カウントダウン
――ひとーつ。
夏の、少し蒸し暑い日。少女の透き通った静かな声が、暗闇に包まれた公園に響く。
――ふたーつ。
僕たちの顔を照らす朧な灯りは、おとぎ話に出てくる魂のように揺れている。何とはなしに視線を上げると、目と目が合い、照れくさそうに彼女は微笑んだ。
――みーっつ。
彼女の秒読みは続く。やや紅潮した頬が、ぼんやりと浮かび上がっている。
――よーっつ。
声に乗って、時は流れていく。誰かが読み上げないと、世界はそのまま止まってしまいそうだ。僕をそんな錯覚に陥らせるほどに、僕たちが存在している空間は、か弱く脆い。
――いつーつ。
僕の妄想が、この時叶えばよかったと、未来の僕は思う。けれども、彼女の微笑みに身も心も委ねていた僕は、静謐な今を過ごすことだけに生き甲斐を感じていた。
――むーっつ。
僕らを柔らかく抱擁する灯りは、徐々に衰えていく。目の前の少女は、それを悲しそうに見つめながらも、額に汗の粒を浮かばせ、次の時を刻む。
――ななーつ。
公園に面した道路からは、勢いよく走り去る車の音が時々聞こえる。交通量が少ないので遠慮なくスピードを出す連中が多いと、近所の主婦たちが顰め面をして会話していたのを思い出す。
――やーっつ。
すぐ近くで、水面を何かが弾く音が聴こえた。僕たちが生んだ光には、必ず終わりが訪れる。
――ここのーつ。
うぅぅ……、と彼女が唸り声を漏らすのが聞こえた。顔を上げることはしない。見ずとも、彼女がいま浮かべている表情は、心の中で映し出すことができる。自分の光だけに集中していた。
――とおー……………………
光の束が、唐突に僕たちの前に現れた。時は止まる。次に流れだした瞬間、そこはきっと、僕たちが想像しなかった新たな一つの世界となる。
灯火は落ちた。二度と、蘇ることはない。