エピローグ
珍しく、陰に属するマカゲの大将から全員に召集がかかった。
個々での行動がメインなだけに、集まった一同は落ち着きがない。
ざわざわという騒々しさを心地よく思いながら、ナンは周囲を見回した。
『静粛に! お前ら聞け!』
大将の雷のように轟く声が発せられると、辺りは瞬く間に静まり返る。
壇上に立った大将は集まったマカゲを見回し、満足そうに頷く。
『今から、お前らに注意を促す』
注意? とさざ波のように囁きが広がっていくより早く、大将は咳払いをする。
『久方ぶりに発生しちまった。まさかの契約解除だ!』
大将の発した言葉が起爆剤となり、一瞬訪れた沈黙ののち、盛大なざわめきが広がった。
『契約解除って!』
『噂だけだと思っていました』
『ホントに、解除できるんですね』
『契約解除されたのって、どいつ?』
『誰にされたのでしょう?』
『でも条件を満たす人間って、そうはいないよね?』
『契約解除された担当者って、どうなるの?』
同僚の戸惑う姿を眺めながら、ナンは両手を組んで指を絡めた。
契約解除をされたマカゲが誰か、心当たりがある。
将斗の兄である直輝と交際を始めた香澄に憑りついていたノンの姿が、近頃見えない。
ノンが契約を結んでいたのは、香澄の妹である明香里だ。
大将が出てくる前に周囲を見回してみたけれど、ノンの姿は見当たらなかった。
もしかすると、もしかするだろう。
『静粛に、静粛に!』
雷の轟きのような大将の声で騒めきが消える。
大将は咳払いを一つして、さらに一同の注目を引き付けた。
『担当していたマカゲは引きどころを見誤ったみてぇだ。おとなしく引き下がりゃ咎めもなにもなかったんだが、陰陽の術の使い手によって……封じられちまった!』
大将が鼻をすすると、再び騒めきが広がっていく。
『封じられたって?』
『なにしたら封じられるの?』
『欲を出さなかったら、封じられなかったってこと?』
封じられたら、元も子もないだろうに。
鼻で息を吐いて笑うと、うおらぁぁぁあ! と大将の雄叫びが響く。
『静粛にしやがれーっ!』
またもや、大将の雷が落ちた。
『いいか、お前ら! こういうケースも、稀に発生するんだ。契約解除はほぼできないと説明しても、今回みたいに条件を満たす人間は必ずいやがる。いいか、お前ら! 契約を急いで実績を上げることのみ考えていたら、足元すくわれるぞ!』
互いに顔を見合わせ、誰も言葉を発さずにいると、大将の眉がかすかに動く。
『お前ら~っ! 返事はないのかぁ!』
『おっ……おおおっ!』
まるで鬨の声だ、と心中で笑いながら、ナンは轟きで揺れる足場の振動に身を任せる。
『キシシ。欲は出させても自分が出しちゃ駄目ですよね~』
呟いても、誰の耳にも届くまい。
『静粛に!』
大声を張り上げた大将は、鼻で大きく息を吐く。
静まり返った一同を眺めて満足し、大将はシワだらけの顔をいびつに歪めた。
『ガッツキすぎず、粘り強く、さじ加減を大切に。ジワジワ~と人間の負の感情に寄り添って、バッチリ確実に落としていこうぜ!』
再び鬨の声のような歓声が上がり、大将は握った拳を高々と掲げる。
『いいか、お前ら! 今日も、張り切って勤めるぞ!』
ナンも皆に倣って声を張り上げ、キシシと小さく笑う。
『ノンと同じ轍は、踏まないようにしないといけませんねぇ』
ガッツキすぎず、粘り強く、ジワジワ~と将斗に付きまとい数ヶ月。
さて今日は、あの頑固者になんと囁こう。
将斗のみならず、他の候補者や契約者達の元へも顔出しに行かなければ。
『忙しいのは、いいことです』
ナンはキシシと笑いながら手もみをし、姿を陰に紛れさせた。
了
おつきあいいただき、ありがとうございました。




