アメリカ兵みたいな?
そのままそいつは、俺のジャージの胸ぐらを掴み上げた。
服が引っ張り上げられたもんで、これではヘソ出し状態だ。いやーん。
「てめぇ、世の中も口の利き方を知らないようだな。いいか、俺たちは兵士で……」
「ぺっ!」
ご丁寧に顔を近づけて睨んでくれたので、ゴリラ顔の眉間めがけて、俺はツバを発射!
狙い違わず命中した弾丸は、べちゃっとはじけて広がった。
「…………んどらぁっ!」
筋肉ゴリラは怒りのあまり震えていたが、突如、空いた手で俺の顔面をぶん殴ってきた!
蒸気か何かよくわからない煙が腕から吹き出し、腕の軌跡と共に弧を描く!
だが俺は歯を食いしばり、その攻撃を敢えて食らった。
グワン! と景色が回って、俺はバク転をするみたいに後ろに一回転して倒れる。
様子を見ている皆様から悲鳴が上がった。
「どうだ、ガキ! 俺様のサイバネアームジェットパンチは!」
「おいバカ、殺すな!」
「あ? だってよ、このガキが舐めた真似……」
うん。普通なら頭がブロークン・トマトになってたね。多分。
だが、残念ながら俺はあんまりまともじゃないのである。
「いってーなコノヤロ!」
ドッジボールで顔面やられた程度のダメージで俺は復帰。ちなみにこの結果はアンヘルが計算済みである。死ぬかも知れないとなったら、さすがにあんな事はやらない。
「……え?」
「あ? なんだ、手加減しすぎたか? んあ?」
すぐさま俺が跳ね起きると、明らかに動揺した様子の兵士さん方。
つーかオイ、俺を殴った奴。お前手加減とかしなかったろ別に。
「死ねやっらああああああ!」
今度こそ完全に殺す気でもう一度殴りかかってくる両腕サイボーグさん!
が、いくら平気だからって、俺は二発も三発も殴られてやるようなマゾではない。
片手で額の包帯越しに魔晶石を押さえ、使用時の光を隠す。
そしてもう片方の手を突き出し……俺はナノマシンに、サイバネアームの分解を命じた。
「あ、あれ? あれ?」
鋼鉄の握り拳は、俺に届く前に、集積回路のチップみたいな細かな破片に分解されていく。
指、手の平、腕、肘……ズタズタにひび割れたサイバネアームは、鉄くずと化して俺の足下に散らばっていった。
そして、後に残るはパンチを空振り、俺の目の前でバランスを崩している片腕サイボーグさん。
「正・当・防・衛ッ!」
まあこの辺が鳩尾だろうという辺りに、俺はド素人パンチをぶちこんだ。
「ぐぴょっ!?」
タンスの角に小指をぶつけた豚みたいな悲鳴が上がった。
体積が俺の二倍以上ありそうな巨体が、風に吹かれた葉っぱみたいに裏返って転がる。
泡を吹いて痙攣しながらも、今のとこ命に別状は無さそう。
良い感じの力加減だったようだ。
「なんだこいつ!?」
「こいつもサイバネか!?」
「あれ、今勝手に腕が壊れて……」
残る三人の不愉快な仲間達は、何が起こったか分からずうろたえている。
と言うか分かるはずないと思うけど。
「あのさあ、あんたら……」
俺はそいつらを睨み付けながら、倒れた兵士の腕に残った、もう一本のサイバネアームを掴み上げる。
そして、魔法による身体強化の握力をフル活用して握りつぶした。
特に手応えも無く。めしゃあ……みたいな、金属の曲がる独特の音を立てて、サイバネアームは理想のクビレを手に入れた。ひしゃげたパーツの隙間から、循環液みたいなもんがあふれ出す。
「とりあえず帰れよ」
次のチャレンジャーは、もう居なかった。