ファミレス
本を読むには少し暗くなりすぎたな、と吉野が帰り支度をしていると、「こんにちは」と力強いわけではないがはっきりとした声が聞こえた。
あぁ、今日は女性か、そう思いながら振り返ると、紺色でストライプのスーツを着た女性が立っていた。
「えっ」と思わず声を漏らすと、女性は「こんにちは」ともう一度言った。
「驚かせちゃいましたか?いきなりすみません」
「あ、いや、その、思ってた人と違ったので」
「どなたかと待ち合わせだったんですか?」
「いや、そういうわけではなく……職質かと思ったんです」
吉野が気まずそうにそういうと、女性はふふっと笑い、「何度かされてましたもんね」と答えた。
「時間があるならちょっと付き合ってくれませんか」と言われ、気付けば吉野は出会って1時間足らずの女性とファミレスで対面していた。
「いきなりごめんなさいね、私、御山香織と言います」
御山は吉野の通う公園付近に住んでいるらしく、以前から吉野を見かけていたそうだ。職質を受けている姿も何度か目撃されていた。そんな話を聞かされ、なんとなく気まずさと薄気味悪さを感じ始めたとき、「お金に困ってるんじゃないですか?」と囁かれた。
「え」
吉野がうつむいていた顔をあげると、いらずらっこのようにニヤっと微笑んだ御山が「当たった?」と嬉しそうに言った。
「確かに困っています」と吉野これまでの人生を語り始めた。
どうして初対面の人にあんなに自分をさらけ出したのかわからない。香織さんのことは怪しいと思っていたし、早く帰ろう、二度とあの公園には行けないなとなんてことを考えていたはずなのに、僕はどうしちゃってたんだろうね。と、後に香織の耳にたこができるほど吉野は語ることになる。