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遭遇交錯品定め

 国立大学の医学部附属病院の隣が、青陵祭の花火会場となっている公園だ。

 公園から少し離れている大学病院の第二駐車場で友人三人と合流し、横断歩道を渡って大学病院の外来患者用に設けられている駐輪場に自転車を停めた。

 公園利用者が使うべき本来の駐輪場所とは違うけれど、祭の日は通常とは比べ物にならないくらい自転車もたくさん停まる。

 路上に駐輪するよりは断然いいだろう。

 公園に隣接する、秋には市民大茶会も開かれるほどの広い日本庭園を右に見ながら、友人達と談笑しつつ公園の出入り口を目指す。

 公園に入ってすぐ、地元名物のでこまんと、鯛焼きの屋台が迎えてくれた。

 地域外の人には、でこまんを七福神の姿をしている人形焼きと説明するけれど、地元民からしてみれば、でこまんは人形焼きではなく、でこまんという唯一無二のカテゴリとして認識されている。

 祭やイベントの屋台でしか買えないでこまんは、ある意味ハレの日の食べ物。

 土産に買うと、だいたい喜ばれる。


「将斗、今でこまん土産に買う?」

「買うなら帰りかな。荷物になるし」


 今は、花火を見ながら食べる物を屋台から調達するほうが先決だ。

 屋台を物色しつつ公園内を進めば、視界に入るのはカップルと親子連れ。それから、自分達と同じような年代のグループばかり。


『あぁ、人が多いといいですね~!』


 嬉しそうなナンの声に、思わず顔をしかめる。

 今は劣等感に苛まれていないし、マイナス思考にも陥っていないのに、なんでいるんだ。


『人が集まる場所は、品定めに最適なのです』


 品定め?


『そうですよ。こういう場所では多くの人がお互いを比較して、一喜一憂するじゃないですか? カッコイイとかカワイイとか、主観に基づく一方的な評価を下して勝手に劣等感を抱いたり、落ち込んでしまうでしょ?』


 たしかに、それはあるかもしれない。


 キシシと笑い、ナンは続ける。


『こういう場所はね、あの子より自分のほうが上だとかって優越感と、劣等感が交錯しまくりなんですよ。胸中で渦巻いている負の感情が強いほど、質が高いと評価されます。もしこれを譲渡していただけたらと想像すると……もぅ、マカゲなのに天にも昇る気持ちになってしまうのです!』


 ナンのテンションは異常に高い。


『自覚がないようなので教えて差し上げますが、キミの負の感情は一級品。傍にいなくて他のマカゲに言い寄られたら、今まで付きまとってきた苦労が水の泡になってしまいます』


 ならば、僕が劣等感を抱かずマイナス思考に陥らなければ、ナンは付きまとっている意味がなくなるということか。


『人間、そんな簡単には変われませんよ?』


 絶対、変われる! 思考のパターンをプラス思考に癖付けしてやればいいだけだ。


『できたつもりになるだけで、そんなのまやかしです。意識的に装っているだけで根本は変わりませんから、感情が発生した瞬間に付け込めば、あとは増幅させればよいだけです』


 努力したら、なんとか!


『無駄ですね~。感情をコントロールしても、そんなの上っ面です。人間が感情に左右され、支配されていることに変わりありませんから』


 ああ言えばこう言うナンに、だんだんいら立てきた。


『まぁ、いいです。自分も気は長いほうなので、キミの心境の変化をいつまでも待ちますよ。どこまでキミが強がれるか、とても楽しみになってきました』


 キシシと笑うナンの声と、楽しげな友人の声が重なる。


「なぁ、まっちゃん。腹持ちがいいのは、イカ焼きとフランクフルトかな?」

「ポテトと箸巻きも食いてぇ」

「唐揚げも食べたい!」


 呑気な友人達の会話に、僕も気持ちを切り替えて加わった。


「だったら、担当を決めて買ってこよう」 


 いいね~! と、意味もなく盛り上がる。

 このノリは、嫌いじゃない。


「一人で並ぶの寂しいし、二人ずつに分かれよう」


 いいね~! と、再び意味もなく盛り上がる。

 笑い合いながら、花火を見たいと言い出した友人の音頭で四人が二組に分かれ、それぞれ目的の屋台に向かう。

 僕は言い出しっぺの友人と共に、フランクフルトと唐揚げを買うことになった。


 フランクフルトを買うべく屋台の列に並んで数分。

 友人との雑談が一区切りしたところで人の流れに視線を転じると、視界の端に見覚えがある姿を捉えた。

 もう後ろ姿しか見えないが、数日前に頭を悩ませたあの浴衣の柄。

 間違いなく兄貴だ。

 隣には、髪をアップスタイルにまとめた浴衣姿の女性がいる。

 だから、浴衣か甚平で悩んでいたのか。

 男友達と行くものだとばかり思っていたから、なんだか兄貴に裏切られた気分だ。


『おや、早速きましたね。妬ましさ!』


 ナンは嬉々としてはやし立てるけれど、兄貴が女性と二人で花火会場にいるなんて予想もしていなかったら、実際には妬ましさより意外性のほうが勝っている。

 ただ茫然と眺めていると、兄貴達の姿が人混みに消えた。

 眠っていた僕の野次馬根性が、ムクムクと鎌首をもたげる。

 列を外れて尾行したいけど、あと二組待てば自分達の番。五分近く並んでリスタートになっては、友人達に申し訳がない。


「ねぇ、フランクフルト一人で四本持てる?」

「え? なんで?」


 不思議がる友人に、僕は耳打ちする。


「トイレ行きたい」

「マジか! トイレって凄い行列だよ?」

「だからさ、頼むよ!」


 顔の前で手を合わせれば、慌てた様子の友人は意味もなく周囲に頭を巡らす。


「よ、よし! 分かった、買っとく! 買っとくから、早く行け!」


 僕の嘘を素直に信じた友人に礼を述べ、列から抜けて兄貴が向かった方向へ急ぐ。

 嘘を吐いた後ろめたさは多少なりともあるけれど、僕には事実確認のほうが優先だ。

 兄貴と一緒に歩いていた女性は、彼女か友人か。

 後ろ姿は美人に思えたけど、正面から見た顔はどんなだろう。

 浴衣を着てどこに行くか尋ねたとき、耳を赤くしていたから、兄貴の気持ちは明白だ。

 これまでにない兄貴のスキャンダルに胸が躍る。


 さて、どっちの方向に行っただろう。


 勘だけを頼りに二人を探して人混みの中を縫うように走っていると、不意に女子高生が飛び出してきた。


「うわっ」

「っ!」


 僕と正面衝突した女子高生の両肩を掴んで支え、かろうじて二人とも転倒するという結末は避けることに成功。

 身を固くする女子高生の肩から手を離し、俯く顔を覗き込んだ。


「大丈……夫っ」


 僕は、思わず息を呑む。


『おやぁ、これはこれは』


 感嘆するナンの声音から、笑みを浮かべている様子が想像できる。


『いいですねぇ~』


 なにを感心してるんだ! こんなときに。


 女子高生は目を真っ赤にして、溢れんばかりの涙を目に溜めていた。


「マジで大丈夫? 舌とか噛んだ?」


 慌てふためく僕に、女子高生は頭を振る。


「ごめんなさい」


 震える声で口早に謝罪を述べた女子高生は、逃げるように人混みの中に消えていく。


『あぁ、いいですね~! 彼女は、キミに負けず劣らずの人材です』


 嬉しくて小躍りしていそうなナンに眉をひそめる。


「それ、どういう意味?」


 ナンが喜ぶときは、僕にとって好ましくない事態であることが多い。


 今度は、なんだ。


 しばし沈黙していたナンは、落胆を込めた溜め息を盛大に吐いた。


『悲しきかな……キミの記憶要領は、猫の額ほどもありませんね。数十分前にした会話をもうお忘れですか?』

「数十分前?」


 記憶の糸を辿ると、一つの単語を思い出す。


「品定め……?」

『そう、そうです! ご名答』


 正解しても、嬉しくない。

 品定めは、ナン達マカゲが、強い負の感情を抱く人間を探し出す場で行うものだ。


「ってことは、品定めしたの? あの子の感情」

『バッチリ解析しましたよ~。それが自分の勤めですので!』


 僕は軽蔑の念を込め、乱暴に言葉を投げつける。


「最っ低だな」

『ありがとうございます。最高の褒め言葉です!』


 しかし、とナンは声の調子を落とす。


『彼女は……すでにマカゲと契約を交わしているので、手が出せません』

「契約を交わす?」

『そうです。自分達マカゲと契約を交わすということは、感情の譲渡を了承した、という意味です』

「でも、それって」


 マカゲに感情を譲渡した場合、感情を抱いていた対象に訪れるのは……。


『ふっふ~ん! これだから、人間は面白い』


 ナンの間延びした呑気のんきな声の中に、不気味さが混じる。

 兄貴と一緒に歩いていた女性を見たいという好奇心は、どこかに追い遣られてしまった。


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