02 本社初出社
グローバルシナジー社は、三条の町屋が本社という。
翌朝、父さんと別れを済ませて僕は家を出た。
今日から新しいところで、僕の新しい生活が始まる。
今までそんなこと考えたこともなかったから、どんなことが起こるのか楽しみになってきていた。
忠太郎は、京阪電車に乗って、三条までやってきた。もちろん電車に乗るのも初めてだ。あの券売機ってので券をみんな買ってるな。よし僕も三条まで。なんとか電車に乗れた。あの自動改札機ってのに少し手こずったけど、みんながやってるように真似して、買った券を隙間に差し込むと向こう側に出て来た。それを取りに行くとそのまま駅には入れた。なんだ、簡単じゃないか。緊張して損しちゃった。
でも、こんなに人が多いんだ。
街に出たのは、それこそもう150年も前のことだ。
三条大橋と鴨川はわかるけどそれ以外は全然見覚えがない。
…困ったな。
朝出がけにもらったグローバルシナジー社の場所が記してある地図を見ながら、忠太郎はきょろきょろしながら歩いて会社を探した。
ようやく本社に到着した。ここがグローバルシナジー社か。
表から見えるガラス越しにのぞいてみるが、誰もいない。
まだ朝早いからかな。
でももう誰かいるって聞いてたんだけど…。
ガラスの嵌った引き戸を開けて、声をかけてみた。
「ごめんくださ~い。本日からお世話になる忠太郎と申します。」
すると、手前にあるカウンターの裏側から、何やらごそごそと動く音がした。
この向こうに誰かいるのかな?
それにしても返事ぐらいしてくれてもいいのに。
そのカウンターを回り込んでみると、疲れ切っている社員たちが、床に倒れていた。
起きようとして、起き上がれない。
そんな感じの人たちがそこにはうごめいていた。
どうしたのか聞くと、その女の人は俺を見てフッと笑って、話しはじめた。
「昨日から伏見稲荷の工場にも大量に荷物が届いてるからね。」
ん?どういうこと?
「それとこれ。猫又のおばばからあなたに渡してくれと頼まれた。」
これは万眼鏡?でも、京介様が持っているのとはちょっと違うような気がする。
京介様の姿は、昨日父さんがチュー助様のところから帰ってきたときに持ってきた『たぶれっと』で映像を見せてもらっていた。ほかにもグローバルシナジー社の役員幹部の紹介がその映像にはあった。
今話をしているこの女の人も、受付担当の責任者だったはず。名前までは覚えていない。
受付の女性曰く、京介様の手伝いをするために京介様と同等の能力がいる。
しかし、京介様ほどの能力は僕にはない。
そこで魔道具で補おうと万眼鏡のプロトタイプだったものを渡されたようだ。この眼鏡はレンズの部分が真ん丸だ。京介様のは角ばっていたけど。
「万眼鏡は京介様の持っているあれが完成形で、完成形は1台しかないわ。これはその前段階のもの。言ってみれば簡易型万眼鏡ってとこね。」
しかし、これにはおばば様が急遽、京介様の知識を移植するための機能を盛り込んでいるらしい。
一度愛様がまとめた京介様のモノづくりに対しての発想や知識、魔法についての考察などが、『記録』として、この万眼鏡プロトタイプをかけたものに最適化できるように魔法が組み込まれていた。
眼鏡をかけるとアクティベートが始まった。
京介様が魔法を使ったときに発想、想像した魔法理論が流れ込んでくる。
漠然とした10エレメントの魔法体系が理解できた。
「今ダウンロードされた知識を、魔法理論としてまとめるように指示を受けてるわ。」
受付の女性は手元のタブレットを見ながら、そう僕に説明してきた。
タブレットがどういうものなのか、京介様の記録から様々な電子機器の特徴や使い方、その大まかな能力の理論などが頭に入ってきている。
僕も早くあんなタブレットを使ってみたい。
「あとはあなたの得意な魔道具の製作ね。新しい魔法理論で作られる魔道具にはみんな期待してるから、頑張ってね。魔法理論は教本にまとめて、あやかし全員に配られることにもなるの。ひょっとしたら今後、人にもレクチャーしなきゃいけないかもね。」
「え?人も魔道具を使うようになるんですか?」
「ええ、この会社では対人用の魔道具も、その開発案件の中にあるわ。もちろん従来通りのあやかし用の魔道具もね。それと、異界の方にも持っていくようだから、向こうの人も使えるようなものの開発も急がれてるの。う~ん、MPでいうと1,000を持つあやかしと、異界の人が持つ100程のMPでは、それを使う人の負担がきついものは、向こうに持っていけないからね。それとこちらの世界の人は1~5程度しかMPがないから、もっぱら魔道具の起動にしか使えない。それもかなり効率を上げないと動かすこともできないわね。京介様の魔法理論でそのあたりがクリアされていると聞いてはいるけど、それを実際に形にするのはあなたにかかっているのよ。頑張ってね。あ、それとここの本社にも魔道具開発部隊はいるの。既に京介様から要望のあった治癒の魔道具や、オババ様が作られていた転移の魔道具なんかは、ここに運ばれて既に改良されて実戦配備しているものもあるわ。どちらかというと、大量生産が必要なものは伏見で開発するようになると思うから、よろしくね。」
そういって、僕を見てにっこり笑った。
僕は女の人とこんなに間近で話したこともなかったので、その笑顔に引き込まれて思わず顔が赤くなった。
「あとこれ、万眼鏡の劣化版を2つ渡しておくね。あなたに秘書がつくようだから、その二人に渡しておいて。それと同じものはすでに魔道具開発の責任者と、魔法理論体系をまとめる責任者には渡してるからね。その人たちはすでに昨日から、伏見稲荷の工場に入ってるから、あとはそっちで聞いてくれるかな。」
僕は受付の人から、鋭くとがったような赤い眼鏡と楕円の緑の眼鏡を受け取った。
僕のは京介様がつけてるものと色は一緒だけど形が違う。この2つは新たに作られたものなんだろう。どうもかけられている魔法が違うような気がする。
僕の万眼鏡プロトタイプは、記憶の転写だけではもちろんない。
『鑑定』、『視力補正』、『思考速度上昇』、『情報共有』、『通信』、『不懐』などの魔法が掛けられているようだ。
これでもまだ劣化版なんだよね。何でも『思考速度上昇』、『情報共有』、『通信』は、京介様と愛様がリンクされたときに生まれたスキルを魔法で再現して、この眼鏡に組み込んでいるらしい。うん、この辺りも早速解析してみたいな。
僕は受付の女の人に促されて、受付の横にある資材搬入口に連れていかれた。
「君、バイクの運転はできる?京介様の記憶にあると思うんだけど。」
そういわれて自分の記憶を探ってみると確かにバイクの運転方法が記憶されていた。
「確かに京介様の記憶にはありますが…。僕は乗ったことありませんよ。」
「大丈夫。記憶さえあればまたがってみたら、その動きや制御方法なんかはアクティベートされて、体にも最適化が図られるはずだから、とりあえずまたがってみて。」
そういって、彼女の後ろにあったバイクを指さした。
ピカピカのバイクだ。これの排気量は400㏄ぐらいかな。
恐る恐るハンドルに触れてみた。すると万眼鏡の知識とバイクの特性がリンクしだした。頭の中で知識が再構築され、身体に染み込んでいった。
うん。僕はこれを操ることができそうだ。