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#7 聖者は家に泊めるべし

 俺たちが案内されたスミス邸は、街の中心部にある、一番のお屋敷だった。

 ヨーロッパの古い村とかにありそうなでっかい家なんだけど、なんかいかにも『持ち主が出て行ったんで勝手に使ってます』感があると言いますか……

 元は応接間だったらしき広い部屋。カーペットも敷かず安物の机とソファとベッド(たぶん他の建物に残されてたやつを持ってきたんだろう)と、その他家財一式を詰め込んだような場所。この大きなお屋敷で、ロバート翁が使っているスペースはここだけらしかった。


「ここに泊めろって?」

「はい。お願いします」


 じいさん、かなり疑わしげに俺を睨む。

 並んで座った俺たちを、しかめっ面が観察する。

 俺の額の魔晶石コンソールは、例によって包帯で隠しているが、そこはあんまり気にしてない様子だ。


 怪しい少年少女をよくこんなとこまで上げてくれたもんだとは思うが、そこはロバート爺さんも武装してるんで問題なしって事だろうか。

 爺さんは腰のホルスターに、かなり年季が入って古びたレーザーガンを吊っていた。いざとなればこれで何とかする気なのかも知れない。俺には暴発とか逆噴射とかしそうなレベルの朽ちっぷりに見えるんだが……


「だいたい、なんなんだあんたらは」

「わけあって詳しくは話せませんが、誓って、俺たちは邪悪ではありません」


 適当に嘘をついたところでなんかバレそうだったので、勝手に黙秘権を行使することにした。邪悪じゃないと言ったところで、隣の榊さんがこくこく頷く。


「旅の途中なんですが、魔物に襲われて荷物を失ってしまいまして……」

「旅……ふたりでか」

「複雑な事情があるんですよ」


 嘘ではない。

 普通は想像できないレベルの複雑な事情があるってだけで。


 爺さんは相変わらず、疑いのまなざしだった。


「泊めてやろうにもな。ワシらもギリギリの生活をしてるんだ。もてなす余裕も無いし、厄介ごとを持ち込まれちゃ……」

「金ならあります!」

「…………なんだと?」


 俺の一言で、ロバート翁はシワに埋もれかけていた目を見開いた。


 そう……実を言うと、金はあるのだ。


「お礼と言ってはなんなんですが、場所を貸していただけましたら、相応の対価というものは……」

「よし、歓迎しよう!」


 ジジイ、膝を打つ!

 ……なんという分かりやすい手の平返し。榊さんが安堵したようにため息をついていた。それとももしかしたら、呆れていたのかも知れない。


 そのまま勢いで、俺はじいさんと握手を交わした。骨と皮って感じの手。『ギリギリの生活』で痩せてしまったんだろうか。


 金に困っているというのは、兵士とのやりとりを聞いてたから把握済みだ。そんな人にタダで頼み事をするのは気が引けるし、こういう時に金の力が絶大なのは、骨身にしみた貧乏経験のせいで俺もよく知っている。


「部屋だけ貸してもらえれば……と言いたいんですが、実は朝から何も食べてなくて。お金は払いますんで、差し支えなければ食べ物もお願いします」

「よし、よし、いいだろう。払うなら問題は無い。何が欲しい? と言っても、大したものは置いてないが……いや、待て!」


 いそいそと部屋を出て行ったじいさまは、手の平サイズの電卓みたいな機械をふたつ持って、すぐに戻ってくる。


 この機械が何なのかを語るには、この方舟で使われてる『通貨』の話をせねばなるまい。

 ざっくり言うなら、オール電子マネーだ。

 方舟の一部として電子マネーの管理システムが存在し、それにアクセスすることで利用が可能なんだとか。しかもこれ、個人に紐付けが可能で、DNA情報を財布にすることも可能なのだ。もちろん法人口座みたいのもあるけど。


 お金を払う時は、精算用端末に指を乗せて、静脈および表皮DNA認証を行い、支払う金額を入力する。お店なんかでの利用に限らず、個人間の取引でも同じだ。


「信用しないわけじゃあないが、先に貰うもんは貰っとくぞ」

「了解でーす」


 机の上に置かれたふたつの端末。wi-fi的な何かで既に接続されているようだ。

 片方の端末の認証装置に、ロバート翁は指を乗せる。


「かみ……カ、カジロ様」

「うん」

「操作は私が」


 さすがに人前で『神様』とは言えなかった榊さん。テーブルに置いた端末を自然に取り上げ、俺の方に差し出す。


 認証装置に指を乗せれば、所持金が表示される。

 神様特権で、俺の初期所持金は、21世紀初頭の日本円に換算して約10億円ほど。

 榊さんは、それを隠したのだった。


 * * *


「いいな……金があるってのは」

「同意します」


 スミス邸の、普段使われていない部屋に俺たちは泊めてもらえることになった。

 ホコリが積もった部屋と、たっぷりホコリを吸い込んだソファは、そのまま寝たらむせかえること確定。しかし魔法コマンドを使えばお掃除も一瞬なのであった。

 『神の力、掃除に使われる』。俺の手によって、方舟の歴史は嫌な実績を刻んだ。ブロンズのトロフィーとか貰えないかな。


 奇抜な味だが栄養だけはありそうな、油粘土の親戚みたいな固形食料(榊さん曰く、『安物としては高級品』……らしい)を頂いて、ロバート爺さんがどこからか持ってきた古毛布(『神の力、毛布のクリーニングに使われる』)にくるまって、俺はソファに横になっている。


 カーテンが取り外されている大きな窓の向こうから、青白い人工月光が差し込んでくる。

 ちょっと離れた場所のソファには、寝袋に入った榊さんが寝そべっていて、ホログラムの月をじっと見ていた。


 ちなみに、榊さんが使ってる寝袋は、『神の祠』を目指す旅でも使ってたやつだそうで、あのミミズの手を(口を?)辛くも免れていた。

 榊さんは自分の寝袋を譲ると言ったのだが、俺は断固として拒否した。……なんか良い匂いするし! 絶対に寝るどころじゃなくなるし!


「……あ、アンヘル。変な動きが無いか監視よろしくな」

『かしこまりました』


 ロバート翁が居る間は黙ってたアンヘルだけど、呼びかければすぐに返事があった。

 方舟備え付けのスピーカーから指向的に音声を発射し、周囲に漏れないようにしつつこの部屋に声を届けているらしい。……ものすげえ無茶っぽいんだが実際にできてるんだからしょうがない。


「……ありがとうございます、天使様。これで私も安心して眠れます」

『感謝には及びません。私は世界運営支援システム。神である賢様の補佐をし、従うことが役目となります』


 榊さんは祈りの形に手を折り重ね、月に向かってお礼を言った。アンヘルは抑揚ゼロでクソ真面目な答えを返すだけだ。


「そう言えば祠に来るまでの旅って、どうしてたの? 寝るところとか」

「街には入らないようにしていましたので、メンバーが代わる代わる魔物よけの魔法コマンドを使って、野宿の夜を明かしました」

「なるほど」


 とは言え、そりゃメンバーが四人居たからできたことだわな。ふたりでやるのはちょっとキツいだろう。


「ずっと野宿って……もしかして野宿の方がよかった? 人里で寝たくない理由が?」

「いえ……街の人々は信用なりませんが、可能なら、屋根の下で眠りたいとは思います。

 私たちが野宿を選んでいたのは、教会と正面から戦う力の無い私たちが、可能な限り危険を避けるための策でしかありませんでしたので。

 ……ですが今や、恐れるものはありません」


 感慨深げにそう言った後で、はっと何かに気付いた榊さんは、寝袋の中で縮こまる。


「も、申し訳ありません。神様のお力を我が物であるかのように……不敬でありました」

「そういうの気にしないでってば。

 何かあれば、ちゃんと榊さんのことも守るから」

「ああ!」


 感極まった声を上げた榊さんは、さやから押し出される枝豆のごとき勢いで寝袋を飛び出すと、四角四面で折り目正しい土下座のポーズに。


「ありがとうございます、神様!

 やはり貴方こそ神……そのお慈悲に感謝いたします」

「だから土下座はいいって……それに、さっきはやっと『神様』以外の呼び方してくれたのに、また逆戻り?」

「あ、あれは、その、正体を悟られるわけにはいかないと……ご無礼をお許しください」

「無礼なもんか。神代かじろってのは、俺が生まれた時から付いて回っ……書類上は何回か変わったけど……俺が生まれた時から付いて回ったファミリーネームなんだから、れっきとした俺の呼び名なんだって。

 神様歴はまだ1日未満だけど、神代かじろ歴は16年以上なの! だから神様って言われるよりこっちのが馴染む!」


 きょとんとした顔の榊さんは、分かったような分かっていないような様子。


「は……では、『カジロ様』と……」

「うん、一歩前進」


 本当は『様』付けもやめてほしいんだけどね。

 俺はくるまっていた毛布をはねのけてソファに座り、頭を上げた榊さんと向かい合った。


「神様とかどうこういう問題じゃない。俺は、何の巡り合わせか、神様としての力を押しつけられて……力だけは余ってるんだ。まだ自分でも、これがどういうものかよく分かってないけど……これで榊さんに限らず、誰かを助けることならできる。

 助けられるから助けるとか、守れるから守るってのは、それは神様の慈悲なんかじゃなくて、人間の優しさなんじゃないかな」

「人間……ですか」

「ああそうだ! 俺は神様役やらされてるだけの人間だからな!

 腹が減れば飯も食うし、食えばクソもする! で、夜になりゃ寝るぞ当然!」


 とにかく、神様扱いは勘弁してほしいんだ。

 俺は人間アピールが足りなかったのかも知れない。


魔法コマンドにより、排泄前の排泄物クソを腸内で分子レベルに分解することも可能ですが』

「その補足説明要らねーよアンヘル! ってか、むしろそれグロい! 俺はブラックホールか!」


 榊さんは……奥歯をかみしめて笑いをこらえていた。笑ってくれてよかったんだけどなあ。


「まあそんなわけだ。今日は色々あって疲れたし、俺はもう寝る。おやすみ。

 榊さんも早めに寝た方が良いよ」

「はい。お休みなさいませ」


 あらためて、振り返れば今日は色々なことがありすぎた。

 もしかしたら今日の出来事は全部夢で、寝て起きたら21世紀の地球で目が覚める……という可能性は、さすがにもう諦めた。


 とんでもないことになっちゃったけれど……俺はこれから、どうすりゃいいんだろ。

 寝る前にちょっと考えようかと思ったんだけど、自分で思ってるより疲れていたようで、10秒も経たずに俺は眠ってしまった。

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