#9 心臓は電気で動く
昨晩は更新の予定だったのですが、いろいろゴタついてて遅れてしまいました。申し訳ない……
次回更新は明日夜予定です。
翌朝、俺が目を覚ましたのは、朝っぱらから鳴り響いた奇抜なサイレンの音を聞いたせいだった。
ウオーウオーと、腹痛を起こした救急車のうめき声みたいなサイレンが、スミス邸の近くから聞こえてきて、目覚まし時計無しの惰眠をむさぼっていた俺は飛び起きる。
「なんだ!? 火事か!? 空襲か!?」
『おはようございます、賢様。火事ではございません』
「はい。これは、配給のお知らせです」
俺の疑問に答えたのは、昨日と変わらぬ調子のアンヘルと……寝袋を座布団代わりにソファに座って、半分寝ている顔の榊さん。
「……榊さん、まさか寝てないの? 顔、酷いけど……」
「申し訳ありません、お見苦しい姿を。
遂にお役目を果たして、神……であるカジロ様を目覚めさせ、これで世界が変わっていくと思うと、嬉しくて、眠れなかったんです」
「脱・野宿したのに意味無いじゃん」
眠れなくなるくらい嬉しいこと、か。
榊さん達『祭司の一族』は、本物の神を目覚めさせる力があるせいで、百年以上も教会から追われ続けてきた。その末裔が、ようやく俺を目覚めさせたわけだ。
それはもう、感動とか悲願みたいな安っぽい言葉では表現できない何かじゃないだろうか。
「眠くなったなら、今からでも寝なよ」
「い、いえ、カジロ様がお目覚めになられた以上、従者であるべき私が眠っているわけには……」
「魔法」
「あうっ」
俺の額の魔晶石がチカリと赤く輝くと、榊さんはソファに体を預けて安らかに寝息を立て始めた。
「……まさかと思ったけど本当に効くとは」
『魔晶石は電子的な情報を取り込むための……賢様に理解できる表現をしますと、無線通信のアンテナともなります。
先ほどの魔法は、スズネ・サカキが魔晶石使用者であることを利用し、通信を通じて、精神を沈静化させる脳内命令を強制的に喚起したもの。一種のマインド・ハックです』
「うげえ。俺なに鬼畜行為してんの?」
知らずにやったとは言え。善意からの行動とは言え。そういうことはもうやらないようにしよう。他人の精神を侵すってのは、やっちゃいけない事な気がする。
「これ、すごい悪用できる力じゃん。他人を洗脳したりできるって事じゃ……」
『マインド・ハックによる洗脳はフィクションの題材として現在もよく使われますが、そこまで強力な精神操作を行いますと、現実的には精神の防衛機構によるマインド・アナフィラキシー現象が発生し、廃人化する可能性の方が高いです』
「わあ。ますますやっちゃダメな奴だそれ」
『誘眠を行った程度で精神に悪影響は出ませんが……』
「倫理的にNO」
『さようでございますか』
俺は両腕でびしっと×印を作る。
「それで……配給ってのは?」
もう一枚出してもらったけど使ってなかった毛布(『神の力、再び毛布のクリーニングに使われる』)を榊さんに掛けながら聞くと、アンヘルは千里眼のディスプレイをヴヴヴン……と俺の前に出した。
映っているのは、どうやら家の前の広場らしい。
段ボール箱を山と積んだトラックの荷台に教会の役人(?)が乗っていて、警備役らしい兵士が銃を担いで睨みをきかせている。
サイレンを聞いた人々が、生者に群がるゾンビの群れのように、ゆっくりと押し寄せつつあった。スローモーションなのは、迫る人々の平均年齢が明らかにに60以上だからだ。
『教会政府の登録市民は、教会によって配給を受ける権利を有します。食料や生活必需物資の配給が定期的に行われています。
方舟には、食糧などを自動生成して供給する機能もあるのですが、教会はそうした『天然資源』を管理下に置く代わり、配給という形で市民に糧を与える、という体裁になっているのです』
自然発生的に出てくるものをほっとくと取り合いになるから、管理してちゃんと分配するってわけな。
理屈は分かるけど、やってるのが教会だけに信用ならん気もする。
トラックの前に並んだ人々は、順番に物資を受け取っていく。
役人らしき人は、受け取る人の情報を端末でチェックしながら物資を渡していた。
「あれは……」
『食糧のようですね』
パンやカンヅメの詰まった段ボール箱を、ばあさんがえっちらおっちらと運んでいく。
次に来た人には、役人はさっきと違うものを渡した。ゼラチン質で無色透明な何かが詰まった瓶、複数。
「こっちの人は……ナニコレ? 瓶詰めのゼリー?」
『方舟のシステムである食糧供給施設……俗称『糧泉』より産出される合成食糧です。万能栄養食品であり、味は善処しております』
「察した」
不味いんだな。要するに。
「なんで渡す物が違うんだ」
『功徳点によってランク分けを行い、別の配給物資を渡しているようです』
続いて出てきたおじいさん。
端末をチェックする役人は、露骨に軽蔑するような顔をした。
「あの……」
「功徳点が低いな。お前は60番だ」
冷たくそう言ってから渡されたのは、さっきの合成食糧と同じような瓶。ただし、『60』と印刷されたラベルが貼ってあった。
「60番って……」
『希釈された合成食糧のようです。40%が水であるものと推測されます』
「薄めてんのかよ」
文字通りの水増しで、より多くの人に食糧を配っているわけだ。
栄養も薄まっちゃうんだから、量だけ増やしても意味が無いような……
とか思ってると、その次に出てきたのは俺たちに宿を貸してくれたロバート翁その人だった。
緊張の面持ちで列に並ぶ彼を見て、役人は鼻で笑う。
「功徳点129。区域内の下位10%に入っているな。では、お前はこれだ」
ゴトン。
置かれた段ボールの中で、灰色の固形物が触れ合って重い音を立てた。
「……石?」
『祝福的鉱石です。
特殊な機械によって粉末状にすることで、食べることができます』
「すげーじゃん」
『……という名目で配給される、普通の石です。
既に配給制度を維持するだけの資源供給能力が失われて久しかった59年前、物資の致命的欠乏と、全ての登録市民に十分な配給を行わなければならないという法律の矛盾に悩んだ教会は、ただの石を食糧という名目で配給することで、法律違反を犯さずに済んだのです。
以来、配給用の食糧が不足した際、石を配給することは常態化しており、配給用の石を調達する専門部署すら教会には存在します』
「…………なあ。人間ってどういう生き方してれば、そこまで邪悪なこと思いつけるようになるの?」
ロバート爺さん、怒りもあらわにその場で石をぶちまけて、食糧以外のわずかな配給物資だけ段ボールに入れて帰って行く。そんな様子を教会の役人は、見下すような表情で眺めていた。
* * *
そして俺が、配給の受け取りから戻って来たロバート翁に朝の挨拶をしようと出て行くと、じいさんは謎の機械から胸に電極を繋いで痙攣している最中だった。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」
「ロバートさん!?」
まさか配給のあまりのアレさに世をはかなんで電気自殺か!?
と思ったが、機械はすぐに止まった。
「ふぅ。生き返ったわい。……おはよう。お見苦しい所をお見せしたようだの」
「お見苦しいって言うかワケ分かんないって言うか……何してたんですか? 大丈夫ですか?」
「サイバネ心臓の充電じゃ。病気で心臓を摘出しとってな」
……えー、なるほど?
「なんであんな体を張った充電法……」
「慣れれば悪いもんじゃないぞ。肩こりも治る」
「しっかり充電対象以外にも電気流れてるじゃないですか」
まさかあれが全てのサイバネ臓器における充電法ではないと信じたい。
なんにせよ、バッテリーの有無が命に関わるとじいさんが言ってた理由がこれで分かった。心臓止まっちゃうんじゃ冗談抜きで死ぬ。
充電を終えたロバート翁は、充電器から四角くて銀色の……こう、スマホのバッテリーみたいな何かを引き抜く。初めて見たけど、こいつがバッテリーというやつだ。
方舟中で使われている万能バッテリー。かなりの高性能で、数次第では業務用の大型機械なんかも動かせるとかなんとか。
「バッテリーが無くなりそうだったんだが、四日遅れでようやく配給が来た。助かったよ」
「……コンセントも、電線や電柱もありますが、電気は来てないんですか」
気になってたことを俺は聞いた。この家に来てから、明かりはそこかしこに置かれた油のランプやロウソクばっかりで、電気の照明があるのに使われていない。それは、街灯が消えたままの街並みに関してもなんだけれど。
「ああ……若い奴は知らんか。ここは、昔は『雷泉』で栄えた街だったんだ」
寂しげな口調のロバート爺さん。
なるほどという感じだ。
アンヘルからざっくり説明されてはいたのだが、雷泉というのはつまり、方舟から電気が供給される場所だ。
バッテリーを充電して他所の街に出荷したりできるし、電線が設置されている範囲なら普通に電力が行き渡る。
「ワシなんざ、教会に雇われた雷泉の親方だったんだ。あの頃は儲かってたし、街中が電気を贅沢に使えた。だけど、雷泉はだんだん枯れ始めて……ワシが50の頃だったかな。遂に止まっちまった。
街で働いてた連中も、みんなどっか行っちまうし、今じゃこの有様だ。雷泉の街が、配給のバッテリーに頼るなんて馬鹿みてえだろ」
ほとんど自嘲するみたいな言い方だった。
「あなたは……」
「他所へ移るにも、教会に金を納めなきゃならんのだよ。知らんのか。……引っ越したことが無きゃ知らんよな。
まだ稼げるうちに金を貯めて、他所へ行っちまえばよかったんだが、金も無いし……この歳で今更引っ越しても仕事が無ぇからな。
この街……今はもう村か。この村に残ってんのは、年金と配給と家族からの仕送りで暮らしてるジジイとババアだけよ。何せ、若い奴らが働く所なんて無いから」
ううむ、詰み状態。
ロバート翁は、話しているうちに徐々にヒートアップしてくる。
「……雷泉はなぁ、糧泉なんかもだけどよ。神様のお恵みだって言うじゃねぇか。
だったらワシらは、なんだ? 神に見放されたってのか?」
吐き捨てた後で、白い無精ヒゲが生えた口元を抑え、苦い顔で首を振った。
「いや、すまん、聞かんかった事にしといてくれ。この歳で異端審問は堪えるからな」
ああ、やっぱり文句を言ったらサヨウナラなのか。
もちろん告げ口をする気なんか無い。
「ちと出かけてくる。朝飯は、その辺にある食い物を適当に食っててくれ。バッテリーも全員分は無いんでな。必要な連中に回してくる」
「分かりました」
そう言い置いて、ロバート翁は部屋を出て行った。
『本来は、雷泉が枯れると言うことはあり得ません』
「アンヘル?」
ロバート翁が出て行くなり、アンヘルの解説が耳に飛び込んできた。
『雷泉は、太陽光発電によって生成された電力の供給口です。発電量は方舟稼働以来、水準値を保っており、供給量は不足しておりません。
メンテナンス不足による、供給設備の故障が原因です』
「それは、神様の仕事ってやつだよな」
『はい』
方舟八号棟の神様にとって、最も大切な仕事。それは、設備のメンテナンスだ。
方舟に備わっている、資源とエネルギーの供給設備。また、降水や日照、気温、海洋部の波……自然環境のほとんどは、神様のメンテナンスなしでは徐々におかしくなり、故障を起こすように設計されている。
自然環境が壊れれば天災になるし、供給設備が壊れれば資源が枯渇する。
だから、本物の神様が100年以上存在しなかったこの世界は、ちょっとヤバイ感じになってるんだ。
「教会、アホだぜ。この調子じゃ、人類は絶滅へまっしぐらだろ。それでも神様要らないってのかよ」
曖昧な感想だったからか、アンヘルは何も言わなかった。
「……雷泉ってやつ、ちょっと見に行ってみるわ。俺が『やれ』って言えば、後は魔法と一緒で、ナノマシンが勝手にやってくれるんだろ」
『さようでございます』
「そんなに簡単なら、最初から自動でメンテするように作っておけば良いのに……」
『それは世界の設計思想に反します』
「だよな。狂ってるわ」
この世界を設計した、700年くらい前の誰かさんへ。
死ね。……って、もう死んでるか。
じゃあ代わりに、あの世でキュウリと一緒にヌカ味噌にでも漬けられてろ。こんな意味分かんない世界にしやがって。
俺が顔も知らない誰かを誠心誠意呪っていると、なぜだか急に、家の外がギャーギャーとやかましくなる。
「……なんだ? なんか騒がしく……えっと、千里眼!」
ヴン、と音を立ててホログラム調の画面が中空に浮かぶ。
映し出された上空からの景色。
街の広場に現れた兵士が、ロバート翁を取り囲んで、何事か脅しつけている様子だった。
某ニンジャが出て殺すサイバーパンク小説で、サイバネティック(生体機械化、つまりサイボーグ技術)を『サイバネ』って称するの、すごく語感が好きなんですけど……『サイバネ』って言い方は例の小説のオリジナルなんでしょうかね?
いずれにせよ流行ってほしいので採用。