#6 サバクのヌシはニャーと鳴く
祠見学を終えて、林の影のキャンプに戻ってきた俺が見たのは……
『一生のうち見たくないものランキング』を作ったら余裕で入賞しそうな、太さだけで俺の身長を超えている人食いロールパン……もとい、巨大ミミズだった。
外皮は鎧のよう。内向きに牙が並んだ口から、ヨダレか消化液か微妙なものを垂れ流す。地中をモグラのごとく掘り進んでは、突如として飛び出し、奇襲を掛けては、また地面に潜り込んでいく……
「……って、なんだこりゃ!?」
RPG中盤あたりのボス敵として出て来そうな、ステキ生命体がなんでここに!?
辺りは一面、穴ぼこだらけ。
煮炊きのために石を並べた即席かまどは鍋ごと消失していて、榊さんが魔晶石を光らせ地中を警戒していた。
「! お戻りになりましたか、神様!」
「じゃなくて、何これ!」
『プレインディガー。魔物の一種です。土・岩・金属・動植物・人間などを無差別に捕食します』
「好き嫌いが無くて結構なこった! そりゃスクスクと大きく育つだろうよ!
で!? この健康優良児は魔法で倒せるのか!?」
『はい。ですが、ここは野外ですし相手は生物ですので、『天罰』の使用を推奨します』
「分かった!」
地面に潜った巨大ミミズのせいで、辺りがグラグラ揺れる中。俺は周囲を警戒する。
ほどよく耕された地面の一部が、ぼこっ、と盛り上がったかと思った次の瞬間。
辺りに湿った土を巻き上げて、巨大な頭が突き出した。
そいつを指さし、俺は叫ぶ!
「天罰覿面!」
Zap! Zap! Zap!
チカリ、と空が輝いた直後。鋭い光がミミズに向かって降り注いだ。
高出力のレーザー光線は、堅いはずの外皮をぶち抜き、それどころか巨体を完全に貫通!
蜂の巣か、じょうろの先っぽかみたいな状態で穴だらけになり、プレインディガーはびくりと痙攣する。
そして……直後、レーザーの熱によって発火! キャンプファイアーのごとく盛大に炎上した。
このまんまのたうち回ったりしそうな気もしたんだけど、ぐったりと倒れたきり、もう動かなかった。
天から降ってきたレーザービーム。これは魔法とはまた別の、神の権能のひとつ。
コロニーの天井に無数に備え付けられたレーザーガンを操作する『天罰』だ。
本来は人間を『誅殺する(アンヘル曰く)』ためのものらしいんだけど、そういうのはさすがにちょっとどうかと……
モードを切り替えて出力を下げ、麻痺銃にすることも可能なんで、人間相手にはそれを使っていきたい。と言うか基地での戦いでも、建物を壊されて周囲を包囲された時、一気に全員の動きを止めるのに使わせてもらった。
「殺人光線モードだとすごい威力だな、これ……」
「……神様。お助けくださいましてありがとうございます」
気がつけば、掘り返されて柔らかくなった地面の上に土下座する榊さん。
……さっきのじいさまと言い、この世界では土下座が文化になってるのか?
「私の力では、あのような魔物に対抗することはかなわず……」
「いや、気にしないでって。てゆーか土下座やめて」
「ドゲザ……この体勢でしょうか。ですが、これは正しき礼拝の作法に則って……」
「……そっか、その誤解も解かなきゃなんないんだよな」
綺麗な髪が泥まみれになるのも気にせず這いつくばって、首をかしげる榊さん。そんなキョトンとしちゃって。
地球を離れて約700年。テクノロジーは退化し、もはや地球なんておとぎ話の中の存在になり……神という存在が、あくまで人間であるという事も、この世界ではほとんど忘れられている。もちろん、神様の権威を高めたい教会の思惑とか、それによる教育とかの成果もあるんだろうけど……
まさか神のコールドスリープを管理する立場の人まで、そんな風になってるなんてちょっと笑えない。
ここで『この百万円の壺を買えば救われる!』とか言えば霊感商法だし、『よし、俺様は神だから体を差し出せ』とかやったらエロゲー一直線だが、そうやって誰かを騙すようなの、俺には無理。生理的に無理。誤解は早めに解くに限る。
「あのさ、榊さん。俺は……」
『賢様』
説明しようと思ったその時、アンヘルが割り込んできた。
「なんだよ、アンヘル」
『プレインディガーが暴れたことは、魔物の動向を観測する施設によって検知されていると推測。
討伐あるいは調査のため、じき、こちらへ人が来るものと思われます。
移動し、身を隠すことを推奨します』
「うへぇ……分かった」
『また、先ほどの天罰の光を視認されていた場合、『神』の居場所を特定された可能性もあります』
「待て、じゃあお前なんで天罰使わせたし」
『賢様の、魔術師としての習熟度と、人命重視の姿勢を勘案し、スズネ・サカキの命を確実に救うため、確実にプレインディガーを処分する方法をご提案いたしました』
微妙に納得いかんが、そうやって聞くと最善だった気もするから反論できん。
「すまん、榊さん。聞いてたよな。逃げるのが先っぽい。荷物まとめてくれ」
「分かりました。でも……」
大ミミズにメチャクチャにされた泥山を振り返り、榊さんは悲しげに目を伏せる。
「物資は……ほとんど全部やられてしまいました」
* * *
魔法で身を隠しながら、俺たちは草原を歩いていた。
道々、俺は千里眼の権能で、プレインディガーと戦った場所をモニターしてみたんだが、アンヘルが言った通り、なんか近未来的(21世紀はじめの基準でね)なプロテクターみたいのを装備した人々が来て、プレインディガーの焼殺死体をチェックしていた。
どうも俺を捕まえに来た奴は居なかったみたいだけど、どのみち、あそこでのんきにキャンプしていたら見つかっていたところだ。アンヘルGJ。
「に、してもさぁ。魔物? だっけ? なんなんだよ、あれは」
『魔物とは、かつて遺伝子操作などによって作られ、生きた兵器として戦争やテロに利用された生物です』
「バイオハザードだな」
『この世界では、神によって調伏されるべき敵として、敢えて野生化させています。魔物に苦しめられる民衆は、神の御業によって救われるのです』
「自作自演じゃねーか」
『自作自演。まさしくその通りですね。この『方舟八号棟』は、神によるメンテナンス無くしては様々な齟齬が発生するよう作られた世界ですゆえ』
うーーーん、わざとそう作られてるんだよなぁ。
どう考えても非合理的なんだけど、アンヘルが言うには、この世界は『神による統治』がうまくいくかの実験場であって、そういう視点で考えれば、ちゃんと設計思想通り完成しているわけだ。
ま、この実験を考えた誰かさんには残念だけど、この世界のシステムは明らかに大失敗だ。教会が謀反を起こして、神様という存在自体がずっと封じ込められてたくらいなんだから。
まあ、俺はそんな世界とか人類の行く末について考えるよりも、今はまず、今晩の寝床をどうにかしなきゃわけで……
天井に張られた青空のホログラムテクスチャは、いつの間にか赤みを増して、照明の光量も落ちてきている。この方舟は地球上の環境を再現していて、ちゃんと24時間周期で朝と夜を繰り返すシステムになっているのだ。800年以上の眠りから目覚めたばかりとは言え、体のリズムを取り戻すためにも夜はちゃんと寝たい。
榊さんの荷物には、『神の祠』を目指す旅で使っていた野営の道具とか、その時の食料の残りがあったから、それでキャンプができるかと思ったんだけど……さっきのミミズに美味しく頂かれてしまったのだ。
……食料とか、鍋ごと丸呑みだぜ。なんという雑食ぶり。
「っつーか、道具があるとか無いとか言う問題じゃないよな。これ。……あーゆーのに襲われるかも知れないとなると、野宿は無理?」
「……いえ、魔物よけの魔法がありますので、私に不寝番を命じていただけましたら……」
「はいダメ! 人間、寝ないと死ぬって水木しげるも言ってたよ! 集中力とかも落ちるし!」
榊さんの提案は一秒未満で却下。
榊さんのセリフにちょっと補足をすると、魔法はあくまで、使う人の意思をナノマシンに伝えている間だけ効果が働くものだそうで。
ファンタジーめいて、辺り一面に結界を張って一晩中魔物を近づけない……なんて事は不可能なのであった。
ちなみに、そういう魔法が使えるのにミミズに襲われたのは、調理に魔法を使っていたかららしい。
『魔法による疲労の除去で、睡眠不足を補うことは可能です。しかし、睡眠不足が長期にわたった場合、発狂の危険性があります。
また、睡眠を取らないことにより魔法の安定性が有意に低下することは過去の研究により立証されています』
「ほら、アンヘルもこう言ってるじゃん。ちゃんと休む方法探そうよ」
当たり前かつ常識的な提案だったと思うのだけど、俺の言葉を聞いた榊さんは一秒未満で土下座した。
「わ……私などをそのようにお気遣いいただきましてありがとうございます、神様。
私のような身には勿体ないですが、そのように言っていただけるのでしたら、お慈悲を甘んじて……」
「やーめーなーさいってば、そういうの。
あのさ……今のこの世界で『神様』がどういうものだと思われてるか、俺はよく分かってないけど……俺はただの古代人だよ。神様役を押しつけられて、そのための道具を渡されただけの、普通の人間だって。だからそうやって、人間じゃないものみたいに扱われると、正直ちょっとヘコむ」
「わかり、ました……?」
「疑問系にするなら頷くなっつーの」
うまく伝わってないような気がするけれど、とりあえず言う事は言ったので、そのうち分かってくれるだろうと楽観的に考える俺だった。
* * *
そして日は暮れた。
「ええと……」
この世界全土の地図を収録しているというアンヘルGPSの導きで、俺たちは手近な人里に辿り着いた……まではよかった。
だけど、そこはまあ完璧に限界集落状態の半廃墟だったんですな、これが。
街そのものは割と広いんだけど、錆びたシャッターが降りっぱなしの商店とか、30年前くらいには病院か学校だったんじゃないかなみたいな朽ち果てた建物とか、そういうのが乱立してて。道には街灯だってあるんだけど、それがまた割れたまんま放置してるみたいな状態で。
奥の方の一部に明かりらしきものが見えるから、そこに少しだけ人が生活してるらしいけど……
ほとんど闇に沈んだ黄昏の景色。明かりの無い建物は、黒々とした影でしかなく、ホラーゲームの舞台のごとき不気味さだ。幽霊倒せるカメラとか欲しい。
「おい、アンヘル……ここ、本当にちゃんとした街なのか? 犯罪者が廃墟をアジトにしてるとかじゃなくて」
『ネットワーク上の戸籍データを確認しましたところ、82名が登録市民として生活しております。
治安データは『良好』とあります』
「方舟外縁部は無法地帯化している場所も多いですが、ここは比較的、中央地区に近い場所です。
仮に、このような場所に重武装犯罪組織などが居座れば、教会が即座に排除に動くかと。
……教会は、良いものであれ悪いものであれ、自分たちを脅かす相手には容赦しませんので」
「じゃ、ただ寂れてるだけか」
巨大な廃墟群だから、雨露しのげそうな場所はそこら中にある。
泊まるには十分そうだが……
「勝手に泊まるか、ちゃんと住人に挨拶するか。それが問題だ」
「えっ!? 住人に……?」
弾かれたように俺の方を見る榊さん。
「なんか問題あったかな……」
「いえ……それが神様のご判断であれば」
「じゃなくて! 間違ってると思ったら言ってほしいんだって! 未来とか見えないし、俺だって間違うから!」
「は、はい……」
崇拝されるのも考え物である。
「……教会の者に告げ口をするかも知れません。私たちの情報を求める触れが、既に出ているやも……」
「それはもっともだけど……なんか侵入者を発見する仕掛けとかがあったりしたら、それで見つかった時の方が洒落になんなくないかな。
堂々としてればそういう心配は無いし、告げ口みたいな動きが無いかアンヘルに監視させる事だってできるかなって」
人間が番をしたり用心をするのは、そりゃ限界があるけれど、アンヘルはAIだから睡眠も要らないし集中力の限界も無い。
俺の周りに限ってならば、コロニーの天井に仕掛けられた監視カメラによる『千里眼』と、同じく指向性マイクによる『順風耳』で情報収集ができる。これは神様が世界を監視するための権能なんだけど、アンヘルはこれらの機能に限定的にアクセスして、神の補佐をするための情報収集ができるのだ。
「深いお考えあってのことだったのですね。私の浅慮により疑義を呈してしまいまして……」
「いいって。ただの思いつきだよ。間違ってると思ったら今後も言ってほしい。俺はこの世界のこと、よく分かってないんだし」
「こりゃあ! 何しとるかそこのもん!」
「そうそうこんな風に……えっ?」
いきなり誰かが吠えたと思ったら、サーチライト系の眩しい光が俺たちを照らし出した。
「わーっ! ごめんなさい、ただの道に迷った善良で健全な青少年です!」
「発見された……!」
「榊さん、ストップ! 殺っちゃダメ!」
魔法の準備にかかった榊さんを俺はとっさに制した。
こっちにライトを向けている相手は……光のせいで一瞬分からなかったけど、俺たちを追いかけてきた兵士なんかじゃなく、ただの爺さんだったからだ。
「あれ、この人……」
言いかけて俺は黙った。向こうにしてみれば初対面なんだから、知ってるみたいな顔しちゃ怪しまれる。
俺たちを呼び止めたのは、『神の祠』を警備する兵士達にいぢめられていたご老人。
ロバート・スミスさん、その人であった。