#5 火を騙り風を穢し地を屠り水を腐す やがて
風渡る草原のど真ん中に、変な建物があった。
上から下まで黒ずんだ金属によって作られた箱状の物体で、建ててあると言うよりは、地面の下から生えているという印象だ。
事実、こいつは地面の下から生えていた。
この建物は方舟の一部。土が敷き詰められているよりもさらに下にある、方舟の床と繋がっている。
観音開きの入り口は開ききっていて、誰でもウエルカム状態。ちなみにあれは箱船のシステムの一部だから、人の手で開けたり閉めたりの操作はできないらしい。建物自体を壊すのはさらに無理。死ぬほど頑丈だから。
「あれが、『神の祠』か」
『はい。この箱船全土に128カ所存在し、それぞれにひとりずつ、神候補が眠っておりました』
少し離れた丘の上で腹ばいになって、俺はその建物を観察している。
こんな何かから隠れるような姿勢なのは、祠を教会兵が警備してるからだ。
兵達はもちろん武装しているが、あんまり緊張感は無く、入り口の前に座り込んで数人で談笑なんぞ交わしつつ、携帯ゲーム機かなんかで遊んでいる。
基地をひとつ酷いことにしてきた直後なんだけど、管轄が違うらしくって(と言うか基地がまだ混乱してて周りに知らせるどころじゃないのかも知れない)、この兵士達は特にお変わりなき模様であった。
油断してるし、こっちには気がつかないだろうけれど、一応、魔法で迷彩を施して、俺の姿は見えないようにしてるぞ。
……見えないんなら伏せる必要も無いとは思うけど、まあそこは気分だよ、気分。
「アンヘル。もう一回順番に教えてくれ。なんでこの世界は、俺みたいな何でもない奴を神様にしなきゃならなくなったんだ」
『はい。そのためにはまず、人類が地球上に住めなくなったことからですが……』
話が長いので要約すると、まず今は30世紀の世界。
俺が生きてる時には既に人知れず、何か深刻な環境破壊が進んでて……?
温暖化とか環境ホルモンとか核廃棄物とか言うレベルじゃない、これまで認知されてなかった、なんか深刻な環境破壊(詳しく聞こうと思ったが専門用語特盛りの解説が帰ってきて10秒でギブアップした)があって、今の地球は人間が生きられる環境じゃなくなってるらしい。
で、解決策が『1000年くらい放っておく』しかなかったんで、今の人類は地球上の完全閉鎖都市や、宇宙のコロニーに住んでるんだ。
この環境破壊は、俺が倒れてから30年くらいで世間一般に知られるようになった問題だとか。
俺が普通に高校生やってた頃は、まだ『何かの勘違い』としか思われてなくて、ごく一部の人だけが独自に究明に動いていたそうだ。
『方舟計画初期は、人間をコールドスリープさせることで環境再生を待つ方針でした。賢様が倒れた病院は、密かにその技術を研究しており、賢様は病理解剖(※病死した人の遺体を研究などのため解剖対象とすること)を隠れ蓑に被験体とされました。記念すべき第一号成功例です。賢様は死ぬ寸前の状態で凍結され、80年後には凍結状態のままの身体治療実験に供され、こちらも成功しました。
しかし方舟計画は方針転換。コールドスリープではなく、地球上の各所や衛星軌道上にコロニーを形成し、そこで生活する間に環境再生を待つ方針となったのです』
ちなみに、計画が動き出したのは21世紀だが、コロニーが完成したの自体は23世紀だったそうだ。
『今、賢様が居る場所……つまりこの場所は、地球付近の宇宙空間に存在するスペースコロニー『方舟八号棟』。人類の避難所のひとつです。23世紀当時の最先端科学技術を結集し、建造されました』
「そこまでは分かった。……で、なんで俺がそこの神様って話になってんの? つーか神様って何だよ?」
『それを理解して頂くためには、表向き伏せられていた、方舟計画のもうひとつの目的について聞かなければならないでしょう』
ヴン……と音を立ててホログラムの画面が宙に浮かぶ。分かりやすいポンチ絵付きで、アンヘルは俺にプレゼンしてくれた。
『方舟計画運営者の独断により、計画の最終段階で、コロニーにはそれぞれに異なる社会制度とテーマを持たせることが密かに決定されました。例えば民主主義、例えば世襲による絶対王政、例えばいくつかの小国家がしのぎを削る戦場。
特定の社会制度に誘導するよう、コロニー内の地形やサポートシステムを構成しております。
多くの政治的失敗を経験してきた人間社会は、ともすれば人間という種の繁栄から遠ざかりかねない。それ故に、どのような社会形態が最適であるのか実験し、新たな世界をより良く築くための試みです。封鎖が解かれ、人間が再び地球に歩み出るまでの間に最も繁栄したコロニーが、人的、物資的に強い力を持ち、その社会制度で他のコロニーを導くと考えられたのです』
「イカれてる」
そりゃ世の中とか政治とか、そういうのがちょくちょく変な風に歪むのは俺だって分かってるけど、だから完璧な世界を創るために世界中の人を使って実験しようなんて考える奴は、ヒト〇ーと金正○を足して二乗したくらいイカれてる。
しかも、どういうわけかそのアホ妄想が現実になってしまったらしい。
『方舟八号棟のテーマは『人造神による統治』。方舟計画初期に、実験のためコールドスリープさせられた被験者から128名の若者を選別、やがて神になる存在として収容しております。賢様はそのうち一人です。
神とは、この世界のシステムほぼ全てに対する操作権限を持つ絶対的統治者であり、この世界を修復する権限を持つ管理者。ひとりが死ねば、次のひとりがコールドスリープから目覚める、という方式となっております。
方舟八号棟は、このような絶対者による世界運営を実験する場となっております』
「はぁ……」
正直、意味分からん。
アンヘルの説明が理解しがたい内容なのもあって、まだこれが現実だと受け入れがたい感じだ。
倒れたと思ったら1000年近く経過してて、母さんも猛もとっくの昔に死んでて、人類はスペースコロニーに移住しました、しかもそこで神になれ?
こんなの、実はまだ21世紀の病院で死にかけてるだけの俺が、死に際に走馬燈をハッキングされて未公開のアニメをVRで見てるんじゃないかとすら思えてくる。
でも、ほっぺをつねったらちゃんと痛かった。
「それで、あの変な建物が『神の祠』ね」
『はい。方舟全土に神候補と同じ数、128カ所存在します。一カ所の祠につき、ひとりが眠っています。
目覚めの時期が来ますと、祠は自動的に扉を開きます。そこで、『祭司の一族』の者が操作を行うことでコールドスリープが解除され、神として覚醒します』
「とーこーろーがー。扉が開くって事は、もし神様を殺したい奴が居たら、先に祠へ入って、目覚める前にぶっ殺しちゃえるってわけな」
『さようでございます』
そして……この世界の政府である『教会』は、神の殺害を組織的にやっている。
本当は神様を助けて政治をするのが仕事だったわけだけど、傀儡でしかない偽の神を立てて、本物の神様はずっと殺し続けていたんだ。
「扉が開いてるってことは……あの中の神様候補は殺されてるんだな」
『はい。あの神の祠は72年前に開かれ、収められていた神候補は、その日のうちに殺害されました。その4日後、神を目覚めさせるため訪れた『祭司の一族』の者も、待ち伏せに遭い殺されました。
……賢様の前の神候補73人は、祭司の一族によって目覚めさせられる前に、保護筐体を破壊されて殺害されています』
「俺がそうなっててもおかしくなかったんだよな……」
そう。俺が入ってた神の祠は、山ん中に埋もれるみたいになってて、教会の捜索を免れていたのだ。
ほとんどの神の祠は、教会によって見張られてて、扉が開き次第踏み込んで殺す! という状態。ついでに神を目覚めさせに来る『祭司の一族』からの使者もぶっ殺して一石二鳥イエーイ! という寸法である。エグい。
「……あれ? てことはあいつらが警備してる祠って、もう空っぽ? なんで警備してんだ」
『一般市民を近づけないためかと思われます。神の祠を調査した結果、神というシステムの真実に到達する者が現れる可能性を危惧しているものかと推測』
「そっか。隠してるんだもんな」
まぁ多分、警備してる兵士は、なんでここに人を近づけちゃダメなのか知らないんだろうけどさ。
というところで、アンヘルが何かに気付いた。(検知とか感知とか言うべき?)
『賢様。こちらへ接近する者があります』
言うなり、俺の目の前に映像が浮かぶ。千里眼の力だ。
これは魔法じゃなく、方舟のシステムとして実現される神の力。基本的には俺が自分で操作するやつなんだけど、世界運営支援システムであるアンヘルは、俺の意に沿う範囲でならば千里眼を使った情報収集が可能で、さらに自分の考えで俺に映像を見せることもできる。
ボロっちい身なりのじいさまがひとり、ロバに乗って草原地帯の道(警備兵の使う車両の通った跡がわだちになっている)を進んでいた。
農作業中という様子でもなく、どこかへ買い物に行くという様子でもなく。その険しい表情を形容するなら、パニックホラー映画で怪物に追い回され、物陰で一息ついてるけどあと15秒で死ぬモブのようだった。
「なにやってんだろ? この道の先、『神の祠』しか無いのに」
『警備の兵士に用件があるのではないかと推測』
道から外れてステルスしてる俺には当然気付かず、ロバ&じいさまは神の祠へ接近。
それに気がついた兵士達は、じいさまの方へとどやどや詰めかける。
「何者だ!」
「北の村のもんです……兵士様、どうか、バッテリーを分けてくだされ!」
ロバから降りたじいさまは、平身低頭。
そんなじいさまを見て、兵士達は鼻で笑った。
「バッテリーだと?」
「乞食め」
「は、配給が、滞っているのです」
「おいじじい。配給が滞ったからと言って、その分のバッテリーがこちらへ回っているわけではないのだぞ」
「そうだな。今はどこの『雷泉』も需要がカツカツだ。配給が滞るのもしょうがない」
「ですが皆様! 足りぬ足りぬと言ってバッテリーを徴用していらっしゃいましたが、あ、遊びに使うだけの電力があるでは……ひいっ!」
ジャカッ、と音を立てて銃口を向けられ、じいさまは地面にめり込みそうな土下座をする。
んー、これはちょっと酷い。徴用って要するに、軍の立場を使って物資を巻き上げてるわけだろ。その電力をゲームに使われてたんじゃ、そりゃあなあ。ブチ切れてもいいところだと思うけど、相手が教会だし銃を持った男の集団だしで、縋るしかないって感じだ。
「こ、こ、こ、このままでは死人が出ます。どうかお慈悲を!」
「電力くらい買ったらどうだ、貧乏人!」
「そのような金は……」
「待て」
押し問答に、兵士のひとりが割って入る。
止めるのかと思いきや……なんかタブレット端末みたいなものを取り出して、じいさまの前で操作し始めた。
「W-082区域在住、ロバート・スミス。71歳。ふん、この歳で功徳点たったの130か」
じいさま、ロバートという名前だったらしい。
兵士の言葉を聞いて、ロバート翁はこの世の終わりでも見たような真っ青な顔になる。
「……アンヘル。功徳点とかいう、嫌な予感と邪悪さしか感じないものについて説明プリーズ」
『正式名称・全市民信仰並びに素行一律評価システム。俗称、功徳点。
教会への貢献やボランティア活動、または日々の仕事を真面目にこなすことで加点され、罪を犯した場合や教会に対して反逆的行動を取った際に減点されます。これは方舟のシステムではなく、96年前に教会によって導入された社会制度となります。
低得点者は総じて福祉制度の恩恵を受けにくくなり……』
「もういい、お腹いっぱい」
なんとなーく今までも思ってたけど、力一杯言わせてくれ。
ディストピアだわ、この世界。
『ひと月当たり1点までは、兵士によって減点を受ける可能性があります。逆に言えば、兵士には減点の権限があります』
なるほどね。
頭が地面にめり込みそうなくらい土下座していたロバートさんは、額を地面にすりつけたままズリズリと前進して、端末を持っている兵士のブーツを舐め始める。比喩表現じゃなくて文字通り。
「おやめください! おやめください! これ以上点数が減っては、ね、年金が! なけなしの年金が!」
「ふうーむ、よろしい。ならば優しい俺様が……減点だ!」
「ああっ!」
兵士がついに端末の減点ボタンか何かをポチっと……やろうとしたその時。
思いあまったロバートじいさん、跳ね起きて兵士の手から端末をひったくった!
「こいつ!」
「何をする!」
あ、やばい。攻撃的な動作に反応して、兵士のひとりが射撃の体勢に入った。
湿気れ!
「……あ、あれ?」
「おい! お前、何をしてる! いくらなんでも撃ったらまずいぞ!」
「いや、でも弾が出なくて……」
「そういう問題じゃねえ!」
間一髪、俺の魔法が間に合って、ロバートじいさんは撃たれずに済んだ。
さすがに危険だと思った様子で、ロバに飛び乗ったじいさんは、全力で鞭をくれる。
「飛ばせ、シャーデンフロイデ号!」
「あ、待てこらじじい!」
シャーデンフロイデという名前らしいロバは、口から泡を吹きながらロバとは思えぬ速度で、むしろ猪のごとく走り去っていった。
「こらじじい! 減点だぞ! 減点したぞ! 覚えてろよーっ!」
後には負け惜しみじみた兵士の叫びだけがむなしく響いていましたとさ。