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記憶の中に居る祖父

 黒いネクタイを緩め、礼服のジャケットを軽く畳んで放り投げた僕は、初夏の日差しが降り注ぐ縁側に寝転んだ。

 窓を開けて網戸にすれば、それなりに涼しい浜風が入ってくる。

 周囲にはばかることなく、心のままに大口を開けて欠伸をし、両腕をいっぱいに広げて伸びをすると、頬を優しく風が撫でた。

 七月の第一週の日曜日。

 朝十時からスタートした祖父の四十九日の集まりも、残るは解散を待つばかり。

 家に僧侶を招いて法事を執り行い、墓に卒塔婆を立てて拝んだあとの精進落としは、地元の旅館で地域の食材を堪能できる食事プラン。品数も量も多かった。

いくら食べ盛りの年頃とはいえ、さすがに腹がはち切れそうだ。


「食後のコーヒー飲むけど、欲しい人いる?」


 数を聞いてくるように指示を出されたのだろう。従姉が、集計を取りにやって来た。

 産めや育ての時代に生を受けた祖父は九人兄弟。それぞれの連れ合いとその子供を含めるのだから、今日も結構な人数になっている。

 今みたいにオーダーを集めるのは、飲食店に勤める店員と同等のスキルが必要だろう。

 上半身を起こし、周囲に目を向けるも、答えている人間は一人もいない。

それもそうか。この広間にいるのは、食べすぎて動けなくなった人間と、飲みすぎて眠ってしまっている人間だけなのだから。

 呆れたように鼻で息を吐いた従姉と、僕の目が合う。

 肩を竦める従姉に、苦笑を返した。


「適当に人数分持ってきとけばいいかな?」

「今じゃなくて、寝てる人が起きたくらいに入れたらいいんじゃないかな?」


 せっかくコーヒーを入れてもらっても、冷めてしまってはおいしくない。


「だったら、起きてる人のだけ入れるわ。将斗君は飲む?」

「飲む! 暇だし、僕も入れるの手伝うよ」


 台所では、おそらく母と叔母を始めとした女性陣が、カップの用意をして待機している。

 食べすぎた腹はまだ苦しいけれど、ジッとしているより手伝ってカロリーを消費したほうが有意義だ。


「大丈夫。休んでていいよ」


 僕の申し出を断った従姉は呆れた笑みを浮かべ、両手を腰に当てた。


「ただでさえ量が多かったのに、残した人の分まで食べてたでしょ?」

「だって……めったに食べられないご馳走なのに、残したらもったいない」


 さらに呆れた様子の従姉は、襖に手を置く。


「人手ならあるから、ホントに手伝いはいいよ。じゃ、コーヒー入ったら声かけるからね」


 ヒラヒラと手を振りながら台所へ戻っていく従姉の背中を見送っていると、酒の紙パックを手にした叔父が入れ違いに入ってきた。

 父の弟に当たるこの叔父は、酒を水のように飲む。

 精進落としで行った旅館でも、蟒蛇のようにビールと日本酒と焼酎を飲んでいた。


将斗まさと、一緒に飲もう!」


 酒臭さをプンプンまき散らしているのに、まだ飲むのか。

 酔いが回ってご機嫌な叔父に絡まれると、なにかと面倒臭い。

 ターゲットを僕から別の人間に逸らさなければ。


「僕じゃなくて兄貴と飲んだら?」

直輝なおき? 直輝は駄目だ。酔い潰れて夢の中」


 叔父が指差した部屋の隅に目を向ければ、皆に背を向けて寝ている兄貴の姿がある。

 たしか料理を食べているとき、兄貴は叔父の隣に座っていた。


 そうか。兄貴は叔父に潰されたのか。


 叔父は僕の前に酒の紙パックを置く。

 紙パックに描かれたひょうきんな河童が、僕に盃を向けていた。


「じいさんが、いつも飲んでた酒。じいさんの代わりに飲もうや」


 墨で書かれた銘柄を確認し、違う、という言葉を呑み込んだ。


 祖父が飲んでいた酒は、これじゃない。

 知ったような口ぶりの叔父に腹が立つ。


「ま~ぁ本当に、じいさんが生きてる間は将斗も大変だったなぁ」

「大変って、なにが?」


 僕にとって大変なのは、今このときだ。

 酔っ払いの対応は、得意じゃない。

 酒の紙パックにストローだけ挿して、叔父の視界から消える位置に置き直す。

 叔父は豪快に笑い、僕の肩を叩いた。


「人の性分は変わらんもんだ。将斗も、ずーっと直輝と比べられて大変だっただろ?」


 満腹ではち切れそうな胃袋が、キュッと縮こまる。


「じいさんの悪い癖だ。勝手に人と比べといて、それじゃいけんだぁなんだと、やたら小言が多い。小言のオンパレード!」


 耳を塞ぐ代わりに、僕は拳を握り締めた。


「おっちゃんも、子供の頃からずーっと将斗の父ちゃんや近所の子と比べられて、嫌で嫌で仕方なかった。な? 将斗もだろ? 盆や正月に小言を言われてるところに遭遇すると、可哀想に~って心の中で同情してたんだよ」


 叔父は豪快に笑いながら、祖父が常に飲んでいた物とは違う種類の酒を喉に流し込む。


「ほらな? おっちゃんも将斗と同じ次男だから、将斗の気持ちがよ~く解る!」


 黙れ酔っ払い。

 年に数回しか顔を会わせないアンタに、いったい僕のなにが解る。

 全く見当違いな共感を勝手に語って、同情するな!


 これだから、酔っ払いは嫌いだ。


『あぁ、いいですね~』


 突如として、頭の中に響く声。

 またやって来た。ウザいアイツだ。


『ウザいアイツとはずいぶんな物言いですね。キミが劣等感に襲われて、マイナス思考に陥る頻度が多いというだけじゃないですか』


 拗ねているであろうマカゲのナンの姿は、目視できない。


『あら、目視できますよ? 窓ガラスを見てごらんなさい』


 庭を眺めるフリをしながら、ナンの言葉どおり窓に目を向ける。

 光の反射から、窓の一部が鏡のようになっていた。


「っ……!」

『どうも、数日ぶりでございますねぇ。マカゲのナンでございますよ~』


 叔父の後ろで顔をいびつに歪め、小刻みに手を振るナンは、まるで死神のようだ。


『死神だなんて、あんなエリートと一緒にしないでくださいよ。ムズムズするなぁ』


 死神が、エリート?


『おや、ご存じでない? 本当に、常識知らずな方ですね……。あの方達は、死を司る神なのですよ? 肉体から離れた魂が迷わないように導く存在です。自分なんかと一緒にされたと知った日には、烈火の如く怒り狂われてしまう』


 自分の肩を抱いたナンは、大袈裟に体を震わせる。そしてキシシと笑い、叔父の肩に手を置いた。


『自分はね、この叔父さんやキミみたいな人種が大~好きな……マカゲという種族なんですよ』


 叔父と一括りにされ、僕が叔父と同類であると断定するナンに怒りが込み上げる。


『あ~……その感情も嫌いじゃないんですけど、方向性が違いますね!』


 ナンが立ち上がると、窓から姿が消えた。


『自分はね。こんな叔父さんみたいに、キミが成長してくれることを望んでいるのです』


 絶対に嫌だ。


『キミには、その要素があると言っているのですよ』


 キシシというナンの笑い声と被るように、また叔父の演説が始まる。


「じいさんは、身内が他人より劣ってるのが嫌いな人だからな。誰かと比べて焚き付けたら、誰もが奮起すると勘違いしているからよろしくない!」


 僕は答えず、叔父の演説が終わるのをじっと待つ。


「でも、よく頑張ったな。叔父さんは、お前を褒め称えよう! 将斗は大学に入ったから、専門学校に行った直輝より上になった!」


 頭に血の気が一気に上る。


 もう、限界だ。


『キシシ! この叔父さんもなかなかですね』


 小躍りしていそうなナンの声が、さらに僕の怒りを掻き立てる。


『いやぁ……楽しいですね。来てよかった!』


 怒りを鎮めようにも、刹那の間に頭へ上った血液は、なかなか下りてこない。

 目を見開いて表情を硬くする僕に気付きもせず、叔父は呑気に酒を味わい続ける。


 これ以上、酔っ払いの相手は無理だ。


『それは同感です』


 ナンの相手も面倒臭い。


『いけずですねぇ』


 暴れ回る腹の虫を深呼吸一つで抑え込み、喋ることを拒否する喉から、怒りに震える声を絞り出す。


「ちょっと、風に当たってくる……」


 礼服のジャケットを無造作に掴み、叔父の顔を見ることなく玄関へ直行した。


◆◇◆◇◆◇◆


 蹴った小石が道路に転がる。直後に車が一台通り、思わず肝が冷えた。


『あぁ~。惜しかったですね。もう少しで車に命中したのに』


 ナンの呑気な声に、堪忍袋の緒が限界だ。


「お前……ホント、なにしに来た!」


 感情のままに怒鳴りつけても、ナンの姿は見えない。けれど、キシシという笑い声で、ナンがこの場にいることは確認できる。


『自分に八つ当たりはよしてくださいよ~。キミがそんな理不尽な人間だったら、嬉しくて躍り出してしまうじゃありませんか』


 やめろ。見たくない。


『しかし、いいですねぇ。キミの中で渦巻いている今の感情。とても好ましいです!』

「ホント、ムカつくなぁ……」


 キシシという笑い声が追い打ちをかける。


「なんなんだよ……マジで!」


 叔父にもナンにも腹が立つ。

 大学のほうが上だって? ふざけるな!

 兄貴はやりたいことを見付けて専門学校に行ったんだ。なにがしたいか分からなくて、普通科から大学進学という、学校の敷いたレールに乗った僕とは、そもそもが違う。

 比較して、あまつさえ優劣を付けるなんて……そんなの、馬鹿げている。

 根本を理解せずに評価を下す叔父は、祖父と同類だ。

 叔父に祖父をけなす資格はない。


『おじいさんと叔父さんが同類ならば、自分に言わせるとキミも同類になりますがね』


 むしゃくしゃして、力任せに小石を蹴る。

 降り注ぐ太陽の光を反射させる白いシャツが眩しくて、掴んでいたジャケットに袖を通し、ポケットから煙草のケースを取り出した。

 体に悪いという知識は、もちろん持っている。煙草を吸う人間がカッコイイとか、そんな認識はしていない。


 ただ、生き苦しさを感じる僕の、精神安定剤のような役割を担ってくれていることだけは確かだ。


『そんな煙草に頼らなくても、キミには自分がいるじゃありませんか』

「お前に、なにができるんだよ」

『ふっふ~ん、お教えしましょうか?』


 自慢げに胸を張っているであろうナンの言葉に、少しだけ興味が湧く。


『おや、意外に乗り気ですか。いいですねぇ』


 僕は答えず、ナンの言葉の続きを待った。


『すでに自分の好物はお分かりでしょうが、人間の劣等感やマイナス思考、負の感情に部類されるモノです。こんこんと湧き出る泉のような、そんな負の感情を自分に譲渡してくだされば……対象人物に、害を与えることが可能となります』

「……どういうこと?」

『あぁ、やはり理解ができない方でしたか』


 ナンの落胆した声に苛立ちを覚えつつ、頭の中を整理しようと考える。


『そんな時間の無駄はよしてください。改めて説明致しますから』


 馬鹿にされても、今は文句が言えない。


『いいですか? 劣等感を抱き、マイナス思考に陥る原因。今の場合は、誰ですか?』


 今の場合は、叔父か兄貴だ。


『そうです。その感情を自分に譲渡してくだされば、キミが思い浮かべた相手がうまく事を運べないように、害を与えることが可能となります』


 ということは、この感情をナンに渡すと……?


『そうです! 叔父さんやお兄さんの、人生を邪魔することが可能となります。幸せの邪魔ができるのです! どうです? 自分と契約を結ぶだけで、妬ましい相手を貶めることができるのですよ? この上なく楽しく、最高な気分であること間違いなしです!』


 叔父と、兄貴の……人生の邪魔?


『そうです。うまくいっていると思うから、妬ましくもあり羨ましくもあり、キミ自身と比較して負の感情が芽生えるのです』


 返す言葉が見付からない。


『人の不幸はなんとやらって言葉は、昔も今も変わりません。自分達マカゲは誰の心にも巣食うソレを譲渡してもらい、仕事をします』


 ナンの説明は、解りそうで解らない。


 僕が抱く負の感情が、商品として取り扱われるということだろうか?


 ずっと周囲にはひた隠しにしてきた、兄貴を羨ましいと思ってしまう後ろめたい感情。

 だけど、失敗してしまえだとか、そんなふうに考えたことは多分一度もない。

 それとも単純に、僕の理性と良心が働いて、考えないようにしていただけなのだろうか。


 ナンが勧めるままに契約を交わして兄貴の人生を邪魔したとして……兄貴を不幸にしたとして、それで僕が抱く負の感情は消えるのか?

 今度は逆に、罪悪感が芽生えると思う。


 この契約……僕に、メリットはあるのか?


『もっと、も~っと悩んでください。悩み抜いて出した答えこそ、信ずるに足りますから。お返事は、またの機会にお聞かせください』


 ではこれにて! と、楽しそうにキシシと笑い、ナンの声は聞こえなくなる。

 途端に、静寂が訪れた。

 嘆息吐いて煙草を一本口にくわえ、ポケットに手を突っ込む。

 ふと、ライターを掴もうとした手の甲に、メッセージの受信を知らせる振動を感じた。

 ライターではなく、スマートフォンを取り出して画面を確認する。

 表示されたメッセージの送り主は、高校が同じ大学の友人だった。


《青陵祭の花火行こう》


 開催から四十回以上を数える、地元で一番大きな夏祭り。今年の青陵祭は、たしか七月最終週の土曜日と日曜日。みんながお待ちかねの花火は、二日目のフィナーレだ。


 今のところ、誰かと行く予定はない。

 しかし、気になることが一つある。


《他には誰?》


 素朴な疑問を返信すると、即座に返事が返ってきた。


《フリーと、非リア充と、ぼっちに声かけてんのw》


 彼女はいないから、フリーというのは納得できる。

 だけど、現実が充実していない人に当て嵌められる《非リア充》と、誰にも声をかけられず、独りぼっちで活動することが多い人に当て嵌められる《ぼっち》だと認識されていたとは心外だ。

 メッセージを送ってきたコイツの目には、僕がそんなふうに映っていたのか。

 括られた枠が癪に障るから、返事は少し先延ばしにしてやろう。

 既読無視の苦痛を味わうがいい。


 ポケットに手を突っ込んでスマートフォンとライターを持ち替え、煙草に火を点ける。

 軽く一息吸って、口の中に溜めた煙を肺に送り込んだ。

 心を鎮めるように香りを味わい、溜め息と共に紫煙を吐き出す。

 そよぐ風に攫われ散った紫煙は、香りだけを残して消えた。


「酒と煙草は二十歳からって言うけど、さっそく吸ってんの?」


 突然かけられた声に、ビクリと肩が揺れる。

 声の主は、もちろん兄貴だ。


 不意に、ナンの言葉が脳裏に蘇る。


 たったそれだけで、言いようのない後ろめたさと罪悪感が傍若無人に暴れ出す。

 紫煙と共に、頭の中と胸中で騒ぎ回る秘密の感情を肺へ送り込んだ。


「みんな吸ってるし……煙草は、取り立てて特別なことじゃない」

「まぁ、そうだろうね。俺は吸わないけど」


 陽気に笑いながら僕の隣に並んだ兄貴の手には、叔父が買った河童の酒。

 再び、腹にジワリと怒りが広がった。


「どったの? 機嫌悪そうだけど」


 ストローに口を付ける兄貴の顔が、まともに見られない。

 重みを増した煙草の灰が、重力に負けてポトリと落ちた。


「別に……兄貴には関係ない」

「嘘つけ。だって俺、寝ながら聞いてたもん」


 ストローを口に銜えたまま、兄貴は笑う。


「叔父さんに、腹立ってんだろ」


 それだけじゃない。

 だけど、ナンとの会話は、口が裂けても兄貴には言えない。


 弁解したい感情が勝り、口が勝手に言葉を紡ぐ。


「僕は兄貴に対して……叔父さんが言ったようなこと、思ってない!」


 やっぱり、ナンが語った内容も、そのとおりだなんて認めるもんか。


 灰をポンと落とし、奥歯を噛み締めながら口元に煙草を運ぶ。

 くゆる紫煙が目に沁みた。


「大丈夫、分かってるから。酔っ払いの戯言は、適当に聞き流せ」


 酒を飲みながら、兄貴は僕の頭に手を置き、ワックスでセットした髪の毛をグシャグシャに掻き乱す。

 僕を励ましたいときに、昔から兄貴がする仕草。

 照れて恥ずかしいときは「やめろ」と抵抗するけれど、今の僕は、兄貴の手を振り払わない。

 視界がジワリと涙でにじんだ。


「将斗も飲む?」


 自分でグシャグシャにした僕の髪を手櫛で整えながら、兄貴は河童の酒を差し向ける。


「いらない。すぐ赤くなるから、なるべく飲みたくない」

「じいちゃんも、少し飲んだらすぐに赤くなってたね。将斗のそれは、じいちゃん似だ」


 兄貴の言うとおり、すぐ赤くなるのは祖父の遺伝だと思う。

 ただ違うところは、祖父は顔を赤くしたまま酒を飲み続け、僕は舐める程度で飲むのをやめてしまうということだ。

 ひょうきんな河童を睨み、本当は叔父に言いたかった言葉を口にする。


「それ、じいちゃんが飲んでた酒と違う」


 ひょうきんな河童を自分の顔の高さに掲げ、兄貴は懐かしそうに目を細めた。


「いんや、合ってるよ。鬼の絵が描いてある酒の前は……これだった」

「マジで?」


 信じようとしない僕に、兄貴は微笑む。


「マジだよ。スロットの店の傍にコンビニできたろ? あれが建つ前は、近所の商店にこの銘柄を買いに行ってたから」


 近所の商店といえば、少しだけ記憶にある。

 狭い路地の民家が立ち並ぶ一角にあった、家族経営の小さな店。

 酒や煙草はもちろん、駄菓子や野菜に切り花も売っていた。


「店は覚えてるけど、その河童の酒は記憶に全然ない」

「覚えてたら凄いよ。だって、俺が六歳か七歳くらいのことだし」


 ならば僕は、まだ二歳か三歳。覚えていたら、奇跡に近い。


「あれ? だったら……」


 気付いた僕に、兄貴は頷く。


「叔父さんは、叔父さんの記憶の中にある、じいちゃんが飲んでいた酒を買ったんだよ」


 そういうことなら、この河童も間違いじゃない。


 瞬時に、耳と頬が熱を持つ。

 煙草を銜えたまま、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「あ~っ、面と向かって言わなくてよかったぁ~っ!」

「この小心者め!」


 兄貴も隣にしゃがみ込み、頭を抱えた僕の髪を掻き回す。

 銜えていた煙草の火を地面に押し付けて揉み消し、兄貴の手を力任せに肘で退かした。


「もう、やめろって!」


 楽しそうに笑いながら、最後に大きくひと掻きして、やっと兄貴は手を退けた。

 自力で気付くように仕向ける兄貴は、やっぱり尊敬する。

 僕が抱く一方的な感情で、こんな兄貴を不幸になんてさせるものか。


「それ、ちょっと飲んでいい?」


 河童の酒を指差せば、兄貴は両眉をクイッと上げる。


「どういう心境の変化?」

「いや、なんとなく……」


 祖父の飲んでいた河童の酒が、どんな味をしているのか、少し興味を持っただけなのだから。


「じゃあ、どうぞ」


 ひょうきんな河童に心の中で詫びを入れ、ストローに口を付ける。

 煙草を吸う要領で酒を吸い込めば、麹の香りが鼻にかかってくしゃみを連発した。


「うぁ~、結構くるな」


 笑いながら兄貴は僕の手から河童の酒を回収し、パックを軽く振って残量を確認する。


「あと少し……。じいちゃんには、また供えてあげるからね」


 まるで祖父に言い聞かせるように呟いた兄貴は、残りの酒を一気に飲み干した。


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