#2 ネコと和解せよ
「もうちょっとスネークっぽい感じに行く気だったのに、いきなり大騒ぎになっちまった」
「す、すねぇく……? ですか?」
「悪い、こっちの話だ!」
漫画チックな赤いランプが点灯し、ひっきりなしにサイレンが鳴る廊下を、俺たちは駆け抜ける。
意外にも、建物内の景色は21世紀初頭の日本と似たような感じだ。そりゃ、元の時代でも軍事基地なんて見た事無いから比べられないけどさ。
たったふたりで軍事基地へ乗り込むなんていう、ハリウッド映画張りのスペクタクルな行動をしているが、実はこの時点で俺が理解していることは多くない。
死んだはずだった俺は、実は何かの理由でコールドスリープさせられていて、30世紀の宇宙コロニーであるこの場所、『方舟八号棟』で目覚めた。コロニーと言いつつ、地面があって植物も生えてる、地球の環境を再現した世界なんだけど。
とにかく、そこで目覚めた俺は、コールドスリープ中に謎の手術を受けて、この世界の管理者『神様』にされていた。この『方舟八号棟』には、昔の時代の人間が何人も眠っていて、順番に目覚めては『神様』をやらされているらしい。
意味分からん。意味分からんけど、詳しい説明を聞くのも後回しだ。
何故って、ちょっと助けなきゃならない人が居るもんでね。
「居たぞ!」
前方の角を曲がって、銃を構えた兵士がワラワラ出て来た。
あいつらは教会兵。この世界の支配者で、神を助けて政治を行う組織である『教会』の兵士だ。
なんで神様を助ける組織の兵士が、神様である(らしい)俺を襲ってるのかって言えば、ぶっちゃけ『教会』が神様を裏切ったからだ。
教会は、自分らの傀儡である偽物の神様を立てて政治の道具に使い、本物の神様の存在を一般市民に隠してるんだと。つまり、世間的には俺たちの方が偽物ってわけ。クソだな。
この兵隊さん達は何も知らずに、上が命じるまま、異端者をぶち殺しに来たわけだ。
「……榊さん、俺の後ろに」
「は、はい!」
併走していた『榊さん』が、俺の後ろで身をかがめる。
それと、ほぼ同時。
「撃てえ!」
廊下の中央にひしめき合うように布陣した兵士が、一斉に発砲!
断続的な銃声と共に銃火が閃き、大量の弾丸が俺に向かって押し寄せる。
それを俺は……敢えて何もせずに受けた。
……節分の鬼役ってやったことある?
俺は地区の祭りでやらされて、ガキどもに全力投球の豆をぶつけられた経験があるんだけど、体感的にはだいたいそんな感じ。
弾丸は、俺が着てたジャージを穴だらけにしてくれた。
……が、それだけだった。俺は血の一滴も流しちゃいない。
立て続けの発砲音がうるさいだけだ。
驚いた顔の兵士ズだが、発砲はやめない。
んー、さっきは潰したから、今度は切ってみるか。
「よし……切れろ」
俺が言った途端、目のすぐ上に赤い光を感じる。ファンタジー系のRPGに出てくる幻獣カーバンクルみたいに額に埋め込んである赤い宝石が、光を発したのだ。
キイン!
鋭く鉄を打ち合わせるみたいな音がして、発砲は止まった。
銃が、鍋に入れる前の大根みたいに輪切りにされて、ボロボロ床に落ちる。
「な、なんだと!?」
「マジで魔法だな、こりゃ……」
自分でやっておいてだけど……本当に意味分からん。
念のため言っておくけど、俺は元からこんな異常体質だったわけでも、変な異能とか持ってたわけでもない。魔法、というやつの力だ。
この『方舟八号棟』には、酸素と同じくらいどこにでも、なんかいろいろ万能くさいナノマシンが存在している。そいつらに命令して、超常現象じみた効果を発生させる技を、魔法と呼ぶんだそうだ。そいつで体の強度を高めたり、銃を切り刻んだりしたわけ。
ナノマシンへ命令するためのリモコンである魔晶石さえ埋め込めば、誰でも使える力だけれど、才能と訓練によって実力には個人差があり……俺のは神様特権で特別強力なのだ。
……ちなみに余談だがこのナノマシン、既にロストテクノロジー化していて、人によっては魔法の原理をガチでファンタジーだと信じてるとか。
「さーて、勝てないの分かったよね? ちょっと話……」
「対人徹甲弾を!」
わざと弾丸を受けたり、ああいうインパクトある方法で武装解除してやったというのに、兵隊さん達はまだまだ殺る気マンマン。素早く後退すると、壁に身を隠して何かやり始めた。
……諦めさせて話を聞こうと思ったんだけどなあ。
『戦闘訓練を積んだ魔術師は、通常の銃弾程度、防御可能な者が珍しくありません。ゆえに戦意喪失せず、対応しようとしているものと推測されます』
どこからか、耳元で囁くように、駐車場の発券機みたいな合成音声が聞こえてくる。
そう、俺が目を覚ましてすぐに話しかけてきたあいつだ。
見えない声に俺も返事をする。
「なんだ、そうだったのか。じゃ、あれは? ……ってかお前、見えてるか?」
『賢様の視界を通じて』
「うわお。ンな事できるのかよ、お前」
『対人徹甲弾という単語から推測しますと、敵方は、魔法による強化を貫通するための火器を準備しているものと思われます。一般的な身体強化強度を想定したものと思われますが、被弾した場合、負傷する可能性もあります』
「分かった」
そんなものもあるのか。しかもサブウェポンとして持ち歩くくらいメジャーとは。あんまりこればっか頼りにもできないな。
教会兵達が再び飛び出してくる。
その手には、銃身の代わりに銀色の樽を乗せたみたいな、すごい変な拳銃が握られていた。
そして、前口上も何も無しに、発砲した。
ばすん! ばすばすばすん! と重く響くような発砲音が響く。
そこで俺がしたことは、『弾よ止まれ』と念じただけだった。
「…………はぁ?」
今度こそ驚いてくれたみたいだ。
注射器みたいにデカい弾丸は、俺の目の前で空中に止まっていた。
魔法によって力場(どういうものなのか自分でもよく分からない。そういうイメージだよ、イメージ!)を発生させ、飛んでくる弾丸を空中で絡め取ったのである。
「……悪い。すげえ痛いと思うけど、耐えてくれ」
俺がパチン! と指を弾くと、空中で静止した対人徹甲弾が、くるっと180度向きを変え、飛んできた時の二倍の速度で帰っていく。
弾丸は、それぞれ発砲者の太股にもぐり込んで、骨を粉砕、筋肉組織をズタズタにして、はじけ飛ぶように足を引きちぎった。
「うげあ!」
「ぐあっ!」
悲鳴が上がって、あんまり見たくない光景が広がる。……うん、いくらなんでもあの弾丸で片足吹っ飛ぶまで行くと思わなかったんだって。どういう威力してんのコレ。
「……お見事でございます」
背後、なんかやたら低い場所から声がするなと思ったら、俺の背後に隠れたはずの『榊さん』は深々と土下座していた。
丁寧な口調だけれど、年相応に、敬語は板に付いてない。舌噛みそうになってる感じ。
「って、なんで土下座……?」
「畏敬の念を表すには、こうすべきかと」
「やめやめ、そういうのやめて。俺は神様の力と地位を押しつけられた、ただの人間なんだから」
「で、ですが神様は神様では」
困ったような顔の彼女はスズネ・サカキさん。漢字で書いたらたぶん『榊涼音』とかだと思う。コールドスリープしてた俺を目覚めさせてくれた張本人だ。ややこしい事に彼女は、本気で俺を超自然的高位存在だと思ってるっぽいんだが、誤解を解くのは事態が落ち着いてからにしておいた。
榊さんを含む四人……AさんBさんCさんと、Dさん改め榊さん。
RPG的に言うなら魔法使いだけのパーティー。魔法に耐性のあるパワータイプの敵が来たら一発で壊滅しそうなチームは、俺を目覚めさせるためにはるばる冒険の旅をしてきて、目的地を前にして案の定ふたり死亡、ひとり捕虜という壊滅状態になってしまった。俺が助けに行った時には、もう戦いは終わって巨大ロボも基地へ帰っていたのだ。
なんか榊さんに起こして貰えなかったら、俺はコールドスリープ状態のまま教会の手でトドメ刺されてた可能性が高いらしくて、つまり四人は俺のために危険な旅をしてきたことになる。
そう聞いたら黙っちゃいられない。榊さんの仲間、囚われのリーダーAさん(仮名)を助けるため、こうやって基地に乗り込んだわけだ。
「本当でしたら、神様を助けて、私が戦うべきなのでしょうけれど……私の魔法力では、とても……」
「気にしないで。なんとかなりそうだし、大丈夫だよ」
「怖くないのですね、独りで戦うことが……さすがです……」
変なところに感心された。
その時、根性のある兵士が身を起こし、軍用ナイフをブン投げてくる。俺はそれを魔法でたたき落として、ついでに兵士達の着けているベルトをテレキネシスっぽく操り、倒れている兵士達を縛り上げた。
「うぐっ!?」
「だってこんなズルくさい力があるんだもんさ。戦いようがあるって分かってれば、そんな怖くないっつーか……
8歳の時、父さんの借金のイザコザでヤクザに拉致られて、そこへ別の組がカチ込んできて銃撃戦が始まったのに比べたら全然怖くねぇし」
「はぁ……」
人間万事塞翁が馬。別に俺は戦い慣れしてるわけじゃないけど、濃ゆい経験のお陰で、人より肝だけは据わっていた。
ああ、俺と血が繋がってる最初の父さん。あなたの借金は立派に息子の役に立ちました。
「おい、オッサン」
手足三本をベルトでまとめられて、エビ反りで倒れている筋肉ダルマのオッサン。さっきナイフを投げつけてきたこいつは、階級章が一番偉そうだ。
他の兵士が環境音みたいに呻いてる中、俺を睨み付けてくるそいつの頭を見下ろして声を掛けた。
「さっきの出撃で巨大ロボに持ち帰られた捕虜を探してるんだ。どこに居るか知ってるか?」
「……誇り高き教会兵は、貴様ら異端カルトに屈さぬ!」
「水よ、こいつの喉に満ちよ」
俺の額がキラリと輝いた。
ゴボッ、と嫌な音がして、オッサンの顔が青ざめた。
「あがっ、あががっ、あがーっ!」
エビ反りのまま下向きになって、咳き込みながらゲボゲボと水を吐いていくオッサン。
頭の中で5秒数えた後で、俺は魔法を再度行使した。
「消えろ」
オッサンが吐き散らした水も、体の中に残っていたものも嘘のように消えた。残ったのはオッサンの顔の脂汗と、涙と鼻水だけだ。
大気中の水分をナノマシンが集めてナンタラカンタラ、逆に消す時は蒸気にしてウンタラカンタラ……みたいな事になってるハズなんだけど、目の前で見ても本当に魔法にしか見えない。高度に進歩した科学は魔法と区別が付かない、なんて言葉もあったはず。
「げほっ、げほっ……」
「ごめん、捕虜の命が危うそうなんで急いでるんだ。次は20秒やるけど、できれば殺したくないんで素直に話してくれると助かる。知らなきゃ知らないで、知ってそうな奴を教えてほしい」
「ぐ、うぐ……やってみるがいい。正しき神の道を奉じれば、たとえ死しても魂は神に救われ……」
まだ毒づいていたオッサンの体が、浮かんだ。
コンクリみたいな床の一部が隆起して、槍の形になっていた。
オッサンはモズの早贄状態で串刺しにされて、自分の重さで少しずつ深く槍に刺さっていく。
そして、口からゴボッと血の塊を吐いた。
「ならばあなたが信じる神様に、魂を救ってもらいなさい」
「い……たい…………」
苦痛と憤怒に歪んだ表情のまま、オッサンは瞬きをしなくなった。
振り向けばそこには、左手の甲の魔晶石をかざした榊さん。魔法だ。
「榊さん……」
「神様。このような輩は拷問さえ時間の無駄です。彼の信仰は誤っていますが、それでも強固すぎます。
信念ゆえではありません。物事を深く考える習慣が無いためです」
切り捨てるように断じる榊さん。
……『ように』じゃないな。切り捨てたんだ。
「だとしても、殺さなくてもよかったんじゃない? もう縛ってあるし……」
「恐れながら。わざわざ生かしておく意味は、さらに薄いかと思われますが」
「まぁね……」
殺したくないとか、俺が甘い事言ったからかな? 白状させるために言ったんじゃなく、本心だったからな。榊さんがこうしなきゃ、このままズルズルと時間を浪費していたかも知れない。
戦うのはいいんだけど、普通に高校生やってた身分としちゃ、人殺したりはしないでおきたいわけですよ。
でも、榊さんはそうじゃない。ずっと、生きるか死ぬかの戦いの人生だったんだ。敵対する教会の兵士を殺すことに、今さら躊躇いなんか無いだろう。
教会が神様を裏切ってからというもの、コールドスリープ中の神様を目覚めさせる権限を持った、榊さん達『祭司の一族』は徹底的に狩られた。神様そのものを目覚める前に殺すだけじゃなく、念には念を入れたわけだ。
そんな時代を100年以上も生き延びた一族の末裔で、今も教会から命を狙われているのが榊さんであり、これから俺が助けようとしている捕虜なのだった。