#4 死因:泥団子
分割された大モニターのほとんどは、三機存在する鋼鉄執行官のメインカメラの映像を表示していた。
それが、単なる四角形のノイズ空間と化している。
「ドミ-01、ドミ-02、ドミ-03、信号消失! そんな馬鹿な!」
「通信妨害か?」
ナムはこの事態を、何らかの手段で通信を遮断しているものと考えた。
だがそれはすぐに否定される。
「いいえ、違います! 鋼鉄執行官は……破壊されています!」
「こちらを! 装甲車からの映像ですが……」
正面モニターに、奇妙な球場の物体が大写しにされた。
先程とは違うアングルから戦場が映し出される。
鋼鉄執行官の巨影は姿を消し、代わりに、金属をこね回して作った団子みたいなものがものが落ちている。まだらに塗り分けられ、様々な種類の鉄材が組み合わさっている様は、前衛芸術的だ。
「なんだこれは?」
「……先程まで鋼鉄執行官だった物体と思われます」
「な、ば、そんなわけが……!」
「記録映像を表示します。現在表示しているカメラが、1分前にとらえた映像です」
そうして、モニター内に別ウィンドウで表示されたスロー再生の映像には、しっかりと、巨大な人型兵器が鉄の団子にされる一瞬が映っていた。
全方向から強烈な圧力を掛けられ、割れ曲がりへし折れ縮んでいく、鉄の巨人の姿が。
誰もが絶句していた。
震える手で頭を抱える者あり、心の弱い者は引きつったような泣き声を上げる。
ここは教会の軍事基地。何者にも侵されぬ、武の集積地ではなかったか。
なぜ、あんな子どもなどに好き勝手させている。
なぜ、負けている。
こんなにも容易く。
「……展開中の戦力に、総攻撃の指示を」
ややあって、ナムが苦しげに言い放つ。
これには誰もがぎょっとなる。それは死ねというのと同義ではないか。
「で、ですが鋼鉄執行官を破壊するような相手に……」
「ならば! あの化け物を、悪魔を、放置できるのか!? ここで戦いを止めれば、次は鋼鉄執行官でなく、兵士達が肉団子にされるぞ!」
反論しかけた副官も押し黙った。
それは確かに正論だ。
勝ち目があるかは分からない。しかし、戦わなかったからと言って、無事に逃がしてくれるかは……
だが、その瞬間。
モニターに映る画面が一瞬、赤い閃光に埋め尽くされ、そして完全に沈黙した。
「なんだ……? おい、何が起こったのだ、おい!」
「カメラ類、全て沈黙……分かりません。何が起こったのか、分かりません!」
「誰も通信に応答しません!」
「もうだめだぁ!」
「神よ……!」
取り乱す者があっても、もはやそれを諫める者は無い。だいたいにして彼らは、鋼鉄執行官を撃破しうるような強敵と戦った経験も無ければ、基地に攻め込まれた経験など当然無かったのだ。
作戦司令室を絶望が支配していた。
重力が三倍になったかのように誰も彼も動きがぎこちなく、何かを喋ろうとしては言葉にならず。
時間の感覚が喪失したかのようで、それはほんの数秒だったかも知れないし、あるいは1時間くらいだったのかも知れない。
凍てついた作戦司令室の面々は
「こーんにちはーっ!」
入り口の扉が轟音と共に吹き飛んだことで、ついに解凍された。
*
「皆さん、はじめまして! 曲者です!」
ひな壇状になった作戦司令室の最後尾、一番高いところにある入り口から、俺は礼儀正しく挨拶した。
正面の壁は全部巨大なスクリーンになっていて、ノイズ映像を流し続けている。
そのスクリーンの前には、いかにも偉そうな服を着た、恰幅のいい50くらいのおじさまを発見。どうやらあいつが一番偉そう。
「う、うわあああああ!」
近くに居た兵士がパニック状態で、腰の拳銃を乱射した。もちろん魔法で防御してるので弾丸は俺に届かないし、仮に当たってもたぶん怪我しない。
って言うか、パニックで狙いがメチャクチャなせいで、流れ弾に当たったオペレーターがふたりほど倒れたんだけど、いいのコレ?
「落ち着いてください! 俺はここに居る皆さんに危害を加えようとは思いません! 目的を達したらすぐに帰ります!」
欺瞞である。なにしろ俺の後ろでは教会関係者絶対殺すウーマン・アヴェンジャー榊さんが、小動物系の外見にそぐわぬ金剛力士像の表情で付き従い、動けない敵が居たらトドメ刺す気満々なので。
それでも俺が『危害を加えない』と言ったことで、居並ぶ人々は動揺する。
俺が何のつもりでここへ来たのか、戸惑ってるみたいな感じ。
サイコパスな劇場型犯罪者みたいに大騒ぎしてんのも、俺なりに考えてやってるんだってば。『手を上げろ』なんて言うよりこっちの方が効くんじゃないの? たぶん。
とにかく、みんながうろたえてる間に俺は、ズカズカと司令室の中へ乗り込んで、一番偉そうなのを捕獲。
「お、おおお、おい貴様……」
「こんな場所じゃお互い話しにくいこともあるでしょうし、静かな所へ行きましょう。ってなわけで司令官借りまーす。後でちゃんと返すから安心してください。
……無事かは分かんないけど」
小声で言い添えた俺は、そのまま片手を、ビシッ! と真上へ差し伸べた。
バゴゴゴゴン!
数フロアぶち抜いて天井に穴が空き、作戦司令室に陽光が差し込んでくる。
まるっきり『なんだこりゃあ』という顔をした面々を尻目に、俺と榊さんと捕まえられている司令官は、ふわりと浮き上がった。
「それではさよーならー」
そして、急上昇!
外の空気を感じたと思ったら、その瞬間、俺たちは基地の上空100mほどの場所に浮いていた。照明が近くて眩しい。
さて、ここでちょっとこのコロニー、『方舟八号棟』の地理について補足しますと、四国くらいの広さがあって三階建ての箱状なのでございます。
何を言ってるか分からんと思うが、俺もよく分からん。空から見下ろしてみても、地面には土が敷き詰められてちゃんと植物が生えてるし、人工のものらしいけど川どころか海まであるし、言われなきゃ宇宙空間のコロニーだなんて気がつかなかったかも。
地球の景色と違う点を述べるなら……『世界の果てに壁がある』『上の階と行き来するエレベーター? らしき塔がある』『高い山やビルが無い』『よく見ると空はホログラムで偽装された天井』って辺りか。
そういう景色を遥か高い所から見下ろして、俺たちは飛んでいた。
「き、貴様ら私をどうする気だ!」
「いや別にあんた自体はどうでも良いと言えばどうでも良いんだけどね」
「はあ!?」
「俺ら、捕まったはずの仲間を探してるんだ。あの巨大ロボと戦った四人のうち、ふたりがあんたらに殺されて、ひとりがここに居る榊さん。で、もうひとり。ロボに捕まえられて帰ってきたはずだ。
どこに居るんだ? 返してもらおうか」
目を白黒させながら(言葉のアヤじゃなく、この人、東洋人系の外見で黒目だ)キョドキョドしていた司令官だけど、少し間を置いてから絞り出すように答えた。
「し、死んだ。いや、死んでいた」
「……なんだって?」
「死んでいたんだ。基地に鋼鉄執行官が戻った時には。操縦手が慣れていなくて、連れて帰る途中で握り潰していた」
「……!!」
隣に浮かんでいた榊さんが顔面蒼白で息を呑んだ。
「じゃあ……無駄だったのか? 俺達が、こうやって……来たのは……」
吐き気みたいな何かが、みぞおちの裏側辺りで渦巻いてる。
見も知らない相手だったけど……結果的には俺を助けるために、命懸けで戦ってくれた奴だ。
本当に命を捧げちまった。
そういうの、もうこれ以上増えてほしくないから、殺しよりも勘弁してほしい。
そして、チームが自分以外全滅という状況になってしまった榊さんの心中も察するに余りある。
「……なんでだよ。なんで教会が、こんなことをするんだ。あんたらの仕事は……神様助けることじゃなかったのかよ」
怒りよりもやるせなさから、誰にともなく俺はそう言ったのだけど、それを聞いて震え上がった司令官の言葉は……俺の予想の斜め上だった。
「か、神……? はは……お、おま、お前は、神になったつもりか。教会は、真実の神に仕えるものだ。神を名乗る者に味方する、わけ、わけじゃ、ないんだよ」
物知らずな相手に教えるように、キョドりながらも司令官はそう言った。
「は? おいちょっと待て。まさかアンタ……知らないのか?」
『教会関係者の中でも、神の真実に関しては厳重に秘匿がなされ、一部の上位者のみが知り得ているものと推測されます』
もう俺は驚くしかない。アンヘルは無慈悲に補足する。
「だって、基地司令官って……結構偉いだろ!? それでも、なのかよ……!」
なんて言うか……なんだろう、これ。
相手には邪悪であってほしい、みたいな感覚、分かる? だって、それなら、まだ怒りのぶつけようがあるじゃんか。
それが実は何も知らなかったなんてなったら、肩すかしを食らわされた気分。末端の兵士が何も知らないってのは、まぁ覚悟してたよ。だけど、そこへ命令を出す司令官まで、この有様って。
……おかしいだろ、この世界!
「な、なあ、私は上から命令されていただけなんだ。急に本部から高司祭様が乗り込んできて、軍を動かせと……逆らえないんだよ。分かるだろう?」
「オッサン。それ、命乞いのつもり?」
「う……」
掴み揚げている俺を振り返るようにして、みっともなく言い訳をする司令官。
睨み付けてやると震え上がった。
「殺さないよ。俺は。俺なんかが『許せないから』って理由で殺していい人間なんて居ないんだ」
それが例え、命の恩人を殺した誰かだったとしても。
……でもそれは、俺に関わる出来事である限り、って話だ。
「俺はお前を殺さない。だけど、榊さんはどうかな。殺された人、仲間だったし」
そう。榊さんと司令官の因縁は、俺とは全く関係の無い話だ。
人を殺したくないとか、自分のために死んで欲しくないとか、そういうのが俺の信念だ。紛らわしいかも知れないけれど、人命至上主義ってわけじゃない。ほら、ここまでも榊さんが敵にトドメ刺すのは止めてなかったわけだし。
「はい、命乞いターイム」
「ひ、ひいっ!」
金剛力士、閻魔大王、般若、羅刹、その他諸々ジャスティス強そうなもの全部のオーラを背負った笑顔の榊さんの方に突き出してやると、司令官のオッサンは器用にも吊されたまま震え上がった。
榊さんの手の中には……砂場で子どもが作るような泥団子。
「いいい今言った通りだ、私は命令されてやっていただけなんだ。他の誰が司令官だったとしても命令に従って同じ事をしただろう。私だからあんな事をしたわけではないんだ!」
「…………」
「い、いや、元はと言えばお前達が神の教えを外れたがためだろう。だが人間は悔い改めればやり直せる。お前達の罪を抹消するよう教会に掛け合おうじゃないか」
「…………」
「そ、そうだ、あれを操縦していた操縦手を引き渡そう。お前の仲間を殺したのは、全部あいつだ!」
「有罪」
榊さんは泥団子を司令官の左胸に押し当て……左手の甲の魔晶石を光らせた。
泥団子はキリのような刃に姿を変え、大柄な司令官の体を、細く、貫き通した。背中から、血に濡れた土色の槍が突き出す。
「うっ……ひ、あ……」
「……あなたの部下の、とある兵士は、死の瞬間まで教会を信じて信念に殉じましたよ。あなたにもその気概があれば、せめて敬意を持って殺せたでしょうに」
「あ、どのみち殺すのね」
泥団子ランスの傷痕から血が滲んで、軍服を赤く染めていく。じっくり見ていたい光景でもないので、できるだけ俺は目をそらして……だいたい死んだかな、と思った辺りでその体をリリース。コロニーが作り出す人工重力に委ねた。
まっすぐ落下していった司令官は、俺達が飛び上がるとき開けた穴にホールインワン。死体がどうなるかはちょっと想像したくないけど……まあ、骨だけは拾ってもらえるはずだ。たぶん……
「……はぁ」
戦いは終わった。
そう思った途端、どっと疲れが湧いてきて、俺は溜息をついた。
「……神様。どうか、彼らの死を悲しまないでください」
「榊さん……」
「これまで、私達祭司の一族が送り出してきた『目覚めの使者』は、神様を目覚めさせることができず、教会に殺された者ばかりでした。彼らは死にましたが、役目を果たせました。こんなに嬉しいことがあるでしょうか」
「榊さん。死んでもよかったなんて、言っちゃダメだ。それを決められるのは死んだ本人だけだよ。生きてる人間が推測でそんな事を言っちゃいけない」
「はあ……では、神様であれば、お分かりになるのでしょうか」
「分からないよ」
残念ながら俺は、超越した存在じゃなく、この方舟のシステムを使う権限を貰っただけの、『神様』という役目の人間だから。
「俺に分かるのは……ああいうクソッタレな死に方をする奴が居ちゃいけないって事だけだ」
そう。神様ってのが何なのか、まだよく分かっていないけど。
この世界のどうしようも無さとか、どうやら俺にはやらなきゃならない事が山ほどあるらしいってのは、なんとなーく感じないでもなかった。
ここからしばらくは日刊~隔日程度での更新を予定しています。
あくまで予定なので、どうなるかは分かりませんが……




