01 そ、そんなのに、つ、つられるわけないじゃない。
「お~い、忠太郎。ちょっと来てくれや。」
「なんです?父さん。」
「実はな、お前に伏見稲荷にできるグローバルシナジー社の伏見工場の総括責任者をやってもらいたい。」
「え?何?グローバルなんとかって?で、僕が責任者?なんで?」
「そういっぺんに聞くな。順序立てて話をするからの。」
そういいながら父さんは、僕に向かい側の椅子に座るように促した。
「今度『魂の適合者』である京介様が、会社を作ることになった。その会社がグローバルシナジー社じゃ。その会社は異界にあるヤマト王国へ物資を援助するために立ち上げるんだが、お前にやってほしいのは、その魔道具開発の総括責任者として、グローバルシナジー社伏見稲荷工場を管理してほしい。これはネズミのあやかしの長であるチュー助様からのお達しじゃ。」
「え、僕にそんなことできないよ。僕が他の人より優れてることが、もしあるとすれば、MPの量の多さと魔道具研究ぐらいなんだよ?そんな人を使うような仕事、できないよ。」
そんな大仕事、高々2,000年ほどしか生きてない僕より、もっと適任者がいるはずだ。
「それに何でぼくなの?」
「それは先日お前が改良した『無限収納ブレスレット』がおばば様に認められての。その発想と技術力に注目されておるのじゃ。それに京介様のもとにおれば、どうも今、京介様が考えておられる新魔法理論があるようじゃが、それを傍で勉強できるぞ。それに無限収納ブレスレットの発展形も期待されておるようじゃ。どうじゃ?やってみんか?」
無限収納ブレスレットか。まあ、作ってるときは楽しかったけど。僕は研究してるのが楽しいだけなんだけどな。人と関わるのってあんまり好きじゃない、というか苦手だし…。
「グローバルシナジー社では日本の製品を、ヤマトで使えるように魔道具化する。京介様を助けてやってほしい。」
何とも苦い顔で僕は話を聞いていた。何とか回避する方法ないかな。すると不意に思い出したように父さんが話しはじめた。
「ああ、それと…お前には補佐がつく。かなりの美人らしいぞ。それも2人じゃ。」
鼻がひくひく動く忠太郎。興味を持った時や考え事をしてる時の忠太郎の癖だ。
ゴクッ。喉を鳴らした。
「一人は猫人族でもう一人は兎人族らしいぞ。二人ともおばば様のもとで修行して、かなり優秀な調整能力、指導力を持っているとのことだ。なーに、お前はその二人を使って工場を管理して、お前の好きな魔道具を最先端の魔法技術と魔法理論で好きなだけ作っておればよい。お前に求められているのはその発想力じゃからな。少々のことは何とかなるじゃろう。」
そういって父さんはパイプをくゆらせだした。
父さんも他人事だと思って、まったく。
・・・でも確かに魅力はあるよな。京介様の魔法理論。何でもその考え方を読み取った愛様が、すでに概要をレポートにまとめて、猫又のおばば様に報告したところ、長達の間で物議をかもしているそうだし…。
それに、秘書っていうのもいいなぁ。猫と兎の秘書か…。
僕は日頃魔道具の研究ばかりで部屋からほとんど出ない生活をしてる。
もうそろそろ適齢期ではあるんだけど、女の子と知り合うチャンスもないしな。
外で研究してみるのもいいか…。
け・・・決して女の子につられたわけじゃないんだからね。
「わ、わかりました。やらせていただきます。」
「おぉそうか。やってくれるか。じゃあ、さっそくじゃが、わしはこれからチュー助様にお前が承諾したことを報告に行ってくる。お前は明日の朝から京都・三条にあるグローバルシナジー社の本社に行って、総括責任者の引継ぎと仕事のあらましを聞いてくるんじゃ。恐らく、この家に帰ってくることもままならんじゃろうから、引っ越しの荷物も持っていくようにな。お前の収納ブレスレットがあればできるじゃろ。ではちょっと行ってくる。」
「わかったよ、父さん。行ってらっしゃい。」
父さんは、そそくさとチュー助様のもとに報告に行った。
ふぅ~。本当に僕で勤まるのかな。
う~ん、悩んでたって仕方ない。
僕の今の研究も新しい魔法理論で進むかもしれないし…。
秘書の女の子も気になるし…。
よし、さっそく荷物をまとめるか。
忠太郎は早速自分の部屋に戻り、研究中の魔道具や道具、今まで勉強していた魔法理論の本などを、片っ端からブレスレットに収納し始めた。部屋に残ったのはベッドぐらいだ。
「この部屋ってこんなに広かったんだ。」
忠太郎は物心ついてから、魔道具の研究ばかりしていた。明けても暮れても。
自分の手で作り出した道具が、人に使われて役に立つことがうれしくて、次から次に新しい発想の魔道具を作り続けていた。
しかし、それらはあまり活用されていたとは言えなかった。
あやかしと人の交流が途絶えて、もうすでに150年もたっている。
150年前ですら、ある一族だけがあやかしの存在を知っていた。
人との共存を望んだ長達だったが、魔素が少なくなるにつれ、あやかしは魔物と同族に扱われ、人間からは忌み嫌われた。
人に害なすと思われてしまった。
確かに見た目は耳も尻尾も生えてるから、獣に近い見た目なんだけど。一応、人化して、人の言葉も話せる。人と結婚して子供だって作ることができる。だけどやっぱり自分の子供にあやかしの血が混じるのを嫌う人たちは大勢いた。
そんな人たちの迫害から逃れるように、あやかしたちは人の目を避け、特徴である尻尾と耳を隠して、今までずっと生きてきた。
長い年月の間に、耳としっぽを魔法で隠せる方法を見つけ、今ではみんな赤ちゃんの頃からこの魔法を教えられる。
この魔法が使えないと、人の里に入っていけないし、面白いものを見ることもできない。
人って面白い。交流がなくなったここ150年の間、なかなか外の情報は入って来にくかったけど、あやかしの血を引いた人間たちは町で暮らしているので、たまにいろんな噂が伝わってくる。
『くるま』と呼ばれる4輪で走る馬車や、『おーとばい』と呼ばれる2輪で走る乗り物もある。残念ながらまだ乗ってみたことはない。それに遠くの人と話ができる『けーたい』や京介様も持っておられたという『すまほ』という情報を取り出すことができるもの。やっぱり、あやかしとは発想がちがうんだよなぁ。そういうのを魔道具にするなんて、夢のようだね。
でも一体京介様って何者なんだろう?
おばば様は『先祖にあやかしの血が混じっておる。』って言ってたけど、その持ってる魂の大きさが、規格はずれらしいんだよね。おばば様やあやかしの長達が、その身体の中に持っている魔素の量より、多い魔素を蓄えられるらしい。僕も結構多いほうだけどおばば様たちには到底かなわない。長い年月をかけて少しづつ魂の器が大きくなるからだそうだけど、じゃあ京介様はなぜそのおばば様たちより大きな器を持っておられるんだろう。
何でもおばば様の幼いころには、人間の中であやかしをはるかに超えた魂の器を持った人がいたらしいけど、本当かな。
そんなことを考えながら、明日から始まる新しい生活にちょっとワクワクしている忠太郎だった。
美人秘書2名にすっかり騙されて総括責任者になった忠太郎。
ホンキートンク(てんやわんや)な生活の始まりである。